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GIOGAME  作者: Anacletus
47/61

第四十七話 恋のテロリズム

一か月に四本は無理でした。ごめんなさい。と、いう事で十月の終りにこの話を投稿します。悩みに悩んだ結果、ラブコメ編は分割して入れ込んでいく事にしました。今回のラブコメ話は前・中・後・編の前編に当たります。では、第四十七話「恋のテロリズム」を投稿します。

第四十七話 恋のテロリズム


凡庸さを大事になさい。


教養クラスの三人にある日そうグランマは説いた。


人よりも優れた事が出来るに越した事はない。


そう周辺の大人達の有り様を理解していた誰もが聞いて首を傾げた。


すると老婦は日本にある一つの言葉を持ち出した。


『過ぎたるは及ばざるが如し』と。


【嘗て届かぬ果てであった月は人類が到達する事の出来る領域となったわ。手を伸ばし続ける者の頂が此処にはある。それは人類の叡智と挑戦の歴史の最先鋒。けれど、届かせる手を持った人々は一握り】


何故か寂しそうに続いた言葉が三人にはまるで魔法の如く耳に残った。


どんなに便利な社会になっても。


どんなに高度な文明を築いても。


どんな先端科学を持ってしても。


人は幸せそのものを生み出しているわけではない。


『『『         』』』


誰かと共に在るだけで人は幸せになれる。


それがもしも恋し愛される間柄であるならば、それは尚更だろう。


あるいは祝福された時、人は幸せになれる。


それがもしも喜ばしい日の出来事であるならば、それは意義深いものとなる。


誰かに微笑みを向ける時、そこに高度な科学も文明も技術も重要であるだろうか。


お腹一杯の食事をして、温かな寝床に入って、愛する人と共に眠りに落ちる。


それは確かに物が無ければ成り立たないかもしれない。


しかし、僅かな食事でも、凍える寝床でも、人間は確かに幸せを感じられる。


豊かさの中だけに幸せがあるのではない。


貧しさの中にも確かにソレは息衝いている。


喜びも悲しみも抱き締めた・・・そんな凡庸な日常にこそ、きっと幸福がある。


だから、もしも叶うなら、そんな日々を、人生を歩んで欲しい。


【幸せになりなさい。それは生み出すものでも与えられるものでもない。きっと、もうそこにあるものだから】


目を覚まして少女ソラ・スクリプトゥーラは小さく感じるようになった部屋の中で起き上がった。


「・・・・・・」


仲良く並んだ布団が四つ。


前日の騒ぎが嘘のように静かな寝息だけが室内には響いている。


白み始めている彼方からの光がカーテンの隙間から零れていた。


それはまるで雲間から覗く天上の光の如く。


青年とそれに寄り添うように眠る二人の少女達を照らし出していた。


「グランマ・・・今なら・・・分かります・・・貴女が言っていた事の意味が・・・」


そっとカーテンが開かれる。


「ん・・・・」


何よりも己の意思に殉じる青年。


「ふぁ・・・」


祖国と義と忠を重んじる少女。


「nya・・・」


争そいを良しとせず自ら国を出た幼子。


(此処にある日常・・・奇跡・・・あの頃もそうだった。きっと、幸せは・・・あそこにも・・・)


もぞもぞと動く誰もに笑みを投げて、ソラ・スクリプトゥーラは寝巻き姿のまま、青年の枕元に座った。


「・・・ソラ・・か?」


目元を擦った青年が起き上がる前にそっと頬に手が添えられて。


「おはよう・・・ひさしげ・・・今日も良い天気みたい」


綻ぶような笑みが向けられる。


「・・・昨日の言葉は訂正しないとな」


「?」


「出会った頃よりも良い笑顔になった・・・ソラ」


「――――ひさしげ・・・」


染めた頬が赤いのは朝焼けのせいだと言い訳して、少女は心の内に溢れるものに従い行動した。


柔らかな手でそっと青年の顔が包まれ、額に軽い音が響く。


少女が自分のした大胆な行動にようやく理性が働いて、顔に添えた手を離そうと―――。


きぃぃぃぃぃぃ・・・・。


「「!?」」


安っぽい玄関の扉が開いていた。


朝一番で押しかけ女房的にやってくる富豪少女『布深朱憐』が一切変化の無い笑みを浮かべたまま、気を失って玄関へと倒れ込んだ。



第二次日中近海事変の当日。


クーペに乗っていた誰もがラジオやら端末やらを取り出して事の次第を見守っていた。


途中で家令達から連絡を受け取った朱憐はようやく帰ってきた久重との時間を惜しみつつも向えの車に乗って去っていった。


それからソラが一部引き継いだらしいアズのネットワークによって情報を収集し続ける事になった為、初めて日本にやってきたカウルに関する諸々は必要最低限の事以外全て後回しにされた。


太平洋側から中国の原潜が核を発射したという情報をリアルタイムで聞いていたその場の全員や朱憐に連絡していた虎は息を飲んで事態の行く末を見守ったものの、結果は墜落。


GIOがさっそく衛星を操作したとの裏情報に誰もが一喜一憂した。


落ち着かない夕食時を過ごし、カウルの生活用品を買い足しに走り、情報の整理やら状況の監視やらでこれ以上の危険が無いと判断され、全てが安定したのが午後十一時過ぎ。


ろくに歓迎も出来なかったカウルに大して久重は誤った。


明日色々話そうと言われて少女もコクリと頷いたのだ。


そして、朝っぱらから誤解、いや・・・有罪全開言い訳無用の状況が展開されたのだから、女性比率がまるで笑えない事になっている外字久重の部屋は騒がしい事この上なかった(精神的な意味で)。


(ひーちゃん・・・やっぱり、この人達と・・・あぅ・・・凄く白くて綺麗・・・ぅう・・・かっこいいから当然・・・ですよね)


インドでは肌は白ければ白い程に良いとされる。


幼いカウルにとって久重の傍にいる女性陣はまるで驚きの白さなんて洗剤を売る会社の謳い文句さながらの美貌に見えていた。


自分を救ってくれた【ヒランヤちゃん】の中の人。


途中で着ぐるみを脱いだ久重との出会いはカウルの中ではもう飛び切りの衝撃だった。


今まで友達という対象として格好良くて憧れる間柄だったというのに中から飛び出してきたのはまるで御伽噺に出てくる王子様。


優しい笑みで頭を撫でられてからというもの、初めての空の旅も上の空だった。


その青年が紹介した【仲間】達は誰も彼も女性ばかり。


しかも、自分よりも白くて、何か力強くて、更にはとても有能そうな面を見せられた。


コンプレックスなど生易しい。


ハッキリと自分が劣っていると感じたカウルは朝から勃発した女の戦いを黙って見ている事しか出来なかった。


ちゃぶ台を五人で囲んでの狭い朝食時。


サクッと火蓋を切ったのは無論、朝から見せ付けられてしまった布深朱憐その人である。


「久重様」


「はい。何でしょうか。朱憐さん」


もういっそ土下座していた方がいいのではないのだろうかという威圧感に萎縮しつつ鮭の切り身をモグモグと頬張った久重が味も分からずにビクビクしながら、おさんどんと化した朱憐に答えた。


「朝から随分とお盛んですね」


「いや、あれは・・・ほら、挨拶・・・・だよな?」


苦し紛れにボールをパスされたソラがさすがに恥ずかしそうな顔でプイッと顔を逸らす。


「うっ・・・」


「ソラさんは話したくないそうですわ。さて、何か言う事があるなら聞きましょう」


「朝の家族的なコミュニケーションの一環という事だと理解してくれれば非常に助かる」


「そうですか。へぇ・・・それでアレは何と言う行為なんでしょうか。久重様」


「・・・オデコにチッス」


表現のチープさで誤魔化そうとした久重はすぐにその選択が間違いだったと悟った。


プルプルと箸の先を震わせた朱憐が片手で額を揉み解した後、ジト目になる。


「良く、分かりました。では、久重様は女性からオデコにチッスされても朝の家族的なコミュニケーションとして理解していると覚えておきます」


ダラダラと嫌な汗が背筋に伝わるものの、何と言って女性のご機嫌を取るべきか知らない無智なるドンファン外字久重は困った笑みでその場をやり過ごした。


「それで今日の事なんだが」


今まで会話の外だったカウルに視線が向けられる。


「っ、な、なんですか? ひーちゃん」


真正面から久重に見られて、ご飯とおかずをスプーンやフォークで口に運んでいた印度産少女がオドオドしながら赤くなる。


「これからの生活や諸々の事について話しておきたい」


「は、はい!」


「基本的にオレは【何でも屋】って職業にもならないような仕事で食ってる。正確には非正規雇用で非公式な仕事の依頼を回して貰って、その場その場で解決してく派遣労働者みたいなもんだ」


「あ・・・え、えっと・・・その・・・」


「ああ、済まん。分からなかったよな。つまり、単純に言うと」


「フリーター(仮)ですわ」


朱憐に毒を吐かれた久重が顔を引き攣らせる。


「ぁあ!! フリーター!!」


何やら納得したカウルがニコニコした。


「【神裸フリークス】の詩亞ちゃんが言ってました!! 『フリーター。ああ、それってつまり人生の落伍者よね』って!!」


「ガフッ?!」


思わぬ所から来た毒舌に青年の心がサクッと切り刻まれる。


「それから『職歴にもならない短期低賃金非正規雇用労働者とか何ソレ馬鹿なの死ぬの?』とも言ってました!!」


「ゲフッ!!?」


「日本語の暗喩はとっても難しいです」


「(いや、暗喩じゃないから!? ド直球だからソレ!!?)」


もう止めてオレの心のライフはゼロよ、とも言えず。


顔色が悪くなった久重を不思議そうにカウルが見る。


「どうかしたんですか? ひーちゃん」


「い、いや、何でもない・・・と、とにかくだ。オレはそういう感じなわけだが、大体一日の大半は仕事で家を開けるのが常なんだ。それで昨日色々と雇い主の残してった仕事内容を見たんだが、かなりの量をこなさなきゃならない。で、おざなりになって悪いと思うんだが、仕事の間は朱憐の家で預かってもらう事になると思う」


「え・・・・・・」


今までの表情が嘘のようにカウルの表情が翳る。


「カウルさん、と呼んでよろしいですか?」


朱憐が前日に打ち合わせをしていた通り、気落ちした様子のカウルの横で話しかける。


「・・・は、はい」


「貴女に何も話さずにとても大事な事を決めてしまってごめんなさい。ただ、この話自体が久重様の優しさという事だけはお話しておきますわ」


「え?」


「久重様はその・・・貴女も知っている通り、とても危ない事も出来ます。それはお仕事がそういうものを含むから・・・危険な仕事も請け負うから、ですわ」


「あ・・・」


カウルが初めて気付く。


自分を救った青年は父が動かした大勢の大人達を蹴散らした。


その力は少なくともまともな青年が持つには相応しくない程に大きい。


「それにまだ貴女は幼い・・・久重様に昨日頼まれました。日中預かってもらう時、貴女の好きな事を学ばせてやってくれないかと」


カウルが驚いた目で青年を見上げる。


「まぁ、オレの勝手で連れてきたわけだからな。その償いと思ってくれればいい」


何処か照れくさそうに頬を指で掻いた久重の顔を見ていたカウルの瞳から一粒ポロリと雫が落ちた。


「なッ!? そ、そんなに嫌だったか!? いや、嫌なら別に無理強いまでしようとは―――」


「・・・あ・・・が・・と・・・」


二つ三つと頬を伝う雫が増す。


「・・・あ・・・りが・・・と・・・・・・」


涙を見せまいと俯いてしまう少女の目元を朱憐がハンカチで優しく拭った。


「ちょっといい? カウル」


その様子に少しだけ貰い泣きしたソラが目元を袖で擦って、閃いたとばかりにカウルの横に移動してひそひそと話し始める。


「?」


何時の間にそう呼ぶ事が確定したのか。


同じような境遇の少女にシンパシーを感じているのかもしれない。


ソラがそっと耳元で名案を囁く。


「――――お手伝い?」


「うん」


「何の相談だ?」


ソラが青年に向き合った。


「簡単な仕事があったら、時々でいいから手伝ってもらいたいって言ったの」


「それは・・・」


「猫を探すくらいは出来るでしょ?」


「いや、そうなんだが」


「ひさしげ」


どうしてそこまで仕事からカウルを遠ざけたいのか。


理由を正確に理解しているソラは確信を持って告げる。


「一番危険な場所だから一番安全なんだと思う。もしも、何か恐ろしい事があったら、私達がどうにかすればいい。それはきっと・・・危険を遠ざけるよりも必要な事だと思うから」


ソラ・スクリプトゥーラの抱える事情だけが外字久重という青年の全てではない。


アズ・トゥー・アズの手下として、GAMEへの参加者として、GIO・連中・米軍・中国軍閥と戦ってきた。


無数にある危険な事情に巻き込めないと仕事から遠ざけるのは妥当な判断かもしれない。


だが、


「カウルが抱える問題だって危ない事には変わりないわ」


「ッ」


小さな少女がハッとその事実に気付く。


日本にまで逃げているとは父も思うまい。


そう心の何処かで思っていた事を言い当てられたような気がした。


「危険から逃げてるだけじゃ何も変わらない。こんな事・・・私が言うべきじゃないのかもしれないけど、いつかソレと対峙する時は必ず来ると思うの」


「ソラ・・・・・・」


久重は反論できなかった。


それはそこにいる全員に言える事だ。


セレブで一般人に近いとはいえ、誘拐されて恐ろしい化け物に追いかけられた朱憐。


死亡したと思われているだろうが幇という組織の体系を考えれば、いつ刺客や同業者などが接触を持って来るか分からない虎。


最先端の科学技術を有する組織から追われ続け、今は監視対象とされているソラ。


誰もが危険と隣り合わせに生きている事はそれを助けてきた久重自身が一番よく分かっている。


「・・・簡単なのだけだぞ?」


そう一言を呟いた青年にパァッとカウルが顔を輝かせた。


「はい!!」


そうして新たなる居候との同居生活がスタートした。


だが、その時まだ外字久重は知らない。


家計に新たなる項目【教育費】が直撃するという事を。



ソ連解体という共産主義の衰退以降、日本においてテロリストという言葉は独り歩きしている。


嘗て赤軍や革命闘争に身をやつした者達が1990年代より後、テロリストという言葉を遠く感じるようになっていったという記録もある。


それは往々にしてテロリストが革命を夢見た青年淑女ではなく、ただの物騒な厄介者の象徴として祀り上げられたからに他ならない。


資本主義は共産主義を駆逐した。


だが、戦いは次なるフィールドに移っただけの事。


宗教と大国のエゴと資本主義。


それらが渾然一体となって不の連鎖を刻んでいくテロとの戦いに終止符は無かった。


テロ戦争。


人々は大国の戦いをそう呼ぶようになった。


そんな争いを遠くから見つめる事となった日本においてテロはもう現実に革命という言葉と結びつかない程に乖離してしまっていた。


故に日本においてのテロとは正しく邪悪の象徴。


嘗て社会を変えようと内部からの変革を望んだ者達が知るテロと平和となった世代が知るテロは天地程にも開きがある別物と言えた。


宗教や外国というキーワードと関連付けられ、社会から排斥される【敵】として認識されるようになったテロという言葉が新たな意味として再構築されていったのはそれだけ日本という社会が安定していたからだろう。


武装して標的を襲い誘拐する。


乗り物のハイジャックによって要求を通す。


そういう旧いやり方のテロが日本社会の内側から掃除されつつあるという意識が芽生えた事も大きい。


人々の間で共有されるテロという言葉の本質イデアが変わり、時代の変遷によって在り様が多様化していく事で内包・指示される領域が拡大したのは当然の帰結だった。


扇動者アジテーターすら電子の海で騙るようになり、0と1の波に乗って世界を巡るようになった人々の意識はテロという言葉へ多くのものを当て嵌めた。


環境テロ。


情報テロ。


企業テロ。


産業テロ。


宗教原理系組織。


テロ支援国家etcetc。


主義主張利益の為に暴力を持って何かを変える事が依然としてテロの外国での共通認識である中で、それでも「これはテロリストと同じやり口だ」とか「これは新たなるテロだ」とか「国自体がテロを輸出している」と言い始める人間が増えた。


拡張されていくテロという枠組みはマスコミの言葉遊びと揶揄されながらも確かに情報の受け手に飲み干されていった。


日本人ならば間違ってもしないだろう原子力発電所へのテロ。


言わば【原発テロ】を敢行しようとした男達は新たな言葉の仲間入りを果たしたと言える。


原発を推進する電力事業者にしてみれば【事故が起こったらお前らはテロリストだ】と言われ叩かれる時代に被害者としてあるいは原子力の守り手として【テロリストを撃退した】と言うのは胸のすくような心地だろう。


『今回の【原発テロ】に対しまして我々【統一電力事業団】は決定的な意思を示す事が出来ました。国内で燻る外国勢力や過激な環境保護活動を推進する組織が如何な行動を起こそうとも、我々は断固として日本の安定的な電力供給を続けます』


一歩間違えれば国を揺るがしかねないテロを未然に防いだ。


風向きの厳しい原子力発電の喧伝には持ってこいのネタと言える。


それを一体誰が防ぎ警察に通報したのかはさておいて、諜報機関にも察知させずテロに及ぼうとした者達の手際は並大抵ではない。


「遊園地テロ。ウィルステロ。そして今度は原発テロですか。何とも頭の痛くなる話です」


第十六機関。


日本が抱える対カウンターテロ組織の筆頭。


その東京本部の地下某所で溜息を吐いたのは丘田英俊だった。


未だ自衛隊へ帰るよう辞令が下りていない彼は機関の歯車の一つである。


中国軍閥と日本の諸々を監視し、誘導し、制御しようと干渉し続けて、結局のところは蚊帳の外に置かれた第十六機関の職員達は・・・プライドはボロボロ、働きづめで過労死寸前、そんな顔をして・・・チーフである丘田の愚痴に固い顔をした。


様々な組織や勢力の思惑が乱立する世情は彼らが思っていた以上に辛かった。


ケチが付いたのはまず数ヶ月前に行われた正体不明の組織、その末端だろう構成員との戦闘からだ。


警察の特殊部隊のエリートやら自衛隊生え抜きのソルジャーやらを擁する第十六機関の実働部隊四つの内の一つが戦闘の後遺症、隊員重傷者多数の為、機能不全に陥った。


更にGIOのGAME前後に起こったテロを殆ど未然に防ぐ事が出来なかった。


遊園地テロでは警察から情報を渡されるという在り得ない状態に陥り、ウィルステロでは出所も犯人も特定できずに結局収束するまで事態の推移を見守るしかなく、最後の原発テロに関しては世間がゴタゴタして軍閥や日本国内への情報操作に人員を割いていたとはいえ、その存在すら分からなかった。


続く失態に彼らの上はカンカンで組織の大幅な改編すらも在り得た。


それでも未だに何とかなっているのは一重に丘田の尽力と内閣官房長官の後ろ盾があればこそ。


その官房長官にしても機関にとっては監視対象であり、後ろ盾であると同時に場合によっては排除するべき障害となっている。


辛うじて存在を許された危ういバランスの上に成り立つ組織。


それが今現在の第十六機関の立場だった。


外事や公安には任せられない裏の仕事。


税関や入国管理局では対処し切れない大規模テロ組織の水際での摘発。


内調では把握し切れない国家間のパワーバランスの調整や折衝、情報の取得・干渉・隠蔽・抹消etcetc。


人口が一億一千万人を切ったとはいえ、それでも一億人以上いる日本人という総体を守るにしては人員も資金も環境も不足している彼らがそれでも戦えているのは日本人の鏡のような労働体勢と高い職業意識やスキル・・・そして、何よりも国を守ろうという愛国心があるからに違いない。


その彼らが明らかにオーバーワークであるにも関わらず、一向に改善されない日本の状況は言ってみれば、在り得ないような危機が迫っている前兆と捉えられなくもなかった。


「それで各班の現状はどうですか?」


それぞれの事件。


それぞれの捜査。


それぞれの問題。


次々に報告されていく情報に芳しいものは殆どない。


しかし、たった一つだけ各班の班長達の報告は一致した見解を持っていた。


「つまり、テロリストと思われる人間達に裏から接触し、バックアップを図っている人間がいる。という事は分かったわけだ。大変喜ばしい情報です」


丘田の冗談なのか暗に叱責しているのか分からない言葉が班長達の内に燻っていた感情を発火させる。


「チーフ・・・一つ・・・いいでしょうか?」


「何でしょうか。綾坂君」


四十代。


今はラフなTシャツにGパンといういでたちの優男が鋭い視線を丘田に向ける。


「我々に何か隠してはいませんか?」


ズバリ核心を突いた綾坂に他の班長達が驚いた。


「それはつまり僕が実は(かつら)を被っているという事でしょうか?」


「ふざけないでください!!!」


会議室のテーブルに両拳が叩き付けられる。


「此処にいる全員が確信しているはずです!! いや、何人かは知っているのかもしれないが、たぶん全体像を知っているのは此処でチーフだけでしょう」


「ほう? 僕が一体何を隠していると?」


「我々の敵に付いて」


間髪入れずに返った答えに丘田がポリポリと頬を掻く。


「今現在、国内で確認されている最重要監視対象は六つ。GIO特務。軍閥連合本体。中華系移民労働団体。沖縄米軍内部に存在すると思われる特異な部隊。GIOのGAME内においてエントリーされた天雨機関と名乗る数名のチーム。そして、我々の実働部隊をたった一人で壊滅させた【少年に見える何か】を要する組織」


自分で言っておきながらあまりにも曖昧模糊とした情報に綾坂が顔を顰める。


「チーフもお分かりでしょう。我々ではそろそろ手に余る事態になりつつある」


「そうでしょうね」


丘田が眼鏡の位置を直した。


「それに加えて、また新たな班を立ち上げた事をこの場の誰もが不安に思っています」


「理解はできます」


「なら!!? 此処は情報の共有を図るべきではないのですか!!」


「・・・そろそろ限界かと思っていましたが、案外早く根を上げましたね」


「限界なのはチーフにも分かっていたはずです!!」


「ええ、勿論」


まったく動じない丘田に綾坂が歯を食い縛る。


「・・・そろそろ責任を背負ってもらわなければならない時期なのかもしれません」


「責任?」


「今日、此処に各班の班長を集めたのはちょっとしたイベントを開く為なんですよ」


「どういう事ですか」


「・・・入ってきて下さい」


会議室の扉が開き、その場を埋め尽くす程の人間が雪崩れ込んできた。


「な!? チーフ!!!? これは一体!!?」


班長達が全員目を見張った。


まったく知らない人間達が国の最重要機関の一つである第十六機関の会議室にドヤドヤと入り込んでいる時点んで異常事態に違いなかった。


綾坂が思わず腰の拳銃に手を掛けようとして、その手を押し止められる。


【まぁまぁ、若人。とりあえず彼の話を聞け】


誰の声かも分からない内に綾坂の手からスルリと拳銃が消えた。


班長達の間に異様な空気が漂い始めたところで丘田が手を上げて合図をする。


思わず班長達の幾人かが身を屈めようとした時、パーンと火薬の弾ける音がした。


――――――おめでとう。


「・・・は?」


綾坂が身を硬くしてポカンと呆ける。


「これから此処にいる班長全員を第十六機関の正式な職員として歓迎します」


グレーのスーツを着た五十代の男が丘田に辞令らしき紙を数枚手渡す。


「こ、これはどういう!? 正式な職員とは何なんですかチーフ!?」


クラッカーの紙を頭に貼り付けたまま綾坂が丘田に食い下がった。


「いえいえ、今までも一応公務員扱いだったのですが、第十六機関の本体と合流してもいいと判断された。そういう事です」


「本体!?」


班長達が固唾を飲んで綾坂と丘田の話に聞き入る。


「君達には話していませんでしたが、第十六機関は二つに分かれているんですよ」


「二つとは・・・」


「下部と上部・・・単純に言えば今まで仕事は試用期間でこれからが本番と言ったところでしょうか」


「そんな話聞いた事もない・・・」


「当たり前です。本当に仲間として認められたものでなければ明かされる事はない事実ですから」


丘田が立ち上がり「付いて来て下さい」と班長達を誘導して部屋を後にする。


地下施設を本部としている第十六機関。


その最深部である、と信じてきた設備の横にある予備電源施設。


そこにある何の変哲も無い階段がいつもよりも長くなっている事に気付いた班長達が驚きながらもその長い階段を下っていく。


「ちなみにここから先で出会う半分以上の人間が専門技能のスペシャリストです。そして、ここからが肝心なのですが、これからこのチームで新たなオペレーションを行う事になるでしょう」


「・・・この状況で今の仕事を抜けろと?」


綾坂の言葉に丘田が頷く。


「ええ、というか。この状況だからこそ、ですか。ちなみに貴方達の代わりに新人を同じ分だけ補給する事になっていますから、残してきた仕事の事は安心してください」


数分も階段を下りたはずだが、未だに底は見えてこなかった。


「上部の組織形態はチームが主体ではないんです。一人の工作員に対して十人からなるオペレーターや工作補助の担当官を付けて、それぞれのオペレーションを実行してもらうスタイルになっています」


ようやく終わりが見えてきた階段の先には真紅の扉が薄明かりに照らされていた。


「では、実際の現場を見てもらいましょうか」


扉を潜り抜けた先で班長達が全員その広さに絶句した。


広大な空間がそこには広がっていた。


体育館が二つ以上入るだろう空間の壁面にはズラリとパネルが張り付いている。


その中で忙しなく立ち働くのは百人以上になるだろうスタッフだった。


「第十四期候補生全員を連れて参りました」


その場で働いていた全員が一瞬だけ丘田の方を見ると再び自分達の仕事に没頭していく。


「仕事の引継ぎは一両日中に終えてください。これから君達には新規オペレーションチームとして働いてもらいます」


空間の一角。


真新しいビニールの掛かった電子機器が所狭しと並んでいる。


「これから此処が君達の職場です」


全員が戸惑った様子でいるのを丘田が誘導し、機器に手を触れさせた。


「正式な従事はまだですが、先に貴方達には作戦名を教えておきましょう」


丘田がブースの衝立に掛かったビニールを剥ぎ取る。


「【オペレーション・パラムアフィニス】」


「パラ・・・何ですか?」


綾坂が噛みそうな名前に顔を顰めた。


「パラム・アフィニス。このオペレーションの成否如何では様々な勢力から一秒先んじる事ができるかもしれない」


「は、はぁ・・・つまりは情報収集でしょうか?」


班長の一人未だ三十代を出ていないだろう歳若い女が訊く。


「そうですね。この作戦は一人の男を徹底的に監視するものですから」


ざわめくチームに丘田が微笑んだ。


「政治的にも現実的にも監視が困難過ぎると公安や警察も匙を投げた男です。君達の疑問や我々が何と対峙しているのかはこのオペレーションが終わる時までにはほぼ全て明らかになっているでしょう」


「そんな男が・・・」


綾坂の驚きように丘田の笑みが苦笑に変わる。


「まぁ、と言っても・・・何やら愉快な人間らしいというのが前評判です。近頃は年下の少女を何人も侍らせているとか何とか」


そっと差し出された写真をその場の全員が覗き込んだ。


そこには最大望遠で捉えたと思しき青年の顔が一つ切り。


パラム・アフィニス。


パラフィンの語源。


狭義には蝋燭の原料の名を冠する作戦が翌日から実行される事になる。


外字久重の写真写りはハッキリ言って・・・・・・とても悪かった。

心の病と疑えば。

医者に掛かるも不治とされ。

言葉も入らぬ頭では。

永久の言葉も浮かばぬと。

第四十八話「少年少女のミステリヨ」

少年よ、己に素直たれ。

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