表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GIOGAME  作者: Anacletus
59/61

第五十九話 前夜

物凄く遅くなりました。ええ、三か月以上待たせるとは思いませんでした。此処からGIOGAMEはほぼ小説一冊分くらいのペースで東京決戦編として描く事になるかと思うので更新速度は数か月単位になるかもしれません。エタる気はないですが、活動しているかどうか不安な方がいればツイッターなんかもやってますので“朱月永礼”と検索して頂ければ何やってるのかはすぐ分かるかと思います。それでは、また次回。

第五十九話 前夜


悪意を回転せよ。

         正義を打倒せよ。

                遊戯の性は程々に。

祖は盲目の徒。

         月に翳る静けさよ。

                いや、其処に貴方はいる。

さぁさ、今宵の演目は。

         時の砂は尽きた。

                ならば、やらねばならぬ事がある。

涙に興じるもいいだろう。

         夢に遊ぶも又然り。

                全て溶けて爆ぜ尽きた。

開幕の時間と相成って。

         そう、兇人も善人も最後にはきっと貴女が。


螺子の締まる音がして、人々の情報が何もかもを記録する膨大な書庫へと収められていく。

それは一つのネットワークだった。

人々には知られない秘密の一つだった。

誰も知らないわけではないが、世界の殆どの人間には関係ない。

それを通して多くが自動的に収集されていく。

ある情報は映像だった。

東京。

その何処かにあるコンビニ。

走る高速の影。

虎のような俊敏さで人間には出せない速度で進む。

ある情報は画像だった。

東京湾付近の海水温。

ポッカリと浮かんだ白の空白。

熱量を現すサーモグラフ。

ある情報は人の声だった。

ドイツ語訛りの英語で。

助けて助けて神様。

ある情報はネットの書き込みだった。

東京とニューヨークが核で攻撃された。

軍閥連合の仕業に違いない。

多くの人々の名状し難き不安。

複合的に押し寄せる情報無き故の恐怖。

まるでそれは病に似る。

情報の海はカテゴライズされ、納められていく。

その過程で情報に本来とは違うものが奔る。

意味不明の言葉の羅列。

何を表しているのか定かでは無い言葉。

示されているのは一体何の話なのか。

―――GIONET Connecting.

チャットのログ。

ダウンロードされた新世界より。

人格模倣プラグラムの精度向上数値。

可愛いお船と兵隊さん。

可哀想な鋼のお人形。

面白い女の子。

棺桶の君。

使っても気付かない鈍い少女。

変わりつつある少年。

―――ERROR.ERROR.

海に飛び込んだ貴女は何処に。

―――ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.

一人逃げた貴方は何処に。

―――ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.ERROR.

今日は此処までにしておきなさいと誰かの声がして。

Fatelist NetWork ShutDown.

ネットワークの全てが閉ざされた。


業火に包まれつつある世界で避難し損ねた人々の一部はその影を見つけていた。

何処から現われたというのか。

知らぬ間にソレはあった。

銀色の巨魁。

ブクブクと沸騰しているのか。

泡だった表面が蠢き、未だ生きているライフラインより電力をガスを情報の欠片を吸い上げる。

炎に包まれたビルから、並木道から、道路から、車から、上昇する周辺から熱量を吸い上げる。

貪欲という言葉が相応しい。

炎に囲まれた一帯の炎がソレの【吸収】によって消えたのは意図された事ではなく。

ただの偶然の出来事でしかなかった。

それでも取り残されていた人々は瓦礫を跨ぎ、炎の消えた鉄板の如き地面を逃げてゆく。

己の背後へと脱出していく人々に目もくれず。

いや、あらゆる意味で危険度は最低と見積もって。

ソレはゆっくりと立ち上がる。

米国に現われた【彼女】とは似ても似付かない姿として。

【彼】は昆虫の姿をしていた。

可愛らしい蟲のかたち

複数の脚部。

卵型の胴体。

だが、やはり【彼女】と同じく頭部はない。

蜘蛛。

地に根を下ろすように足は地面にベットリと吸い付いている。

強力なECMの最中。

それでも的確に情報を拾い相手の位置を捕捉した【彼】はその時を待っていた。

投入された武装は多くない。

米国本土を蹂躙する【彼女】と【彼】は使用目的が違うのだから。

敵を圧倒的火力で掃討した後、超高速での機略戦を行う【彼女】に対して【彼】は基本的にはそこまで動きが速くない。

都市部での戦闘を想定した【D‐NON】の都市戦装備は基本的に殲滅ではなく制圧と支配領域の維持に当てられるものばかりだ。

威力だけを見れば、既存の現代兵器より内臓される武装やプログラムの威力は大人しいと言える。

新世代の兵器を積んでこそいるが、聊か地味なのは【彼】を作った【連中】の中でも共通の認識だった。

湾岸部に展開された数十の砲列。

揚陸潜水艦より上陸した形を自在に変える球体と砲身で構築された戦車とは言えないソレがキリキリと最初の砲撃とは違いミリ単位で精密照準し、【彼】を捉えた。

約二十五キロ先。

最初に足を開き立った【彼】に向けて一斉射撃が始まる。

それまで沈黙していたというのに突然の号砲。

災害の明り以外が消えた東京の夜空を音速を突破した砲弾が飛翔する。

湾岸部で逃げ遅れた者や他者を救助していた者は再び恐怖へと陥った。

着弾までの沈黙。

主要道路の一角に鉄鋼弾の雨が降り注ぐ。

打ち砕かれた街路樹が、商店のシャッターが、硝子が、千切れ飛ぶ看板が、粉塵の中で消えていく。

唯一の救いは周辺区画の人々が巻き込まれなかった事か。

シャカシャカと【彼】は地を這うように砲弾を避けていた。

ビルの狭間を縦横無尽の六脚で走破して、追ってくる砲撃を軽業師よろしく回避していく。

ほぼ流体と化した多脚による移動速度は瞬間で百キロを越える。

それでも接地面であるビルの表面が砕けないのは恐ろしく高度な圧力とバランスの計算が行われているから。

砲弾も事前に【彼】が回避する軌道を読んだ上で砲撃している。

次々に東京を一面打ち砕いていく砲弾の嵐は【彼】の能力を持ってしても紙一重の回避となった。

ビルの壁面から跳躍。

背の低いビル側面へ着地。

更に道路へと跳んで、地下の線路へと潜り込んでいく。

東京地下に張り巡らされた複雑なライフライン。

止まりつつあるソレに身を潜ませて【彼】は分裂を繰り返しながら小さく小さく身体を分けていく。

蜘蛛の群れの行進。

線路を皮切りにして下水道やガスのパイプや埋没型ケーブルの設備点検用通路に至るまで。

【彼】の行進は留まる処を知らない。

やがて、全ての蜘蛛は速度を落とす事なく長距離を砲弾に砕かれる事なく移動し切り、目標である揚陸潜水艦近くへと到達した。

あらゆる噴出口から飛び出して、全てを食い尽くす蝗の如く兵器群を分解するはずだった蜘蛛達は・・・外への出口へ殺到した瞬間、指向性ECMに焼き払われた。

フラクタル・ドローン。

揚陸潜水艦より発進した万能機械群。

完全な対ECMコートの施された無数の六角形は全機がスタンドアローンでありながら、高度な自立判断プログラムによる連携で自身をECM兵器と化してND機械群の進行を食い止める。

物量で押そうにも強力な指向性電磁波の中では増殖もままならず。

【彼】は一時的に退避する事を選択。

銀砂を大量に零しながら新たな道を探しつつ、援軍を要請。

炎に飲まれた区画に次々に出現するNDの巨魁が尖兵である【彼】のデータを小さな首無し蜘蛛達から取得して活動を開始した。

東京の地上でも地下でも人ならざる機械の軍勢が激突。

日本全国の自衛隊・米軍基地から地上戦力が埼玉や神奈川に集結しつつある事を避難民達は未だ知らず。

三度の激突は三つ巴となる様相を呈し始めていた。


外字久重にとって畏れるモノなど、この世にはない。

おそらく言葉にしてしまえば、陳腐な話だ。

結局、どんな権力もどんな暴力も彼にはたわいないものに過ぎない。

故に彼はそんな力すらない、己の不足を嘆いていた。

無力を購う代価。

それを黒い女に縋った日から、彼は考え続けた。

自分に出来る事は何かと。

自分に出来ない事は何かと。

己の微々たる力を憎みすらした。

無力感に苛まれ、夜眠れないなんていつもの事だった。

―――眩い黄金の髪の少女。

一人逃げてきた少女ソラ

その生き様に彼が夢から醒めた気がしたのはどうしてだったか。

幼くも死を覚悟した瞳。

希望が無くとも抵抗する瞳。

誰かに縋る事を良しとせず。

誰かに頼る事を良しとせず。

優しさを忘れなかった少女。

そう、彼と違って少女は真に誰かの為に身を投げ出せた。

自分の為ではなく、自分の無力に言い訳せず、戦えていた。

まるで彼とは正反対だった。

いつから自分がそういう人間だったのか彼は知らない。

ただ己の為に何かを成し。

他者を本質的に理解するが共感せず。

どこまでも自分の価値感を曲げられず。

決してまことを他者に預けない。

彼は己が優しかった事なんて一度も無いと知っている。

いつも脳裏には計算が働いている。

頭の何処かで打算が利いている。

自分の行動が相手に対して与える影響を考慮している。

怒りに我を忘れてすら、きっとそれは変わらない。

悲しみに瞳が曇っても、後悔の海に溺れても、純粋な喜びに沸いてすら、変わらない。

―――彼の祖父は言っていた。

それがお前の力だと。

それが唯一の力だと。

そう世界が滅びた日にも言っていた。

血塗れの顔で。

死んだ彼の母親の亡骸を抱きながら。

机に向って日記を付けていた彼にそう言った。

―――コポコポと音がする

少女達が優しいとかお人よしだとか言う男の中身は何て事ない。

自分を曲げられないだけの、誰が何を言おうと変らないだけの、大馬鹿野郎で。

―――ゴボゴボと息が漏れる。

そうして彼は、外字久重は気付いた。

自分が冷たい海水に満たされたコンクリートの部屋で気を失っていた事に。

「―――!!!」

残存するND残量を網膜に投射される情報から知る。

衝撃に消え失せた意識の途絶時間は僅か数秒。

海ほたる最下層。

凡そ、逃げ場なんて無い場所。

うねったパイプと非常用発電機。

そして大量のNDに占領された目的地。

誘い込む事に成功した時点で勝敗は決していた。

NDの弱点の一つ。

動作環境の悪化による機能不全。

それを強要する為の作戦に追ってきたND群は嵌った。

駐車場にセダンを止めて、ソラのバックアップを受けた久重は次々に電子錠を突破し施設内部に潜った。

多くのNDは駐車場に突っ込んだ車両群の中から這い出し、施設内へと速やかに充満、万が一にも脱出されないよう制圧していった。

それでも相手のNDを圧倒し倒すにはそれなりの『量』が必要だ。

故にND群は地下へと潜りながらも密度を薄めないよう大量に流入する結果となる。

そうして最終的に上層のND群は手薄になっていく。

相手を追跡しながら自己複製を簡単に行う余裕はない。

そう踏んだソラの推測は大当たり。

最終層。

コンクリに固められた密室。

逃げ場はないと判断したND群は正しい。

普通ならば。

久重達を襲うNDの製作者は常識的な範囲においてまったくNDの特性を熟知していたと言える。

故に既存概念へ囚われたプログラムは判断ミスをした。

「可能性は皆無」とされた状況が久重に追い付いた黒いND群に襲い掛かった。

待ち受けていたのは爆流。

破砕不可能とも思える海ほたるの分厚い補修され続けたコンクリート壁。

最新の建材に置換されてきたソレが海中から突破されたのだ。

間欠泉の如く噴出す海水。

それは久重を飲み込みつつNDの群れを機能不全へと追い込んでいった。

海水に囚われたND群は動きを大幅に制限され、海水に混じって突入したソラの操るNDにより駆逐されていった。

(ソラの全環境対応だとは思えないって言葉は事実だったわけだ・・・)

NDの環境対応は多くの場合、気象条件の事を言う。

それが常識。

繊細な機械群である汎用恒常性NDの環境適応とは全天候適応の事を指すのだ。

普通は。

だが、【博士】の生み出したNDは違った。

文字通り、あらゆる環境の中でエネルギーを抽出する事を目的に開発された。

大気中だろうと海中だろうと都市だろうと森林だろうと原野だろうと溶岩の最中だろうと。

地球全域での使用を可能としたからこその性能。

これがもしも【連中】の造ったものだったならば、そう話は上手くいかない。

彼らが使うのは博士の作ったモノの粗悪な模造品。

だが、劣っても地球全域での使用を想定されたもの。

故に相手が【連中】ではない時点でソラの作戦の成功率は高かった。

勿論、相手のNDの構造を簡易に解析した結果が間に合ったのは大きい。

推論が外れていれば、結果は言うまでもない。

(もう。先に行ってるか)

突入するタイミングは図っていたが、それでも分厚い壁を海中から刳り貫くという荒業。

完全には久重も意識を保てなかった。

それでも意識を失った数秒でND残量を回復して、施設を昇っていった少女の痕跡は見えている。

久重は上を目指して泳いでいく。

量ではどうやっても勝ち目がない。

そして、それを覆す為の囮作戦。

もし、数秒でもタイミングがズレていれば、久重は骨も残らず蛋白質とカルシウムと水分の残滓に成り果てていた。

もし、ソラの言う事が正しくなければ、全ては水泡に終わっていた。

しかし、賭けに勝った二人は未だ生きている。

通信制限によって情報封鎖している為、未だ連絡は取れなくても、互いの安否さえ分かるなら、不安は無い。

無呼吸で進む間も上で起こる衝撃が水中を揺らしていた。

震える廊下を縫うようにして進み、久重は階段を昇る。

「はッ!!」

安全か確認した水面へと上がってようやく久重はソラの姿を見つけた。

「ソラ!!」

「この階層はもう大丈夫。後は駐車場に残ってるのだけ」

「そうか」

ザアザアと浸水していく施設の中、彼らはようやく合流する。

「これでNDの量は互角以下。勝てるわ」

「ああ、頼りにしてる」

「うん」

並んで二人は走り出した。

「作戦。成功して良かった・・・」

心からの安堵の声。

「少し胆は冷えたが結果オーライだ」

頷いたソラが再び表情を引き締め、駐車場への扉を開く。

内部は久重が思った以上に黒い霧が立ち込めていた。

その全てがNDだと理解して、久重が思わず後ろに下がり掛けたものの、少女の声がそれを制す。

「大丈夫。ここまで減っていれば、負けない。絶対に!」

ソラの額に輝きの連なりが吐き出された。

「全てを鎖す氷獄。NO.00“Closed Jail”!!!!」

刹那。

稼動したNDによる熱量の極度の吸収に周辺が凍り果てる。

氷結する空気中の水分に取り込まれて霧がサラサラと音を立てて地面へと落ちて行く。

辛うじて残った敵対するNDの殆どがソラの操作するNDに次々破壊され、やはり地面へと落ちた。

「これで決着か。後はNDのサンプルを取って・・・仏さんを確認して引き上げるぞ」

「あ、ひさしげ!?」

「どうした?」

「その・・・今、探査したら車両の中の人達がまだ生きてるみたい」

「ッ、そうか。そりゃ朗報だ」

「うん・・・うん!」

ギュッと青年の手が握られた。

(良かったな。ソラ・・・)

内心、巻き込んでしまった事を誰より悔やんでいただろう少女。

その頭をポンポン叩いて。

青年は微笑む。

二人が自分の目で車両内部の様子を確認しようと車体へ駆け寄った時だった。

僅かな判断ミスが致命の隙となって、魔の時間を運ぶ。

車両内部。

いや、その内側にある人間の体内。

保険として残されていたND達は一斉に標的へと殺到した。

それは殆ど意味を成さない最後の抵抗だった。

二人を包んでいるNDの守りは殆ど鉄壁。

量で既に負けている為、人間の内部に残留していた程度の量では勝負にもならない。

だが、しかし、今まで追跡と破壊のみに特化していたND群は物理的な破壊を齎す為には動かなかった。

二人の周囲に黒いリングが出来上がる。

自動防衛プログラムにより、瓦解いていく環が一瞬。

たった一呼吸分の間、輝き、崩壊した。

「ひさしげ!!? 残留してるN―――」

「ソラ!? まだ、残っ―――」

グルンと二人の視界が塗り変る。

「ッッ―――何だ!!?」

「久重?!!!」

同時に二人は己の感覚を疑っていた。

今まで立っていたはずの自分達が寝かされているという、理解不能の状況。

「あ、あんた達起きたのかい!!? 良かった!!」

その初めて聞く声に咄嗟の動作で二人が車両内部と思われる空間の先、声の主に同時に手を伸ばす。

久重は手刀。

ソラは指先から伸ばしたメス状のNDの刃。

「―――?!!」

声も上げられず驚きに硬直した男は六十代の初老の男だった。

「貴方は誰」

ソラが油断無く周辺NDの状況を確認しつつ冷たい瞳で詰問する。

「ちょ、ちょっと待った!!? オレはあんたらに何もしてない!!! た、ただ、他の人に頼まれて固まってたアンタ達を此処に運び込んだだけだ」

「・・・ソラ」

久重の声にソラが手を引いた。

普通の一般人に見える男にNDや武器の類も感知しなかった為、NDの刃も虚空に消される。

「どういう事か説明してくれないか?」

「あ、ああ、というか。説明して欲しいのはこっちだよ!? 運転中にいきなり意識が途切れて、気付けば海ほたるの上で、しかも海水が入り込んでるんだから!? 驚かない方が変だろう!!? 全員が気付いたらそうだったんだ。それであんたらが何故か瞳を開いたまま固まってて。最初は死人か人形かと思った。此処にいた人の中に医学生がいて、あんたらを診察して何らかの薬かショック症状で体が硬直してるんじゃないかって話だったから、何とか無事だった車両に寝かせたんだよ」

「そう・・・だったのか。悪かったな・・・」

「あ、ああ、あんたらも訳も分からず此処にいるんだろ? 東京湾の方が今おかしな事になってるからまだこっちにいた方がいい」

「どういう事だ?」

「とりあえず車を出よう。その方が早い」

男が4WDから降り、二人も起き上がった後部座席から外へと出た。

「ほら、アレだよ。何だか黒い影が見えるだろう? 全員が起きてすぐに何かを撃ってる音が・・・たぶん砲撃だろうって話だが、そういう音がして、東京の明かりが・・・消えたんだ」

男は報告してくると駐車場端にいる十数人の集まりの方へ歩いていった。

「「――――――」」

二人はその光景に目を疑う。

眠らない都市東京。

その消えないはずの繁栄の明かりが外には存在していなかった。

いや、それだけならばまだ理解出来る。

何より理解出来ないのは二人が今さっきまで戦っていた時間帯、東京湾に巨大な黒い影なんて無かった。

それが突如として短時間で出現するわけがない。

「ひさしげ―――NDの稼動タイムを確認して」

「どういう事だ?」

「いいから。これ、どういう事か分からないけど、私達・・・今数時間後にいるみたい」

「何?」

久重の網膜に直接現在時刻とNDの防御限界を示す稼動タイムが表示される。

「丸々数時間意識が飛んでたってのか・・・」

唖然として久重が稼働時間に目を見張った。

「そうみたい。あの最後のNDが私達に何かしたんだと思う」

二人の同期したNDから齎される時刻は間違いなく深夜。

「待て。これ・・・何処かで同じような・・・」

「GIOで米軍の特殊部隊が自衛隊の人達に何かしてた。あれみたいに止められてたのかも・・・」

「そうだ! 米軍のあれか。どういう仕掛けか分からなかったが、あのNDは米軍のか?」

ソラが首を横に振って否定する。

「米軍が大量のNDをあんな意味不明な事に使う理由がない」

「それじゃ、同系統の技術か、それに近い代物って事かもな。技術の正体が何なのか分からないのが痛いな・・・」

「ひさしげ!! あれ!!」

「何だ!!?」

巨大な影の上。

暗闇を横切って、何かが、東京湾の上空で星明りを遮っていく。

その大きさは東京湾の影すらも飲み込もうというもの。

どれだけの半径を持つのか。

ソラが何かを感じ取ったように胸に手を当てる。

「そんな・・・嘘・・・あれ・・・あれは!」

「ソラ?」

「フラグメントが起動してる!?」

「どういう事だ?」

カタカタと肩を震わせながら、ソラはソレの正体に混乱した様子で拳を白くなるまで握り締める。

「あれはSE。シラード・エンジンの欠片なの・・・」

「なッ!? まだ連中は手に入れてないって言う話じゃなかったのか!?」

「分からない。でも、あれは間違いなくSEのフラグメント。誰が使ってるのか知らないけど、このままだと東京は・・・」

口の中で少女が呟いた言葉を久重は正確に聞き取る。

「ソラ。本当か?」

少女は首肯した。

「どうやらまた面倒事になってるらしいな」

ポリポリと頬を掻いて青年は東京に起こりつつある異変に苦い顔をした。

「ひさしげ?」

「ソラ。行くぞ」

「え?」

「仕事の途中だが、仕事する場所が無くなっちゃ困る」

「ひさしげ。えっと、その・・・私」

揺らぐ瞳が青年に向けられる。

「ハードな夜になりそうだ」

軽く伸びをして、今正に命を掛けたばかりの青年は少女に手を伸ばした。

「今にも一人で危険地帯に飛び出していきそうな顔をしてる家族を放ってはおけないからな」

「ひさしげ・・・」

全て見透かされて。

遠慮なんてするなと暗に言われて。

また巻き込んでしまう罪悪感に震えて。

命の危険を呼び込む己の業を悔いて。

少女は伸ばされた手を、そっと、掴んだ。

「まずは情報収集。それから現地に向おう。後は野となれ山となれ。頼む」

無鉄砲。

けれども、そうするしかない。

そう知る故に少女は頷いた。

言葉にする事もない。

手が何よりも雄弁に二人の意思を示した。

握り締められた手は逃げる為ではなく。

今度はただ立ち向かう為に結ばれる。

東京襲撃。

後に中国軍閥連合からの先制攻撃であると発表されることになる事件の渦中。

そうして偶然のように必然は招かれ、必要とされた最後の火蓋が切って落とされた。


東京に集う勢力は未だ知らない。


地獄のような世界が人々を飲み込む理由を。


自分達の決断が一体何を齎すのかを。


燃え上がる炎の下、審判は下される。


日本の命運は人々の上にこそあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ