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GIOGAME  作者: Anacletus
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第四十四話 旗幟不在

超絶早く投稿したような気がします。近頃、夏の暑さに投稿スピードがだだ下がりだったのでようやくペースが回復してきたかもしれません。秋から冬に掛けては月三本以上のペースが実現できればと思います。いつもこのシリーズには色々なものを詰め込むのですが、今回はもうぎゅうぎゅうに詰め込んだ感があります。そして、脇役達があれこれしている間に物語は再びノンストップで走り出す予定です。では、第四十四話「旗幟不在(きしふざい)」を投稿します。

第四十四話 旗幟不在


CIAは比較的新しい組織と言える。


そもそもの始まりが1900年代に前身の機関の改編で出来た集団であり、1990年代には多数のプロフェッショナルを抱えていた。


しかし、その栄耀に翳りが見え始めたのは2000年代初頭の事。


古参の人間が大勢辞める事になってからだ。


2005年までに約半数の古参者が消え、任務従事五年以内の者ばかりとなった。


経済活動を軸に諜報を始めたCIAの組織的性格は冷戦当時からすれば、変わっていったと言える。


裏の汚い仕事を軸にしていた組織が自国経済への貢献を第一義として動き出したとなれば、仕事の主内容は基本的に経済分野での諜報活動という形になった。


それは今までも行われてきた事だったが、より先鋭化した活動は他国から貪欲なまでに資源と資金を吸い上げる形で特化されていった。


それから数十年。


【黒い隕石】という人類規模の危機の後。


CIAは今まで培ってきた膨大な各分野へのネットワークを七割以上失った。


各国の諜報機関の活動も縮小され、相対的に影響力そのものの比は維持したものの、それでも嘗て程の力は無い組織が自国経済の建て直し工作で目指したのは古典的な目標だった。


植民地の開拓。


無論、公にはそう呼ばれないもののそうとしか思えないような条約や構想を巧みに疲弊した国々に仕掛け、富を吸い上げる機構を作り出したのは世界一有名な諜報機関の面目躍如だったかもしれない。


隕石落下から十数年後。


植民地政策復活の主な得物である日本という国で【工作担当次官(DDO)】へホットラインが繋がってしまうというのはある意味・・・奇跡。


CIAの裏方でも【汚い方】の末端だったオズにしてみれば、それは大事変そのものだ。


どうしてそんな大物がいきなり電話回線に割り込んできて高飛び用のチケットを購入しようとしていた自分に話しかけてくるのかと裏を勘ぐらずにはいられない。


こっそり集めていた上層部の人員データがこんなところで役に立つとはオズも思ってもいなかった。


普通の諜報員なら誰かも分からなかっただろう相手が話し始める。


【我々は四人まで捕捉した】


名乗りもしないフィクサーの話はこんな調子で始まった。


何の話かなんてオズに分かりはしない。


だが、そんな事に構わず声は続ける。


【大統領命令により、『半分』である我々は日本へ人員をこれ以上投入出来ない】


まったくオズは何を言っているのか理解はしていない。


【だが、君を追う『半分』に君は一切の情報を渡してはならない】


それでもその一言一句聞き逃さないよう脳裏に声を刻んでいく。


【『半分』は君の持つ五人目への手掛かりを狙っている】


知らない内に何に巻き込まれているのか。


唇の端を曲げつつオズはただ垂れ流される音声を聞き続けた。


【君の隠し口座の凍結は解除した。当分の活動資金は問題ないだろう】


ご丁寧な事だと唇の端が曲がる。


【新たな目標を与える】


「目標?」


思わず聞き返した声に当然の如く声は答えなかった。


【『亡霊の軍』(レギオン)から『ADET』の王子を取り返せ。奪取の後に再び連絡する】


「ADETだと・・・」


【二度と祖国の土を踏むな。それが君にとっての最善だ】


まったく何がどうなっているのか説明する気もないのだろう声が僅か躊躇ってから呟いた。


【・・・この状況を打破したいならば『AS』を頼りたまえ】


その名前が此処で出てくるとは考えもしなかったオズが思わず聞き返そうとして、声はそれを許さなかった。


【協定は未だ生きている】


プツンとそのまま電話が途切れる。


(分からない事だらけだが・・・)


オズが住んでいたアパートの住人、ASの手下である男の顔を思い出す。


(まずはあの男に接触するか)


周辺を少女達に囲まれ妙に身辺が騒がしい男。


外字久重。


(それにしてもまるで仕組まれてたような偶然。いや、どうだろうな・・・)


隣人であった久重をASとの太いパイプとして利用する事は一体誰の誘導だったのか。


自分を日本に招き入れた同業者の黒人を思い浮かべながらオズは必然というものを感じていた。


米国という機構の歯車から外れてすら、未だ何かの駒として動かされているような感覚が付きまとう。


(沖縄司令官の暗殺。奇襲してきた海兵隊。病原戦略兵器の情報。犯罪シンジケートADET。聖書の敵の名を冠する個人もしくは組織。天才フィクサー。日中近海事変。GIO。DDOの電話。CIAと半分)


身震いしたのは何も天候のせいだけではなかった。


(この日本で何が起きてやがる・・・何が・・・)


秋へと移り変わっていく空には雲。


オズはそのまま東京の雑踏へと紛れ込んでいった。



2000年代初頭から米軍には一つ大きなターニングポイントがあった。


それは所謂艦載レーザー砲の開発と言われている。


音速を超えるミサイルや戦闘機の配備は何も米国だけの特権ではなくなった戦場において艦を守るのが炸薬を使った兵器でなくなった事は大きな意義があった。


嘗て米国を悩ませた莫大な軍事費のコスト削減は成功したと言えるだろう。


型遅れの兵器を大量に海外へ輸出する事で莫大な富を得る一方、更新された兵器のローコスト・ローリスク化は米国の戦争スパンすらも塗り替えた。


膨大な金額に昇る兵器開発の経費は計上され続けているものの、それでも扱われる兵器のコスト削減はあらゆる面で米軍を身軽にした。


その先駆けとなったのが艦載レーザー砲の技術開発だった事は軍事マニア当たりなら知っている事実だ。


レーザーの飛び交う戦場が現実のものとなった後。


米軍の兵器開発は兵器の威力も然る事ながら兵器の運用コストにも大きな転換を迫った。


機械化された軍団がレーザーを放つ。


正に1900年代のSFは半分以上実現されたと言える。


先進国の艦載標準装備となったレーザー兵器は防御手段として飛躍的に進歩し、米軍の足場を支える基礎であり続けている。


故に日中近海事変で紆余曲折の後に米軍預かりとなった中国軍閥連合の空母四隻は米海軍関係者に衝撃的な反応を齎すには十分な威力を持っていた。


ギガフロート【ニライカナイ】内部の米軍基地エリア。


白衣を着た技術者達がズラリと並ぶ会議の席で沖縄米軍の最高司令官アラン・カーペンターは苦い顔をせざるを得なかった。


「つまり、だ。諸君はこう言いたいのか?」


ゴクリと誰かの唾を飲む音。


「現在のステイツの力ではあの空母に搭載されていた兵器に対抗できない、と」


白衣達の中から最も年嵩と見える男が立ち上がって頷いた。


「ええ、事実だけを申し上げます」


コホンと咳払いの音がやけに広く響く。


「あの空母に備え付けられていたレーザー艦載砲の威力は我が方の四倍の出力を備えています。これはつまり・・・我が方の艦船を遠方から一方的に狙い撃ちするだけの威力という事です」


シンと静まり返る会議室でアランは額を揉み解す。


「つまり、我々がもしも中国大陸に近づけば、どうなる?」


「非常に残念な事ですが、常に我が方の艦艇はレーザーの脅威に怯えねばなりません。このレベルの艦載砲が複数あるとは考えられませんが、主要都市・港湾には配備されていると見るべきです」


将官の一人がアランに見つめられ、慌てて立った。


「今朝、衛星にて確認を取りましたがそれらしいものが複数配備されているようです!!」


「強引な突破はお勧め出来ません。我が方の艦艇が全て沈む事にもなりかねません」


「敵レーザーの弱体化策は開発していたと記憶しているが・・・」


白衣の男が首を横に振る。


「今現在の代物では四倍の出力に対して防御機構は脆弱である事を否めません」


「空軍による沿岸部の空爆で強引に突破出来ないのかね?」


「その戦闘機がまずやられるでしょう。少なくとも無人機やミサイルだけでは・・・あちらも無人機や迎撃兵器は複数配備しているのはお分かりでしょう?」


「・・・海兵隊による隠密行動・・・強襲で設置された艦載砲を破壊、後に軍を進める。これしかないか」


アランが最も現実的な案を口にする。


その時だった。


不意に会議室のドアが開いた。


やってきた兵が敬礼の後にアランへと一つの封筒を差し出した。


本来なら会議室でそのような事は無い。


黒い封筒から一枚の紙を取り出して目を通したアランが紙を握り潰した。


「諸君。悪い知らせだ。軍閥内陸部で今議題に上がっていた艦載砲が量産されている」


会議室がざわめく。


「博士」


厳しい声に今まで喋っていた男が声を上ずらせる。


「は、はい。何でしょうか!?」


「現在の中国での電力事情を鑑みて、これらの艦載砲の運用限界はあると思うかね?」


「・・・現在、各軍閥の電力供給はほぼ全てが自然エネルギーからのものですので夜間ならば、このレベルのレーザー砲を無制限に乱射される事は無いかと」


「そうか。今日のところはこれで解散とする」


建設的な意見というよりは希望的な観測だけが流れたところで会議はお開きとなった。


MP(ミリタリーポリス)を引き連れながらアランは基地内部を進んでいく。


誰もが敬礼し、直立不動でやり過ごしていく様子にアランは何故か虚しさを覚えた。


如何に偉かろうと極東有事の際に何も出来なければ、無能の烙印は免れない。


その有事が実際に起こりつつあるというのに軍の進め方さえ、今は議論の段階だった。


米国が培ってきた軍のドクトリンは米国よりも優位な兵器を持つ国など想定していない。


常に最先端の兵器を生み出し続けている米国の技術力を上回る力なんてものと米国は相対した事がない。


戦略や戦術において失敗や敗北こそ重ねているものの、兵器という分野においては米国以上に進んだ国は過去も現在も無かったのだ。


そう、無かった。


無かったはずのものが現れたからこそ、沖縄という地でアランは苦悩している。


(これがたかだか日本の研究機関の人員一人が引き起こした事態とは・・・この国はあの第二次大戦からずっと我々に思いもよらないものを投げ掛ける)


戦争というものの一部を担う必然としてアランはそれなりの情報を得ている。


そして、その情報から自分達が本当は何を相手にしているのか一応は把握していた。


嘗て日本に存在した天雨機関という名の組織の残党が戦争に大きく関与している事はアランにも情報として伝わっている。


それを知っているだけでもアランは相当に米国の深遠を覗いている一人だろう。


[こんにちわ。司令官]


「!?」


考え事をしていたアランが角を曲がった先で思わず硬直する。


基地内部で聞くような類の声ではない甲高い響き。


それは少女特有の甘さを僅か含んでいる。


「君か。ソラ・フィーデ中佐」


[そんなに怖がらなくても噛み付いたりしませんよ]


薄く微笑んだ金色の髪の少女の瞳があまりにも輝いていて、心の内から今にも噴出しそうな恐怖心をアランが軍で培ってきた全てで持って飲み込む。


「こんな所で油を売っていていいのかね? 君達には待機が命じられているはずだが?」


[遊んでいた方が何かと褒められます]


「そうか。君達は通常の指揮系統には組み込まれていないから、そういう事もあるだろう」


[ええ、ですから、司令官の悩みの種を少しだけ解消してきました]


ニッコリと作り笑顔を浮かべたソラ・フィーデにアランが眉を顰める。


「なに?」


ブーブーとアランのポケットで端末が震えた。


「失礼」


断ってからアランが端末を確認する。


パスワードを打ち込んで、届いた情報を開いた瞬間、アランは目を疑った。


[どうかしましたか?]


相変わらず笑顔で訊いてくる少女にアランが視線を移す。


「これは・・・君の仕業か?!」


怒気を膨らませたアランにそれでも変わらぬ顔でソラ・フィーデが頷く。


[はい。軍閥連合のお偉方が揃って会合を開くって言うので北京で遊ばせてもらいました]


アランが内心凍りつきそうな心情のままデータを目で追った。


「半径数十キロ圏内の生物が中性子で全て死滅すると知っていて使ったのか!?」


[そんなに怒る理由が分かりません。軍閥連合が内密に用意していた最終兵器が【偶々、起爆してしまった】だけの事故ですよ? 自分達の不敵際で爆発させてしまったとあちら側も疑っていません]


「~~~~?!!」


サラリと言い切る少女にアランが思わず拳を握った。


[これで軍閥連合は大混乱でしょう。各軍閥のトップ交代で足並みが乱れれば、諜報活動も破壊工作もしやすくなる。本国の『半分』には塩を送る形になりましたが、北京からのルートを確保できたと考えれば安い犠牲です。司令官が日本と共に進めている何でしたか。人道回廊・・・そちらの広報にも使える状況では?]


「米国の意思に反しているとは思わなかったのかね。それ以前に君は核戦争の引き金を引いたのかもしれんのだぞ?」


[もしも汚染されるなら中国本土のみとなるでしょう。【極東衛星支配網(イースタン・サテライト・ネットワーク)】を手に入れ損ねたとはいえ、日本の危機に対してGIOの彼らは敏感です]


「犠牲者の数を何とも思わないのか・・・君は・・・」


[先日の失敗で我々の部隊は五人入れ替わりました。今日の成功で十人が入れ替わるでしょう。なら、敵が千人、万人、億人入れ替わっても大差ない。それが我々であり、そんな我々を未だに使い続けている米国の意思と判断します]


「まだ、敵と決まったわけではない」


[ええ、ステイツの敵となる前に軍閥連合は瓦解しますよ。これはとても喜ばしい事ですね。大統領にもご報告しなければ]


百万人単位の核による虐殺を行ったとは思えない心底の微笑みにアランが歯を噛み締めた。


ソラ・フィーデの笑みはまるで「今日の天気は晴れですね」と言っているような軽さだった。


[人類の総計で言えば、この程度は一年もあれば増えて埋まってしまう程度の数。でしょう? 司令官殿]


反駁しようとしたアランだったが、拳を握り締めるに止めた。


責めるべきは目の前の少女の形をしたモンスターではなく。


少女を生み出した者達だと内心の自制が辛うじて働いた。


「・・・・・・」


[これから先日捉えた捕虜の尋問がありますので。これで失礼します]


背を向けて去っていく小さな背中をアランは見えなくなるまで目で追っていた。


「司令官殿?」


MPが怪訝そうな顔で廊下の途中で立ち止まっているアランに声を掛けた。


「ああ、何でもない」


そのまま歩き出すアランにMPは今までの会話など無かったかのように付き従った。


(・・・亡霊の軍団・・・か・・・)


アランは何も聞かず何も見ず何一つとして気付いていないのだろうMP達の様子に僅か心を痛めた。


人間を一時的に停止させる技術。


それがどういう類のものかアランは知らない。


だが、それが人間の尊厳を根こそぎ踏み躙る為に使われているのは間違いなかった。


(偉大なる御方よ。我々はあなたの名の下にどうやら最悪の選択をしてしまったようです)


今も米軍の何処かで深遠から這いずり出す亡霊が蠢いている事をアランは胸に刻んだ。


いつか最後の審判の日に己を地獄に落とすよう懇願する為に・・・・・・。



「ふぁ~~~」


大きな欠伸が大部屋に木霊した。


「お頭! 何か歌でも歌いましょうか。それとも芸でも見せやしょうか!」


「黙っとけ」


「へい!」


無駄に活きの良い若い衆に暑苦しい顔で迫られて、和僑組織大牙会の頭目【我東大牙(がとう・たいが)】は迷惑そうに首を横に振った。


彼ら和僑は刑務所というものに入るのは慣れていたが、入国管理局という場所に入れられるのは初めての経験だった。


それというのも基本的に犯罪者呼ばわりされる身の上であり、それなりに不正に手を染めてきた彼らだからこその違和感かもしれない。


テロ集団として警察に逮捕された彼らの連行先が何故警察署ではなく入国管理局管轄の施設なのか。

組織の幹部である人間達は殆ど理解していたが、下っ端の連中は何も理解していなかった。


「それにしてもいつまで入られるんですかねぇ。お頭・・・此処に来てからもう・・・かなりになりやすぜ。取り調べも受けないし、一体この国の警察はどうなってんだか」


口の達者の若造が愚痴る。


「そりゃ、無論。オレ達の作戦が上手くいってんのさ。外でゴタゴタあったらしいが、警察もその上もそっちで忙しいんだろう。そろそろお迎えが来る。テメェらももう少ししたら出る準備しとけ。後、一週間も放置はさすがにないだろうからな」


我東が枕に肘を付きつつ答えた。


 「「「「「「「「「「へい。お頭!!」」」」」」」」」」


手下達の返事に頷いて我東がもう一眠りするかと枕に頭を付けた瞬間だった。


ガチャリと部屋のドアが開き、警備の人間が名前を読み上げる。


「お頭!?」


「いいからテメェらは準備だけしとけ。ちょっくら話を付けてくる」


一人呼ばれた我東が手錠と指錠を掛けられ、椅子が二脚と机が一つだけの一室に通される。

それから数分後。


如何にも典型的な日本人と言えるような背は小さいサラリーマン風の男が入ってきた。


「はぁ~~~ようやく会えた。我東大牙さん」


ペコリと帽子を取ってお辞儀をする男に我東も頭を下げる。


「で、そちらはどちらさんか聞いておくべきか?」


「【丘田英俊(おかだ・ひでとし)】です」


「丘田さんでいいかい?」


「ええ、構いません」


ゆっくりとパイプ椅子に腰を下ろした丘田が鞄からそっと二つの瓶を取り出す。


「此処は熱かったでしょう? ラムネでも如何です? カツ丼みたいに後で請求したりしませんよ?」


悪戯っぽく笑う丘田に我東が「ありがたく」と頷き、外した手錠と指錠を床に落としてラムネを呷る。


その様子にまるで怯える様子もなく。


丘田もラムネに口を付けた。


「いや、今回は災難だったようですね」


「踏んだり蹴ったりって奴だな」


「多少調べさせてもらいましたが、いやはや・・・鏡のような和僑っぷりで驚きました。まだ、こんな集団が残っていたのかと素直に感心するとは思ってもいませんでしたよ」


「オレの自慢の子分共だ」


「ええ、ですから貴方達がどうしてこんな暴挙に出たのか最初は理解できなかった。だが、貴方達から内閣官房長の事務所宛てに送られた手紙を見て疑問は氷解しました」


「そうか。それであんたは一体オレ達をどう見たんだ?」


「それはただの馬鹿なサイコ野郎か。それともただの陰謀論者か。もしくはただのテロリストか。という意味でしょうか?」


「いや、国の一大事に国が何の機能も果たしていない事を証明する生き証人か、だ」


丘田が何処か微笑みながら溜息を吐く。


「ハッキリ言いましょう。紙上で無罪にする事は出来ません。ですが、貴方達を事実上の無罪放免にする方策ならば有ります」


「ほう? 有意義そうな話じゃねぇか」


「政府はこれからジオネット法の改正法案を臨時国会に提出する予定です。その中で極刑犯罪者あるいは無期懲役の囚人に対する強制労働という項目が存在します」


「それで?」


「貴方がジオプロフィットにお詳しいという前提で話を進めてもよろしいですか?」


「ああ、構わねぇ」


「貴方達も知っての通り、今現在中国と日本は戦争状態一歩手前となっています。これを機に政府与党は第九条の削除を初めとした関連法案各種を提出し、通過させることになるでしょう。国民に憲法改正をしてもらう手はずは整っていますから、戦争へ向けた準備は滞りなく済むはずです」


「日本もようやく重い腰を上げるわけか?」


「ええ、それで関連法案の中には防衛特区を創るという構想がありまして、法案可決後速やかに犯罪者達の移送が始まります」


「盾に為れってか?」


「いえいえ、本土決戦になった時点で日本は無いも同然。貴方達にはそちらよりも更に先へ行ってもらう事になると思います」


「何?」


「九州で二機目の【ギガフロート】が建造されていたのはご存知ですか?」


「あぁん? ん~~確か・・・面積が沖縄にあるやつの三倍で日本海側の海洋風力発電プラントの守備に使うとか何とか言ってた奴か?」


「それです。それを今回の件で沖縄から更に数百キロ南の洋上に浮かべる事が決定しました」


「日本海側の防備が手薄になるんじゃねぇのかい?」


「今回、日本海側から大量に潜水艦が日本側に侵入し、それを察知出来なかった事が自衛隊の方達にはショックだったらしく・・・日本海側の対潜哨戒機の数を二倍に増やしました。それを機に米軍側も沖縄に常駐させる艦隊の数を増やすとか。まぁ、それだけ戦力が集中すれば、さすがに中国軍閥側も容易には手出しできないでしょう」


「大体のことは分かった。そのギガフロートにオレ達を乗っけて防人にするわけか?」


「それだけでもいいのですが、実はそのギガフロートで・・・『新たな県』を発足する事になりまして」


「あ? 日本政府は正気か?」


「ええ、正気です。ギガフロートを防衛設備だらけの島だけで終わらすのはもったいないと主張する有識者の方々がいらっしゃいまして。それで国際的に企業を誘致して経済特区にしようという構想が持ち上がっていたのを流用させて頂きました」


驚きと共に我東が目を細める。


「・・・考えたな。海洋上の経済特区で手の出し辛い防衛圏を形作ろうって腹か?」


「所得税無し、法人税無し、相続税無し、人種、民族、宗教、主義、主張の差別も無し。まぁ、その代わり【日本企業】お断りという斬新な場所です」


「随分と大胆な事を考える奴がいるもんだ。確かにそれが成功すれば、日本は最強の盾を手に入れたも同然だろうな」


「海外企業に出してもらうのは唯一ギガフロートの維持管理コストのみ。それも基本的には誘致された企業に組合を作ってもらって負担金という形で出させようという話です」


「【場所を固定しない大規模経済圏】の誕生・・・貧困を貪る多国籍企業(あくま)を盾にする・・・か。いやはや、その壮大さには魂消るが、まるで【ジオプロフィットのお手本】みたいな絵を描いたのは誰だ? あの官房長官は結構な食わせもんだと思ってたが、そんな考えが一人で浮かぶはずはねぇ。というか、そういう大言壮語よりもあの男は現実路線だろう?」


「・・・昨日の敵は今日の友。そして、今日の敵すら明日の危機を乗り越える為には利用する。敵の敵は味方ではないにしろ、生き残らなければ綺麗事も言えません。我々はもうそういう場所に足を踏み入れている」


丘田が立ち上がり、我東に手を差し出した。


「政府は貴方達を新たな県の警備に使う【労働虜囚(バイター)】として【日本南洋経済特区構想(ヒルコ・プラン)】へ召喚します」


「どうやら・・・とんでもねぇ事に首を突っ込んじまったみたいだな・・・」


我東が一拍の間を置いて、丘田の手を取る。


「貴方達の身の振り方はこれで決まりました。後は貴方達が追っていた存在に付いての情報を頂きましょうか。そちらは本来我々の管轄ですので」


丘田は日本政府に知恵を授けた男を思い出し、心を引き締めた。


その甘言がいつか身を滅ぼすと自覚する故に。



復興中のGIO日本支社。


人事を一手に引き受ける人事管理部門デスクの一角。


地下一階で三十代後半の柔和な表情の男がひっそりとクシャミをした。


その日、北京市民980万人以上の死滅と同時に太平洋の何処からか撃ち上がった核弾頭が日本へと向うも途中で墜落したというニュースが全世界を駆け巡る事になる。


第二次日中近海事変と後に呼ばれる日、一人の青年は日本へと帰国した。


傍らに小麦色の肌をした少女を連れて・・・・・・。

始まった。

狂騒に沸く世界。

此方はもはや彼方へ。

地獄の門を前にして人々は決意する。

第四十五話「彼もしくは彼女の戦い」

煉獄はもはや真直か。

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