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GIOGAME  作者: Anacletus
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第五十四話 ファイア

お知らせがあります。五十四話までそこそこに手直しを加えた改訂版を来週までにアップデートします。本編内容の増加はありませんが、中二病っぽい次回予告や誤字脱字の修正や行間や*印の追加など主に見やすくする為の要素が入るかと思います。他にも設定矛盾や齟齬の解消なども入ります。同時に文字の大きさなども修正するかもしれません。*アップデートは終了しました。三月一日付。

今回、第二部での主要キャラが全て出揃いました。次回からようやくノンストップでバトルへと突入していく事かと思われます。長くなりそうですが、どうぞお付き合い下さい。ではGIOGAME第五十四話ファイアを投稿します。

第五十四話 ファイア


【アメリカ合衆国ニューヨークダウンタウン近郊】


白人が支配し、黒人が地に根付き、ようやくヒスパニック系が政権与党の顔ぶれにも増えてきた昨今。

アメリカの繁栄は揺るぎない強さと衰退を両輪に回っている。

衰退とは常に高みにある者にこそ起こる。

衰退とは繁栄という一面を写す鏡だ。

主に白人上位層の没落によって黒人やその他の人種の影響力の比が大きくなった事は今までのアメリカにとっての衰退であり、同時に新興勢力の台頭と繁栄の道でもある。

そもそもがアメリカは移民の国である。

アメリカンドリームが廃れて久しい時代にそれでも世界の中核で在り続けられる理由は一つ。

無数にある主義や主張を受け入れ、如何なる人種をも許容する混沌がそこにあるからに他ならない。

今もアメリカに移民して間もない人種や少数派への差別が問題になっているが、それも結局はいつか通ってきた道を誰かが通っているだけの事だ。

ただ、アメリカ人という人種が減った事は大きな問題ではあった。

移住から月日を経て地域社会と同化して、多くの移民はアメリカ人となる。

それは国籍や出生地の話ではない。

人種としての心の在り方の問題だ。

しかし、急速に発展し続けるアメリカの原動力は移民である。

搾取構造に取り込まれた労働力は嘗て黒人が通った道を通り直す必要がある。

アメリカ人よりも移民が多ければ、そこには軋轢と膨大な摩擦によって擦り切れる大国という現実が待っている。

故にアメリカは移民をアメリカ人にする努力を怠らない。

それでもアメリカ人が少数派になってしまう程に移民政策の全ては黒の隕石事件以降限界に達していた。

国力は人口。

今もまだ崩れない常識と世界中の国々の衰退がアメリカへと移民の大波を生み出したのだ。

どれだけ阻止しようとしても不法入国する移民は後を絶たない。

双子の赤字を抱えながら、国民を養っていかなければならないアメリカにとって、それは自滅一歩手前の段階だったと言える。

移民を受け入れなければ労働力・国力・多分野での繁栄は見込めない。

隕石事件で膨大な損失を出してもいたアメリカには移民という力が確かに必要だった。

だからと言ってこのまま経済成長するのを遅々として待っていたのでは自国を移民が食い潰す。

格差社会という檻によって守られてきた既得権益者層すら危うくなる。

故に他国の植民地化にアメリカは乗り出した。

その政策の一つが現代での不平等条約や他国への搾取構造の構築、それから【移民の輸出】である。

富を求めて集った移民をそのまま仕事で外国に送り出す集配所としてアメリカは機能し始めたのだ。

嘗て中国が行った間接侵略や拡大主義にも似て、アメリカ国籍の出稼ぎ労働者が世界中で大量に溢れる事態となった。

主な事業は衰退する国々でのインフラの復旧や整備、要は土建事業である。

それはつまり他国への侵略に移民を使った二重の意味での搾取だ。

衰退する地域や無政府状態の地域に派遣労働者として送り込まれた移民の末路は悲惨を極める。

地域住民との文化や宗教の軋轢。

殆どアメリカ国籍など取得した意味の無い過酷な労働環境と貧困。

更に国策企業が労働者に出稼ぎから【祖国】へ戻る為に課すノルマは恐ろしく高い。

勿論、帰す気などサラサラ無いのだ。

実しやかにCIAなどが【アメリカ人】の帰国を妨げる活動をしていると噂される程である。

それを裏付けるような事件は実際頻発している。

送り込まれた大量の移民が現地で虐殺に合ったり、それを理由に他国への軍事介入を行ったり、それらの人々に莫大な保険が掛けられていたり、その地域に何故か移民が来る前後から武器が大量に運び込まれていたり、枚挙に暇は無い。

【人種のサラダボウル】と例えられた国は今や【地獄の釜】と言われ、その悪辣なまでの搾取の実体から移民の数は隕石事件より十年で激減し、適正な値へと戻るまでに至っている。

その間のいざこざでユサフォビア等という造語すら生まれた。

正に世界中で反米主義者が隆盛を極めるようになった。

世界の全てを敵に回しても大立ち回りが出来ると評判だった国が反米か親米かの二極の生き方を生き残った国家群に選択させなければならない程に。

新米という言葉が奴隷という意味に置き換わっていると知る者達は無論、態度保留という停滞の中に座したが、それがアメリカに認められるような国はそもそも殆ど残っていなかった。

新米というスタンスを取りながらもその主張に飲み込まれなかった国はたった一つ。

隕石事件でほぼ被害が出ず、アメリカを凌ぐ国際的発言力を発揮した日本以外にない。

それ以来、嘗て戦った二つの国は奇妙に捩れて絡まったまま今に至っている。

それが世界で唯一超大国として生き残ったアメリカという国の現実だった。


―――おっさん日本人だろ? ちょっと財布借りるぜ。


「・・・・・・・・・・・・・」

チンピラという言葉が未だ生き残っている理由を彼は身を持って感じていた。

大方、日本人観光客を狙った恐喝。

タクシーがグルであった事は想像に難くない。

数人の黒人と白人が混合したグループだった。

互いに貧しい中で身を寄せ合って犯罪に走ったのか。

一昔前ならば考えられない構図ではあった。

一昔と言っても、もう数十年以上前の話ではあるが。

「おい!! 何か言えよジャップ!!!!」

稚拙な恫喝で相手を怯ませ、金銭を巻き上げる。

アメリカでなくとも犯罪ではあるが、いきなり銃で撃ち殺さない辺りに健全さが垣間見えた。

彼はもうそろそろ老境に差し掛かって永い。

故に肉弾戦が出来るような体はしてない。

昔はそれでも駅伝やマラソンが好きで世界各地の大会に申し込んでいたものだが、それも当の昔に止めた身であり、快活な老後を過ごしているとは言い難い。

「無視してんじゃねぇよ!!!?」

彼の生活は基本的に研究と世界情勢を観察する事に特化している。

「死―――」

何事も見逃さぬようにと日々ルーチンワークとしての行動があるので趣味に使う時間もない。

だからこそ、彼は人生の楽しみというものを生活の中に見出すよう心掛けている。

「おい!? ロバート!? どうし―――」

寝る時には必ず日干ししたシーツを使うとか。

食事には三食別のものを取り続けるとか。

未だ生き残っているラジオのFM局に懐かしのヒットソングを葉書でリクエストするとか。

「このジャップ!? 一体な―――」

そういう事が彼にとっては日々を生きる喜びなのだ。

3時21分。

腕時計の確認。

通りかかったタクシーに手が上げられた。

タイムズスクエア。

そう日本語で言った彼を横目にタクシーの運転手は金払いの良さそうな日本人を逃がすまいと覚えていた日本語で「HAI」と返した。

タクシーが通り過ぎた後。

車道からは見えなかった薄暗い路地裏で数人の男達が体を寄せ合って蚊の啼くような声を出す。

正確にはそのような声しか出せなかった。が、正確かもしれない。

何故なら、彼らはもう声帯という器官を使えない程に喉元を膨らませていたからだ。

それだけではない。

肉体のあちこちがブクブクと膨れ上がる程に体中の細胞が炎症を起こしていた。

瞼は既に開かず。

鼻は息を吸えず。

僅かな呼吸は一吸いにも相当な困難を伴う。

嘔吐いた男の一人、その顎関節が外れた。

ベキンと張り切った口が内部から押し広げられる。

「―――が――ご――げぇ―――」

頚部が体内からせり上がってきたものによって圧迫され、食道は裂け、動脈の流れを止め、涙と唾液がゴボゴボと音を立てて顔面から滴り落ちた。

もう意識を失っている男だったが、横隔膜は否応なく痙攣して、ソレを完全に吐き出させる。

凡そ十分後。

警察が近所の住人の通報で動物や蠅が無数に集っているという知らせに現場へ駆け付けるも残っているのはただ無数の足跡と血痕の跡だけだった。


「・・・やれやれ」

國導仁が思うに心の在り処というやつは厄介極まりない問題だ。

とある哲学者はそれを胸の心臓にあると言い、ある脳外科医は頭の中にあると言った。

他にもこの世界よりも上位の場にあると言う者もいれば、そんなものは存在しないと言う者もいた。

臭い台詞でいいならば、他者の心にこそ己の心があると言う者もいたし、言葉に出来ない事柄だと悩むのを止めた者もザラだった。

「今、貴方は完全に包囲されているわ。四方四キロは封鎖された。十八人のスナイパーと三十四人の市警の制圧部隊。五分後までに駆けつけてくる完全武装した軍のヘリが七機に海軍の特殊部隊が三チーム。スクランブルしたF-44が一機、半径一キロ圏内に限ってミサイルの使用許可も下りてる。詰まれたナパームとクラスターは此処を破壊し尽して余りあるでしょう・・・投降しなさい」

三十過ぎの黒人女性。

そのスーツ姿はキリリと凛々しく。

抵抗の気勢を削ごうという内心の必死さが仁には少しおかしくなる。

「なんやけったいな話やなぁ・・・」

初めて言葉を発した仁にネゴシエーターとして遣わされてきた彼女の背筋に怖気が走った。

「!?」

レリー・アモンドはそれだけで目の前の男の異常性に気付いてしまった。

FBIに所属し犯罪心理学を専攻、日本との交換留学プログラムにて三年間の留学。

帰ってきたのが一月前。

昼食を取り終えて、書類仕事をしようとしていた彼女に突如として与えられた任務。

目の前の男を釘付けにして場に留まらせる事。

上司はその時に様々な情報を彼女に持たせたが、それが一体何処まで真実なのか彼女自身は知らない。

ただ、【FF】という犯罪者の事だけは知っていた。

そして、その存在が合衆国に仇なす者である事も。

命掛けになると言われた仕事は数あれど、その中でもレリーは今現在程に死を感じた事はなかった。

「そんな力むとアホみたいやで? まぁ、程々にな」

「・・・!」

「これはいっつも会う奴会う奴に聞いてんのやけど」

「な、何ですか・・・」

「心の在り処って何処だと思う? いや、答えたくないなら答えなくてええねん。ただ、オレん中の型通りの会話ってやつやから」

いきなりの話にレリーは頭の高速で回転させた。

死の恐怖など微塵もない。

こちらの言い分を疑いもしない。

ただ、その常人ならば絶望しかないような状況の最中にあって、男は至って平常心を働かせている。

それどころか質問をする余裕さえある。

そんな常人とは掛け離れた精神構造を前にしてレリーは【素直】な意見を述べる事にした。

時間稼ぎ。

相手の答えを求めているならば、それこそ話を引き伸ばすには打って付けの状況。

安易に嘘を付く必要性はなかった。

「心は此処に」

「おう。あんたも心臓にある派か?」

「いえ、胸にあると思います」

「ほぅ。で、その心得は?」

「心得と言われても・・・」

「そやな・・・そないな事言われたかてフィーリングで答えたらそんなもんか」

「どうして、そんな事を?」

「いや、オレの研究ゆーのが基本的にそういうもんなんや。はは、いやいや貴重な意見ありがとさん」

「い、いえ・・・ドウイタシマシテ」

何か場違い過ぎる問答にレリーは一人冷や汗を流す。

「それにしても待ってるだけでコレとは案外合衆国も短気やなぁ」

「貴方は・・・どうしてそこまで冷静でいられるんですか?」

「おかしい思うか?」

「自分一人に先程言った戦力を投入されて何も思わなければ異常でしょう」

「そやな。そうかもしれん。ははは」

タイムズスクエアの端。

警察が封鎖している地域には人が一人もいない。

ほんの十五分前までは大勢の人間で溢れていたというのに退避勧告が出てからと言うもの、混乱もなく人気は消えた。

世界には遠方のパトランプしか目立つものはない。

ホログラフも消え去ったアメリカの象徴とも言える街の一角は何処か寂しささえ漂わせている。

「お、ようやくご到着か」

仁が手を額に翳して笑顔で空を見上げた。

最新鋭の第七世代型戦闘機の群れがニューヨークの上空を飛んでいく。

高度な情報ネットワークで繋がれた人間の乗る主機を軸に複数の無人機が編隊を組んで上空を旋回し始めていた。

「ッ・・・」

レリーには仁の笑顔が本物だと分かった。

だからこそ、内心で恐ろしくなる。

まったく合衆国の力など歯牙にも掛けない豪胆さ。

その自信の本質は何処から来るのかと。

「ま、人払いしてくれんのは手間が省けて嬉しいんやけど、ちょっと警察と軍が邪魔やなぁ・・・あんま被害出したくないねん。今いる連中の上司に繋ぐさかい。半径五キロは無人にしてくれって交渉できんか?」

「え?」

仁が端末を簡単に操作するとレリーに渡した。

「ネゴシエーターやろ? 合衆国が滅びてもいいんやったら別やけど、もし救いたいなら包囲は半径五キロ以上先にしておけって伝えてや」

「な、わ、私は!!」

そっとレリーの唇に人差し指が付けられた。

鼓膜内部に張り付いている皮膜型イヤホンが狙撃部隊の「撃ちますか」との問いを発する。

それを後ろ手の小さなサインで制止し、レリーは観光客風の姿の狐顔を見上げる。

「出てみ。あんたのとこの上司の上司の上司の上司の上司辺りに繋がるはずやから」

プツッと通話が繋がる。

「こちらレリー・アモンドです」

【な、回線が繋がっているだと!? 一体どうなっている!!? レリー!? 君は今タイムズスクエアにいるネゴシエーターのレリー・アモンドか!!?】

「は、はい。現在、相手との交渉中であり、彼から取り次ぐから要求を伝えて欲しいと頼まれました。そちらの所属は・・・」

【私は大統領補佐官のマスクウェイン・ローだ】

「だ、大統領補佐官ッッ殿ですか!?」

【クソ・・・こちらの防衛プログラムを全て突破したというのか・・・レリー!!】

「は、はい!!」

【それで彼は、『FF』は何と言っている】

「半径五キロ圏内を無人にして包囲して欲しいとの事です」

【包囲半径を広げろ言う事か?】

振り向くと会話が聞こえているらしい仁がレリーに頷いた。

「はい」

【ふざけているのか・・・それとも・・・いや・・・何か相手からの脅しは?】

「『合衆国が滅びてもいいならこのままでもいい』と」

【ッッ、分かった。代わってくれ】

レリーが端末を仁に返した。

仁の耳に静かな声が聞こえてくる。

【初めまして國導仁。いや、ミスター『FF』と言った方がいいのかな。私は大統領補佐官のマスクウェイン・ローだ】

「じゃ、マックスちゃんやな」

【ッ、君の好きにしてくれ】

「どうして大統領のとこ掛けなかったか分かるか? 分かるんやったら、とりあえず今押し掛けてるボタンから手ぇ離すのお勧めするわ」

【ッッ!? どうやら施設内カメラまで掌握しているようだな】

「いや~さすがに自国の都市諸共破壊するとか正気の沙汰やないやろ? こっちは良心で【あんたのとこ】に話通してるんやから、小さな誠意くら見せて欲しいわ」

【『こちら』の動向は筒抜けか・・・】

「よく聞いといた方がええ。一度しか言わん。十八年前からあんたらが追ってるのはオレやない」

【何?】

「まー世界中荒らしまわったのはオレには違いない。ただ、十八年前のクラッキングはオレの偽もんや」

【どういう事だ!? 偽者だと!? なら、その偽者とは誰なんだ!!】

「あの時、GIOの元天雨機関の仲間内で意見は別れとった。そして、オレは世間の事には干渉せん事にした。日本は好きやが右翼思想って程の事でも無かったんや。それまでにやってた事はただの日本人として見過ごせない事に対処しただけやからな」

【日本人として見過ごせないとはどういう意味だ】

「単純な話。良心の問題って言えば分かるか? 日本と敵対してた国のサーバー荒らしてたのは単にニュースで解決できない問題が持ち上がってると見たから、よっしゃオレが解決したるわとそう意気込んだ末の話や」

【・・・・・・それがどれだけの混乱を生んだか理解しているのか。君は】

「当たり前やろ。ま、あの頃からあんたら合衆国の機関がネット上でうざかったから嫌がらせぐらいはしてたけどな。って、そんな話どうでもいい。それより偽者の話や」

【それが君に本当だと立証できるとは思えない】

「正論やな。だが、先生はオレらみたいな生温いやり方は好まん人や。このままいけば・・・合衆国は潰されるで」

【今現在、祖国に起こっている穀物テロや国連ビルの爆破テロはその先生とやらの仕業か?】

「そう・・・あんたらが握ってるゼミの【リスト】の十人目や」

【十人目―――まさか】

「入手したリストやその後の調査でも得意な学問分からんのが幾らかおるやろ? 先生はあんたらが未だ情報を掴んでないその一人や」

【天雨機関の中にこの男の名前はないはずだ!】

「はは、そりゃ天雨機関外部の非公認オブザーバーだったからや。ただ、時折研究成果だけは律儀に送ってきてくれてたわ。そんでオレもその人の研究をバックアップする為に幾つか研究成果は送ってたと。機関が解体されてからも十八年前までGIOでやり取りはしてたんや。半ば同僚って言って間違いない」

【そんな事が・・・】

「あんたらの『どっち』もリストの五人目に偉く執着してるようやが、先生はあの人よりもえげつないお人や。オレの以前からの行動と十八年前の件ごっちゃにしてオレの事を極右思想やと思ってたかもしれんが、実際はオレなんてそこらのなんちゃって右翼と代わらん。先生と比べたら月とすっぽんみたいなもんやな」

【いや、だが、やはりその話を信じるだけの確証は・・・】

「今日こうしてあんたらに捕捉されながらも待ってるのはな。この国を滅ぼして先生が教授の遺産手に入れるのを防ぐ為や」

【教授・・・それはまさか!?】

「おっと黙っとき。先生はオレの動きに気付いて必ず此処まで来る。もし、国を守りたいと願うなら、あんたらの仕事は黙って市民を避難させる事だけなんやからな」

【・・・・・・信じたわけではない。必ずステイツに行われた蛮行には対価を払わせる。おい!! 市長と市警本部に繋げ!! 至急だ!! この回線はそのままで―――】

仁は言うだけ言った後、端末を切って地面に棄てた。

「あ、すまん。そういや交渉はあんたの仕事やったな。堪忍してや」

「・・・貴方の目的は一体何なんですか?」

「あんま首突っ込むと死ぬで?」

「ッ・・・」

レリーには話の内容の殆どがさっぱりだったが、それが国家をも揺るがす機密の類であるのだろう事は理解できた。

「そやなぁ。よく分からん相手に命とか張らされてるんやから、知る権利くらいはあるか・・・」

無言を肯定と受け取って仁は懐から煙草を取り出して咥えた。

奇妙な膠着状態にレリーは耳の奥に聞こえる複数の音声も忘れて、目の前の男を凝視する。

「ま、単純に今の状況だけ説明しておくとな。これからオレの先生がこの国潰しに来るねん」

「合衆国を・・・潰す?」

「そ、近頃色々と日本と中国軍閥連合が話題になってるのは知ってるやろ?」

「え、ええ・・・」

「それで色々とこの国も暗躍しててな。先生にとってはチェスで勝負してる最中に盤面引っくり返したりするような無粋な連中。だから、遺産取りに来たついでに行動不能にしとこういう算段なんや」

「つ、ついで・・・」

レリーが顔を引き攣らせる。

「おっと、そろそろ時間か。お迎え来たでほれ」

爆音に彼女の顔が上を見上げた。

上空に突如【色】が現われ、戦闘機が一機降りてくる。

第7世代型VTOL機。

【i3FIGHTER】F‐44だった。

世界初の第6世代型戦闘機F‐40の正当後継機にして日本と米国の技術を集めた既存のあらゆる機体を凌駕する最先端機。

次世代型光学迷彩【クアンタム・ステルス】。

子機搭載の広範囲ジャミングシステム【アクティブ・ステルス・フィールド】。

次世代半導体素子を用いたハイパワーレーダーによる【カウンター・ステルス】。

実用化に成功した最新鋭推進機関【ターボ・ラムジェット・エンジン】。

あらゆる環境下で通信を確保する【光量子クラウド・ネットワーク】。

複数の無人機指揮を可能とする【総合AI電子火器管制システム】。

現代、空を戦う上で欠かせない諸々を兼ね備えた機体はたった一機で第六世代型戦闘機十数機と渡り合えるだけの性能を発揮する。

日本が開発した【心神型】が電子戦と無人機操作とECM兵器に特化した最先端の防衛機ならば、アメリカの保有するソレは完全に全ての敵を屠る戦闘用の虐殺機と言える。

開発費用だけで日米が負担した費用は十兆円以上。

主機一機五百億と言う破格の値段であり、セットである無人子機六機を合せても約一千二百億。

その最大の特徴は人の乗る主機に武装が一切詰まれていないところにある。

複数の高度な電子兵装を駆動する為に機体のペイロードは超高密度のバッテリーに消費し尽され、繊細な機構ゆえ過剰なまでにデリケートな扱いを要求されるF-44は機体の武装を外さざるを得なくなった。

その代価としてステルス系統のシステム充実が完全な主機の隠蔽を可能とし、撃破される可能性皆無という驚異的な能力を得たのだ。

全ての武装はあくまで無人のマイナーチェンジされる子機群に積まれている。

それらを管制するのは搭載された次世代型AIであり、主機は複数の機体から構成されるネットワークが拾ったセンサー情報を元に【クラウド・シューティング】と呼ばれる戦闘法で指揮を行う。

「エ、エンゼルフィート・・・」

レリーは呆然とした様子で呟いた。

アメリカが持つ世界最高の軍事機密は【天使の頂】の名を冠し、その姿は白亜の鳥にも似る。

敵位置情報は有視界によって捉える事を想定していない為、機体キャノピーは硝子ではない。

完全に白い機体は量子ステルスと呼ばれる光学迷彩を常に使用している。

従来の配色とは対照的な色合いは空では目立つ事この上ないが、最新のステルス塗料のせいかただ白いだけではない不思議な光沢を放っていた。

「ああ、ちょっとAIに細工してな」

安い口調の仁に反応したのか。

機体が道路に着地し、二人の目の前までやってくる。

エレクトロクロミック色変化素子を用いた印刷技術、最先端の半導体塗布を可能にする製膜技術など日本先端技術ジャパンテクノロジーが惜しみなく使われたキャノピーが開く。

機体部品そのものにプリントされた回路が鈍くコックピット内部で幾何学模様となっていて、何処か得体の知れない怖さをレリーに印象付けた。

【!?】

中に乗っていた男が驚いた様子で機器を操作するものの、その操作に機体は一切反応していなかった。

「おーい。運転手さん。ちょっとこの子の事頼んでええか?」

【!!?】

「その機体にこの子を乗せれば動くようになるで。それがもし嫌ならあんたは一千二百億円パーにして軍事法廷行きや。民間人の救出なんて最高やろ? ほれ」

コックピット横から細い繊維で編まれた梯子が放出され、レリーの背中を仁が押す。

「あ、貴方は何を!?」

「もう耳に音声届かなくなってると違うか? つまり、五キロ四方の退避そろそろ完了するって事や。ここから走らせるんも何か悪いしな。ほら、タクシーみたいな感じで乗っとき」

「タ、タクシーって!!?」

「はは、質問に答えてくれたお礼とでも思っといてくれ。今、それを昇らんとあんたは死ぬ。まだ人生満喫してないやろ? あんたが賢い人ならどうするべきか分かってるはずや」

「・・・・・・分かりました」

レリーが仁の言葉に梯子を昇ってコックピットの端に掴まる。

「ほな、さいなら」

結局、諦めたらしいコックピット内部の男がレリーを引き上げ、何かを喋りながらキャノピーを閉鎖した。

それと同時に暴風が周囲に吹き荒れ、十数秒後にはその場に戦闘機など陰も形も無くなっていた。

「ふぅ。じゃ、始めよか。先生」

振り返った仁が既にその場に立っている帽子姿の老紳士に笑みを浮かべる。

「チェスではなく将棋と例えて欲しい所だったな。あそこは・・・」

枯木のような手。

巌を掘り出したような峻厳なる顔。

氷雪交じりの風が吹いたかのような声。

アメリカ人の感性でその老紳士を現すならSAMURAIとなるかもしれない。

老人班の浮き出た顔にはそれでも生気が漲っている。

「随分とお互いに老けたような気がするんはどうしてやろうな」

「老いるとは精神的にも知恵的な意味でも賢くなる事だと思っているが、さて・・・我々はそんな歳の取り方をしたのか?」

「はは、違いないわ。お互いもう耄碌してんのかもなぁ」

「そう出来ればどれだけ楽か・・・そう言えば、あの子に会ったか?」

「アズの事か? ああ、元気そうやったで」

「そうか。あのやんちゃ坊主も来ているようだが、そちらは?」

「完慈は見てへん。どうせ準備しに来たんやろうから、その内接触してくるやろ」

「・・・どうしても立ちはだかるのだな?」

「今更やなぁ。その律儀なとこが先生らしい」

「日本を守る為ならば、この身は修羅とも羅刹ともなろう」

「それで外国に迷惑かけるんは違うと思うで」

「こちらの不在を嗅ぎ付けて今悪餓鬼共が東京に来ているようでな。機関の情報をDARPA側にリークしたのも奴らだとすれば、むざむざ捨て置けるわけもない。GIOに全て任せておくわけにもいかない。早めに戻る必要がある以上手加減は無しだ」

「あ~~確かにあいつら相手にGIO特務程度じゃ分が悪過ぎるかもしれんな」

「あのGIOの小娘に国を守らせる程、愚かなつもりはない」

「何か対策でもしてきたんかいな?」

「君に戦いを制する上で基本的な事を教授するべきか?」

「止めとくわ。オレには似合わん」

「そうか。ならば、此処で一度敗北というものを知っておきたまえ」

老人の目がスッと細められた。

「嘗ての生徒だ。命までは取るまい」

「ま、死なん程度に頑張らせて頂きますよっと」

対峙した仁はその細身からは考えられない跳躍力で老人から十メートル程距離を取った。

「懸命な判断だ。昔からその計算高さだけは褒めるに値する生徒だったな君は・・・」

「ありがとさん。先生」

「とりあえず答え合わせをする暇は無さそうだ。先に教えておこう」

「ん?」

「兵法の基本の一つは敵の敵を作る事にある」

十三人。

その内の二人が激突するという事態。

何が起こるか分からない戦いを前にして街は静かに老人の声を呑み込んだ。

【どうやら先客がいるようですが、目標が一人から二人になったに過ぎません。準備はいいですか。パイ】

【『ITEND』 Multiplication Rate34。Increase Level22。Assist・・・いつでもどうぞ。ターポーリン】

【では、戦闘開始と行きましょう。第一目標『貴荻一茶きおぎ・いっさ』第二目標『國導仁こくどう・じん』】

街の中、たった二人の観客がビルの屋上から遥か下で起ころうとしている争いの渦中に落下していった。


20××年×月××日

定期記録NO.4432。

記録者【管理人】

*この記録は事実に私的な見解を交えた上での推測の域を出ない憶測が混じる。以上の事を踏まえた上で閲覧者はこの記録を読み解くよう注意されたし。尚、本稿の閲覧には幾つかの事前知識が必要であるが、それはこの場所唯一の紙媒体としての性質上、明記しない。

まずここ半年における技術情勢に付いて記憶の限り記してみよう。

最初に思い浮かぶのは何と言っても日本で四年前より建造されていた【島型原子力採掘船】の一号機が艤装を済ませて運用を開始した事だろう。

これは十八年前の事件以降止まっていた海洋資源採掘用の原子力船開発が一段落した事を意味する。

高速増殖炉によって五十年で倍になるとされたウランが余り始めたのは原子力発電所の新規建造数の低下に伴った現象、受け皿の枯渇に起因する。

そもそも日本の自身への過小評価は今に始まったことではないが、それにしても技術の進歩が早過ぎる事の弊害は以外に多いのかもしれない。

原子力発電所の効率化とスマートグリッドの整備。

送電による消耗をほぼゼロに抑えた新規電線・送電網の開発。

これらによって日本の原子力政策の主な焦点が原子力発電所の数となったのは周知の事実である。

それに加えて十八年前の事件が起こった。

以降、各地の原子力発電所に納入されるはずだったウランの大半は貯蔵施設で眠る事になった。

原子力テロを恐れた国連の決定は世界の原子力政策を大きく遅滞させたのだ。

しかし、増殖炉を止める事もできずにいた日本には核のゴミはなくなったものの燃料は増えていく。

中国の砂漠にゴミを封じ込め、全うに使える資源まで送らなかったのは懸命な判断だったとはいえ、それでも増え続ける燃料の活用法が皆無なのは宝の持ち腐れ極まりない。

核燃料を有効活用する術を発電に求めないという政府方針に従わざるを得なかった大手ゼネコンや財閥系重工には面白くない話だっただろう。

しかし、ギガフロートなどの浮体技術の飛躍的な発展によって陸地と差し支えない【世界】を海洋に【原子力を持って】構築する術を得た日本は正に水を得た魚となった。

これから百年以上に渡って枯渇しないだろう海洋鉱床を大規模に採掘する移動拠点を実用化した意義は限りなく大きい。

原子力船のスタンダードが島型浮体となれば、海洋に面する多くの国家、海水面上昇に喘ぐ国家へあらゆる資源と引き換えにソレを売り込む流れは加速するだろう。

それらの製造・整備・保全は日本の技術力無しには語れなくなる。

同時にアジア全体においての安全保障は日本という国を軸に強化されなければならなくなる時がくる。

国土の保全を他国が行うとは正にそういう事なのだ。

小国であろうとも大国であろうとも国は国に違いない。

南半球の国々を取り込むシーレーン再構築にしても誰も止めようとはしないだろう。

中国軍閥連合の瓦解と極東アジアの混乱を治める盟主として日本が担ぎ出されるのはほぼ間違いない。

嘗て大東亜共栄圏という幻想を夢見た者達はこの事態を見たら何と言うだろうか。

軍事力でもなく。

経済力でもなく。

技術力という一点において厳しくなる地球環境に対応し得る国がその頂に立つ。

生存競争に人の知恵が加わった時、ようやく嘗て夢見た者達の理想は別の形で現実となるのかもしれない。


「ふぅ・・・」


黴の臭いが僅かに鼻を(くすぐ)る図書館の最奥。

十数メートルの本棚の奥に置かれたカウンターからペンのカリカリという音が消えた。

天蓋からの漏れるのは陽光。

日差しも穏やかな場所で燕尾服を着込んだ老人が一人日誌を付けている。

コツコツと外からの足音。

扉が開かれたのは久方ぶりの事だった。

「どちら様でしょうか?」

「・・・日向宗助ひなた・そうすけの紹介で来ました」

テーラー製のスーツを着こなして、静かに宮田坂敏はカウンターの前まで歩いてくる。

横にいる佐武戒十は自分とは縁遠い空間内部をキョロキョロと見回しながら帯同していた。

「もう故人ですが、彼の手帳には此処で科学捜査を行うようにという指示があった・・・貴方が海村千次かいむら・せんじさんですか?」

「ええ、此処を預かっている海村です。ようこそ・・・継承者の方々」

「継承者・・・まさか――」

「あんた【Mファイル】の事を知ってるのか?」

口を挟んだ戒十に宮田が黙って欲しいという視線を向けるものの、何かと現場に出て脚で情報を稼いできた手腕に任せてみるかと口には出さなかった。

「日向さんとは長い付き合いでしたので」

老人、海村が頷く。

「じゃ、単刀直入に聞くぜ。あんたは一体何処まで知ってる? そして、あんたは一体何者なんだ?」

「・・・・・・話せば長くなりますが、嘗てとある事件で協力した仲とだけ。それと私が何者かは私が決める事ではなくあなた方の決める事です」

「此処の事は調べた。だが、此処はただの電子図書館って事しか分からなかった。不動産の所有者、土地の権利者、図書館の施工主、調べた限りじゃ外国にいて詳しい事は不明。一体、此処は何なんだ?」

海村がそっとカウンターの上の日誌を閉じて立ち上がった。

「警察内部の機関では解明できない先端科学に通じる者として彼は私を選んだ。そして、私はとある方から此処を預かり、管理運営を任されています。此処にある情報は私の脳裏のもの以外は全てその方のものであり、同時に此処にある全ては私の個人の裁量で活用する事が許されている」

背を向けて歩いていく海村に二人が続いた。

林立する本棚の奥は暗がりでよく見通せない。

「此処には公式非公式を問わずに世界中の情報が集められています。それが価値ある情報なら1000ヨッタあるアーカイブの海からどんな些細な情報も引き上げられる」

「ん?」

戒十が気付いた。

歩いてきた、というより歩いていく道の横で書架が動いていた。

「こりゃぁ・・・」

「不意の襲撃者に備えて常に情報の位置は変えています。どうぞお気になさらず」

「(・・・無理だろ)」

ボソッと呟いた戒十だったものの、すぐさま目の前に現れた巨大な扉に釘付けとなった。

「図書館にこんな扉必要なのか?」

「中には合法非合法問わず研究用の機材が大量にありますので」

「おいおい。それ言っていいのかい?」

「あなた方にそれが合法か非合法か解るのでしたらどうぞ令状をお持ち頂ければ幾らでも持って行って構いません」

「そういう事か・・・」

戒十が頭を掻いた。

鋼鉄製とも見えた扉が片手で呆気なく開く。

内側に招き入れられた二人は目を見張った。

一面ガラス張りの通路。

その両脇にはズラリと幾つも何に使うのかも解らない機材が所狭しと置かれた部屋が並んでいる。

「彼には世話になった恩があります。何かしら証拠を持ってきて頂ければ、それがどういう経緯でどういう経過を辿ってどのような状態となったのか。仔細漏らさず調べましょう。勿論、その情報は裁判や令状の理由に使用できないという事は言い添えておきます」

「解りました。では、さっそく一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

今まで黙っていた宮田が持参していた鞄の中から黒い袋に入れられた小瓶を取り出した。

「おい!? いいのか!?」

「我々には手段を選り好みしている程の余裕はないと思いますが」

「・・・ああ、確かに科捜研じゃ何も解らなかったが」

「外部の捜査協力者に頼る事もまた一つの選択でしょう」

戒十は苦々しく思ったものの自分もまた違法スレスレで捜査してきたからこそ頷かざるを得なかった。

「これは今追っている事件現場に残っていた【被害者】です」

渇いて変色している茶褐色のソレを海村が受け取って繁々と見つめる。

「解析までどれ程掛かりますか?」

「・・・一日と四時間程頂ければ」

「では、明日のその時間にまた来ます。今日はまだ予定がありますのでこれで失礼を」

「おい。宮田さん!!」

戒十が慌てるも宮田はその場に背を向けた。

二人の来訪者の背中が見えなくなるまで海村は見送った。

「試されるのはCEOの下に付いて以来ですか・・・」

これから男達の前に立ちはだかるだろう難題は決して一筋縄ではいかない。

そう知っている海村は検査機器のある奥へ奥へと早足に歩いていく。

言った以上はやらなければならない。

久しぶりに老体に鞭打った徹夜になりそうだと彼はひっそり苦笑した。


「ふぁ・・・・・・眠い・・・・・・」

そう呟かれたのは闇の中だった。

微かな光が虚ろに世界を照らしている。

「波籐もたるい事好き過ぎだろぉ・・・こっちは三徹だってのに・・・」

欠伸を噛み殺してスヤスヤ眠っていたい衝動に駆られた声の主はムニャムニャと口元の涎を袖で拭った。

「あの爺がいないからって好き放題出来るじゃなし。何かしたら阿修羅の如く怒るの目に見えてんじゃんよぉ・・・」

虚空にフワリと輝きが浮かび上がる。

ホログラフ。

いや、それにしては実体があった。

虚空に浮かび上がったのはキーボード。

まるで重力を感じさせない動きで声の主の前にそれがやってくる。

「ったく。NDの独自開発なんぞ自分でやれよ・・・分子生物学なんて細々したのやってんだから・・・ふぁ・・・」

カタカタとキーボードが打たれ始めた。

「いつの間にかお得意の分野から離れてあんな研究するようになっちゃあ、恩師も怒るだろぉ・・・ま、つってもオレも研究成果は遣わせてもらってるし、お相子だけどさぁ・・・」

虚空に再び輝きが走り、今度は画面が浮かび上がる。

それもまた何も無い場所に出てきたにしては質感があった。

「空気中のND濃度五パーだ。タッチ薄い・・・組み上げ速度三割り増しくらいにしとけ」

【YES.MASTER】

きゃるーん。

そんなアニメ声で英語が響く。

「で、仁の野郎は見付かったのか?」

【NO.MASTER】

「あっそ。なら、全国に散らばしてるのは全部自壊させとけ」

【YES.MASTER】

「あ~~あ~~やっぱ、プログラム関連じゃ、あいついないとダメだな。艤装の運用効率が三日もやって一割とか・・・馬鹿なの死ぬのオレ・・・ゴフッ・・・水・・・水持って来い」

【YES.MASTER】

キュラキュラと車輪が回る音がして小さな台が自動でやってくる。

その上にはコップが一つ置かれていた。

「ッ・・・ふぅ・・・少し目ーさめたな・・・あ~~それにしても我が祖国来ちゃったよ・・・アズも完慈もアメリカだし、他の連中は出てくる気配も無いし、弱い者虐めって好きじゃないんだよなぁ・・・」

虚空にまた輝きが走る。

カウントダウン。

60.00前。

「そんなに教授の遺産が大事なのかねぇ・・・あいつら・・・オレと意見会いそうなのがあの壊し屋ミーシャしかいないってのもなんだかなぁ・・・」

ピロリン。

そんな音と共に一通のメールが虚空の画面に展開される。

「お・・・この船に初めてのメール頂きました~~って誰? 波籐がこんなもん送ってくるわけねぇし、つーか、此処に送れてる時点で普通じゃねーし」

システムが自動でメールを解析し、開いてもOKとお墨付きを出した。

「パカッと開いてみますか。パカッと」

メールを開いたと同時に内部に納められていたプログラムが外部と強制的にシステムを接続した。

【久しぶりだね。彰吾】

映像の中には小さな子犬が映っていた。

舌を出して映像を見ているだけの姿。

だが、まるで子犬が喋っているかのように声は続ける。

【もう四十年以上になるかな・・・あの頃から】

「・・・・・・嘘だろぉ」

【本物だから心配しなくていい】

「で、今更行方不明のお前が何の用だ?」

【僕は『研究会ゼミ』を抜けた後、新しい組織を立ち上げたんだ。それで君達十二人の内、幾人かの動向は掴んできた】

「それで?」

【まだ僕の組織は日本という国を必要としてる。もしも、君が日本を攻撃して計画の前準備に取り掛かるなら、僕としては戦わざるを得ない】

「勝てると思ってるのかよ・・・序列五位のお前が・・・」

【僕もそれなりに君達を見習ったからね】

「あん?」

【DARPA側に研究情報をリークして開発費を浮かせたのは何も君達だけじゃないって事さ。ようやく不得意だった分野で貴荻さん並の成果も出た。君達と同じようにDARPAから成果を引き上げるのも秒読みに入ったと言っていい。もしも、引くなら今回は手を出さないと確約しよう】

「・・・・・・」

【・・・・・・】

沈黙は長く続かなかった。

【物理学者】御崎彰吾は面倒事が嫌いだ。

だが、彼には面倒事より嫌いな事がある。

「全艦。緊急浮上」

【・・・そう・・・なら、仕方ない・・・】

それは白黒付かない半端な優劣。

上か。

下か。

そういう事だ。

【楽しみにしてるよ。彰吾】

「ああ、楽しもうぜ? 久しぶりにな」

プツンと接続が切れる。

「ECM起動。固定用シーパイル一番から二千七百番まで順次起動。炉の臨界運転にて高圧蒸気放出、氷陸生成を開始。接岸後、上部デッキ開放。フラクタルドローン全機出撃」

闇が取り払われ、無数の輝きが数値となって彼の周囲に吐き出された。

露になる全身。

人間の形をしていながら、その姿は異形。

機械の形を模した有機体。

文字にするならそう表現するのが相応しい。

神経の代わりにケーブルを。

内臓の代わりに電池を。

筋肉の代わりに繊維を。

骨の代わりに合金を。

血の代わりに溶液を。

肌の代わりに鍍金を。

確かにそれらはそのような名前で語られるものだ。

しかし、あまりにもそれらの形は人間を模す。

神経は抹消に至るまでミクロン単位で全身を這い。

内臓は複雑にして左右対称に臓器の形を模し。

筋肉は束ねられ、液の圧力によって伸縮し。

骨は本人の形と寸分違わず。

血は体の隅々にまで浸透し。

肌は人の色をして。

何処までも機械という概念を否定するが如く違和感を感じさせない。

着込まれているのはコンバットスーツ。

顎まで伝う衣装は黒く、一繋がりでありながら内部からの圧力に無数の亀裂を生じさせている。

ソレとは対照的に全てを覆い隠しそうな白い外套は何が詰まっているのかと言う程に厚く、強固な肉体を内側に押し込めていた。

「目標、霞ヶ関、市ヶ谷、丸の内」

東京全域の地図が現われ、指定された地域が赤く染まった。

「祝砲でもしとくか。基地局、テレビ局、浄水施設、変電所、後は・・・」

【TOWER】

「それもだな。気が利くじゃねーかよ」

【THANK YOU】

小丘モナドノック全車両発進。配置完了と同時に撃ち尽くせ」

【YES.MASTER】

「それと波籐に繋げ。うっかり巻き込まれても困る」

褐色の玉座に座して、御崎彰吾は作り物の顔でそう笑った。


東京湾に突如として現われた【陸地】がジオネットで話題になったのは深夜の事。


その【目的地】に仕掛けられたジオプロフィットの内容にはこう書かれていた。


――――――日本の未来。


東京が火の海になったのは陸地の出現からたった十五分後。


戦火に没する世界の中で抵抗が始まる。

予想以上に長くなっているので少し時間が必要になりました。ついに月一を突破してしまった事をお詫びします。とりあえず次回投稿は三月十日までに行う事とします。三月一日作者より。

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