冬に落ちる赤い星
冬の某県駒木市、二十時頃。仕事終わりの男が駐車場へ向かっている。辺りは暗く、足元は降り続く雪は踏みかためられ圧雪状態で滑りやすい。
「もっと近くにしてくれよ、ホント」
男の口からつい愚痴が出る。駐車場から職場まで五分。朝の五分は貴重だし、仕事終わりの五分は長い。今はそれに加え、滑って転ばない事に注意力を割かなくてはならない。駐車場は近くにあるべきだと強く思うが平の身分ではどうしようも無い。等と考えていると首が疲れてきた。やるせ無い気分をため息と共に吐き出しながら空を見る。地上の光に照らされたどんより重たい雲が頭上を塞ぐ。
「雲が低いなあ。……ん?」
男は雲の中に移動し点滅する赤色の光を見つけたように感じた。
「飛行機か、そう言えばうるさいな」
自分の不満で頭が一杯だったのか周囲の音が今になって入ってくる。遠くで明滅する光、ゴオと言う、爆発音にも似た轟音。航空自衛隊の夜間訓練か。と男は気にも止めないでいた。駒木市には航空自衛隊がある。よくある事、日常的な一場面だ。しかし今日のそれらは訓練でないと男は気づいていない。気付くはずも無いのだが。
「くそ、なんだあれは! こっちの攻撃が効かないのか」
駒木市上空、戦闘機三機が標的を追いながら撃墜を試みている。口振りから恐らく攻撃は当たっているのだろうが、余程堅牢なのか試みは成せないでいるようだ。
「動きはこっちの方が良いんだ、機関砲で駄目ならドでかいのぶち込んでやる!」
一機が標的に標準を合わせる。その声を聞いた他のパイロットが思い止まるよう怒号を飛ばす。ここは市街地上空だ、外れたらどうする気だ。だが聞く耳を持とうとしない。外さなきゃ良いんだろ。と何か魅入られたかの様に標的をおい回す。鈍い銀色をしたその標的は何の目的か、どこの所属か解らない。ただスクランブルが掛かり訓練通りに出撃した。何時もなら軽い威嚇程度で帰るものだった。この国の防衛機能の様子見程度で来る他国の戦闘機など、ある意味でいつも挨拶を交わすご近所さんくらいの気持ちで対応していた。
しかし、今夜は違った。威嚇しても反応しない、寧ろ深く領空を侵そうと向かってくる。向こうからそれ以外何もしてこない事が更に不気味さと不安を増長させる。
センターコンソールに浮かぶロックサイトの中央に標的が収まる。不気味な来訪者を葬りさろうとトリガーを引いた瞬間、銀色の標的から直線的で強烈な光が放たれ、ミサイルを射出しようとしていた戦闘機を照らし出す。次の瞬間、その戦闘機はまるで放り投げられた玩具の様にてんでデタラメな軌道を取り何処かへ行ってしまった。
「は?」
他のパイロットは何が起こったのか検討も付かず、一瞬思考が止まった。
「……かんせよ! 直ちに帰還せよ! 」
無線から聞こえる帰還命令で我を取り戻す。
「本作戦をは他機関へと指揮権が移された。我々の作戦行動は終了する。直ちに帰還せよ!」
他機関? なんだそれは。何処がこいつの相手を出来るんだ? パイロット達が困惑しているとレーダーに謎の機影が一つ映る。
「また新手か?」
周囲を警戒して、操縦悍を握る手に力が入る。が再度レーダーを確認するとそれは恐ろしい速度でこちらで接近していた。そして瞬く間に距離を縮め、間隔を持って飛行していた二機の戦闘機の間を漆黒の戦闘機、それも見たことも無い形状の物がすり抜ける様に飛行してく。
「だ、あぶない!」
ニアミス時の気流の乱れ等々で崩された体制を整えながら、後を無意識の内の後を追おうとする二機。そこへ無線が入る。
「ご苦労だった。仕事の邪魔だ。消えろ」
若い男の声。
「なにを! お前、所属を……」
すべて言い終わる前に黒い機体は視界から消えていた。そして銀色の標的もそれを追うかのように姿を消した。
「なんだよ、くそ!」
もはや帰還する他無くなった二機の戦闘機は、始めは勇んで口を尖らせていたものの、飛んで消えた一機を思い出すと、次第に無言となって帰路についた。
「軍へのデモンストレーションに最適だな。良いタイミングで出てきたもんだ」
漆黒の戦闘機に搭乗した男が言う。
「全くだ。君ん所は人類の敵ともお友達なのかい?」
無線から皮肉たらしい声が聞こえる。と、無線の向こうで他の声が答える。
「そんな事、椚にでも聞いてくれ」
皮肉たらしい声が言う。
「まあ、こちらとしても早々に奴等に対する方策が必要だからね。効果の程を実戦で確認出きるのは有り難い事だ」
「すぐ判る。モニタしてろ」
パイロットの男は、スロットルレバーを開くと機体は急加速し音速の壁を突き破る。
男の乗る機体は、A.R.R.P.F製戦闘機 NFXー00 次世代試作戦闘機である。
推進エンジンに空気中の特殊な物質を取り込んで燃料とするラムジェットエンジンを採用し、固定武装はコクピット下部にあるエアインテークの左右に内蔵される機関砲のみだが、従来とは違い電磁機関砲、いわゆるレールガンを搭載し貫通力が従来の数倍から数十倍に上がっている。また機体翼形状には前進翼を採用しており、格闘戦においての優位性を確保している。
「こいつは偵察機か?」
銀色の標的を斜め上空から目視確認する。するとまたもや鋭い光が発せられNFXを捉えようとする。しかし、対するNFXはエアブレーキを展開し、急減速すると光の中へ飛び込む寸前でカクリと降下する。そして直ぐ様機首を持ち上げ迎撃の準備を整える。
「こいつはどうかな? 特別製の弾丸だ」
トリガーを引くと、風を切る音と共に淡く青い光を放ちながら無数の弾が放たれる。
銀色の標的は避ける素振りも見せず、堂々としたものだった。さっきの戦いでは何の痛手にもならなかった事を覚えているのだろうか。しかし、今回は違った。質量は小さくなっているが、射出速度が格段に上がった事で貫通力も跳ね上がっているのだ。
ガス、ガス、と銀色の機体を小刻みに揺らしながら無数の穴が穿たれる。とそこから一気に赤黒い液体が噴出し、飛行姿勢がおぼつかなくなってくる。
「もっと風通しを良くしてやろうか」
と更に弾丸を撃ち込むと、遂に標的は浮力を失い眼下に広がる雲の海へと沈んでいった。と同時に赤い光を放ちながら燃えるように消滅したのだった。
「ふう、ん。中々だ。まあ、前向きに検討させて貰うよ。犬飼君」
いとも容易く標的を排除した姿を指令部のモニタで確認した赤ら顔の中年男が弛んだ下顎を指の背で擦りながら言い、その場を後にする。
ーー「ああ、やっと着いた」
男は漸く、自身の車へとたどり着いた。
今雪は降ってはいないが昼間降り続いて車に積もった雪を降ろし、エンジンをかける。フロントガラスが雲っているためデフロスターが効くまで動けない。数分後、漸く曇りがとれたフロントガラスの向こう側には街路灯が地面に丸い光の円を描いている。
男はそれを見て思った。
「昔のTVで見たUFOってこんな光で人間を拐ってたよな。よく思い付いたよなあ。ふふ、子供の発想かな」
車を進ませ、街路灯の下をわざと通る。
「浮くわけないか」
そうして男や大多数の人々の、いつもと変わらぬ夜が過ぎていく。