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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第一章
15/29

今度の満月はいつだ?

 1


 時刻はいつの間にか18時を周っていた。世間的には十分に夕飯時である。

 かなり大きな酒場だ。大小の丸い木製のテーブルが50卓はあり、そのほとんどが客で埋まっている。それぞれの客は談笑に酒に酔い、実に楽しそうに宴を繰り広げていた。

 先ほどのホテルは魔石が使われたシャンデリアがあったが、この酒場にその様な物は無い。代わりに無数の蝋燭があちらこちらに設けてあり、店全体を暗く照らしていた。魔石ほどの明るさは無いが、酒場はこの雰囲気の方があっているような気がする。こういうのをブリティッシュパブ、なんて言うのだろうか。

 俺たちはテーブル席には座らず、サクラを真ん中にして横一列、何故かカウンターに腰を下ろしていた。目の前ではマスター……と呼ぶにはあまりに偉丈夫な髭面のオッサンが忙しそうにフライパンを振っている。

 「ごめんねーハル君、昔の事を思い出してちょっと熱くなっちゃってね、えっへっへっへ……あ痛い。ごめんって」

 サクラに頭をしばかれたモモコはそれでも尚、上機嫌である。さっきから休み無しにビールを煽っており、既にその杯数は20を超えている筈だ。

 ちなみにモモコに謝られたのはこの店に入って6回目である。

 「だからもう良いって……それとあんまり飲みすぎないでくれよ。二日酔いになるぞ」

 俺はそう言って自分の目の前にある酒を舐めた。

 当然、俺は自分の世界では未成年なので酒なんか飲んだことが無い。酒の種類についても知らないので、今舐めた琥珀色の酒が何という酒なのかも分からない。とりあえずサクラと同じもの、と注文したのでこれを味わっているだけである。

 サクラは手に持った、俺と同じ小さなグラスに入った琥珀色の酒をぐいっと飲み干し、ダン、とテーブルにそれを叩き付けた。

 「しかし料理が遅ぇな! おいオヤジ!」

 背を向けてフライパンを握っていた店主は、振り返って忌々しそうにサクラを見た。

 「あんだ! 今忙しいんだ!」

 「見りゃ分かんだよ! さっさと私等の分も作りやがれ! こっちは朝から何も食ってねぇんだ!」

 「テメェらの事情なんか知るか!」

 ごもっともである。

 どうやらこの店にいる人間の料理を、この店主一人で作っているらしい。

 太ももをこれでもかと晒している綺麗なウェイトレスのお姉さん数人が酒を作って運んでいるのが幸いか。

 「サクラちゃん、全然飲んでないじゃん。おねーさーん! この人に透過酒(とうかしゅ)!」

 「あいよー!」

 モモコの注文に、間髪いれずに店内のどこかにいるお姉さんが威勢よく答える。ものの数秒でサクラの前に無色透明な酒の入ったグラスが置かれた。

 「これ美味いけどキッツいんだよなぁ……」

 なんて言いながらサクラはずっと微笑みを浮かべていて、とても楽しそうだ。その頬は少し赤らんでいて、なんというか……凄く色っぽい。言葉遣いは酒の所為でいつもより荒いけど……

 「グイッと! グイッといっちゃって! いけ! おら! あ痛、ごめんなさい」

 モモコは完全に出来上がっている。バシバシとサクラの背中を叩いていたが、グーで頭を殴られた。

 サクラはモモコをしばいてからグラスを手に持ち、一気にその中身を煽った。ゴクゴクと喉を鳴らす音が規則的に聞こえ、あっという間に中身を飲み干す。プン、と嗅いだことのある匂いがした。

 この透過酒ってやつ、焼酎だ……

 サクラのグラスに残った僅かな酒の残りを味見してみる。アルコールランプを舐めた気分になった。

 「あ゛ー喉が焼ける。美味ェ……」

 俺の知ってる焼酎とこの世界の焼酎が同じものとは限らないが、これめちゃくちゃアルコール度数が高いんじゃ……

 焼酎や日本酒は、小さいグラスに入れてチビチビ飲むものだ。そんなものをビールジョッキみたいな大きさのグラス一杯を一気飲みすりゃ喉も焼けた気分になるだろう。

 「おいモモコ、オメーも飲めや。ねーちゃん! コイツに琥珀酒だ! 高琥珀酒なんて勿体ねぇ! クズ酒持って来い!」

 「あひゃひゃひゃひゃ! ひどいなーもう」

 二人ともこれ以上無いくらい上機嫌である。

 「琥珀酒はキツいが基本的には良い酒だ。木製の樽の中で熟成させて、木の香りを酒に付け、味と香りを楽しむ」

 説明を求めてもいないのにサクラが解説してくれた。

 ってそれ、もしかしてウィスキーか?

 「ただ熟成に失敗して香りの悪い物も稀に出来ちまう。誰も好んで飲まねぇ、出来そこないで売り物にならねぇ酒さ。それがクズ琥珀酒だ」

 つまりアルコールが強いだけの酒。その安酒をモモコに飲まそうとしているのである。

 「あいお待ち!」

 「うぃーいっただっきまー」

 お姉さんの手から大きなグラスに安酒がなみなみ注がれたそれをぶんどる様に受け取り、モモコはサクラと同じく一気に飲み干した。

 「ああああああ不味い! 私はもっと良い酒を飲むぞ! おねーさん、白王酒(はくおうしゅ)おくれ」

 「あいよー!」

 傍にいたお姉さんは一気に飲み干されたグラスをモモコから受け取り、足早に次の酒を持って来る。

 それはワイングラスに入った白い半透明の酒。きっとアレは白ワインだろう。

 それを受け取ったモモコは一口だけそれを飲み、テーブルに置いてあるナイフとフォークを持ってチンチンと互いに打ち鳴らした

 「とりあえず前哨戦はこれくらいにして、ご飯食べようご飯! オヤジー! ごはーん!」

 「目の前にいんのにそんなデカい声出すんじゃねー! おらよ!」

 ドン、とサクラの目の前に出されたのは俺の顔くらいある肉の塊だ。アメリカの映画なんかで出てくる無骨なステーキそのままである。こうやって実物を見ると、そのインパクトに気圧されつつも涎が止まらない。鉄板の上で音を立てながら油を跳ねさせているそいつは、サクラとモモコの飲み比べに終止符を打つのに十分な存在感を放っている。

 が、俺にはある疑問が浮かんだ。

 「ちなみにこの肉、何の肉?」

 「知らねぇ」

 「知らない」

 「知らん」

 おいオヤジ、お前は知っておけよ。


  2


 分厚いステーキを切り分けながら競うように食い、白米をかっ込み、スープを水の様に飲み、サラダを無視しながら3人は食事を取った。

 食事の味は悪くない。俺のいた世界とそう変わらないように思えた。全体的に食材の質は落ちるし、変に味は濃いが……うん、美味い。それは間違い無い。

 「やっと落ち着ついてきやがったぜ」

 カウンター内の店主は大きなグラスに入ったビールらしき物をぐいっと煽いだ。

 時刻はいつのまにか23時だ。周りの客はいつの間にか大人しくなっていた。人が少なくなったわけではない。みんな落ち着いて談笑を楽しんでいるのだ。

 「ねーちゃん、高琥珀酒(こうこはくしゅ)くれ」

 「あ、あたしには林檎……いや、桃酒。ハル君は果物なら何が好き?」

 「ミカンとかいいな」

 「じゃあおねーさん、桃酒と蜜柑酒(みかんしゅ)ね」

 「あいよー!」

 ひっきりなしに動いてるのに、このお姉さんたち元気だなぁ……ずっとニコニコしてるし。

 「お待ち!」

 あっという間に3人分の酒が運ばれてきた。俺とモモコの果実酒はアルコール分も低くて飲みやすい。ジュースみたいな感覚で飲めてしまうから、気を付けないと飲みすぎてしまうのが難点と言えば難点か。

 「おいねーちゃんたち、良い飲みっぷりだったな」

 いつの間にかグラスを開けた店主はそう言いながらくるりと後ろを向き、酒樽から自分のグラスにビールらしき酒を注いだ。

 「乾杯してくれや」

 「構わねーよ」

 「はーい」

 俺も慌ててグラスを持ち、乾杯をした。

 キン、と小気味の良い音が鳴り、同時に4人は酒を飲む。誰もグラスを開けはしない。今はゆっくりと飲む時間なのだ、と周りの雰囲気がそう教えてくれる。

 「お前ら、この辺じゃ見ない顔だな。どっから来た?」

 店主も上機嫌である。

 「サキの」

 「サキだ。今朝着いたばかりでな、今日の初めての飯がこれだ。此処にして良かったぜ」

 喋ろうとしたのに遮られたモモコは、サクラに向かって変な顔で舌を出したが見事に無視された。

 しかしサクラも相当機嫌がいいんだろうな。素面のアイツがこんな事言うなんて信じられない。

 店主はガッハッハと豪快に笑い、グッとグラスを煽る。

 「しかしサキって……東のサキの村か。あんな所から人が来るなんて珍しいな」

 「あぁ、探し物をしに来た」

 「ほー、何を探しに?」

 少し間が空く。

 探し物には間違い無いが、俺も何を探しに行くのかと聞かれればどう答えていいのか迷う。

 「……まぁ見つけ難いモンさ。そんな事よりオヤジ」

 サクラはそこまで言って少しグラスを傾けて酒を飲み、トンとテーブルにグラスを置いてニヤリと笑い、続けた。

 「“今度の満月はいつだ?”」


 ピクリと眉を上げる店主、ニヤニヤと笑うサクラ、ポリポリと首を掻いているモモコ、急に会話が止まったことに動揺する俺。

 なんだ? 今度の満月? そんな事聞いてどうするんだ? なんで店主はそんな難しそうな顔をする?

 と思っていたら店主はくっくとサクラと同じように悪そうな顔で笑い、体をカウンターに乗り出してサクラと顔を見合わせた。

 「なるほどそういう事かい。運が良かったな、満月は明日だ。早い時間に見れるだろうぜ」

 「悪ぃな。ありがとうよ」

 「いいってことよ」

 短い会話を交わした二人は、まるで示し合わせたように同時にグラスを煽って一気に中身を空にした。

「行くぞ2人とも。今日はもう寝る」

 とだけ言ってサクラは椅子から降り、さっさと出入り口に向かって歩いて行ってしまった。

 俺とモモコは慌ててグラスを空にしてその後を追う。

 慌てていた所為か酒の所為か、あるいはその両方か。俺は足を(もつ)れさせ、傍にいた金髪ロングのウェイトレスのお姉さんにもたれかかってしまった。

 「あん♡」

 「おああああああゴメンナサイ!」

 光の速さで3回頭を下げ、逃げるようにサクラの元に走る。モモコのケラケラ笑う声が後ろから聞こえた。

 サクラはレジ(の、様な台)で会計をしようとしていた所だったらしく、リュックに手を突っ込んでいる。

 「おっぱい柔らかかったか」

 「もたれかかっただけだ!」

 「あー、お会計はあたしが出すよー外に出ててー」

 「そうか、悪いな。おい行くぞ」

 「はいはい……モモコ、ごちそうさま」

 「いいってことよ!」

 モモコの呂律はかなり怪しい。なのに足取りがしっかりしているのが何だか不自然で面白い。

 両開きのドアを開き、サクラと共に店を出た。

 「ありがとーございましたー!」

 ウェイトレスのお姉さん達の声が後ろから俺たちを見送ってくれる。俺は振り返ってぺこりと頭を下げると、先程もたれかかってしまったお姉さんと目が合った。お姉さんは俺に向かってウィンクをし、投げキッスをすると――

 「出た! ミカちゃんの投げキッスだー!」

 「良かったな小僧! 気に入られたぞ!」

 「気を付けろよ! 死ぬまで搾り取られるぞ!」

 「金じゃなくてあっち(・・・)をな!」

 「ギャハハハハハハ!!」

 店中の其処彼処からはやし立てる声が上がる。ミカちゃんと呼ばれたお姉さんは虚ろな目で自分の人差し指をぺろりと舐め、手を振った。

 大慌てで店の外に出た俺の顔は、触らなくても分かるほどに熱い。もちろん酒の所為では無い。最後の最後にこんな辱めを受けるとは……異世界、恐るべし。


 店を出て、店の壁に背を預けて辺りを見渡す。街灯はあるがやはり暗い。電気が無いから当たり前ではあるが、心地の良い暗さだ。

 ふっと空を見てみる。

 満点の星空が静かに光を称え、薄い三日月がくっきりと浮かんでいた。こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだ。思わずため息が出てしまう程に美しい空……

 「疲れたか?」

 ため息を聞かれたからだろうか、サクラは俺に聞く。

 「ううん、楽しかったよ。ただ綺麗な空だなって」

 サクラはケッケッケと下品に笑い、俺と同じように空を見た。

 「お前の所は、星や月は無いのか」

 「いいや、あるけどこんなにはっきり見たのは初めてだ。夜でも街は明るいから、星空なんて見えない」

 「夜でも星が見えないくらい明るいのか」

 「俺の住んでた所はな」

 ほう、と感心したように息を吐くサクラ。

 そして星空から俺の方を向き、ニコリと笑った。

 さっきまでと違う、歳相応の可愛らしい笑顔に思わずドキリとする。

 「お前の街に……行ってみてぇな」

 「……連れてくよ。お前が良ければ」


 同時に二人は空を見上げた。

 星空を見る為じゃない。サクラに赤くなった顔を見られたくなかったから。

 サクラも同じ理由だったりするのだろうか。

 でも自分の顔を見られたくないから確認なんて出来ない。

 「私と手でも繋いで宿に行くか?」

 「本気?」

 「殴るぞ」

 サクラの笑顔は、いつも通りのいやらしい卑屈な笑顔に戻っていた。

 うん、こっちの方がコイツらしいな。

 店内からモモコの絶叫が聞こえた。

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