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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第一章
16/29

四季サクラ

 1


 初めて飲んだ酒は凄く美味しかったというわけではないが、楽しかった。

 宿のに戻ってきた俺達3人は、それぞれ思い思いに自分の時間を過ごしている。

 モモコはシャワーを浴び、サクラは部屋の椅子に深くもたれ掛かって煙草をふかし、俺はベランダの様な場所で夜風に当たっていた。サッシという物はこの世界にないらしい。部屋の奥にあるガラス張りの小さなドアから外に出られる、小さなベランダだ。

 手すりに少し身を乗り出しても街を歩く人の姿は見えない。最も暗すぎて遠くまでは見えないので、この街のどこかではきっと誰かが外を歩いているのだろう。

 酒で火照った顔を優しく撫でてくれる夜風が気持ち良かった。

 「お気に召したか?」

 いつの間にかサクラが右隣に来ている。俺は彼女の方を見ず、ただ短く「ああ」とだけ答えた。

 サクラは何も言わない。

 横目でちらりとサクラを見る。

 黒いノースリーブ姿になった彼女の左腕が、まるでこの闇夜に飲み込まれているように見えて一瞬ドキリとした。

 が、それは彼女の刺青である事を思い出し、小さく安堵のため息を吐く。酔っているのかもしれない。

 「気になるか」

 「えっ?」

 サクラは自嘲気味に笑い、自分の左腕をさする。彼女の顔は正面を向いたままだ。

 そりゃ気になる。しかしそれを言ってもいいのだろうか。

 「上半身の左半分に入ってる」

 「……痛くないのか」

 「今は全く。入れる時ゃ死にたくなるほど痛かったがな」

 そう言って愉快そうにケラケラ笑う。

 「“四季”の一人前の証だ。勲章みたいなモンだな。でもやっぱ威圧感があるから普段は隠してるが」

 だろうな。最初に見た時は存分に驚かされた。

 「一人前って?」

 「ああ、四季は槍術の名家だ。私はその四季流の継承者」

 「昔から槍をやってたのか」

 「自分が槍を振る……それが普通だと思い込んじまう程小さい頃からな」

 「優秀なんだな」


 少し間が空いた後、ゆるりとサクラは首を横に振った。

 「全く。よく「お前にはどうしてそんなに才能が無いんだ」って親父にどやされたぜ。落ちこぼれだったさ」

 意外だった。一度しか見ていないが、あれほど自在に槍を振るうサクラが落ちこぼれだったことも、自分の事を落ちこぼれなんて言う事も。

 「それで良いと思った。こんな物、手をボロボロにしながら練習して何の意味があるんだって思ってた」

 笑いながらプラプラと両手を振る。

 「でも……でもそうも言ってられなくなったんだ。戦争が……戦争の所為で」

 顔は笑っていたが、その瞳に陰が落ちた気がした。

 「鋼新王国が封魔士を糾弾し始めたんだ」

 「何で?」

 「先王は自身が封魔の才に恵まれなかった。その所為で封魔――特に封魔士には強い劣等感を抱いていたんだ」

 「そんな事で……」

 「そして恐れていた。やり手の封魔士はその気になれば村一つくらい吹き飛ばせる。もしそんな奴らが結託して王都を攻めて来たら……そう考えた。完全な被害妄想だがな」

 先を聞くのが怖い。

 しかし俺の好奇心は恐怖に勝った。素直にサクラの話に耳を傾ける。

 「先々王が死去してから先王は王の座に就いた。そして適当な理由を付けて封魔士を処刑していった。抵抗する人間もついでに処刑された。王都の精鋭達を派遣させ、片っ端からな」

 「そんな……酷すぎるだろ」

 「ああ、勿論そんな事をしてて許されるはずもない。先王に反発する一般人、封魔士、そして鋼新兵――結託して先王を討とうとした。そして結成された組織が……「封魔解放団」だ」

 ドクン、と何故か心臓が一度大きく跳ねた。

 「“戦争”なんて一丁前に言ってるがな、その雌雄は一年も経たずに決したぜ。結果はもちろん解放団の勝利だ。先王は無様に逃げ惑ったが簡単に捕まった。次の王――つまり現王だな。そいつは穏健派って評判だったが、王座に就くと即座に封魔士の糾弾を謝罪、撤回。同時に捕まった先王の公開処刑を宣言、そして実行した。自分の親父をあっさり処刑する冷酷さに、民衆は顔を凍らせたぜ。流石の私もちょっと引いたな」

 ゲラゲラ楽しそうに腹を抱えて笑っているサクラだが笑えない。あまりに話が血生臭すぎる。

 「……ま、そんな事があった。あまりにあっさりと終戦さ。それがほんの8年前だ」

 「ちょっと待て」

 「?」

 不思議そうにサクラは首を傾げた。

 「お前、そういえば何歳なんだっけ?」

 「何歳って……18歳って言っただろ」

 そうそう、同い年だよな。

 じゃなくて!

 「それで8年前に終戦って……お前、10歳で戦ってたのか!?」

 「おう、おかげで未だに賞金首だ。私の首に35億懸ってるらしいぞ」

 な……なんて事だ。10歳で戦場を駆け抜けていたってのか。

 「ん……? でも未だに鋼新が政権を握っているって事は、円満に終焉したんだよな」

 「だな」

 「なのにまだ賞金首なのか?」

 「あー……それにゃまぁ色々あってな……」

 言いたくない事なのだろうか。

 「それに未だに賞金首なんて拙くないか?」

 「8年前の事だからな。当時の顔を覚えていても、今の顔は分からないさ」

 ああ、カメラなんてこの世界には無いのか。

 「なるほどね……」

 「なんとなく、この世界の事が分かったか?」

 もしかして、この説明をする為に俺の隣に来たのだろうか。

 少し不安そうな顔でこちらを見るサクラ。

 それは自分の説明が理解できたか不安になっている顔ではない。きっとこの話で「四季サクラ」という人間に対して恐怖や脅威を感じていないか、と聞きたいんだろう。

 「うん、よく分かった。ありがとう。それにサクラの事も知れて良かった」

 俺は素直な気持ちを伝える。

 が、サクラは途端に目を丸く見開き、俺に背を向けてしまう。

 そして「風邪ひくなよ」と言ってさっさと部屋に戻ってしまった。

 うん、サクラはいい奴だ。絶対に。


 俺も少し肌寒くなってきたので部屋に戻る。

 サクラはまた椅子に深く座り、煙草をふかしていた。

 テーブルを挟んで正面に、シャワーから出たらしきモモコが座っている。

 「二人で何話してたのさ」

 モモコは口を尖らせ、不満そうな表情を隠しもせずに俺とサクラを交互に見る。

 「秘密の話さ、な?」

 悪戯っぽい笑顔でサクラは俺を見た。

 俺は同じような笑顔で頷く。

 それを見たモモコは更に不満そうに口を尖らせ、「もういいですよ」と言って椅子から立ち上がり、ベッドにダイブした。

 「ハル君一緒に寝よー! あんな怖い人放っておいて2人で寝よー!」

 「誰が怖い人だって? あ、おい、髪が濡れてる! ベッドが濡れる!」

 俺は二人のやり取りを背で聞きながら浴室に向かった。

 まだ夜は長そうだ。

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