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GIOGAME  作者: Anacletus
49/61

第四十九話 虫は知る虫の未来を

三つ上げようと思っていたのですが、今月はこれが精一杯でしたorz。今回は伏線の一つが回収され、同時に今までやられっぱなしだった日本の反撃の準備の様子が描かれます。次回は十二月上旬の投稿になるかと思いますが、どうぞ末永くお待ち頂ければ幸いです。では第四十九話 虫は知る虫の未来をを投稿します。

第四十九話 虫は知る虫の未来を


日本という国における大財閥の力は明らかに一国に匹敵するものがある。


企業=国家。


その図式を思い浮かべる程に巨大となった財閥は正に怪物のようなものだ。


多国籍企業や外資・禿鷹など歯牙にも掛けず握り潰せるだけの金と権力が渦巻いているのも珍しくは無い。


財閥を連合国家のような各分野の複合的な総体として見た場合、基本的に中枢は一人に集約されない。


大財閥の企業と言っても株式が創業家一家に集中している時代はすでに遠い昔。


現在のトップは有能な一個人ではなく、各会社の代表者達が運営するコミュニティーの形を取る。


無論、親類縁者が多いのはよくある話だが、血の繋がりによる連帯が希薄化する現代においても比較的強固なコネクションで結ばれている財閥中枢の関係者は多い。


第二次世界大戦後。


GHQに解体されてすら復活した力は凄まじいものがある。


日本の財閥が世界にどれだけの影響力を保有しているのか。


詳細に知る機会があれば、その空恐ろしさに震える者もいるだろう。


東京の一等地に立つ高層ビルの群れがとある財閥関連企業のもので占められているなんて実話は一部では有名な話でもある。


その力に気付けば、普段何気ない機会に聞く会社の名が時に意外な場所で聞こえるような、そんな驚きを持つのは間違いない。


どんな有名企業だろうとも普段表に出てくる会社なんて大した事はないのだ。


新聞に載らずとも話題に上がらずとも宣伝などしていなくても、確かに生活を支配するに足る企業群。


それが財閥なのだ。


そんな日本の産業の中核にとって目の上のタンコブと言うべき存在がいる。


GIOゼネラル・インターナショナル・オルガン


たった十数年前に表舞台に現れた現在世界最高の株価を持つ総合企業複合体。


アメリカ合衆国に本拠を置くGIOはその類稀なる技術を持って世界を席巻した。


第一次産業・第二次産業・第三次産業の殆どに食い込み、大規模なシェアを食い荒らす悪魔の如き企業として勇名を馳せた。


GIOの参入により莫大な利権を失った老舗企業が廃業に追い込まれる現象も世界各地で珍しくなくなった。


しかし、その爆発的な侵出が成功した一番の理由をアナリスト達は常にこう表現する。


【あの黒い隕石という奇跡が無ければ、今もGIOはありふれた超優良企業にしか過ぎなかったはずだ】と。


世界中が大混乱に陥り、国家が無数に破綻した【黒い隕石】事件。


その最中に火事場泥棒のようにシェアを奪い取ったやり方には批判の声も多い。


日本においてGIOが勢力の拡大に【失敗した】と論じる向きがあるのは日本の混乱が最小限に押し留められ、大財閥の影響力が衰えていなかったからだ、と主張する者達もいる。


更に言えば、幾ら日本人が立ち上げた企業とはいえ外国企業であるGIOが極右の時代に入っていた日本の風土には馴染みずらかったというのもあるかもしれない。


経済に食い込んだGIOが国家を乗っ取れる程に勢力を増せなかった稀有なる国。


それが日本だったというのは創業したのが日本人であるGIOにとって最大の皮肉だろう。


企業=国家。


この図式に当て嵌めるならば、あらゆる企業こっかとの戦争マネーゲームに勝ってきたGIOは自らを生み出した世界にほんには勝てなかったという事になる。


故に世界にほんを滅ぼすぐんばつを使って勢力の拡大を図ったのはGIOにとっても禁じ手に近いものがあるのではないか丘田は常々思っていた。


神話の時代から親殺しは大罪。


その結末は栄光を掴み次代の王となるか、罪人として殺されるかの二択。


日本において母を焼き殺した炎の神は父に生まれながらに殺されている。


「チーフ?」


「はい?」


モグモグと安っぽいジャンクフードを頬張りながら丘田は真横で怪訝そうな顔をしている綾坂直人あやさか・なおとに顔を向けた。


「何か考え事ですか?」


「いいえ。少し日本という国の特殊性への感慨に耽っていただけです」


「そ、そうですか・・・」


綾坂が何と言っていいか分からず困惑した様子でコーラをカップから直接喉に流し込む。


「綾坂君。今日、君を連れてきたのには三つの理由があります」


「三つですか?」


「ええ、三つです」


「あの協力者の方と関係が?」


綾坂が先程まで丘田と離れた席で話していたスーツ姿のサラリーマンの姿を思い浮かべた。


「はい。それが一つ目の理由です」


「彼に関する情報は聞いても?」


「構いません。今日の話し合いは勿論重要な情報の交換の為でしたが、一番の理由は彼に貴方を紹介する為でしたから」


「紹介?」


「これから君達にも独自に資金確保をしてもらわなければならない。『窓口』の一つである彼に顔を見せるというのは君がこれから班のリーダーとしてやっていってもらう為の言わば試金石です」


「リ、リーダー!? そんな話聞いてませんよ!?」


「今、言いましたから」


サラッと丘田に言われて綾坂の気が遠くなった


「資金確保・・・『窓口』・・・どういう話なんですか?」


「色々とまだ分からない事があると思いますが、その内の幾つかの疑問に付いてリーダーである君には知っておいてもらわなければならない。説明は歩きながらしましょう」


丘田が店内から外に出て行く。


慌てて綾坂も付き従った。



「まず、最初に言っておかなければならない事ですが、第十六機関の上部は国からの税金で運営していません」


「はい!?」


さすがに驚きを隠せない様子で素っ頓狂な声を上げた綾坂に丘田が人差し指を唇の前に付けた。


「そう驚く事でもないでしょう。CIAの末端が金に苦しんで金策に奔走するなんてよくある話です。幾ら税金を資金源にしたと言ってもそんなに大きい金は回ってこない。故に我々は独自に複数の資金源を持っているんです」


「それが・・・今日話していた方と関係があるという事ですか」


「ええ、彼は資金源の一つである『窓口』です。我々は彼らの欲しがっている情報を流し、彼らは我々にその代わりに援助をする。ギブアンドテイクの典型です」


「・・・流している内容如何によっては、いえ・・・それ以前の時点で重大な違反行為ですよ?」


「はは、それはそれこれはこれという奴です。綺麗事だけではお腹は膨れないんですよ人間。それに彼らは我々の正規の顧客でもある」


「顧客?」


「企業スパイへの対策を国策にしてからというもの、我々と彼らのパイプはかなり太くなった。それはある意味今まで日本という国が抱えていた病巣・・・平和ボケを取り除く契機ともなったんです。国が包括的な間諜対策をしたと言ってもまだまだ若い組織である第十六機関にはやはり資金面での苦労が伴う。財務省には金食い虫である我々に大金を注ぎ込みたい人間はいません。故に彼らの出番となった」


「彼ら・・・」


「彼らの性質を考えれば、我々との協力体制は寧ろ自然です。政府の一部要人は知っている事ですし、経済産業省の幹部クラスの幾人かも知っている話です」


綾坂が会話の流れから今さっき丘田があっていた者の背後関係を即座に理解した。


「ちなみに何処の方ですか?」


「戦闘機の開発をしているところです。他のところからも似たり寄ったりの支援を頂いています」


「・・・・・・本当に彼らが国の為に金を出していると?」


「日本という国で育っても国を愛さない人間もいるでしょう。だが、その逆もまた然り。日本が無くなっては困る人間の中でも一際愛着のある方々なのは我々の調査結果からも明らかです」


「随分とグレーな資金源ですね」


「・・・日本という国の維持は彼らにしても一大事という事ですよ。彼らには資金と組織力はあっても人材と行動力がない。平和りえきというものを願って止まない彼らにすれば、自分達で『そういう部署』を作るよりは『外部委託』して働いてもらった方が何かと効率がいいし安く済む。


専門の人間を育てるにはノウハウが足りない以上、GIOのように裏方を自分達で保有するのはリスクも高い。嘗てはそういう荒事は専門業者(893)に頼んでいたものですが、今や外国勢力に侵蝕されてしまったところは使いたくない。というわけで我々に白羽の矢が立ったんです」


「・・・・・・・・」


綾坂が大人の事情という奴を忌避しがちな己は未だ若いのだろうと自嘲しながら溜息を吐いた。


「幻滅しましたか?」


「いえ、感心しました」


「そうですか。なら、これからは君にも金策に回ってもらうことがあるでしょう。頑張って下さい」


「・・・はい」


「ちなみに二つ目の理由が見えてきました」


「?」


綾坂が丘田の視線を追い掛ける。


「此処は・・・」


路地から一歩出た途端だった


「日本が誇る最新鋭の原子力採掘船【不知火しらぬい】です」


東京湾近郊。


海の匂いがする場所で綾坂は巨大な鋼鉄の櫓を五つ抱える都市の如き広さの【船】を見上げた。


まるで陸続きかと疑うような広い世界が海の上に浮かんでいる。


「浮体技術の進展によって可能となった超長期間航行に耐える世界で唯一の島型原子力採掘船の一号機。これから九州で進水真直のギガフロート二号機【扶桑】に合流し【日本南洋経済特区構想(ヒルコ・プラン)】の中核となるべき最初の箱舟です」


あまりの大きさに視界の端に全てを収めきらない船体を綾坂は不思議そうな面持ちで見た。


「これが二つ目の理由ですか?」


「ええ、君は第十六機関が進めてきた次代の班長育成プログラムの第一被験者です。故に君にはこれから支部が出来る場所を見せておこうと思いまして」


「支部・・・まさか、此処に?」


「新たな県の創設と共にあらゆる国の企業が集う事になるだろう構想プランの中には無論諜報活動も含まれます。世界中の企業の情報を日本に引き込む事で見えない壁を生む事になれば、いずれ諜報合戦は避けられないでしょう。君には来るべき戦いにおいて前線に立つ指揮官となってもらう事が決まっています」


まるで現実味の無い話に綾坂が目を瞬かせる。


「冗談、じゃないんですよね?」


「冗談で戦いを強いるGIOのような組織なら良かったですか?」


「いえ・・・ですが・・・その・・・」


「中国軍閥が硬直している時間はこれから一年も無いでしょう。数ヶ月以内には必ず動き出す。核戦争となれば全ては消えてしまうのかもしれない。


しかし、もしも次の時節が回ってきて準備もしてなかったら我々は何の為に身を粉にしてきたのか分からない。常に五年先を見据えて動くのが最良の諜報員というものです」


「・・・最善ではなく?」


「我々に【善】などという言葉が当て嵌まるようになったらきっと平和ボケしたお花畑な人間が世界を動かしている時代になっていますよ」


『それは面白い未来図だ。ふふ』


二人が振り返ると白髪のスーツを着た上品な老女が杖を付きながらやってくるところだった。


「あの坊やが弟子を連れてくるなんて歳を取ったもんだよ」


丘田が深々と頭を下げた。


綾坂もそれに倣う。


「お久しぶりです。佐宝さん」


「堅っ苦しいねぇ。相変わらず」


「いえ、貴女を織拿と呼び捨てにできる人間を僕は知りません」


「礼儀が成ってない人間に何か教えるような性根はしてないだけなんだがね」


嘗ての公安の鬼女。


佐宝織拿の手を恭しく丘田が取った。


「お待ちしてました。これから詳細を詰めるに辺り、お力をお貸し頂ければ幸いです」


「で? 今回呼んだ小僧共は来てるのかい?」


「はい。五十人呼んだ内の四十九人はもう会場にいると連絡がありました」


「来なかったのはどいつだい?」


「首相です」


「―――!?」


思わず綾坂が目を剥いた。


「まぁ、いい。あの子は昔から苦労性だったから・・・確か今は国連に行ってるんだったか?」


「はい。国連で中国大陸への支援表明を。今は官房長官が現場の陣頭指揮を取っています」


「あの男か・・・随分と賢しらな事を考えていたようだが、足元を思いっきり掬われて、これからどうするんだか」


「・・・・・・・・・・」


その男と二人三脚で日本という船の舵を取ってきた丘田は沈黙した。


「あんたも随分と入れ込んでるようじゃないか?」


「恐縮です」


どうすれば諜報機関の内部事情をサラッと調べられるのか丘田は未だに知らない。


が、目の前の老女からすれば雛に過ぎない自分の情報がバレていたところで驚かなかった。


「そ、その・・・チーフ。これから何が始まるんですか?」


綾坂のビクビクした様子に丘田が宥めるように笑う。


「ああ、まだ言ってませんでしたね。今日は【不知火】の本格的な運用を始めるに辺り記念パーティーが開かれているんです。と言ってもこの船に出資した財閥の方々を招いた些細な催しですが」


「人の名前で呼ばせておいてその言い草かい?」


「その点は本当に感謝しています」


「誰の入れ知恵か知らないがあんたのとこが立てたヒルコプランてやつは確かに面白い。この日本を守る盾の構想としちゃ一目置くに値する。だが」


「?」


「同時に【第三次世界大戦の引き金】を握りたいなんて大した野望は身を滅ぼすよ?」


丘田は何も言わず。


綾坂は思わず大声になった。


「―――チーフ!?」


「はい。何でしょうか?」


「今の話は・・・どういう事ですか!?」


「ヒルコプランの副次的な産物というか状況がそうなるかもしれないだけの事です」


「かもしれないだって? よくもまぁ・・・この不安定な世界の政情下で大企業の楽園なんてものが出来たとすれば、そこは正に地獄の釜だろうに」


織拿が白々しいと言いたげな口調で丘田の考えを看破していく。


「もしも盾が壊れた時は壊した国を生贄として争いが始まるのは必定。その意味ではこの時点であんたは業界の誰よりも先を行ってる。


壊れる事を前提とした盾の使い道は幾つかあるがその中でも大きいのは二つ。立て直してきた外国企業の力を殺ぐ事と戦争が起こった場合の盟主としての地位の確保。


上手くすれば水戦争も生き残れるかもしれない。プランの内容を見たけど日本企業お断りだそうじゃないか」


「はは、何もかもお見通しですか」


「あたしを誰だと思ってるんだい?」


「・・・日本が保有する現時点で世界最速の量子コンピューター【伊弉冉イザナミ】がWWWワールド・ウォーター・ウォー勃発の条件をほぼ絞り終えました。


その回答に従えば勃発の条件は以下の四つです。大規模経済圏の消失。水資源の枯渇によって国家間の貿易額における水の輸出入が世界全体で約12兆ドルを上回った場合。


現在存在する環境技術の約52パーセントが消滅した場合。地球人口が現在の値から92億人まで増加した場合。黒の隕石事件で人口はほぼ三分の二程までに減り現在は六十八億人。


環境技術の特許総数の内の約三十六パーセントが日本のもので新型の水の大量濾過技術に関してはほぼ九割以上です。しかも中核技術は特許に申請されておらず諜防も我々が万全を期している為、技術流出は皆無。


現在の世界規模での水の輸出入総額は約9兆ドル・・・水の値段が金より高くなる水バブルなんてよく聞きますがまだ大丈夫でしょう」


「だから最後の鍵を自分で作る、か。まぁ、好きにするがいいさ。どちらにしろ手としては下策というわけじゃない。問題はあんたがこれから起こる万難を何処まで制御できるかって所だからねぇ」


「ご期待に沿えるよう誠心誠意努力します」


織拿が鼻を鳴らす。


「じゃぁ、行こうか。そこで呆けてる弟子も連れてきな。まったく・・・誰に似たんだか」


愚痴る老女に丘田は何も言わず笑むだけだった。


「綾坂君。では、そろそろ行きましょう。理由の三つ目も無事終わりましたから」


「・・・・・・チーフ」


「何でしょうか?」


「チーフを越える日はきっと永遠に来ないと思います」


「ははは、何を言ってるんですか。こんなのは後十五年もすれば君にも出来る程度の事ですよ♪」


ウィンク一つにノックアウトされた綾坂はその日、この世のモノとは思えない日本の暗部と笑いながら調整を続ける男を見つめ続ける事になった。



二人のお供を従えて外字久重がその異常に気付いたのはほぼ偶然に近かった。


クーペに違和感を感じたのだ。


何がどう違っているのか分からなかったものの、間違い探しで喉に小骨が刺さったような感覚が一瞬だけ勘というべきものを働かせた。


店の裏手。


ほぼファミレスの死角になっている位置に止めていたクーペの前で二人を下がらせたのは間違いではなかった。


「!!」


クーペの上部に回し蹴りを放った瞬間、クーペの屋根が撓んだ。


「何だコイツは!!?」


思わず呟きながら久重はその物体を目で追っていた。


周囲の風景に完全に溶け込んでいた物体はその映し込む景色の処理が追いつかないのか。


僅かな輪郭を浮かび上がらせた。


全体的なシルエットからそれがどういうものであるのか即座に察して、ゾワリと久重の背筋が凍る。

それは一メートルもあろうかという生き物だった。


「蜘蛛とか勘弁しろよ・・・!!?」


『連中』の新手の嫌がらせかと追撃の姿勢を取ろうとしたものの、横から咄嗟に二つの手が遮った。


「ソラ!? フウ!?」


「ダメ!? 久重!!? 敵じゃないの!!」


「だめ・・・」


言っている間にもジャンプして再び落ちてきた見えない蜘蛛がノシッとクーペの上に着地する。


殆ど音が立たない。


今までクーペの上にそんなものが乗っていたかと思うとかなり顔が引き攣る久重だったが、さすがに制止された以上は何かあるのだろうと二人に向き直った。


「・・・で、どういう事なんだ?」


二人の少女が顔を見合わせて罰が悪そうに俯く。


再びファミレスへと戻ったのは当然の流れだった。



「外部待機状態のプログラム?」


「うん」


またファミレスに入り店員に怪訝そうな顔をされた三人はコーヒー一杯で再び席に付いていた。


「第一GAME中にロックが解除されたNO.08“The Shepherd”は元々博士が脳の機能開発を進める目的で作ってたものなの。さっきの子はプログラムの一部がNDを使って脳に作用した結果ああいう風になってる」


「確か・・・シャフが言ってたな。BMIブレイン・マシーン・インターフェース技術への適合だとか何とか」


「それは間違ってない。けど、シャフも連中も博士が何処まで研究を進めてたのか理解してなかったのは間違いないわ」


「そんなに研究は進んでたのか?」


「脳機能の内の運動野を掌握するNDの開発は早い段階から『連中』が行ってた。そして、博士もその開発には参加してたんだけど・・・博士はたぶん自分の得た独自の脳研究成果を殆どこのプログラムに入れ込んでる」


「天才の残した遺物ってやつだな」


一口啜った久重を真似て虎も啜るもののすぐに水に手を付ける。


「解析したらこちらからのアクセスをブロックするブラックボックスが有って・・・推測だけど自己開発モードが起動してるんだと思う」


「自己開発モードってのは・・・まぁ、何となく分かるがそんな機能本当に働くのか?」


「博士はNDの基礎研究が終わってSEの開発も終了した時点でプログラムの研究に入ってたの。それは博士にしても凄く複雑な研究らしくて上手くいってないって言ってた」


「天才にも限界はあるんだな・・・」


「・・・きっと自己開発モードは博士が私を逃がす事を前提にして作ったんだと思う。検索と開発を繰り返すプログラムなら自分がいなくなっても代わりに力を開発する手段として有効だろうって・・・」


ソラの顔が翳る。


「ふむ。それであの蜘蛛はどう自己開発モードってのに関わってるんだ?」


ソラが難しい顔をしたかと思うと自分の小型端末を取り出して二人に見せた。


「NDによる脳機能の復元に関する研究?・・・まさか・・・」


久重が驚く。


「たぶん、久重が考えてる通りだと思う」


「マジか・・・つまり、NDによる脳の代替機能の研究・・・人間の脳機能がNDで再現できたら情報を機械に保存する事も・・・本当にSFだな・・・」


「脳機能の情報そのものをNDのネットワーク上に保存する技術は今の連中でもまだ本格的には開発できてないけど、久重はその一端をもう見てる」


「そんなの見た覚えが―――そうか、あの時の・・・」


「うん」


久重が思い浮かべた回答にソラが頷いた。


移民として買われ、NDに食い尽くされながらも生き残り、最後には化け物になった一人の女の事を未だ青年は忘れていない。


脳をNDに殆ど食い尽くされていたにも関わらずNDそのものが人格を得たように振舞っていたと確かに事件後ソラは語っていた。


その事を鑑みれば博士の研究は「脳の情報を機械にコピーアンドペースト出来たなら」というSFの題材が一つ現実になるという事を意味するに他ならない。


「この研究自体は博士のものじゃなくて最先端の脳科学を研究してる人のものだけど、博士はきっとその先を見てた。そして、たぶん・・・開発プロセスをプログラムに全て組み込んでたと見て間違いない・・・」


「じゃあ、何か? あの蜘蛛は・・・人間に近い脳機能を持ってるってのか?」


「あの子は脳機能の改変や増大と同時にNDから複数のプログラムを思考させられてるの。解析結果だけで見れば・・・大体七歳児くらいの思考能力がある」


さすがにその言葉に久重も押し黙った。


蜘蛛。


虫が人間と同等の知能を有する。


それが事実だとすれば、正にノーベル賞すら取れる偉業と言っていい。


「ああいう生物がいる大たいの理由は分かった。それで・・・何処でそんな事になったのか教えてくれ」


「あの、その・・・第二GAMEの最後で久重と別れてから虎に追いついた時に・・・虎を助けてくれたの・・・」


「助けた?」


今まで黙っていた虎がコクリと頷いた。


「加勢してくれた。いい子」


「プログラムか何かの影響か?」


「うん。外部待機状態のプログラムにも幾つかあって、あの子は私の護衛としてプログラムが選別した素体みたい」


「実験体兼護衛って事か」


「・・・うん」


何だか目に見えて実験体という言葉に落ち込んだソラに思わず謝りかけて、結局のところ久重は・・・己の未熟さに溜息を吐く事しかできなかった。


「ひさしげ?」


「今の話を聞いて棄てて来いなんて言える程オレは鬼じゃない」


「ひさしげ!!」


ソラが顔を輝かせた。


「だが、これからそういう大事な事は先に話してくれ。さすがに知らない内に巨大な蜘蛛が車の上に乗ってるとか何処のホラー映画だ・・・」


「うん」


思わず抱き付いてきたソラを引き剥がしつつ、青年は嘆息する。


「今まで何処に隠して飼ってたんだ?」


「え? あの・・・それは・・・」


「屋根裏」


「ふ、フウ!」


「屋根裏・・・あんなのがいたら怖過ぎだろ」


思わず想像して久重が顔を引き攣らせた。


「ちなみに飯は?」


「ご飯はあの子が自分で・・・雑食だから鼠とか蛙とか虫とか」


「・・・ペット系と人間が入ってなきゃいいが、想像したくない絵面だな」


更なる想像で久重が溜息を付いた。


「これからは食費くらいは出してやる。ちゃんと世話してやれ。人間並みの知能があるって言うならペットじゃなく家族として、な?」


「あ・・・うん!!!」


「ヒサシゲ・・・フトイハラ」


虎が何度もコクコク頷いた。


「それを言うなら太っ腹だ。ちなみにオレの体脂肪率は10パーセントだと言っておこう」


これからどれだけ食費やら雑費が掛かるのだろうかと悩める家主外字久重は二人の少女の笑みに苦笑いだった。



丘田雅彦は三人が再びファミレスに戻っていくのを機と見て父親仕込みのテクでクーペに近付いていた。


忘れ物でもしたのか車から離れてくれたのは好都合。


クーペの車体を端末で画像として取り込み、取り込んだ画像を追跡プログラムに追加、近頃は殆ど無線式の防犯カメラの電波を幾つか拾いつつ、画像解析プログラムも奔らせる。


これでクーペの進路をカメラの映像から拾い出し追跡を続行するわけだが、不意に端末が手からすっぽ抜け、雅彦は慌てた。


「おっと!?」


端末は何故かクーペの方に落ちる。


「どうなって・・・?」


まるで何かに引き寄せられたかのような落ち方に周辺を見渡すも雅彦の目には何も映らない。

端末を拾おうと手を伸ばした時、端末が動いた。


「!?」


思わず手を引っ込め、辺りを伺うものの・・・やはり何も無いし誰もいない。


「何だ・・・?」


慎重に雅彦が端末に近付き、そのまま取ろうとした瞬間、また端末が移動した。


移動先はクーペの下。


何か磁石的なもので悪戯でもされているのだろうかと辺りを再び見回すもやはり誰もいない。


「・・・・・この!!」


サッとクーペの下に手を入れて端末を掴んだ雅彦がホッと安堵して顔を上げた時だった。


―――感情を映さない複眼と目が合った。


その日、丘田雅彦は最新の小型端末を失って・・・ノイローゼ気味に帰宅した。


クーペの屋根から微かな音楽が流れ始めたのは三人の搭乗者が目的地の駐車場から仕事に行った後。


其処が閉まるまで流れていた曲は交響曲第9番ホ短調「新世界より」。


奇妙な符合に気付く者はなく。


ただ、新たな世界への期待だけが音色に乗って夜に響き渡っていた。

50・50。

それが平等。

だが、1を譲る心無くして。

交渉は成り立たない。

第五十話「シュピオン」

若き獅子の手に乗るは幾つか。

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