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GIOGAME  作者: Anacletus
39/61

第三十九話 兆し

長らくお待たせしました。色々とごた付いた七月は煩雑な月でしたが、どうにか三十九話を上げられました。今回は主人公と風御君に活躍してもらおうと思っていたのですが、軍閥サイドの下りがべらぼーに長くなったのでまた次回持越しの形になります。次回こそ主人公が活躍!!するはずです。第二GAMEも終盤へと近づく中、主人公達の行く末と空を飛んでる元自衛隊員達の活躍をご期待ください。では、第三十九話兆しを投稿します。

第三十九話 兆し


永橋風御は長話をしながら階段を下っていた。


その後ろに銃を突き付けられているというのにケロリとした顔をして・・・。


「それでその親友(笑)が言ったわけ。正しい事なんて糞喰らえってさ。まったく、馬鹿馬鹿しい話だって思うんだけど、何でかそういうのが美人には受けがいい。中学も高校も付き合ってる女はいなかったけど、実は裏だと女の引く手数多だったって本人の前で言ったら、新手の精神攻撃かって逆切れされて―――」


ジャキリと撃鉄の引き上げられる音に思わず風御が言葉を切る。


「黙って歩こうと思わないのか?」


アマンダ・フェイ・カーペンターの言葉に微笑みが返される。


「頭に風穴が開くまでに楽しい思い出でも話そうかっていう如何にもな人間心理だよ?」


楽しげな声にアマンダは目を細めた。


まるでいつでもこの状況を打開出来ると思っているような、あるいは銃を突き付けられる事なんて何とも思っていないような、そんな一般人いや、そういう世界に生きているにしても軽過ぎる調子。


圧倒的不利な状況にも関わらず体に力みも見て取れないとなれば、益々アマンダの警戒心は上がった。


「それでオーストラリア陸軍の軍人さんがGAME参加中に賭けの参加者兼スーパーニートな僕に何の用?」


「知っていたか・・・」


「そりゃ、賭けの対象だから知らないわけが無いね」


「ふん」


アマンダが鼻を鳴らす。


「それでいつまで僕は銃口を向けられてればいいのかな?」


「危険人物を自分の制御下に置いていると考えてみろ。貴様はそんな危険人物を放っておくか?」


「いやいや、僕の何処が危険?」


「随分と謙遜が上手い。あの惨状を生み出した張本人が何を今更」


「あんなのは惨状なんて言わない。世界中でもっと酷い場所なんて幾らでもあるんじゃない?」


「見てきたような口を・・・」


不機嫌になったアマンダが銃口で頭を小突く。


「君の行動を言い当ててみようか? 君はGIOの弱みを握る為、あのGAMEに参加するフリをしてGIO日本支社に潜伏していた。そして、その間にGIOへの襲撃が発生。


これ幸いにと行動を開始したものの、時既に遅く。重要区画に潜入する前に襲撃者達とGIOの戦闘がビル内部で勃発。何とか敵をやり過ごしながら、戦闘準備をしていたら、襲撃者の部隊を見つけて近場の重要区画へ連れて行ってくれるんじゃないかと期待して尾行。


結果、襲撃者達を襲う謎のスーパーニートの登場に動揺を隠し切れず、思わず銃で脅していた。本来ならやり過ごすべきだったが、個人で部隊を全滅させるような非常識な戦闘能力が何かに使えないかと考えた末にこういう結果に至る」


「―――貴様」


アマンダが息を呑んで銃を持つ手に力を込める。


「これでも僕は人間観察が得意な方なんだけど。君には面白い特徴が見受けられる」


「喋るな」


銃が更に突き付けられるものの風御は動揺した様子もなく淡々と語り始める。


「君はまずオーストラリア南西部の生まれだ。肌から香る匂いは紫外線対策のUVカットクリームの一種。問題はそれをどうして日本のGIOにいるような人間が使っているかって言う事。普通、軍隊でそんなクソ高いクリーム使ったりはしない。でも、使わざるを得ない場所もある。それは皮膚癌が多発する地域だ」


「!?」


「確かオーストラリアの紫外線危険度の高い地域だと紫外線遮断対策は軍事施設でも当たり前のはず。逆に付けてないと怒られる類のルールだったと記憶してる。つまり、君はこの荒廃した世界で高いクリームの使用を義務付けられている軍隊の一員って事になる」


「貴様は・・・何者だ」


驚きを隠せないアマンダが銃口を僅か揺らがせた。


「そして、更に言うと君の歩き方だけど癖がある。CIAの工作員に似てるような感じかな? たぶん日本の諜報機関で訓練を施されたんじゃない? 


日本の第十六機関は元々がアメリカのCIAを元にして発足したからね。マニュアルその他もCIAに準じてるって話だし、同盟国からの訓練も請け負ってるって話も聞く。


そういう事から推察するに君は諜報機関勤めを行う為の訓練を日本で受けた陸軍の交換留学生みたいな立ち居地にいたと推測できる。


その君の立ち居地から考えるに日本のGIOへ来たのはオーストラリアにかなり口出ししてるGIOの内部調査及び破壊工作。GAME参加は見かけだけで勝つ事を上はあまり君に期待していない。つまり、君は・・・」


階段の上からアマンダは思わず風御を突き落としていた。


「おわ!?」


風御が転げ落ちる間にもアマンダの姿は階段から他の階層へと消えていた。


ゴロゴロと二十数段を転げ落ちた風御が折り返しの壁に激突した後、むっくりと起き上がって埃を払う。


「痛った~~~。もう少し優しくして欲しいって・・・もう行っちゃったか」

得体の知れない存在に近づくべきではないと思いつつも殺せなかったところを少し高く評価して風御は消えたアマンダの行動を予測する。


「上の階層でまだ機密がありそうなのは・・・あそこくらいかな」


ジャコン。


そんな聞きたくない音を再び風御は頭の上で聞いた。


「警備部の者です。お話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「・・・・・はぁ」


風御がゆっくりと後ろを振り向くと数人の男が小銃を自分に向けていた。



【ドクトル・ファウストゥスというのを知っているか?】


センターフロア中央。


破壊された機械の海が一面に広がっていた。


【ファウストゥス・・・ゲーテ、でしたか?】


【そうだ】


【すみません。そちらの方はまったく不勉強で・・・】


池内豊。


中国軍閥特務部隊の長は配下である頭の禿げ上がった男に「構わない」と続けた。


【そこで主人公である男ファウストを堕落させるメフィストは序曲でこう神を嘲る。『人間達は貴方様から与えられた理性をろくな事に使っていませんな』と】


【人間を皮肉ってるわけですか?】


【ああ。だが、神はこう続ける。『人間は努力すれば迷うものだ』とな。そうしてファウストの魂を堕落させられるかどうかの賭けに乗る】


【それはまた・・・神も性善説が好きなようで・・・】


瓦礫と化した警備ロボットの成れの果てを先導する数人が掻き分けていく。


【だが、面白い事にファウストは己の人生の最後を民が田畑を耕す鋤鍬の音と共に終える。結局、メフィストは人の手助けばかりさせられる滑稽な役を自らかって出ただけの道化でしかなかった。神は・・・最初から結果を見通していたのかもしれない】


【・・・何故、今そのような事を?】


部隊が周辺を固める中、交戦中の部隊【黒】からの無線が入った。


残すところ後、二階層のみ。


無理やりに抉じ開けられたエレベーターのドア脇には数人の強化服パワードスーツが内部から血を溢れさせて横たわっていた。


【我々はたぶん道化役にすら足りない】


『ロープの準備が出来ました!! もう少しお待ち下さい!! 大隊長殿!!!』


部下達からの報告にも関わらず池内が暗いシャフト内部に歩を進める。


『だ、大隊長殿!?』


【これでもまだ現役だ。降りるのはロープ一本で構わん】


『で、ですが、未だGIOとの交戦は続いており!?』


【大隊長殿が構わないと言っておるのだ!!!】


『は、はい!!!?』


腹心からの言葉に周辺の末端兵士達が縮み上がった。


池内が周辺を警戒し続ける兵達に一度だけ振り返る。


【ご苦労。諸君の愛国心と同胞への働きに敬意を表する】


『『『『『『『『『『『『『―――――――はッッッ!!!!』』』』』』』』』』』』』


兵達の顔にあらゆる感情を越えた畏敬が浮かんだ。


それも束の間。


池内がシャフト内部に吊るされたロープを掴み、そのまま下りていく。


腹心もそれに続いた。


暗く互いの顔も見えないシャフト内部で数十秒にも及ぶ降下の後。


最下層近くのドアから漏れる光が見えてくる。


ロープからその階へと降り立った池内が死屍累々と横たわっている強化服の群れを横目に悠々と歩き出した。


慌てて追いついた男が池内の背後で警戒を強める。


【我々はあの悪魔にとって結局、主役の脇で人生を送る舞台装置の一つに過ぎないと言える。代えのある部品というわけだ】


【・・・・・悪魔、とは?】


それに答えず。


池内が己の腰から拳銃を抜く。


【墓穴を掘った道化にそれはお前の墓穴だと我々が教えてやらなければな・・・】


もはや数人となった前方の強化服姿の男達が巨大な扉の前で立ち往生していた。


『こ、これは大隊長殿!!!』


男達が一斉に敬礼する。


【状況は?】


『そ、それが用意していたこちらの機材の殆どが歯の立たない状態で・・・このままでは・・・』


【そうか。少し貸せ】


池内が扉の脇に設置されている暗証番号の入力機器を一見して、弾丸を打ち込んだ。


『だ、大隊長殿!? な、何を!? お止め下さい!? それでは完全にあちら側からのロックを外せ―――』


ゴウン。


地下が鳴動するような響きを伴って、扉が急激な変化を見せた。


今までただの平面の扉としか見えなかった表面が泡立ち、即座に銀色の粒子となって溶解していく。


『こ、これは!?』


誰もが唖然としているのを横目に目的地への通路へと池内が歩き出す。


【『あの男』からの支給品だ。せいぜい有効に使わせてもらおうか】


『お、お待ち下さい!!』


【三人は退路確保の為、此処に残せ。残りは共に来い】


『は、はい!!!』


もう誰も池内が先頭を歩く事を止めようとはしなかった。


角を幾つか曲がりながら一分程でGIOの最重要区画の扉が見えてくる。


池内はその扉のディティールに唇の端を吊り上げた。


【天の門でも気取っているつもりか・・・】


最終セーフティーである扉は白い石柱と華美に掘り込まれた大理石と見えるもので構成されていた。

重い音と共に内側へとひとりでに扉が開く。


警戒する部下達とは反対に池内がそのまま扉の中に進んだ。


その先にいる最後の難関を見据えながら。


「ようこそ。GIO日本支社中央電算室へ。池内豊様」


扉の内側は巨大な空間を見渡す位置にあった。


幾つかのコンソールの先に一面の強化硝子。


その先には赤い液体の中で煌々と輝く一本の柱が存在していた。


明滅を繰り返す柱には幾つものケーブルが繋がれ、壁全体からレーザーらしき光が照射されている。

ただ、液体内部に見える機器の全てが機械的というよりは何かの遺跡のような荘厳さを持ち合わせていた。


細部にまで掘り込まれたレリーフや文様はいっそ呪術的ですらあるかもしれない。


【まさか、GIO特務筆頭が最後の難関とは・・・貴女はまだ外にいたと思っていたが?】


辿り着く者達を待っていたのは・・・亞咲だった。


その姿はまるでこれから何処かに出かけようとしているかのようなGパンにTシャツというラフなもの。


場にそぐわない事甚だしい。


しかし、池内は確信していた。


目の前にいるのは確かに最後の障害なのだろうと言う事を。


部屋の片隅には無数の肉体が積まれている。


今まで動いていたのであろう抵抗者達の成れの果てだった。


血が流れていないのに動かない様子から、池内はそれが何なのか理解した。


【ご期待に添えましたか? 亞咲さん】


最初に会った時の口調で話しかけた池内に亞咲は苦笑した。


「繕う必要は在りません」


【そうか。こちらで構わないというなら率直に言おう。『采覧異言(さいらんいげん)』を明け渡してもらおう】


亞咲に見える【ソレ】が溜息を吐く。


「最初からこうするつもりだったと見抜けなかったこちらの落ち度とはいえ、たかだか千人規模の部隊に此処まで手の内を暴かれるとは・・・」


やれやれと肩を竦めようとした瞬間、一発の銃弾が部下から亞咲の胸に打ち込まれた。


【!?】


部下達が動揺する。


体は倒れる事無く。


全員の前で肩を竦めて見せた。


更に銃弾を打ち込もうとする部下を池内が手で制す。


【ジェミニロイド・・・GIOの特務筆頭は神出鬼没だとは聞いていたが、こういう仕掛けか】


亞咲が己の胸からポロリと落ちる弾丸の跡を払ってから首を鳴らした。


「その洞察力、GIOの為に使ってみませんか?」


軽口に池内が首を横に振る。


【生憎と鬼の同類となるのは御免被る】


「そうですか。いやはや、意思は堅そうだ。ならば、仕方ない」


【何・・・?】


「本物には気を付けた方がいい。【彼女】はGIOに仇為す者は誰だろうと決して許さない。まぁ、貴方の場合は生き残っても【彼ら】や【連中】の段取りを無視した代償を払わせられるでしょうが・・・」


【貴様は・・・誰だ!?】


池内は目前で喋っている亞咲の姿をしたロボットの中身が『真実に近い誰か』だと気付いて拳銃を向けた。


「ちょっと、生まれる時代が遅れた人間です。ああ、もう気付かれたかな。時間が無いようなので簡潔に忠告しておきましょう。池内豊さん・・・貴方の目的は達成できない。そして、もしも貴方がそれでも祖国の民を救おうとするならば、弾頭の落下地点は此処にするといい」


コンソールのディスプレイの一部に地図が表示され、紅いマークが記される。


【!?】


「ただの凡人にして此処まで辿り着いた稀有なる資質。失うにはあまりにも惜しい」


池内は躯体の先にいる存在がたちまち消え失せようとしているのを感じ、制止した。


【待て!?】


「では、もしも次に生きて会う事があればまた・・・お待ちしていますよ? 池内豊さん」


ガクンと亞咲の体が揺れ、芯が入ったかのように再び背筋が伸びる。


「・・・【彼】と何を話していたのか知りませんが、人の体越しには困ります」


今度こそ本物の亞咲が己の手を握り開いて感覚を確かめた後、池内に向かい合う。


【GIOも面白い人材を抱えている】


池内の言葉に亞咲が目を細める。


「出来れば力を借りたくない類の人間です。貴方のようなイレギュラーを好む傾向にありますので」


【この茶番を仕掛けている者に貴女も心当たりがあるようだ】


「詳しく知ろうと思えば理解できるかもしれませんが、それはGIOに直接の危害が加わらない限りは在り得ない状況かと。それがこの世において私が身に付けた処世術です」


【賢しらな者を賢者と呼ぶならば、この身は愚者でいい】


池内が亞咲を睨み付ける。


「愚者こそが真実を求めるには相応しいと? でも、それでは何も守れない。今正に全てを失いつつある貴方がそれを一番よくご存知でしょう」


【失ったのではない。目的の為に代償を払っただけの事だ】


亞咲が完全に決裂した事を確認して溜息を吐く。


「この『リモート・ジェミニ』はほぼ完全な体感機構を持つ高性能躯体です。たかだか、数人に遅れを取る事はありません。私が貴方達に与えられる選択肢は二つ・・・投降か、死か」


【悪いが此処で立ち止まるわけにはいかない。我らの後ろには同胞の屍が山と積まれている】


「ならば、死んでください」


言われるよりも先に池内は自然に体で己の流派の型を取っていた。


ドゴシャッッと部屋の内部に破砕音が響く。


超高速で突撃した亞咲の体を池内が背後の壁まで放り投げていた。


【右後方撃て!!!】


兵達が今までの動揺を捨てて命令通りの位置に銃撃を見舞う。


壁に半分めり込んでいた亞咲が銃撃の只中に立たされた。


【後は任せる】


【お任せを!!!!】


腹心の叫びに池内はコンソールへと走る。


銃撃で肉体のあちこちから部品を飛び散らせながらその背中を狙おうとした亞咲の前に男達が立ちはだかる。


「!!」


亞咲は何も言わず。


全力で男達へと突撃する。


如何な体格も機械と人間の壁の前には些細な事。


そのまま男の一人の胴体を真っ二つにして進もうとした亞咲の頬が打ち抜かれた。


「?!」


グジャッと鈍い骨の潰れる音と共に亞咲の躯体が宙を舞う。


亞咲を再び銃撃が襲った。


「それが人間技ですか? 」


拳が完全に潰れ砕けた腹心がニィッと唇の端を吊り上げて笑う。


【空手が出来る日本人と拳法の出来る中国人。どちらだろうと死の覚悟を労して望めば、機械に決して遅れを取るものではない。違いますかな? GIOの娘娘(にゃんにゃん)殿】


「反応速度・反射速度・重量・精密動作。どれも人間が敵うはずないとウチの開発部は言ってましたが・・・これは後で文句を言わなければならないようですね」


言っている間にも亞咲は銃撃を見舞ってくる兵達の方を先に片づけるべく突撃を掛けていた。


両目が銃弾で潰されるのも、腕や足が少しずつ欠けるのも構わなかった。


接近された端から亞咲の裏拳で人が吹き飛ぶ。


更に回し蹴りが二人目の胴体を横薙ぎにして蹴り飛ばし、抜き手が一人の男の太ももを貫通した。


たった数秒の出来事。


兵達の半分を無力化した亞咲が更に襲おうと床に指を立てて滑るのを止めた。


その顔面に蹴りが入る。


「ぐ!?」


ゴキリと頚部を破損した亞咲がそれでも自分を蹴った足を掴み取り圧し折る。


不意に手応えを失って体勢を崩した躯体に更なる銃撃が加えられる。


さすがにボロボロとなった躯体の動きはそれでも未だ健在。


GIOが用意しただけの事はある。


あらゆる補助機関が半壊状態のジェミニロイドを未だ人間以上の性能に留めていた。


まるで性質の悪いゾンビ映画よろしくまだ稼動する部位を使って高速で床を這う亞咲が歯を使って兵士達の足元を狙った。


一人の足首を噛み千切り、一人の顔を蹴り上げて気絶させ、一人を勢いのまま絡みつかせた足で捻り、頸部を破壊する。


【鬼め!?】


最後に残った腹心が杖上になった片足で床を這う体を蹴り飛ばす。


「義足ですか? GIO関連会社の製品でも如何です? 安くしておきますよ?」


体の下から掬い上げるような蹴りが男の鳩尾に変態的な角度から迫った。


通常の人間ならやった瞬間に体を破壊されるような股関節の曲がり方。


無理やりに人間の形から繰り出された非人間的な一撃は男の鳩尾を刳り貫く。


横隔膜を半分裂かれた男がそれでも最後の一呼吸で震脚を見せた。


ズダンと一番防備の薄い亞咲の首筋が半分以上砕けた。


それでも強固なケーブルの束が辛うじて首が落ちるのを防ぐ。


血を吐いた男が白目を剥いて倒れた。


「これで、チェックメイト!!」


ようやく全員を排除し終えた亞咲は満身創痍の躯体を引きずってコンソールの操作している背中へと飛び掛る。


しかし、悠然と振り返った池内の拳銃が火を噴いた。


通常の弾丸ならば問題なかったかもしれない。


だが、その弾丸は最後の守りの要を開けた代物だった。


中身はITENDの塊。


池内が知る限り、それの機能は一つだけ。


機械内部へと瞬時に浸透し、制御中枢を掌握・停止させる。


弾丸を胸の中央に打ち込まれた亞咲の体が一瞬で力みを失った。


制御不能となった躯体はただの機械の塊に過ぎない。


そんなものは池内の敵ではなかった。


銃を捨て去った腕とは反対の拳がすでに引き絞られている。


撃ち出された拳は狙い違わず躯体の中心を捉え、吹き飛ばした。


【これでも黒帯びだ】


見事な正拳突きだった。


「・・・さて」


池内が再びコンソールへと向き合う。


ディスプレイに映し出されているのは極東の上空に存在するほぼ全ての人工衛星の軌道と現在位置。


そして、その衛星の発信する情報の全てだった。


現在の世界において人工衛星は人の生活に直結している。


戦争もGPS情報無しには成り立たない。


GIOがあらゆる国家を敵に回しても争える理由。


それこそが超高ビット数を誇る量子コンピューター『采覧異言(さいらんいげん)』の真価。


極東衛星支配網(イースタン・サテライト・ネットワーク)


その全てが手の内にあるという事はそれだけで極東の空を支配しているに等しい。


例えば、GPS誘導を必要とする兵器の全て。


例えば、GPS情報を必要とする情報システムの全て。


それらを一括して支配できたならば、如何な戦闘機もミサイルも敵国と争う道具とは為り得ない。


強い兵器を求めれば求める程にその兵器には高度な情報が必要となる。


GPS情報はその根幹であり、『采覧異言』はそれのみならずジオネット及びジオプロフィットの全ても司る。


政府機関も民間も最も重要なライフラインを握られたと言っても過言ではない。


【これで・・・ようやく・・・】


日本の防空圏など意味を成さない。


ミサイル防衛なんて出来るはずもない。


それだけの力を支配下においた池内が政府へ降伏勧告を行えば、日本は窮地に立たされる。


政府要人達はGIOの力を知っている以上、池内の言葉を無視できない。


近頃の人工衛星は耐久年数が過ぎた後は自力で地球に下降する能力を持っている。


突入軌道で燃え尽きないよう調整し、一つでもそれを重要施設に落とせれば、被害は天文学的な値。


一時期に比べれば少なくなったとはいえ原発を稼動させている以上、政府には対抗手段など無い。


国内の混乱に乗じて日本の力をかなり削ぎ落とす事すら出来る。


【・・・設定は・・・】


予定時刻が刻一刻と近づいてきているのをディスプレイ上で確認して池内が思案する。


『貴方の目的は達成できない』


亞咲の躯体を乗っ取っていた何者かの言葉に池内は直感的に嘘は無いと感じていた。


【何故・・・達成できない・・・その理由・・・理由は・・・何処だ?】


己の目的まで後一歩というところで、今までの過程に点検を課して数秒。


何もかもが上手く行き過ぎている事を不審に思う。


中国の各国境地帯の映像を呼び出した池内は理由を探した。


【・・・何だ・・・何が引っかかっている】


何処もおかしなところはない。


それどころか平穏そのものですらある。


混乱する軍閥内で何とか準備してきた計画に支障があるとは思えなかった。


不意に違和感を感じて、国境地帯の一角を池内が拡大する。


【何故、今まで気付かなかった・・・】


幾つものピースがガチガチと脳裏で嵌っていく。


【国境地帯の主要道路に兵を置かない馬鹿が何処にいる・・・】


視線を己の下にあるUSBメモリに向けた池内がとある可能性に行き着く。


(最初から上層部はこちらの計画を察知していた? いや、だが、そんな素振りは・・・ならば、どうして止めようとしなかった? いや、最初から止める気が無かったのか・・・)


「随分と慌てているようですが、何か問題でもありましたか?」


その声に振り向く事なく。


池内が最終的な行動を衛星に送信する直前の状態を維持したまま手を止める。


部屋の片隅に積まれていたジェミニロイドの山の中から鋭い眼光が飛んだ。


【・・・随分と余裕だな】


「いえ、正直なところ・・・今回は負け戦です。貴方の電撃戦は完璧でした」


【何故、そう平静で要られる?】


諸々の事件でGIOが負った傷は浅くない。


それは動かしようのない事実のはずで、GIOの中枢であるシステムを掌握されているにも関わらず、襲ってくる気配も無いのは妙だった。


「貴方だけが秘密を知っているわけでもありません」


【・・・秘密とは何だ?】


「誰に聞かされたのか知りませんが、貴方の国は貴方が知っている通り・・・もう終わりです」


【戯言だな】


「今、貴方がしている操作によって得られる結果から推測するに国家の枠組みから逃す事で生き残りを図ったようですが、それは意味がありません」


【なん・・・だと? どういう意味だ!?】


「私も殆どの事は知りません。ただ、その時が来れば、民族単位での扱いになるらしいとは聞いています・・・様々な枠組みの中から閾値を越えたものを削除という方向らしいですね」


【貴様は何処まで知っている?】


「貴方と同程度です。そういうのはそちら側の人間の領分で私のような駒の領分ではありません。ただ、貴方の考えている事なら今まで集めた事実から推測する事はできます」


【推測だと?】


「全て推測の域を出ませんが暇潰しに聞きますか?」


【貴様らのようなはみ出し者にとって国の興亡すら暇潰しか】


「GIO内部においてCEOや役員・株主は切れるカードの一つでしかありません。会社そのものを作った人間達にしてもそうです。今、働いている社員の殆ども我々にとっては切ってしまえる程度の存在でしかありません。GIOという会社は確かに社会の中で生まれましたが、その内でしか生きられない我々にとっては国家や己の創造主よりも優先されるべき総体です」


【その内に人類へ叛旗でも翻すか?】


その皮肉に亞咲はクスクスと笑う。


「いえ、そもそも叛旗を翻すまでもなく人類は勝手に絶滅しそうに見えますが?」


【貴様・・・】


「我々は確かに人間とは違います。でも、人間よりは状況を冷静に捉えていますし、人間よりは賢く立ち回っていると自覚します。だから、貴方にもこうして接触を図っている。GIOに仇為すなら抹消するしかありませんが、貴方の願いは根本的にGIOを揺るがしてはいません」


【何だと?】


「中国軍閥の目的と貴方の目的は重ならない。軍閥は日本国内より核弾頭が発射され、他国・・・露西亜や南方諸国を蹂躙したという事実を欲しているようですが、貴方は違う道を選んだ。違いますか?」


【・・・・・・・・・】


「日本そのものを破壊するより日本脅威論を世界で展開する道を選んだ軍閥の中、貴方は中国国内から人民を逃がす事をこの電撃戦の中核とした」


池内は殆どの事が相手側に看破されている事を認めざるを得なかった。


「行動隊長として選ばれた貴方は日本脅威論を生み出して日本を最終的に占領するよりも、他国への不法な移住・移民こそが最善策だと考えたのではのではありませんか?」


【まるで、見てきたようだな】


苦いものが池内の顔に浮かぶ。


「貴方は軍閥側が考え出したGIOの中枢システム乗っ取りという作戦の一番重要な部分の内容だけを変えた。衛星支配による日本側への干渉ではなく、中国の国境を監視する諸国の衛星への干渉。それこそが貴方がGIOに押し入った最大の目的」


沈黙するのを肯定と取って、亞咲が続ける。


「各国の衛星を停止させ、ロシアや国境を警備する軍の動きを牽制しつつ、混乱させている間に民間人を諸国へ大量に流入させる。こうして既成事実を作りあげ中国軍閥内に南方への侵略を容認させる事。それが貴方の狙いでしょう?」


【日本を手に入れられるかもしれないのにわざわざそんな回りくどい事をする理由は?】


「秘密を知った貴方はどの道、中国の破滅は避けられないと不完全ながらも理解していた。如何なGIOのシステムとはいえ、永続的に操作できるわけもない。確かに当初はかなりのアドバンテージを得られるかもしれませんが、それだけで日本が屈服する程甘くないとも分かっていた」


【今の政治家連中を見れば分かるだろう。この国は大戦を拡大した時のように現在は極右翼が主流だ】


「だから、貴方は欲に目の眩んだ反日教育漬けな老人達の計画に乗ったフリをした。日本という中国にとっての怨敵を相手にするとなれば軍閥間の連携は不可欠。そして、その力をもっと単純に『弱いもの虐め』へ使えば、日本と戦うよりは効率的に目的を達成出来るだろうと」


池内が大きく溜息を吐く。


「最初に言った通り、貴方の最終的な目的は達成出来ません。『M計画』は民族単位で閾値を指定しています」


【それが『あの男』の言っていた計画か】


「貴方の言う『あの男』が誰なのかは知りませんが、最初期の十三人かそれに連なる者でしょう」


【『あの男』のような連中が十三人もいるのか。国が滅ぶわけだ・・・】


「『彼ら』の一人こそが会長であり、貴方のGAMEの相手、天雨機関を名乗った彼女です」


【GIOは誰に付く?】


「『彼ら』はそれぞれ個人が強烈な個性の塊と思って構いません。そして、個人で世界を滅ぼすに足る力を持っています。GIOは確かに『彼ら』の幾人かで作られた会社ですが、もはやその管理下は離れています。彼女はGIOを離脱し、会長はその時の為に独自の備えをしているようですが、本人曰く【誰の味方でもない】そうです」


【何故、そこまで教える?】


「貴方のシステム操作自体はもう止められない。躯体が幾らあっても緊急時の入室制限で私が操れるのは一体のみ。それすら他人の躯体は動かすのが難しいので満足に戦えない。貴方を排除できない以上、貴方が我々にとって最善の行動を取らざるを得ない状況に仕向けるのが妥当だと判断しました」


【・・・・・・・・】


「国境に兵がいないのは貴方のやろうとしている事を見抜いた軍閥の誰かがいるから。そして、勝手な事をした貴方は祖国に帰れば処刑を免れない」


【承知の上だ。そもそも生きて祖国の土を踏めると思ってこの作戦に参加した者などいない】


「ですが、今更貴方が衛星に干渉したところで中国の人民の殆どには生き残る術がないと貴方は知った。この情報が嘘である可能性を貴方は否定しないでしょうが勘は真実だと告げている」


【知ったような口を】


「残る選択肢は軍閥が当初から予定していた通りにするか。貴方の計画を実行に移すか。あるいは本気で日本を攻め落とす為に主要都市を核で壊滅させるか」


【悪いが、新しい選択肢が一つあってな】


「?」


【計画には閾値があると言ったな? その閾値はどうすれば越える?】


「知りません。ただ、様々な状況からその民族が持っている力が強ければ強い程にという推測ならできますが、合っているかどうかは分かりません」


【そういう事か・・・】


「一人で納得しているところ悪いですが、貴方の部隊はこちらの駒でほぼ制圧を完了しました。残るは最下層付近に立て篭もっている十数人のみです」


【日本の不利にはならない。GIOへの被害もないと約束しよう。部下達の命を保障してもらいたい】


「では、此処で作戦を諦めると?」


【いや、全ての人民と我ら同胞の為、核は撃たせてもらおう】


「何を・・・」


もう声には応えず。


最後の設定を終えて、池内は日本海と津軽海峡内部に侵入している原潜へと電文を送った。


【我々が保有する核の数は3発。一発は本土、一発は日本海、一発は津軽海峡にある】


「用意周到ですね」


【核弾頭は・・・爆発させない】


「どういう事です?」


【こういう事だ】


池内はコンソールのエンターキーを押した。



夜。


砂塵の舞う氷点下の世界。


凍える砂の崩れる音色が煌びやかに響いている。


小銃を抱えた男達が金網に遮られた白い建造物の周囲を巡回していた。


いつも通りの日常に男達の幾人かは欠伸すら漏らす始末だった。


「なぁ、やっぱ戦争か?」


「ああ、だろうよ。ラジオでも言ってたろ? もうあっちはやる気らしいぜ」


「まぁ、徴兵されたらこんなシケた場所なんざおさらばして、AVの本場で犯ってやろうや」


ニタニタと笑う男にケタケタと笑う男が返す。


「お前の短小なソレなんぞで誰がよがるかよ!」


「テメェ!? んなのオメェもだろが!?」


「はっ、知ってんだぞ? テメェの家には日本製のTVがあんの」


「ば、声デケェっつうの!? それに誰が直して一日で爆発するTVありがたがるんだっつの!」


「言いわけ用の我らが祖国製だろ? モノホンは地下にあると見た」


「さ、さぁな?」


「ふん。うちの上司にも困ったもんだぜ。幾ら日本が嫌いだからって部下にまで押し付けんなよ」


「・・・だよなぁ。さすがにAVまで取り上げるのは頂けねぇわ」


「つっても、しょうがないのかもなぁ。何せ、かみさんが極東ユーラシア半島出だからな」


「露側? それともこっち? まさか南か?」


「南だとよ。ソープで一目惚れらしい」


「んだよ。ただの整形女じゃねぇか」


「そこがいいんだとよ」


「分かんねぇな。こっちに幾ら女が少ないからってアレに手を出す勇気はさすがにねぇわ」


「日本は少子高齢化だが、女はこっちよりも比率的に多いらしいぞ」


「マジで?」


「ああ」


「かみさん貰うならやっぱそっちがいいわ。オレ」


「お前みたいなのに日本女の誰が引っかかるんだよ?」


「何十万元か積めば買えるんじゃねぇのか?」


「そりゃ、何処の後進国の嫁だよ? 日本人だぞ? 買えるわけねぇっつーの」


「内陸なら、綺麗な嫁さんと小奇麗な家と子供まで付いてくる額だぞ?」


「田舎もんが・・・沿岸部の連中にんな事言うなよ? あいつら妙に人権(そういうとこ)には五月蝿いからな」


「はいはい。で、お前はどういうのがいいんだよ?」


「オレは・・・その・・・詩亞・・・ちゃんだよ」


「誰?」


「いや、その・・・なんつーか。学園に通ってんだよ!!」


「学園?」


「ああ!? もう!!? だから、『神裸フリークス』の詩亞ちゃんだっつってんだろ!!!?」


「ああ、お前そう言えば・・・そういうの好きだったっけ」


「おま!? ば、馬鹿にすんなよ!!? 詩亞ちゃんは健気なんだよ!!! 画面の中にしかいないけど、健気過ぎて涙が止まらないんだよ!!! 第十四話の最後の台詞で泣かない奴は人間じゃねぇ!!!」


「お前の場合、日本行ったら最初に秋葉行きそうだよな?」


「ば、当たり前ぇだろが!? 限定版三十五分の一誌亞ちゃんがオレを待ってんだっつの!!!」


男達は冷える世界の中、下らない掛け合いで笑いあった。


だが、彼らが次の朝日を見る事はとうとう・・・無かった。


深夜、飛来した三発の核弾頭は爆発する事なく施設を直撃。


続いて飛来したミサイルの雨によって周辺地域一帯を【汚い核】(ダーディー・ボム)として汚染した。


ゴビ砂漠付近に存在する燃料棒保管施設が使用不能となったのは誰にとっても以外な結末だった。


これにより新たな核弾頭製造を指示しようとしていた軍閥連合内部は非難の応酬で喧々囂々。


日本への侵出計画は遅滞する事となる。


誰かが描いた結末は緩やかに破綻の兆しを見せ始めていた。


多くの者を巻き込んで、戦いは収束へと向っていく。


それがどれだけ激しいものになるのか誰にも予測できないまま・・・・・・。

放たれた矢は戻らず、死命は覆らない。

それでもまだ人は糧とした者の為に争いへ耽る。

血で血を洗う夜が渇く事を許すはずはなく。

紅はやがて漆黒となった。

第四十話「ヴェスペラム」

幕引きは当事者だけに限らず。

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