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GIOGAME  作者: Anacletus
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第四十一話 HELLO WORLD

お待たせしました。第四十一話です。第二GAMEの終了に伴い多くの謎とフラグが残されました。それはこれから回収されていくものであり、主人公達も周りの人間達も新たな世界へと旅立っていきます。だからこそ、第二部として一番初めに使う題名は決められていました。この言葉を一度だけ作中で使っていますが、これも一つのフラグなのです。では、第二部第四十一話 HELLO WORLD を投稿します。

第四十一話 HELLO WORLD


「ソ、ソラさん!? ぼ、僕と付き合ってください!!!」


圧搾ガスによって作動する機構は容易に銃身内部に込められていた弾を通常弾の半分程の速度で射出した。


軽いガスの噴出音は殆ど無視できるレベル。


バッタリと男子が倒れ臥し、体がビクビクと痙攣し始めた事にグラウンドの生徒達は誰も気付かなかった。


放課後の部活に積極的な生徒達の声が聞こえてくる校舎屋上。


ソラ・スクリプトゥーラはスナイパーよろしくモデルガンに見せかけて実はガスガンという性質の悪い銃器で狙撃を敢行した護衛に溜息を吐いた。


(フウ)?」


『此処にいる』


屋上の出入り口上部。


設置されている貯水タンクの横からギターケースと共に制服姿が軽やかに床へ降り立った。


常のトレンチコート姿からは想像も出来ない日本の学生らしい姿。


中華少女【小虎(シャオフウ)】。


日本人と殆ど見分けが付かないものの、その雰囲気やら眼光の鋭さは微妙に衣装とマッチしていない。


同じ服を着ているソラが外人でありながらも妙に着こなしている感がある分、その違和感は増しているかもしれなかった。


「いつから居たの・・・」


「五分前」


簡潔な答えにソラは少女の俊敏な行動力に汗を浮かべる。


「どうして、その・・・撃ったの?」


「呼び出し。怪しい。待ち伏せある」


「ま、待ち伏せ?」


学校施設の中で使われるべき言葉ではない。


しかし、使っている当の本人が本気であるのはそれなりの時間を共にしたソラには分かった。


「だから、相手より早く。待ち伏せ」


「心配してくれるのは嬉しいけど・・・この子は敵じゃないと思う」


日本の学校施設内で待ち伏せとかそういう状況になるわけがない。


そう常識的な知識で答えるソラにフルフルと虎が首を横に振った。


「敵、大人とは限らない。此処、危険地帯思え。アズ言ってた」


「アズが?」


コクンと虎が頷く。


「怪しい気配確かにいる。だから、こっそり撃つ」


「別に撃たなくても・・・」


「ソラ守る。これ自分の仕事」


その何か大任を任された事を誇っているようなドヤ顔にソラは何も言えなくなる。


「排除完了。一緒に帰る」


「う、うん」


階段を虎が先に下りていく。


その様子に何やら複雑なものを感じながら、ソラは一度だけ振り返った。


今はもう痙攣すらしていない少年が先程と同様に倒れている。


「ご、ごめんなさい」


ペコリと頭が下げられた。


『ソラ?』


「今行くから!」


再び頭を下げたソラが慌てて、その場から階段を駆け下りていく。


―――――――――――――。


残された少年の横にはコロコロと丸いゴム製の弾が転がっていた。


気絶した少年が目を覚ました頃にはもう二人の少女の姿は跡形も無く。


何があったかも理解していない男子生徒の再度アタックが決行される日は近かった。



そんな告白狙撃事件の学校帰り。


二人はファーストフード店に立ち寄っていた。


帰りの学生達が主な客層である店内は放課後という事もあり、喧騒に包まれている。


通っている学校の制服がチラホラと見える事からも人気が高い場所であるのは学校生活なんてものに疎い二人にも一目瞭然だった。


「美味しい・・・」


二人掛けの席で対面しながらストロベリーシェイクが吸い上げられ、虎の口内に消えていく。


「こういうの好き?」


ソラの問いにコクリと頷きが返された。


「祖国。こういうの無い」


「そうなの?」


「水でも貴重品」


「そうなんだ・・・」


「水は配給制。何か育てても・・・値高いと食べられない」


「値?」


「汚染の値」


「あ・・・ごめんなさい」


中国の実情に関して国際的に知られている情報からソラは虎が言いたい事を察した。


「謝る必要ない。事実」


中国の環境汚染は回復不能へと追い込まれている。


度重なる乱開発と汚染物質の不法投棄は最終的に飲み水を輸入に頼る事態にまで至っていて、その影は安全な基準を比較的遵守する日本という国では考えられない度合いだという。


だが、水の話も上流階級に限っての事であり、実際の市民生活には多大な苦労と危険を伴う。


中国では法令で指定された汚染の閾値内ならば、あらゆる食物は流通する。


しかし、そのせいで平均寿命が年々下がっているという話は有名だった。


「汚染。年々都市でも酷くなってる・・・人口増え過ぎた弊害」


素気なく祖国の実情を口にする少女にソラは何と返していいか解らなかった。


「水質汚染深刻。川・・・綺麗見た事ない」


遠い目をして虎が続ける。


「それでも飲まない死ぬ。でも、子供・・・大人になる前・・・一杯病気なって死ぬ」


「虎・・・」


「自分幸せ」


「え?」


思わず聞き返したソラに虎が僅か微笑んだ。


「【(バン)】の水綺麗。下っ端病気なる少ない」


「―――そっか」


何とか笑みを返したソラに虎が頷いた。


「勉強もできた。此処(にほん)・・・来れた。ヒサシゲ。ソラ。会った」


いつの間に全て飲み終えたのか。


少女はコトリとカップをテーブルに置いてソラの瞳を見つめる。


「今、幸せ」


未だ目前の少女の事を自分は何も知らないのだと。


ソラは内心で虎を多少は分かっていると思っていた己を恥じた。


制服のポケットが震える。


不意な端末への着信だった。


メールが誰からのものなのか確認してソラが己の脳裏に保存しておいた解読コードを引っ張り出す。


「えっと・・・」


端末の画面がブラックアウトして白い文字列が浮かび上がる。


ソレは高度に暗号化された情報だった。


文字列は一見して意味無いものと見えるが、頭の中で内容を解読したソラには重要な案件だとすぐ知れた。


「虎。行こう」


「何処?」


即座に反応した虎がテーブルの上のトレイを持って立ち上がる。


「すぐ近くみたい」


「わかった」


二人の対応は素早く。


数秒後、二人の姿はもう席になかった。



羽田了子は迷っていた。


別に道に迷っていたわけではない。


ただ、人生というものに迷っていた。


日本と中国軍閥連合のやり取り。


その巨大な鍔迫り合いの最中。


国境とは遠い場所にいながらにして、彼女は最前線を取材する事に成功した。


GIOという巨大企業体が主催する非合法のGAME。


そして、その中で苦闘し続けた一つのチーム。


その名は天雨。


嘗て、日本の最先端を往く科学者達が集った研究機関を名乗った数名の男女。


決して表には出ないだろう彼らの働きが大きく戦争の前哨戦に関与していたという馬鹿馬鹿しく荒唐無稽な手記は今も了子の手帳の中に納まっている。


もしも、これを世間に公表する事が出来たならば、世界的な名声を得る前に殺されて、全ては闇に葬られる事になると、天雨のリーダーである女天才フィクサー【アズ・トゥー・アズ】は語った。


警察も国も如何なる機関へ情報を持ち込んだとしても、死ぬ事は避けられないと言われて怖気づく程やわな性格はしていないが、それでも自身の周辺にまで被害が及ぶという話はまったくもって許容できず、結局のところ了子はその情報を誰にも公開していない。


何処の新聞社にも持ち込まず、何処の電子媒体にも記録していない。


(あーあ・・・事実を積み上げて真実に辿り着けば・・・そこは地獄の一丁目・・・戒十さん・・・私どうしたらいいんでしょうか・・・)


了子の脳裏に甦るのはチーム天雨のメンバーの顔だった。


フィクサーであるアズを先頭にしてチームには謎の多い人物ばかりがいた。


まずは元自衛官であるという【田木宗観(たぎ・そうかん)】。


第二GAMEの主役を張った男は今中国上海付近で潜伏療養中だという。


まったくアズの後ろで存在を忘れ去られていた了子だったが、しっかりと田木の雄姿は目に焼きついている。


上海上空で普通の人間なら心臓が止まってもおかしくないレースを演じ、無数のミサイルに追いかけられながらもゴールしたのだから、並の元自衛隊員ではない。


二人目はアズの手下にして何でも屋を営む青年【外字久重(がじ・ひさしげ)】。


前々から不審な点を追っていた青年はGIO日本において軍閥との戦闘に参加していた。


何でも屋。


その職業とは裏腹にチームの中核と言えるかもしれない。


アズを含め、他のメンバー全員が一目置いていたのだから。


そもそもアズの手下とは言え、軍閥の部隊と渡り合ったという時点で只者ではない。


三人目は久重の庇護下にあると思われる少女【聖空(ひじり・そら)】本名【ソラ・スクリプトゥーラ】(というらしい)。


幼い外見にも関わらず青年と共に軍閥のテロリスト部隊と戦ったというのは信じられない話だったが、テロリスト包囲事件の頃から追いかけていた了子には妙に少女が【戦う人間】だと納得できた。


こんな子供をテロリストと戦わせる気なのかとチームの正気を疑ったものの、誰一人としてそんな事を言いはしなかったし、それが出来ないとも思っていなかった。


そんな少女はまるで傍目から見ても丸解りなくらい久重を好いていた。


(ああ、やっぱり幾ら考えても・・・あの久重って男・・・ロリコンよね・・・)


青年の周りは騒がしい。


チームの残り二人もソラと同世代の少女だったが、一人は猟犬のように青年を慕っている様子で、一人は狂犬のように事あるごと噛み付いていた。


(それにしても核まで発射されたにしては・・・政府も与党も静かっていうか・・・)


あの軍閥との戦争状態突入寸前となった事件は民間では一つの名で呼ばれている。


日中近海事変(にっちゅうきんかいじへん)


公式な政府の見解は見るに堪えない欺瞞に満ちている。


事の起こりは日本国内に突如として十数機の正体不明国籍不明の戦闘機が現れた事に始まる、とか偉そうに書いている新聞を見て腹が立ったのは了子の記憶にも新しい。


(真実なんて誰も教えたくないのね。きっと・・・)


その現場付近にいた了子には事件の全体像が朧げながらも見えている。


つまりはGIOと中国軍閥の関係が全ての始まりに違いなかった。


軍閥の戦争の後押しをしていたGIOがGAMEをしている最中に軍閥との関係を悪化させ、軍閥側はGIOを裏切る形で日本に戦争を仕掛けようとした。


しかし、その中で多くの駆け引きが行われた結果・・・核弾頭は発射されたものの日本には落ちず、軍閥が支配する砂漠地帯へと落下した。


(中国脅威論は今も日本の中で勢いを増してる・・・専守防衛だけじゃどうにもならないって議論は完全に天秤を傾けた。戦争に突入する前に法整備が終われば戦闘地域へのジオプロフィット導入も進む。第九条もそろそろお役御免になるとすれば、残るは野党と移民団体の封殺のみ・・・今の与党幹事長が解散を匂わせたら、今の野党には法案を飲み込む以外の道がない)


真実がどういうものなのかなんて日本の国民は知らないし、興味も無いだろう。だが、現実に核弾頭が日本領海内の原潜から発射された事実は公表され、世論は完全に右一色になっている。


今まで人権という利権に群がっていた野党や移民団体は世論からの圧力で大幅な意見変更を求められるのは間違いない。


それを鵜呑みにしなければ生き残れない程に社会の目は左周りの人間に厳しくなっている。


日本国民の防衛意識が目覚めたなんていう有識者もいるが、それが間違いである事は新聞の紙面を見れば一目瞭然だった。


移民への排斥運動は一層激化しているし、特に半島系や大陸系の外国人には厳しい視線が向けられている。


事変の最中に移民が暴動を計画していたと一部の報道関係者が情報を暴露したせいで、破防法による移民団体の解散がしきりにネット上では呟かれてもいる。


略称破防法【破壊活動防止法】は1952年の血のメーデー事件という事案をきっかけとして、同年の7月21日に施行された。


共産党や武装革命闘争での警察署や税務署への襲撃、デモの暴徒化などの末に作られた法律は未だにひっそりと生きている。


適用例が殆ど無い法律であるものの、一度動き出せば政府に都合の悪い団体を黙らせる恰好の材料になるだろう。


この時期に世論の後押しを受けて無茶苦茶な右巻きの法案が成立するとすれば、日本はまるで第二次世界大戦前夜を彷彿とさせるような状況。


本来ならば右翼にも働く法律だが、今の状況では左翼系の団体を狙い撃ちする攻撃方法として運用されるのは政府の基本的政策から見ても明らかだ。


(この法律自体は必要かもしれない。けど、明らかに傾き過ぎた天秤は善悪以前の問題として狭量な価値観を世間に蔓延させる免罪符に成りかねない)


どんなに正しいものだろうと権力や意見の一極集中が歪みを齎すのは人類の歴史から見ても自明の理。


(私が握った情報で・・・何が変えられるの?)


結局、了子の意識はそこに戻っていた。


迷走が暴走にすり替わっていく世界で一体何を変えられるのか。


別に左も右も了子には関係ない。


日本の殆どの人間にしてもそうだろう。


問題なのは巨大な流れが生まれてしまった事に他ならない。


その濁流は成否も可否も善悪も飲み込んで一つの方向へと向っていく。


流れを逆戻しには出来ないし、そうしたところで日本に未来があるとは思えない。


だが、それでも・・・自分が正しいかどうかを常に己へ問い掛けながら進める社会でなければ、流れの中で間違いを犯す人間は多くなっていくに違いない。


それはダメだ。


それは許容できない。


仕事柄、了子は様々な犯罪者を見てきた。


反吐が出るような奴もいれば、どうして犯罪者と呼ばれなければならないのかという人間もいた。

でも、全ての人間に言える事があった。


彼らは犯罪者と呼ばれる行為の最中、己を省みてはいなかった


自己を点検する事ができれば、少しでも客観的な視点が入れば、彼らの未来は違っていたかもしれない。


間違いは正すべきだが、それ以前の時点で己を省みる事があれば間違いは減らせる。


本来の報道はそう人々に働きかけるべきだと了子は長年の記者生活から思うようになっていた。


(まだ、何も見えてこない。けど、あのチームを追っていけば何かが・・・・何かがある気がする・・・)


了子がグッと拳を握り締める。


「はい。ここから入らないでねー」


封鎖された事件現場には野次馬が群がっていた。


その最中から小型のカメラだけを手で掲げて何枚かの写真を取って撤退する。


新聞記者なら齧り付きで現場を取材しようとするのが人情かもしれない。


が、それならば封鎖が解けた後でも出来る。


了子はそのまま場を離れた。


「さて。後は戒十さんと合流して―――!?」


近くの駐車場に止めていた愛車に戻ろうと歩道を歩いていた時だった。


反対車線の歩道に見覚えのある顔があった。


思わず凝視した了子の視線を感じ取ったのか。


二人の少女が同時に気付く。


「「!?」」


互いにドキリとしたに違いなかった。


視線を交し合ったのは数瞬。


そそくさとソラと虎が近くの小道へと入っていく。


「あ、ちょっと待って!?」


思わずガードレールを抜けて車道に飛び出した良子の真横をトラックがクラクションを鳴らしまくって通り過ぎた。


構わず全速力で少女達を追っていく背中にもう影はなかった。



いつの時代にも不良がいるのは常だ。


社会不適格者。


歯車に成れない奴。


反抗期の過ち。


どれでもいいが根本的には社会の歪みを反映している。


何が歪んでいるのかについては異論議論数多いかもしれない。


だが、結果である彼らの傾向はほぼいつの時代も変わらない。


それはまるで漫画のテンプレを見ているようなものでマンネリ甚だしい。


例えば、奇矯な髪型や風体。


例えば、突飛な行動や法律無視。


例えば、カツアゲと脅迫。


そこにもしも不思議な力というものが加わった場合、どうなるか。


それはそこらの三文小説の類かラノベでも読めば分かる話だ。


「お小遣いくれるかなぁ僕ぅ」


夜、ゲラゲラと品のない嗤い声が路地裏に響く。


数人の柄の悪い十代の男達とオドオドした学生服の少年。


ジャンプさせるという古典的手法は不滅らしく。


チャリンとズボンの横から音がした時点で少年に退路は無かった。


サイフの中身を根こそぎ奪われ、そのまま帰ろうとした少年の首が掴まれる。


「おい。ちょっと待て」


「な、何ですか!?」


「んー君にはさぁ・・・ちょーっと僕達のサンドバックに成って欲しいのよぉ。この頃ストレス溜まってってからさぁ」


ニタニタと嗤う数人の男達が理由なく人を殴れる人間だと気付いて、少年はどうしようかと迷った。


人を呼べば、もしかしたら何かされる前に相手は逃げていくかもしれない。


男達の筋力は常人の域を多少逸脱している為、誰も来なかったら面倒(なぐられる)事になる。


「ま、すこーしの辛抱って奴だ。死なねー程度にしてやっから、なぁ?」


大人しそうな顔が僅か顰められた。


少年は背が低いし、取り立てて頭が良いわけでもないし、あまり暴力的な物語も好きではない。


そんな人間を痛めつけて喜びを見出す人間。


暴行を加えて快感を得ようとする学生なんて、少年には漫画の中の出来事に等しかった。


「止めておいた方が・・・傷害罪って結構重いですし」


「ははは、心配するなよ僕ぅ。こういうのは様式美っつーんだ。お前みたいな殴り易そうで警察にもチクらなさそうな奴にしか手なんか出しゃしねぇからよぉ」


「後悔してからじゃ遅いですよ。僕、結構勇気ある方だから、警察とか届け―――」


少年をそのまま男が壁に押し付ける。


「んん~~? 生意気な口はこの口かぁ? んじゃ、ちょっとガムテープでも張っとくかぁ。ホント死にかけてから力強くなるとかマジヒーローだよな。オレ達」


口元を押さえられた少年の口元にベッタリとガムテープが貼り付けられる。


「じゃ、ちょっくらお楽しみタイムといきますか」


二人の男が少年の脇をガッチリと固めた。


「オレ、いっちばーん!! つー事で、オラァ!!!」


ボキンと軽い音がして、男達は珍しく一撃で折れたものだと下卑た笑みを浮かべた。


叫び声。


その声音が少年のものではないと気付くまで仲間達は数秒の時間を有した。


両腕を掴んでいた男達が目の前で何が起こったのか理解できず呆然とする。


殴った男の手が肘辺りから逆に折れ曲がっていた。


「・・・・・」


膝を付いた男を醒めた目で少年が見下ろす。


「何しやがったクソがぁッッ!?」


二人の男達が思わず両手を離して恫喝する。


ペリペリと唇に張られたテープを剥がして少年が男達を見回した。


たったそれだけの行動に男達が本能的に後退する。


(んだ!? こいつの目・・・)


少年を甚振(いたぶ)っていたはずの男達の方が気圧されていた。


「僕って結構頑丈ですから」


その瞳は尋常な色を宿していない。


「はぁ!? 何言ってやがんだテメェ!?」


男の一人が少年の言葉に切れそうになった。


「まさか、本命に会う前から荒事になるとは思いませんでした」


路地裏に転がっていた鉄パイプを男の一人が拾い上げ殴りかかろうとする。


「それにしても【連中】のプロファイリングから『にわか』の発現者を掃除して歩いるのは明白だったけど・・・こうも早く・・・」


「意味分かんねぇんだよ!!!」


ドサリと少年を見ていた一番後ろの男が一人路地裏に倒れ込んだ。


思わず振り返った男達の半数が次の瞬間。


「へ・・・?・・・ぁ、ぎ、ぎぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ?!!」


削ぎ落とされた己の体の一部分を道端に見つけて悲鳴を漏らした。


ある者は鼻。


ある者は指。


ある者は耳。


「お、おお、オレのぉおおお。オレのぉおおおおおおおおおおおおお!!!?」


崩れ落ちて呻き始める男達には目もくれず。


少年はポケットに入っていた紙を一枚取り出して手の中でクシャクシャにして溶かし、その液体で頭を撫で上げた。


パリパリと瞬間的に少年の髪がオールバックに固定されて固まっていく。


「貴方が近頃流行りの通り魔ですか?」


闇の奥からの返答は無い。


「僕は貴方はそんな風にした人間の一人です。どうぞお見知りおきを」


闇の中から僅かな驚きの気配。


「貴方のその力は約748人に一人の割合で発現するものです」


【!?】


「自然治癒後、本来の力を発現する者が現れるのは想定内でしたが、生きて力を発現する者がこれほど大勢出るのはその力を創り出した者にとっても面白い数値だそうです。まぁ、此処に転がっているのは貴方みたいな完全発現と違って『モドキ』ですけど」


【・・・・・・・】


「僕は貴方のような貴重な『サンプル』を回収している代理人と思ってください」


闇の中から音もなく飛んできたソレを少年が片手で掴み取る。


「これは・・・随分と凝った玩具を・・・自作ですか?」


明らかに少年が己よりも格上である事を悟った襲撃者がジリジリと後ろに下がる。


「人の体温で復元し、それより低い温度では再び姿を消す・・・どおりで・・・」


動揺が伝わってきて少年が微笑む。


「此処で逃げたところで貴方には未来がありません」


【ッッ!?】


「今、貴方の情報は検索し終わりました。貴方の住所、家族構成、所属する組織、年齢、体重、成績、個人間の横の繋がり、殆どが把握済みです」


【――――】


「ですが、面白いものを見せてくれたお礼です。チャンス、欲しくありませんか?」


【・・・・・・・】


「僕はサンプルを回収するのが仕事。つまり、貴方がそのサンプルを集めてくれるなら、僕の仕事量は減る」


襲撃者が息を飲む。


「期限は一ヵ月。最低三人見つけてください。連れて来いとまでは言いません。ただ、見つけたと思ったら端末に名前を書き込んでください。何処かに送る必要も誰かに言う必要もありません。見つけるのが困難というわけではないはずです。貴方達は【独特の生態】を持っている。要は貴方に似た人間を見つければいいだけです」


少年はスタスタと路地裏から出て行く。


「ああ、それと早めに逃げる事をお勧めします。そろそろ『後片付け』に来るはずですから」


【・・・!】


「?」


【名前】


「・・・『メリッサ』です」


少年が完全に路地裏から見えなくなって、襲撃者が僅か安堵の息を吐いたと同時だった。


路地裏に上空から何かが落ちてくる。


【!?】


スタンと軽い音を立てて、ソレが地面に着地した。


人間離れした巨躯とそれに比して細い体。


黒い皮状の肌と顔の無い頭部。


もしも悪夢に形を与えたなら、きっとそういう姿だろうソレに襲撃者ですら慄いた。


即座にその場を離脱していく【時限協力者(サポーター)】を見送って、ソレが【大香炉(ポタフメイロ)】と呼ばれているNDと人から創られる化け物が地面で震えている男達を見た。


「ひぎ!?」


何の話をしていたのかまったく理解していない男達はこれから自分達がどうなるのか本能的に悟って、逃げ出そうとするより早く意識を失った。



スティーブ・ライオネル・ジュニア。


言わずと知れた冶金学博士。


多数の大手企業から多大な視線を集めつつある彼の研究はユニークなものとして知られている。


そんなスティーブには近頃かなりの難問が出来た。


それは彼の研究上のものではない。


大学内での派閥争いとか、やけに激しい企業スパイ連中のハードなハッキングとか、そろそろ気になってきた生え際の問題でもない。


如いて言うなら、それは関数を幾つも孕む凡人には解けない類の数式に似ている。


「やれやれ・・・オレがこんな事で悩む日が来るとはなぁ」


基本的に朝から晩まで研究漬けのスティーブは家という概念が希薄だ。


高級マンションの最上階付近一室に自宅を構えながら、一年で一度その景色を楽しむかどうかも怪しい。


倉庫代わりに雑多なメモやら書籍やらを詰め込んでいる以外は家というのは軽い食事の為のカップ麺を大量に買いだめしておく場所、くらいの認識が彼にとっての家だった。


そう、だった。


その認識は過去形になってしまっている。


それは何故か。


無論、それは・・・家に色々と帰る理由が出来たからだ。


「ライオン。お帰り」


何処か醒めた表情で少女が一人トレンチコート姿でスティーブを出迎えた。


(フゥ)


研究室にどうしても必要な人材から一ヶ月くらい預かっててくれとの要望を受けて、仕方なく彼が預かった『預かりもの』の片割れ。


中国人という事以外ではちゃんとした食事を出してやれば基本的に放っておいて構わないとの話だったが、何だか急いでいた要望の主は彼に色々と言い忘れた事が多々ある。


例えば、少女は基本的にトレンチコートを着ている。


とにかく何処でもトレンチコートを着ている。


昼も夜も学校が無い日は同じコート姿でいる。


しかも、そのコートに対して言及するとスティーブに微妙な視線を向ける。


例えるならば、女性にブラのサイズを聞いて思いっきり顰蹙を買ってしまったような目だろうか。


それ以来、スティーブはその姿に突っ込まない事を心に決めたものの、気になるのは今も変わらない。


「今、ソラ食事作ってる」


「あ、ああ、そうなのか。オレもついに世帯染みたやり取りが出来るなんて感激だぜ。HAHAHAHA」


靴を脱いで己の家に上がるだけだというのに彼の背筋には一筋の汗が伝っていた。


「それとな。フウ嬢」


「?」


虎にスティーブがゆっくりと笑みを浮かべて視線を合わせた。


「オレの名前はスティーブ・ライオネル・ジュニアであって、決してライオンじゃねぇ。OK」


「・・・分かった。ライオン」


コクリと素直に頷いてパタパタ家の中に戻っていく虎にスティーブは溜息を吐いた。


もしスティーブに過去へ戻る力があったなら、過去の己を説得するのは確実な夜が幕を上げる。



そもそもの始まりは外字久重からの一生のお願いとやらを聞いた事に始まる。


夜も開いている研究室で仮眠中のスティーブが叩き起こされたのは十二時過ぎ。


何やら急いでいる様子の若者は背後に二人の少女を連れていた。


『一ヶ月だけ預かってくれ。この通りだ!!』


とりあえず話を聞いた彼に久重は初っ端からエクストリーム土下座をかました。


詳しい話は聞きそびれたが、話を要約するとたった一行で事足りる。


急な仕事を受けたはいいが海外でしかも一人で行かなければならないので二人を預かって欲しい。


少女達の片方はスティーブにも面識があった。


ソラと呼ばれていた少女。


久重の背に隠れて自分を警戒していた姿は彼の脳裏にはハッキリと残っていた。


青年との幾つかのやり取りの中で本当に困っている事を感じたスティーブは二つ返事でその願いを承諾した。


帰ってきて色々な事にケリが付いたら研究に少しでも参加しろと暗に恩を売った形だったが、それでも青年はスティーブに感謝して空港へと旅立った。


少女達をそのまま研究室に置いて・・・。


それが四日前の話。


(年頃の女二人を相手するにはオレも歳を食ったって事なんだろうな)


四日前まで本とメモが載っていた埃だらけのテーブルはピカピカに磨き上げられ、その上には皿が載せられている。


ホカホカと湯気を上げるインスタント以外の飯を家で食う事になるとは思いもよらなかったスティーブは最後に運ばれてきたパスタの盛られた皿越しにソラを見て、何やら感慨深いものに囚われた。


「はい」


そっと置かれたパスタから立ち上る湯気がふわりとスティーブの頬を撫でる。


「すまんな。いつも遅くて」


フルフルとソラが首を横に振る。


「居候はちゃんと家主を手伝うべきって。ひさしげ言ってたから・・・」


「躾けが行き届いているというか。あいつの生活が透けて見えるというか」


「ライオンは・・・ひさしげがどういう生活してたか知ってるの?」


「だから、スティーブでいいと何回オレは言えばいいんだ?」


TVが付けられ番組がニュースに変更された。


「ひさしげって生活力ある方だから、あんまりお掃除とかお料理とか手伝わせてくれなくて・・・」


「華麗にスルースキルが発動してるが、オレはスティーブ!ライオネル!ジュニア!だ」


「・・・・・・ライオネル」


ソラが無表情に視線を逸らしてボソッと名前を口にする。


「―――?!」


もうスティーブは何も言わない事にした。


これならライオンと言われた方がまだマシだった。


「OK。もうライオンでいい。ちなみにあいつは昔から苦学生だったから普通の主婦より料理の腕がある。もう二年も前になるか。あいつがオレの研究室を手伝ってた時はいつも料理を振舞われてた」


「苦学生? ひさしげが?」


「お、何だ? 知らないのか?」


コクコクとソラが頷く。


虎がスパゲッティーを啜りつつ聞き耳を立てた。


「あいつはあの【黒い隕石】の時に家族を亡くしててな。頭の出来がそこそこじゃないと出ない奨学金で大学に入ってきたんだが、実際にはたぶん大学中で一番だった。それをオレが見抜いて研究室にスカウトしたわけだが、金に終始困ってる様子で仕事七割大学三割ってな出席日数でこっちも色々苦労した。一応、研究室で働いてる扱いにして出席日数は免除させたが、最初は勉強が疎かになるんじゃねぇかと心配になったりもしたっけ。ところが」


「ところが?」


相槌を打ったのはソラではなく虎だった。


その口元にはベッタリとトマトソースが付着しているものの、衣服には染みの一つもない。


「あいつは全教科のテストを合格点からかなり余裕で合格した。本来なら一位を取る事すら出来ただろうが、奨学生であるに相応しいレベルに押さえて良い点を取った」


「ヒサシゲ。頭良い?」


虎が何故か誇らしそうな顔で聞いた。


「ちょっと違うな。あいつにとって勉強ってのはもう殆ど修めちまったもんに過ぎない。大学入ったのも卒業したって証明が欲しかっただけなんだろう。ま、つまりウチの大学はそれなりに良いとこに就職できて、それなりの奨学金が入るから入学されただけ・・・舐められっぱなしだったわけだ」


グッとスティーブが拳を握る。


「学生連中の中にもあいつが只者じゃないって気付く奴はいたが、知識で勝てる奴はいなかった。ウチの研究室の連中も何かと勝負を吹っかけてたが全戦全敗。情けねぇ」


「ひさしげ・・・凄い・・・」


今まで青年の事を本当は何も知らなかったのだとソラは目を丸くする。


「でも、あいつはそんなのはどうでもいいように見えた。なのに、何故か大学から出てあの女の車に乗る時だけは生き生きしてやがった・・・ホント、悔しいったらなかったぜ」


あの女というのがアズの事だと気付いて、ソラはふと考えた。


いつの頃からアズとひさしげは付き合いがあったのだろうかと。


「つー事で。そろそろ食わせてくれ。パスタくらい熱々の内に食いたいOK?」


ソラが頷いて横を見ると虎が皿の上に山盛りになっているパスタをズルズルハフハフと啜っていた。


「・・・・・・虎?」


「―――なに?」


ビクーンと反応した虎の様子から知らない内にオカワリしていたのは明白。


本来なら少し嗜めて「もうちょっとゆっくり食べないとダメ」と虎を久重から任された手前教育ママのような事を言うところだったが、ソラは今日の出来事を思い出し・・・・・・口元を緩めた。


「また、茹でる?」


「――――!?」


コクコクと高速で何度も頷く機械と化した虎にソラは「今日はまぁいいか」と微笑んだ。


二人の少女の微笑ましいやり取りに癒されつつ、パスタを啜っていたスティーブは今遠国にいるだろう青年を思い浮かべる。


(随分と可愛い居候を手に入れやがったな。色男(ロメオ)も真っ青だぜ。まったく)


三人の夕食が終わる頃、ニュース番組には一つの映像が映し出されていた。


それは白くてずんぐりむっくりした日本製アニメマスコットの着ぐるみがインドで指名手配されたという何とも間の抜けたものだった。



凍えるような冷房が効いた部屋の中、中央の椅子に大きなディスプレイが幾つか向けられていた。


画面の中には多少旧い映像が流れている。


それは日本が第二次世界大戦後に始めて行った戦争。


『小さく静かなる戦争』(リトル・サイレント・ウォー)。


その最初期に登場した一人の総理の姿だった。


――――――――――――――――――20XX年7月14日官邸前。


では、お答えしよう。


私の考えを。


そもそもこの問題に対して我々の意見は食い違っているらしい。


君達マスコミは私を史上最悪の独裁者あるいは最低最凶の右翼首相と言っている。


だが、私の意見を言わせてもらえるならば、私は自身をただの左翼であると答えたい。


何故か?


簡単だ。


私は自身を改革者だと位置付けているからだ。


君達は多くの発言から私の失言を拾おうというのだろうが、それは情報戦略的には正しくても、賢くない選択と言わざるを得ないな。


私の発言で今までの日本の常識に照らして失言でなかったものは何一つ無いだろう。


だが、私の失言にはちゃんと意志が込められている。


つまり、君達が失言だと思っている言葉で私が失言であると思っている事柄は何一つ無い。


世間的にはどうなんだと有識者や何処かの国を支持する記者達は言うだろう。


でも、考えてみるといい。


世間とは誰の事なんだ?


新聞やマスコミが騒ぎ立てる喧騒に賛成する者か。


それとも恣意的に編集された情報を共有し誘導された体の良い市民か。


私はあの問題に対して何一つとして譲ることは無いだろう。


そして、この問題で私を攻めるだろう各種マスコミ新聞ネット雑誌を気にする事さえ無いだろう。


支持率?


支持率が欲しくて総理をするなら、君があの椅子に座ってみるかね?


あんなのは国民のご機嫌度を測る指標に過ぎないだろう。


私の仕事は国民のご機嫌を取る事ではなく歪み過ぎた国の柱を叩いて直す事に他ならない。


それで総理の椅子から転げ落ちるようなら、私もそれまでの人間だったというだけの事だ。


周辺諸国への配慮?


私は謝罪と賠償をする為に総理の椅子に座っているわけではない。


何処の神社に参拝しようが避難される謂れもない。


軍事的にいつも脅かされているのは日本であるというのは私の中の常識なのだがおかしいだろうか?


周辺某国々が○ちゃんねるで叩かれている様子でも観察してみるといい。


あそこで大概の嘘と事実は揃う。


本当は教育の現場で教えなければならない歴史がネットで検索しなければ中々出てこないのは悲しいとは思わないかね?


何処かの戦争批判しか能の無い組織が教育に携わっているかと思うと私は悲しい。


戦争を肯定するのか?


はははは、私は戦争を肯定したりはしない。


戦争は悪だ。


だが、戦争をする理由は悪なんて陳腐な言葉で飾る気はない。


確かにあの戦争で大勢の人間が死んだ。


それが私にとっての悪だ。


しかし、それ以外で戦争が悪になる理由などない。


今の日本の教育現場を見てみればいい。


生徒に戦争は悪い事だとは教えるが、戦争が起こった詳しい理由なんて教えてはいない。


西洋諸国と亜細亜諸国。


あの当時の関係を教えているだろうか?


日本が戦争前夜に置かれた状況は?


無論、日本に非が無かったと言えば嘘だろう。


だが、相手国に非が無かったかと言えば、相手国にもかなりの非がある。


どちらにも非があるからこそ戦争は起こる。


どちらか一方が悪くてどちらか一方が正しいなんて事は決して無い。


戦後にしても民主化・資本主義化できたのは日本という国だからこそだ。


よく学び働き養い育て次へと受け渡す。


その中で多くを得た日本だが、それ以上の負債も背負った。


奢る人々や外国の意見に左右される政治。


日本人ではないのに日本人を貶め、日本人が決めるべき事に干渉する勢力の浸食。


戦争で戦死した多くの人々を我々は参り続けているが、それすら気に食わないと言う国々に配慮など必要であるはずがない。


寛容者には寛容を持って対するべきだが、不寛容者には不寛容を持って相対するべきだとそろそろ我々日本人は気付かなければ。


移民の排斥を推進するのか?


排斥したりはしない。


ちゃんと移民の皆さんには働き口を紹介しているじゃないか?


普通の日本人の若者が働けないご時世に働き口があるという事は不寛容であるだろうか?


移民の意見は取り入れる考えはだって?


どうやら君の頭の中には国民と移民の区別もないらしい。


言葉に気を付けたまえ。


日本は日本国民のものだ。


そして、その中で生きるならば、如何なる外国人にも日本は最大限の敬意を払うべきだ。


だが、政治は日本を愛する者が行うべき事柄であって、外国の人間がとやかく言うべきではない。


参政権も帰化の問題もそうだ。


日本という国を愛さない人間に参政権を与えるつもりはないし、帰化をさせるつもりもない。


もしも嫌ならこの国を出て母国に帰るよう我々は政策で移民の方々に勧めている。


経済界の意向?


馬鹿馬鹿しい。


国敗れて山河あり。


しかし、国敗れて企業を残す馬鹿はいない。


あの戦争の後、気概と命と努力で我々の祖先はこの国を復興した。


そんなに労働力が欲しいなら、日本人の若者を使いたまえと私は常々言っている。


グローバリズムを標榜する前に企業も内需拡大に努めるべきだ。


私の政権下では少なくともその為の政策に政府は尽力している。


それでも儲けられないからと出て行くなら構わない。


この国を見限るのも一つの選択だろう。


宗教者達が私に天罰が下ると言っている件に付いて?


独裁者や過激派や胡散臭い新興宗教の人間と本当の信仰者の区別なら私にも付く。


真の宗教者とは決して無理強いや強引な誘導をしないものだ。


本当に信じるに値するべき教えがあるのなら、それは決して他者の言葉に踊らされて見聞きするものではない。


それに天罰があるとするなら、破防法でも何でも使えばいいだけの事だ。


私はテロが起こって殺されるか病気で死ぬか以外に自分が死ぬとは考えていないのでね。


おっと、そろそろ秘書官が怒り出しそうだ。


これで私は去るとしよう。


ちなみに本題は何だったかな?


はは、とりあえず時間が無いのでその話はまた後日にして欲しい。


君達も今日は好きなだけ失言が取れて嬉しいだろう?


たまには頑張って私のカッコイイ記事を書いてくれたまえ。


では、親愛なる廃れゆくマスゴミ諸君。


【・・・・・・・・・】


革張りの椅子に座っている者に向けて一発の銃声が奔った。


ライダースーツ姿の女が開けた扉の前で銃を腰に戻すと内部へと足を踏み入れる。


銃弾は背もたれを貫通している。


普通の人間なら体の中心を打たれて失血死するはずだったが、まったく声も血も出無かった。


パイと自らを呼称する女がゆっくりと椅子を回す。


椅子には等身大に近いアニメのマスコットらしいぬいぐるみが押し込まれていた。


脳天がぶちまけられた衝撃で綿が零れている。


【目標は逃亡した模様】


懐から取り出した端末で報告が行われた。


【そうですか。『連中』の予測も役に立たないとなると、これは正に本物かもしれません】


【?】


【ああ、貴女はまだ今回の目標が誰なのか教えていませんでしたね。彼は『連中』が突き止めた十三人の一人であり、如いて言うならガチガチの国粋主義者です】


【十三人?】


【この間のウィルス事件は十三人の一人である男・・・分子生物学の巨頭『波籐雅高(はとう・まさたか)』が関わっていたらしいですが、あちらは根っからの左翼だった。彼が日本を崩壊させかねないテンペレート・ファージをばら撒いたのは正にそういう思考の持ち主であったからと言えるでしょう。しかし、今こちら側が追っているのはその間逆の人間です】


話の内容をよく飲み込めなかったもののパイは「真逆?」と聞き返した。


【ええ、十三人の一人にして天雨機関外部構成員。遺伝子工学の専門家。更に言えば極右翼の最先鋒】


【今の首相みたいな方ですか?】


【いえいえ、今の政権与党すら生温いと憤るような人間であると資料にはあります】


【どうして、そんな人を?】


【こちらが情報を掴んだのは彼が動いたからです。そして、彼が動いたのは彼が天雨機関の同僚であり、天敵とも言える男が日本にちょっかいを出したからだ。さて、一つ問題を出しましょう。右でも左でも構いませんがそういう主義者達が他人の行動に怒った時、どうすると思いますか?】


【・・・分かりません】


【正解は相手の背後関係を調べて排撃する、です】


【え・・・?】


【極端な思考の持ち主が極端な行動に走る。そして、報復するべき個人が自分と同格の相手で片付けるのに時間が掛かると分かった。では、その掛かる時間の片手間で何をするべきか。無論、背後関係を攻撃して相手の弱体化を図るべきと彼は判断した】


【それはつまり・・・】


【標的は国家です。我々を飼う【連中】が重要としている国も狙われたらしく。もう被害が出始めている。『連中』としてはまさに自分達と同じような技術を持った組織の内紛でとばっちりを食う形になります。泣きっ面に蜂ですよ。ただでさえ、まだ用がある日本で無駄な騒ぎを起こしているというのに外国まで被害が拡大すれば、自分達の計画にも支障が出る。だから、事前に排除しておきたかったわけです】


端末からの声に耳を傾けながらパイが辺りの床に散らばる資料や近くの大型端末から情報を集める。


【今回は人助けと思って構いません。もう四回実戦投入しましたが、五回目は無辜の民が死ぬのを守る仕事と言っていい・・・・・・そろそろ向上を名乗る日が近いかもしれませんよ】


【それは、その・・・】


【もう考えてあるのでしょう?】


【・・・はい】


女が僅か顔を赤らめそうになったが、首を横に振って打ち消した。


【これは・・・】


【何か見付かりましたか?】


【紙の資料の一つに菌の名前が】


【ほう?】


【むぎ・・・かく・・・きん?】


【ばくかく・・・それはもしかして麦角菌ではありませんか?】


【たぶん、そう読むと思います】


【―――思っていたよりも事態は深刻かもしれません】


【どういう事ですか?】


その答えがパイの上司兼管理者であるターポーリンから返される前に画面に今までリピートで流れていた映像が切り替わる。


「ッ」


パイが身構えた瞬間。


画面がブラックアウトして、正面に緑色の文字が浮かんだ。


「ハロー・・・ワールド?」


スピーカーから音楽が流れ始める。


【これは・・・交響曲第9番ホ短調・・・まずい!? 見られて?! 脱―――】


その日、日本国内のとある山系に立っていた山小屋がTNT火薬130キロ分の火力を持って火柱と化した。


―――あまりの爆発に一瞬で炎が消し飛んだ山肌で全裸のパイがNDで交信を続ける。


【・・・・・・貴女の頑丈さには頭が下がる思いですよ】


【いえ】


【とりあえず山を降りて服を調達するところから始めましょう。すぐに後を追います】


【何処に向ったのかもう?】


【ええ、彼は随分と洒落っ気がある人間のようです。そして、誘ってきている。攻撃されているのは南米のブラジル、アジアのインド・・・そして【新世界(アメリカ)】・・・日本(こちら)はメリッサに任せておいても大丈夫でしょう。我々はこれから機器の移動と――】


パイの姿が消えたのはそれから数分後。


警察車両や山岳救助隊など多くの人間がその場に詰め掛けるのはそれから一時間以上後の事だった。


日本の警察が辛うじて事件現場周辺で発見したのは一つの割れたレコード。


ドヴォルザーク作曲。


交響曲第9番ホ短調。


「新世界より」


アメリカを謳った日本人にも聞き覚えのある作品だった。


新たな世界の幕開けを告げる狼煙が今上がる。

少女はその日、白き友を得た。

青年はその日、幼き友を得た。

名立たるものは全て偽り。

されど、偽りに宿る優しさを少女は知る。

第四十二話「遠き地の姫君」

雲は風に去り、何かが変わる。

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