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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第一章
17/29

俺とモモコと美女と

 1


 「ああああ……」

 別に勇者の名前を呼んだわけではない。前日の酒の所為で頭が痛いから声が出ただけだ。

 ああ、あと床で寝たせいだな。カーペットが敷いてあるとはいえ、やはり床寝は目覚めが悪い。

 「おはよ! 元気?」

 ゆっくりとした動きで起き上がって声のした方に首を向けると、椅子に座ってティーカップを持ったモモコが笑顔で手を振っていた。

 「頭が痛いです……」

 「二日酔いだねぇ、これ飲みなよ」

 モモコが何かをこちらに投げて寄越したが、目の前がまだハッキリと見えないのでそれを掴めず、見事に頭にクリーンヒットした。

 鈍い音を立てながらその何かは床を転がる。俺は声も出せなかった。

 「あ、ごめん」

 と言いながらクスクス笑うモモコ。

 ちくしょう、この世界に来てから何も良い所が無いぞ、俺。

 緩慢な動きで転がった何かを拾う。それはサクラが買っていた○露丸の入った小瓶だった。

 「何、これ?」

 「万能薬だよ。それも魔道具でね、何にでも効く薬なんだ」

 ほう、便利な物があるものだ。

 コルクの栓を抜き、黒い丸薬の一粒を取って飲んだ。正露○の様な臭いがしないのは有難い。

 ゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。壁に掛けられた時計を見ると、時刻は13時ちょうどを指していた。

 ……え? もう昼過ぎじゃん!

 「よく寝てたよ」

 俺の心中を察したのだろう、モモコはまたクスクスと笑った。

 「ご……ごめん、寝過ぎた」

 「いいのいいの、どうせ5時まではやる事無いしね。何ならもう一眠りしてもいいよ」

 「いや、流石にもう起きるよ……ん? 5時に何するの?」

 「情報屋に会うんだ。サクラちゃんがいつの間にか打診してくれたみたい」

 そういえばこのトナカの街で情報屋に会うって言ってた気がする。

 ようやくハッキリしてきた頭でぐるりと部屋の中を見渡した。サクラの姿が見当たらない。

 「サクラは? 風呂?」

 「いや、散歩に行くってさ。5時に昨日の酒場で落ち合う約束になってるよ」

 現地集合か。折角だから3人で一緒に行動したかったが……この時間まで寝ていたのだから何も言えない。ちくしょう。

 「と、言う事でハル君!」

 いきなりモモコは椅子から飛び降り、ビシッと人差し指で俺を指す。

 「あたしとデートしよう! ね?」

 異世界に来て2日目、目覚めは最悪だったが、良い日になりそうな気がした。


 2


 「ごめんね、起こしたんだけど全然起きてくれなかったから……」

 「いいって、起きなかった俺が悪いんだ」

 俺とモモコは遅い昼食を取っている最中である。

 どうやらサクラとモモコは俺が起きないので宿のモーニングを二人で食べに行ったらしい。ちょっとショック。

 「でもここ良い店だな。このサンドイッチめっちゃ美味い」

 「ね! コーヒーも美味しい!」

 俺達が食事をしているのは、宿の傍にあったカフェの様な店だ。店内とテラスで食事がとれるが、生憎と店内は客が一杯で座れなかったので、テラスにある四角い4人用テーブルで向かい合ってサンドイッチを頬張っている。昼の日差しがとても心地よく、目を瞑れば寝れそうだ。

 そして「サンドイッチ」が通じたのでちょっとホッとした。

 ボケっと人の往来を眺めていると、モモコが俺の腕をちょんちょん突いてくる。

 「何?」

 「あそこ」

 モモコが指差す方向を見てみと、そこには一人の女性がトレイを持って右往左往していた。

 身長は170cmくらいありそうだ。金色のショートカットが太陽の光を受けてキラキラと輝いている。身長に反して小さな顔で、青色の瞳は垂れ目で可愛らしく、小さな口が愛くるしい。文句無しの美人だ。周りの男は勿論、女性まで彼女の事を一度は見ている。それほどに美しい。

 彼女は困ったようにキョロキョロと辺りを見渡していた。どうしたんだろう、と俺も同じように周りを見ていると……なるほど、店内もテラスも満席なのだ。彼女は席を探しているらしい。

 「おねーさん! こっちこっち!」

 「おい!?」

 モモコはあの席を探している(らしい)彼女をこっちに手招きしている。ちょっと! 何してるのモモコさん、みんなこっち見てるって!

 という事を口に出して言わなかったのは、困ったように眉根を寄せていたお姉さんの顔が、こちらを見た途端にパッと輝いたからだ。

 お姉さんは嬉しそうに俺たちの席に小走りでやって来る。

 「ここ、座ってもいいですか?」

 「どうぞ! いいよねハル君?」

 「え……ええ、もちろんです!」

 情けない事に声が裏返った。

 その所為かお姉さんは一瞬キョトンとした表情をしたが、すぐにクスリと笑って会釈をし、俺の隣の椅子を引いて座る。モモコの方じゃなくてこっちに座るのかよ!

 「ありがとうございます。このお店はお気に入りでよく使うのですが、今日は満席だったようで……本当にありがとうございます、助かりました」

 深々とお礼をする彼女。薔薇のような匂いがふわりと香った。

 「いいのいいの、ハル君の為だから!」

 「は? 俺の為?」

 俺とモモコは顔を見合わせて互いにきょとんと首を傾げた。お前がそのリアクションをするのはおかしいだろう。

 「だって、ハル君ってこういう大人のお姉さんが好きなんじゃないの? サクラちゃんとか、昨日の酒場のお姉さんとか……」

 こ……コイツ俺の事をそうやって見てたのか!

 確かに俺は年下で可愛い甘えん坊より、年上で綺麗なお姉さんが好みだ。そういう意味では、このお姉さんは俺の好みどストライクである。しかしモモコと出会ってから……あ、いや、最近から「可愛いものは何でも可愛い」という評価を持つようになって、つまり――

 「そ……それも、ある……」

 と、意味不明な返答をする他なかった。ヘタレである。

 「ふふふ……お二人はお友達なんですか?」

 お姉さんは嫌な顔一つせずに口元に手を当てて小さく笑った。仕草が可憐で、本当に「理想のお姉さん」といった感じだ。

 「そーだよー。昨日からこの街に来てね、ブラブラしてるの。あ、私はモモコ! 氷室モモコだよ! で、こっちはハル君。えっと……苗字は……」

 「お前……どうも、藤宮です」

 「ご丁寧にありがとうございます。葉月(はづき)と申します」

 再びペコリと頭を下げる葉月さん。女性にしては低めなハスキーボイスが耳に心地良い。

 すこしゆったり目な赤いロングのワンピースが、彼女の金髪ととても良く合っている。

 「今日はとても良い天気ですからね。皆さん、外に出てお食事をされているのでしょう」

 そう言って片方の髪を小さくかき上げ、耳に掛ける葉月さん。

 「ねー良い天気。お昼寝したくなっちゃうよね」

 「ふふ、その通りですね。今日から建国際なのに、皆さんのんびりしているというか、愛国心が無いといいますか……人の事、言えませんがね」

 「行きたい人だけ行けばいいんだよあんなの、わざわざ時間掛けて行くのも面倒臭いし。葉月ちゃんは行かないの?」

 「私ですか? 私は残念ながら仕事がありますので……氷室さんは?」

 「モモコでいーよ。私は行かなきゃいけないんだよね、まぁいつ行くかは決めてないんだけど」

 「1週間ありますからね、昨日ここに着いたなら、もうちょっとゆっくりされるのが良いでしょう」

 「それもいいんだけどねー、ここからじゃ王都まで汽車でも一日掛かるもんなー……」

 「ですね。ちょっと憂鬱になってしまいますよね」

 「でも汽車の中で食べる駅弁は好きだよ!」

 「あっ、私も好きです! 私はトナカの駅の牛タン弁当が大好きで、必ず買ってしまうんですよ」

 「あーあのお弁当美味しいよね! あと3色弁当もおすすめ!」

 「卵と鮭とそぼろの3色弁当ですよね! 私もそれ大好きです!」

 「おおおおお姉さん話が合うね! 初めて会った気がしないよ!」

 「本当ですね、まるで昔からの友人の様。どうでしょう、まだ日が高いですが……よろしければ一杯、ご馳走させて頂きませんか?」

 「行こう、すぐ行こう、今すぐ行こう、ほらハル君、何をキョロキョロしてるの」

 俺はガールズトークに全く着いて行けず、引きずられる様に酒場に吸い込まれていった。どうしてこうなった。


 3


 「乾杯!」

 3人は声を揃えてビールの入ったグラスを鳴らす。

 俺はグラス半分くらいまで飲み、葉月さんとモモコは一気にグラスを開けてお代わりをした。

 新たなビールを持って来たのは、昨日俺に変なアプローチをしてきたあのお姉さんだ。ミカさんといっただろうか? まぁ元は俺が悪いんだけど……

 彼女は2人にお代わりのグラスを渡すと、葉月と俺の顔を交互に見て、葉月さんを見ながら微かに眉間に皺を寄せる。何も喋っていないというのに、俺の耳に「泥棒猫」という言葉が聞こえた気がして身震いした。違うんです、誤解です。

 「どうしました、ハルカさん」

 ずいっと俺の前に葉月さんの小さな顔が現れ、思わず仰け反ってしまった。

 「ど、どうもしません! は……葉月さんはよくここに来るんですか?」

 「ふふ、そんなに慌てないでください。この店は仕事終わりによく来ますよ、店主には良くしてもらっています」

 「良い所ですよね、広いしご飯は美味しいし」

 「この街では1番大きな酒場です。人も集まりやすい場所ですし…………ウェイトレスさんも皆可愛いですしね」

 モモコが早くも2杯目を空にし、3杯目がミカさんによって運ばれてくるタイミングを見計らって葉月さんは言った。

 その話が聞こえた証拠に葉月さんが「ウェイトレスさんも皆可愛い」と言った途端、ミカさんはモモコにグラスを渡そうとした手をピタリと止めた。そしてすぐにモモコにグラスを渡し、満面の笑顔で俺にまた投げキッスをしてくれた。

 また周りにはやし立てられるんじゃないかと慌てて周囲を見渡すが、時間は昼間。人もまばらであり、俺たちは壁際の丸いテーブルに座っているので目立たない。ホッと胸を撫で下ろす。

 ……?


 あれ? なんだ?

 違和感がある。

 何か今、おかしな部分が――


 「ハル君、何かつまむ?」

 モモコに話しかけられ、俺の意識は酒場に戻った。

 「あ……ああ、そうだな。から揚げとかいいな」

 「いいですね、お酒にはやっぱりから揚げですよね」

 「俺はあんまりお酒は強くないみたいでさ、昨日もモモコ達に付き合ってたら二日酔いで」

 「あら……今は大丈夫なんですか」

 「ええ、万能薬を飲みましたから……って葉月さん!?」

 彼女は心配そうな顔で俺の額に自分の手を当ててくる。ひんやりとした手が心地良い。

 が、同時に俺の顔も熱くなってくる。昨日からなんだか赤面しっぱなしな気がするぞ。

 「は……葉月さん、もう二日酔いは大丈夫ですから!」

 「あら、そうですか。これは失礼いたしました。しかし、少しお熱があるかもしれません。風邪でしょうか」

 それは赤面した所為です!なんて言えるわけがない。

 その事実が更に俺の顔を熱くする。口を開けばまた声が裏返りそうなので、ぶんぶん顔を横に振って「大丈夫です」とアピールした。

 葉月さんは楽しそうにころころと笑う。そしてミカさんに林檎酒を頼んだ。モモコが一瞬、渋い顔をしたが林檎が嫌いなのだろうか。

 金髪ウェイトレスのミカさんはまるで俺達の専属ソムリエの様に常に俺達のテーブルの傍で佇んでいて、注文をすればすぐさまそれをテーブルに運び、また傍で佇む。そして常に俺を見ながらニコニコしている。怖い。

 「お2人は、晩御飯はどうされるのです?」

 葉月さんは前髪をくるくるといじりながら、俺とモモコのどちらともなしに聞いた。俺と目を合わせたモモコは同時に首を傾げる。モモコの髪が揺れた。まるで鮮血の様な鮮やかな紅い髪は、薄暗い店内で一際美しく怪しく光る。

 「それは聞いてませんね。もう一人の連れに旅の日程なんかを任せているので」

 あら、と体の前で手を合わせ、俄かに目を大きくして喜びの表情を浮かべる葉月さんは、すぐにその手を下げてシュンとしてしまった。

 「そうだ、今夜は仕事があるんだった……一緒にご飯を、と思ったのですが……残念です」

 「お仕事、忙しんですか?」

 「ええ、お陰様で。主に夜に仕事がありますので、中々お友達と晩御飯、というわけにはいかないんです」

 本当に残念そうに彼女は項垂れた。モモコとは違うベクトルで表情や仕草が豊かで、見ていて飽きない。

 しかし夜の仕事とは……こんなに綺麗だし喋りやすいし、キャバ嬢というやつだろうか。キャバクラなんかもちろん行った事無いけど。もしかして……ふ……ふうぞ……

 意識せずとも俺の目は彼女の肢体に行く。肌の色は透き通るように白い。が、耳だけ少し赤くなってるのは酒の所為だろうか。シルバーらしき小さいリング状をしたピアスが左耳だけに着いている。胸は……控えめな主張だ。しかし良い。これくらいが一番良いのだ。今日の巨乳賛美主義の世界に、俺はこれを声を大にして言いたい。

 「ハルくん、鼻の下伸びてる」

 咄嗟に鼻から下を両手で覆って隠した。その仕草を見て、モモコにしては珍しく呆れ顔で首をすくめて見せる。モモコにまでこんな顔をされるとは……俺は咳払いを一つして、椅子に深く座り直し、キリッと顔を作り直した。

 「胸ですか? 身長の割に小さくて……ちょっと気にしてるんですよ。色気が無くってごめんなさい」

 葉月さんは照れ笑いしながらそう言って、両手で自分の胸を下からちょっと持ち上げた。

 せっかく作った顔は一気に崩壊する。俺の鼻の下はさっきの倍は伸び、頭にサクラ代わりの一発をモモコから頂き――

 視界の端に、誇らしげに両手を腰を当てて豊満な胸を突き出し、勝ち誇った顔をしたミカさんが見えた。違うんだって、そうじゃないんだって。


 4


 「お手洗いに行ってきますね」

 そう言って葉月さんは席を立った。

 時刻は17時10分前である。3人でかなり話が盛り上がっていたため、時間の経過はあっという間だった。サクラが来るまであと10分だが……ちゃんと来るだろうか。アイツは何となく時間にルーズな気がする。

 周りにも人が増えてきた。お昼頃は店主が裏方に引っこんでいた様だが、今はすでにカウンターの中でフライパンを振っている。たまに葉月さんに話し掛けてくる男どもが鬱陶しいが、その反面、それも仕方ないなと思う。ただ男が葉月さんに話しかけてくるたびにミカさん以外のウェイトレスが苦虫を噛み潰した様な顔をするのが心臓に悪い。なんでこの店のウェイトレスはこんなに肉食系なんだろう。

 「待たせたみたいだな……モモコ、どれだけ飲んだんだ」

 「あははははは! 分かんない!」

 いつの間にか呆れ顔のサクラが俺の背後に立っていた。前言撤回、時間は守るヤツらしい。

 モモコはとっくに出来上がっていた。量は昨日ほどではないが、葉月さんが「お会計は私が出すので、お好きな物をどんどん頼んでください」という言葉に無遠慮に乗っかり、高そうなお酒をガンガン飲んでいたのである。

 「2人とも何時からここに?」

 「14時くらいからだな。街で知り合った人に誘われてさ」

 「ほー、ソイツは?」

 「今トイレに行ったばっかりだよ。すぐ戻ってくると思う」

 「……そう、か……あ、麦酒」

 「はぁーい♡」

 さっきから注文の際の返事が「あいよー!」から猫なで声に代わってる。

 空いている席に腰を下ろしたサクラは顎に手を当てて何やら考え込み、煙草に火を点けてからボリボリ頭を掻いた。

 「面倒だな」

 「何がだよ」

 「情報屋は今日、今からここで落ち合って商談する事になってる。部外者がいると話が出来ない」

 「そうなのか?」

 「情報屋って奴等は、とにかく情報が漏れるのを嫌う。そいつという人間の性格、家族、周囲の人間なんかを調べ上げ、情報を売るに値する人間かどうかを見極め、多額の金で情報を売る。そうして初めて商売を成立させるような用心深い奴等だ。今日呼んだ奴は私の懇意にしている情報屋で、私の事を知ってる。私の方からお前達2人の事を話せば信用してもらえるが……知らない奴がいるとなると話が別だ」

 「上手く誤魔化せないかな?」

 「アイツら情報屋は人間を観察する事に慣れてる。それだけじゃない、人に探りを入れてボロを出させる(すべ)、自分を信用させる術……人間把握、心理術、読心術の達人だ。しかも私が呼んだ奴は情報屋の中でも一目置かれている程の凄腕。誤魔化すのはまず不可能だろうな」

 「うーん……サクラ以外の3人は席を外すとかは?」

 「ああ、それがいいだろうな。すまないが私は一回店を出て、もう少ししたら此処に入り直す――チッ……」

 サクラは舌打ちをして会話を中断した。理由はすぐ分かった。いつの間に戻ってきたのか、サクラの真後ろにいる葉月さんが座っているサクラの両肩に手を置いているのだ。

 今の会話を聞かれたか?

 いや、そんな事より……サクラとモモコの会話を思い出す。


 『……なんであたしが氷室だって判ったのかな?』

 『いくら私が気を抜いていたとはいえ、後ろから声を掛けられるまで気付かないなんて事は今まで有り得なかった。仮にそんな事ができるのは、悪意という言葉すら知らない赤ん坊か、或いは――』

 『恐ろしく腕が立つか』


 全身から汗が噴き出た。心臓がガンガンと肋骨を殴ってくる。

 今サクラの後ろに立っているのは、今まで楽しく談笑していた葉月さんじゃない。

 もっと言うのなら、悪意という言葉すら知らない赤ん坊でもない。

 なら……ならばこの人は――


 『恐ろしく腕が立つか』


 “モモコやサクラと同じ人間”だ。

 モモコの顔はいつの間にかサクラと対峙した時と同じ顔になっていた。右手で刀を持ち、左手はいざ抜刀せんと柄を掴んでいる。

 サクラは無表情だ。何を考えているのか窺い知れない。

 葉月さんは口角を不気味に吊り上げた醜悪な笑顔で俺達3人を見下ろしている。昼から今まで、この人のこんな顔は見た事がなかった。いや、隠していた(・・・・・)んだ。きっとこの顔が彼女の本当の顔……

 脇差を抜くか? フラッシュで目を潰すか?

 俺の思考は全く纏まらない。考えれば考える程わけが分からなくなっていく。


 「やめろ」


 声を発したのは両肩を掴まれているサクラだ。

 突然に発せられたその声に、俺とモモコはビクリと体を震わせる。

 「やめろって言ってるだろ、お前ら2人だよ。モモコ、それ仕舞え。ハルカ、こんな所でそんなもんぶっ放すな」

 そんなもん、とは無意識に右手に貯められた俺の魔力、フラッシュの封魔のことだろう。

 呆れ顔になったサクラは両肩に置かれた手をペシッとはたき、ため息を吐く。

 モモコは抜刀しかけた刃をチン、と収め、笑顔でその刀を布で巻いた。

 俺は未だに硬直している。正直、さっきより状況が読めない。


 「ようやく役者も揃ったようですね。改めてご紹介させていただきます。情報屋、葉月です。今宵はどうぞよしなに。願わくば、末永くお付き合いできますよう」

 「いいから座れバカ野郎」

 前口上、というのだろうか。一気に喋りきった葉月さんは両手で赤いワンピースの裾をつまみ、少し持ち上げてから深く頭を下げた。頭を上げて覗かせるその表情は、俺の知っている葉月さんの笑顔に戻っている。

 サクラにバカ呼ばわりされた彼女は、さも不満そうな顔で空いている席に座った。

 「あー……こいつがさっき言ってた情報屋だ。全くお前らも人が悪いぜ、コイツと飲んでるなら最初からそう言えよ」

 「いや、まさか葉月ちゃんが情報屋だなんて思いもしなかったし……しかしやっぱり凄いね、サクラちゃんが贔屓にしてるわけだ」

 あははは、と心底楽しそうに笑うモモコだが、やっぱり俺はまだ整理がつかない。

 それを察したのか、サクラはため息を吐いて葉月さんのほっぺたをつまみ、俺の前に葉月さんの顔を無理矢理出して説明を始める!

 「いいいいい痛い! 痛いれふサクラふぁん!」

 「うるせぇ、こいつらおちょくった罰だ。いいかハルカ、さっきも言ったが……この性悪が私と今日ここで会う予定だった情報屋だ。つまり予定通りだ」

 「サクラふぁん! 離してくだふぁい!」

 「どうせ大方、お前とモモコを街で見つけて近付いたんだろう」

 「……どういう事だ?」

 「お前、どうやってコイツと会った?」

 「ほっぺた伸びちゃいまふから!」

 「えーっと、喫茶店でモモコと食事をしてて会ったんだよ。店内もテラスも満室で、葉月さんの座る席が無くて困ってたから相席した」

 「はぁ……計算通りだな、葉月?」

 「そんな事ないれふ!」

 「嘘こけ。困ったふりしてコイツらが声を掛けてくれりゃラッキー、声を掛けてくれなきゃ自分から相席を申し込む。座る席が空いてればコイツらの傍に座って機会を窺い、会話に入り込んでいく。あとはお得意の会話術で自分への警戒心を解き、酒を飲ませて情報収集……」

 「え……えふぇふぇふぇふぇ……」

 「待ってくれ、どうして俺とモモコに近づいたんだ?」

 「偶然でふ。あ痛たたたた!」

 「嘘つくなって言ってんだろ。私は昨日、この店でコイツ呼び出した。オヤジに言ったよな?「今度の満月はいつだ」って」

 「あぁ、あれな」

 「それが暗号だったのさ。オヤジは「満月は明日」と答えた。つまりこのバカは今日この街に到着するってこった。到着の時間までは分からないからこんな事になったが……」

 「サクラふぁん、あんまり暗号の事ふぁ言わないでくらふぁいよ」

 「喋んな。ともかくコイツは昨日の深夜頃に呼び出しを受けた。オヤジに私の名前は言わなかったが、コイツは呼び出しの場所と特徴で私と気付いたんだろう。ちなみにオヤジがどうやってコイツを呼び出すのかは私も知らん」

 「企業秘密でふ」

 「だそうだ。コイツはトナカの街の住人を全員把握している。産まれたばかりの赤ん坊の名前や生年月日、死んだ人間の没年月日、そいつの顔、性格、趣味趣向、好みの下着の色まで」

 「……怖いんだが」

 「優秀なのは違いねぇ。が、如何せんこの性格だ。それに有名人も勿論網羅している。特に鋼新兵についてはご執心だ」

 「鋼新ふぇいのじょうふぉうふぁお金になるんでふ」

 「コイツがいつトナカに入ったかは知らねぇ。が、かなり早い時間……少なくとも午前中には居たんだろう。そこである人間を見つける。紅い髪の小さな女……モモコの事は見ただけで分かったんだろうな」

 「ふぁい」

 「しかしそのモモコは知らない男を連れている。興味本位で情報集めを始めたコイツは、お前のフルネームと私と一緒にこの村に入った事を知る。名前は宿にでも忍び込んで見つけたか?」

 「……ふぁい」

 「そうして集められるだけの情報を集めてお前らに近づいた。更に情報を集めるついでに驚かせてやろうと考えたコイツは、私との待ち合わせの場所のこの酒場に誘った……そんな所か」

 「お見事でふ! さすが四季のダンナ……あああああ痛い! ごめんなふぁい!」

 葉月さんのほっぺたが紫色になってきた。さすがに気の毒になってくる。

 「誰がダンナだよ。とにかくそういう事だ。納得したか」

 パチン! と良い音をさせながらサクラの手は離された。急にほっぺたを解放された葉月さんの頭は吹っ飛ぶ。

 モモコは半目になってコクコクと頭を上下に揺らしながら眠ろうとしていた。


 しかしあの時の違和感の理由が分かった。

 あの時モモコは俺の事を「ハル君」と呼び、俺は自分を「藤宮です」と紹介しただけだ。なのに葉月さんは俺の事を「ハルカさん」と呼んだ。俺の名前を知らない筈なのに、名前で呼ばれたから違和感があったんだ。

 「と、とにかく優秀な情報屋さんなんだな?」

 「性格に難ありの、な」

 「あー痛かった、本当に乱暴なんだからもう……ボクの綺麗な顔に傷が付いたらどうするんですか」

 「無駄話は止めて、仕事の話するぞ。いいな」

 「はいはい……内容をお聞かせくださいな」


 5


 「納得がいきませんね。その依頼は受けられません」

 「……理由を言ってみろ」

 「何故、「王都の図書館の警備状況が知りたい」なんて中途半端な依頼なんです? そこで調べたい内容があるのなら、ボクに直接それを探らせればいい」

 「……」

 「しかし理由はいくつか思い浮かびます。先ずは図書館の書物そのものに執着がある。しかしこれは違うでしょう。確かに王都の図書館にある書物は貴重ですが、せいぜい売るくらいしか用途が無い。サクラさんがそんな事にわざわざボクを呼び出すとは思えません。足も着きやすいし、余りに割が合わない。なのでこれは違います」

 「……次は?」

 「図書館に入る事自体が目的である。しかしこれこそ得は無い。あそこに入る事だけで得られる物は何もありません。そんな事はボクでなくても知っている。ただの書物がある部屋ですからね。なにでこれも違う」

 「……次」

 「実は図書館に用は無く、図書館にある王城に用がある。一番有り得そうな理由ですが、これは違います。今までの会話の反応から察するに、サクラさんの用があるのは間違いなく図書館です。これも違う」

 「……つまり、何が言いたい?」

 「ボクを試しているんですか? サクラさん、“ボク、或いは誰かに何を探っているのか知られたくない”のでしょう? そしてその探し物は恐らく図書館にある。図書館にあるのは、勿論書物です。つまり「知識」や「情報」ですよね。それをボクに探らせない、或いは知ってそうな人物をボクに探させない、それはつまり……内容は知らさず、目的の物がありそうな“場所だけ”を知りたい、という事」


 しばらく沈黙が場を制した。

 やがてサクラはため息を吐くと、降参、と言うようにやる気なく両手を上げた。

 「参った。その通りだよ」

 力なく笑うサクラだが、葉月さんの顔に笑顔は無い。むしろ険しい顔でサクラを睨んでいる。

 「教えて頂けますね? あのサクラさんが、こそこそと回りくどい依頼をする理由」

 「教えなきゃお前も教えないだろ」

 ようやく葉月さんはくすりと笑った。ちょっとホッとする。

 「いいよ、教える。全部な。ただし――」

 「勿論黙っていますよ、ボクとサクラさんの仲です。情報屋はこうやって得た情報すら売り買いしますが、それはしません。誓います」

 「一回しか言わないし、何一つ嘘は付かない。事実のみを言うぞ」

 葉月さんはワンピースから2本出した煙草の1本にテーブルに置いてあった店のマッチで火を点けてから、もう1本をサクラに渡した。サクラはそれを無言で受け取り、同じ様にマッチを擦って火を点ける。店の天井に向かって互いに大きく紫煙を吐いた。

 「“商談が始まる時”の合図なんですよ。やっとですね」

 悪戯っぽく笑った葉月さんが教えてくれた。

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