トナカの街、到着
1
時刻は朝の5時5分だ。馬車の上とはこんなにも寝辛いものなのか……いや、それもあるが一番はこの道のデコボコ具合だ。これのおかげで馬車は常に揺れてとてもじゃないが寝れたものじゃない。おかげで2時間くらいしか寝れなかったぞ――逆に言えばこんな状況で2時間も寝れたわけだけど……
「おはよ! よく寝れた?」
手綱を引いているモモコがニコニコと俺を見て首を傾げた。
「おかげさまでよく寝れたよ。サクラも、悪いな」
このモモコの笑顔を見たら寝れなかった、なんて絶対に言えない。
外を見ながら煙草を吸っているサクラは、こちらを見ずにやる気無くちょっとだけ手を挙げて答えた。
「これ使えよ。魔力上げするんだろ」
外を見ているままの格好で手に持っていた何かを俺に投げて寄越す。モモコがそれをヘディングでカットしようとしたが空振りした。突っ込まないでおく。
「それは空魔石って言ってね、魔力を失った魔石だよ。そのまんまだね」
モモコが解説してくれた。あの大蛇の落とした魔石は色味があったのに、確かにこの魔石は透明で空っぽな感じがする。これは大蛇の魔石よりかなり小さく、せいぜい小石くらいの大きさだ。
「どこから説明しようかな……まず、魔力を増やすには限界まで自分の魔力を使い切ることが大切なんだ。そうすると体が「これはヤバい、もっと魔力を溜め込まなきゃ」ってなって魔力の最大容量を増やすんだって。そんで、魔石っていうのは魔力を溜め込めるんだ。この魔石に自分の限界まで魔力を注いで、魔力が満タンになったらまた魔石に魔力を注ぐ――それを繰り返して自分の容量を増やしていくんだよ」
分かり易い説明だ。
しかしこの小さな石に今の全ての魔力なんて入りきるのだろうか。気になってそれをモモコに聞くとサクラが鼻で笑った。モモコも苦笑いしている。なんだこいつら。
「とにかく、これにできる限り魔力を込めればいいんだな?」
「そうそう、いくら魔力を使っても死ぬことは無いからどんどんやるといいよ」
よし、そうと分かれば早速実践だ。石を右手に握りこんで、魔力をこの石に流し込むイメージ――右手がどんどん熱くなっていくのが分かる。
しかしそう感じた瞬間、急にその熱が冷めた。この石が魔力を吸ったのだろう。その証拠に冷たくなった右手の代わりに魔石が熱くなっている。どんどん魔力を流していくが一向に手は熱くならない。魔力を右手に溜めている傍から吸われているのだ。
じっと俺を見るモモコと横目でチラチラと俺を盗み見るサクラが視界の端に映っている。
しばらくそれを繰り返しているうち、ついに魔石が熱を発しなくなった。俺の体にも形容しがたい倦怠感が伸し掛かっている。
ゆっくりと右手を開いてみると、そこには魔力を流す前と何も変わらない魔石があるだけである。本当にこの魔石は魔力を吸ったのか?
モモコとサクラは顔を見合わせ、モモコは苦笑いをしてサクラは肩をすくめて首を振った。それが何を意味するリアクションなのかは分からないが、とりあえずポジティブな意味で無い事は想像に難くない。
サクラはため息を吐いて俺に顔を向け、やる気の無い笑顔を浮かべた。
「お前の魔力はヤバい。多分、常人の半分以下だ」
「マジでか」
「これからに期待! だね!」
ガッツポーズをしてみせてくれるモモコだが、えらく出鼻を挫かれた感が否めない。
ともかく俺は空の魔石に魔力を溜めては無気力感に襲われるという、一見不毛に見える行為を目的地が見えるまで繰り返すのだった。
2
トナカの街は、俺達の居たサキの村を大幅に拡張した様な街だった。「街」なんていうからもっと栄えてるイメージだったが――そこまで大きい変化は見られない。
石造りの外壁に囲まれたこの街の入り口にいた馬車屋に馬を渡し、俺達3人は街を歩く。
「ショボい街だよね!」
「しー! 周りの人に聞こえるから!」
俺とモモコが並んで歩き、サクラが少し前を歩いている。
しかし石造りの外壁なんて、実物は始めて見た。高さは20mほどだろうか? サクラによると出入り出来る門は東西南北4箇所にあるらしく、俺達が入ったのは東の門だ。そこから街の中央に行くにつれて人通りが多くなるらしい。現在はその中央部分に向かって歩いている。
「なぁサクラよ。まずどこに向かうんだ?」
「んー、色々とやる事はあるが……一先ずは商店に行く」
俺達の事を振り返らず、スタスタ歩きながら答えてくれる。
「商店? 何しにさ」
「必要なモンを揃えたい。ここならサキの村よりも品揃えはいいしな。本当は王都で揃えるのがいいんだが……あそこにあんまり長居はしたくねぇ」
「なるほどね。その後は?」
「宿をとる。私が探している情報屋が運良くこの街にいりゃいいんだが……まぁ望み薄だ。呼び出すのに、最低でも一泊しなきゃならんだろうな」
情報屋ってのはこの街に常駐しているわけではないのか。
「そんでその後に酒場だ。飯だ」
ちょっと声が嬉しそうだった。サクラは酒好きなのか?
「いいね! あたしもお酒大好き! 早く行こう、今行こう」
「着いた、この店だ」
「おぉ、ちょっと大きい店だな。品揃えも良さそうじゃないか」
「あーお腹すいたなー、朝ご飯食べてないしなー」
「この街じゃ一番大きい店だ。さ、いくぞ」
「了解」
「……了解」
「よくぞいらっしゃいました」
店主だろうか、40歳ほどの人のよさそうなおじさんが俺達を迎えてくれた。
サクラは俺を見て、くいっと顎で店主を指した。あぁ、魔石を出せって事ね。
「ご主人、魔石を見て欲しいんだけど」
俺はポケットからほのかに暖かい緑の魔石を取り出し、店主の前にかざして見せる。
「ほー……中々に立派な魔石でいらっしゃる。良い色です。触らせていただいても?」
「もちろん」
俺は店主に魔石を渡す。
「それはね、彼が初めて仕留めた獲物なんだよ。だから記念にちょーっと色つけてくれたら嬉しいかも!」
ひょこりと俺の後ろから現れたモモコがニコニコと店主に話しかけている。店主は嫌な顔ひとつせずに頷いた。サクラは1人で少し離れた場所の商品を見ている。本当に協調性の無い奴だ。
しばらく店主は魔石を撫でたりかざしてみたりしていたが、やがて値踏みが終わったのか大きく一度頷いた。
「風の魔石、しかも中々に濃い色ですな。かなりの大物だったのでしょう。そちらのお嬢さんが言っていた様に、お客様の魔物初討伐をお祝いして――5万5000円、でいかがでございましょう」
「もーちょっと!」
「む……では、5万7000円でいかがでしょうか」
「売った!」
ちょっとモモコさん、勝手に商談を進めないでくれませんか。
なんて言う間も無く、店主は魔石と引き換えに5万7000円を持って俺ではなくモモコに渡した。なぜだ。
「良い取引でございました。そちらのお嬢様は、何かお探しでいらっしゃいますか?」
サクラのことだろうが、話し掛けられた本人は完全に無視している。店主は聞こえなかったと勘違いしたのか、俺達の元を離れてサクラに歩み寄っていく。
「はいこれ、ハル君のお金ね」
そう言ってモモコから渡されたのは500円玉くらいの大きさの円い鮮やかな銀色のコイン5枚と、それより2周りほど小さなコイン7枚。この小さいほうのコインは少し暗い銀色だ。
「これがこの世界でのお金か?」
「うん、そうだよ。1万硬貨と千硬貨だね。あとは金色の10万硬貨と、銅色の100硬貨、小さい銅色の10硬貨があるよ。ハル君の世界ではこういうのじゃないの?」
お金は全部、硬貨なのか。持ち運びが大変そうだ……俺はズボンの尻ポケットから長財布を取り出し、モモコに渡した。
「その中に入ってるのが俺の世界でのお金だ」
モモコは新しいおもちゃを与えられた子供のように顔を明るくさせ、嬉々として財布を開く。
「おぉ、綺麗な紙だ!」
「それは千円札だな」
「本当だ、1000って書いてある。ハル君の世界ではお金は紙なんだね。こんな綺麗な紙、こっちだと1万円くらいするよ」
そういえばサクラの家で見せられた紙――確か「建国記念日だから王都に来い」って内容の書かれていた紙は、なんだかゴワゴワして羊皮紙の様だった。羊皮紙なんか触ったことないけど。
「いや、全部が紙じゃないな。紙なのは千円と五千円と一万円。あとは硬貨だ。五百円玉、百円玉、五十円玉、十円玉、一円玉」
「……多いんだね。頭こんがらがっちゃいそう」
2000円札なんてのもあった気がするが、言わないでいいだろう。
「こんな物かね。お前ら落として割るなよ」
買い物に使うカゴというものがこの世界には無いらしく、俺達3人は両手に商品を抱えてレジ(と言っても商品を置いて会計に使う為の簡素な台だ)に運んだ。えーっと、何一つ何に使うのか分からない。ちょっとよく見てみよう。
薄赤色の液体が入った小瓶×20個
薄青色の液体が入った小瓶×20個
ケンタ○キーフライドチキンくらいの大きさの、何の肉か分からない干し肉×10個
正○丸そっくりな黒い球体が詰まった小瓶×1個
簡素なリュックサック×1個
なんだこれ。黒魔術でもするのか。
「どこかへ旅にでも出られるのですかな?」
「言う義務は無い」
「おっと、これは失礼」
店主とサクラが短い会話を交わす。店主はずっとにこやかな顔をしているが、心中はどうなのだろうか……聞いてるこっちがハラハラする。
「お会計ですが、こんなに多くの商品を買っていただけるのですから勉強させて頂きましょう。20万でいかがでしょうか」
「いいだろう、それで頼む」
「にじゅうまん!?」
思わず声が出た。だって、俺の魔石が「割と良い物」という評価を受けて5万7千だったんだぞ。それの約四倍って何だ。何に使うものか分からないし値札なんかも付いてないから物の価値が全く分からないが、20万は間違いなく安くは無いだろう。
「そんなモンだろう。金ならあるから気にすんなよ」
そういうとサクラは自分の小さなリュックに手を突っ込み、金色の硬貨を2枚取り出して店主に渡した。
俺もせめてさっき貰った5万ほどをサクラに渡そうとしたが、サクラに手で制されてしまった。モモコに至ってはとっくに外に出て行ってしまい、姿が見えない。アイツ最初から払う気無かったな……
しかしこの量を運ぶとなるとかなりの重労働だろう。どうやって運ぶんだろうか。
と思っていたが杞憂だったらしい。サクラのリュックはせいぜい直径50cm程度だが、その中に色の着いた小瓶やら干し肉やらが次々と詰め込まれていく。まるでマジックでも見ている気分だ。
「このリュックは魔道具って言ってな、有限ではあるが見た目の何倍も物が入るようになってる」
店主に俺が異世界から来た、なんて知られたら面倒くさいからだろう、小声でサクラが教えてくれる。
小瓶やらと一緒に買ったリュックをサクラから手渡され、二人で店を後にした。何も言わなかったが「これはお前のだから持っておけ」ということなんだろう。俺も何も言わずそれを背負った。
「お帰り! 遅かったね!」
モモコはサクラに蹴られた。
買い物内容内訳
赤、青液体の小瓶……1個5000円
干し肉……1個1000円
正○丸……1個5000円
リュック……1個10000円
合計……225000円也




