第三十七話 排撃者
今回は六月中に出す事が出来ました。此処から第二ゲーム中盤の始まりです。空を行く者、地を這う者、海を渡る者と様々な角度からGAME中の面々は戦いに巻き込まれていきます。そして、ほぼ出そろった第二ゲームの関係者の出会いが新たな局面へと物語を誘っていきます。では、第三十七話「排撃者」を投稿します。
第三十七話 排撃者
夢を見ていた。
この世界にはきっと蒼い空と薄汚い売春宿だけがあるのだと信じて疑わなかった頃の夢だ。
母は男を取る四十過ぎの売女。
父は何処の誰とも知れない。
迷路のような都市の片隅でひっそりと立っていた廃墟とも見紛う宿には港湾労働者ばかりが来る。
潮の臭いと咽返るような汗。
昔は船が無数に往来していたと宿の主であるクソジジイは言っていた。
今は廃れた小さな港にいつも運ばれてくるのは水と武器と薬だけだった。
母は幇に息子を売る前日言っていた。
どんな事があっても薬だけには手を出すなと。
首が二つの鳥が鳴いた朝。
知らない男達に同じようなボロ切れを纏った餓鬼と一緒に粗末な車の荷台に載せられた。
連れて行かれた先は地獄。
出来ない奴は肉の塊になるしかない場所。
逃げ出せば頭をぶち抜かれる場所。
病気になった奴から先に近くの山の穴に捨てられた。
粗末な家畜の餌と欠けた碗だけが命を繋ぎ止める全て。
走り、疲れ、追い立てられ、脱落していくモノの末路に身を震わせながら、ただ従うだけの何かになった。
選ばれたのは偶然。
同じような境遇の人間は幾らでもいた。
目付きが気に喰わないというだけで死人が出る所だ。
どんな成績を修めたところで死ぬ時は死ぬ。
そんな場所で死ぬまで押し込められるはずだった自分が始めて寝台と服を与えられた。
死ぬまで食うはずもなかった飯を食えるようになった。
それだけで十分に幸運だ。
それでも我慢できない奴は上に昇ろうと必死だった。
何処までも必死になって、死んだ。
あっさりと部屋の同居人達は消えていった。
欲を欠いた己が生き残れるような場所ではないと思っていたというのに、事実は奇妙なものだった。
汚れた水に蛆の湧いた飯を喰らって永らえた命。
今更に何を望んだところで長くは生きられないと幇に飼われ続ける日々。
ずっと、そうだと思っていた。
でも、薄汚れたネオンしかない街の片隅で隣の幇のシマを荒らした日に何かが変わった。
幹部に言われるまま、売春宿の一つを同じ境遇の連中と攻め立てていた時。
三人が頭をぶち抜かれた。
随分と小柄なそいつは隣の幇からでも聞いた事のある有名な奴だった。
歳は自分よりも七つ下。
それなりに整った顔と銃の扱いが上手いと評判のそいつは【小さな虎】と呼ばれていた。
本当の名前などない。
自分と同じような境遇で本来なら体を売っていてもおかしくない年齢。
幇に飼われている以上、いつかはそうなるだろうと言われながら、それでも何度でも帰ってくる弾として重宝されたそいつはいつの間にか幹部の人間から取り立てられるまでになっていた。
殺されると思った。
実際、銃を向けられた。
取り落とした銃を拾う事なんて考えられなかった。
だが、【小さな虎】は自分を殺さなかった。
そのまま背を向けた虎に何故殺さないのかと聞けば、銃弾がもう無いとの答え。
後ろから襲えば、どうにかなるかと思ったものの、容易く組み伏せられるわけがないと諦めた。
それからよく街でそいつと出会う事となった。
抗争に次ぐ抗争。
時には敵として、時には味方として。
無数の幇が鎬を削る都市で【小さな虎】と長い付き合いになった。
最後に味方となって戦ったのは大きな幇が都市に乗り込んできた時。
任された相手は百以上。
対してこちらは全部で五十以下。
まるで映画のように虎は駆け抜けた。
どうしてそんなに倒せるのかと聞けば、銃弾が今日は沢山あるからだとの答えに笑ったのは良い思い出だ。
弾と飯さえあるならば、幾らでも戦い続けよう。
そんな話をして、味方が十もいなくなった頃、疲れたところを狙われた。
庇われたと知ったのは虎が倒れた後。
相手を殺り終えた後。
弾は体に当たってはいなかった。
ただ、弾で壊れた何かの破片に虎は片目から血涙を流していた。
これから戦えなくなれば、客を取らされるだろうと軽く答えた虎に何故だか涙ばかりが溢れた。
客を取る女達の苛烈な生き方は知っていた。
知っていたからどうなのだと、己はそんなもの見飽きていたのではなかったのかと自嘲して。
それでもやはり涙は止まらなかった。
挙句、虎からどうかしたのかと心配そうな顔をされて、ようやく自分が何故泣いているのか解った。
その日の内に溜めていた金を全て持ち出した。
幇にもケガで動けないと報告し、虎を連れて病院へと行った。
金さえあれば裏ルートで物は何でも揃う。
有り金の全ては義眼と手術代に消えた。
虎は聞いてきた。
どうしてこんな事をしてくれるのかと。
恩を売っておけば、また助けてくれると思うからだと答えれば、虎は笑った。
もしも、またそんな日が来ればいいとそう言った。
それから虎は別の都市へと流れていった。
新たな拠点を作る手伝いをさせられるのだと言っていた。
いつの間にか虎は消え、いつの間にか自分が飼われていた幇も消えた。
そんな自分を拾ったのは軍閥の人間。
今度は国の為に戦えと上司となった男は言った。
そうして、それが己の最後の戦場なのだと今更に理解する。
夢は海を渡った先にある国の港の風景で途切れた。
【こいつはひでぇ】
そんな声。
何が酷いのかは解らない。
【楽にしてやりますか?】
何が楽になるのだろう?
【いや、捨てておけ。弾の一つも使わせられれば十分だ】
足音が去っていく。
体の感覚はすでに無い。
視界は滲んでいる。
少しずつ、少しずつ、何かが欠けていく。
重たい夢に飲み込まれていくような気分。
不意に何かが自分を包んだような気がした。
滲んだ視界に何かが映る。
また、夢を見ているのかもしれない。
夢の淵から温かい何かが滲んでいく。
それが自分の目の端から零れているのだと気付く。
黒く重たい夢は醒めていく。
白く白く滲んでいく。
感覚も無い手の先に触れる感触。
初めて、思った。
心の底から恥ずかしく、心の底から惜しかった。
一度くらい抱かせろと、そう迫っておくべきだったと、消えていく中、思った。
だから、送る言葉は一言でいい。
「・・・・・・・・死ぬな・・・・・・・・・」
自分は結局、小さな虎を傍に置いておきたかっただけの、死んでいった連中と何も変わらない・・・愚かな男だったらしい。
【今日はちゃんと沢山弾を持ってるから・・・だから・・・・・・・心配しなくていい】
虎は気高く、孤高だと知っていたのに・・・・自分は何を躊躇っていたのか。
勇無き者に結果が付いてくるわけもない。
―――――――小虎。
そう呼んで。
自分の名前をそう言えば教えていなかったと気付いたのは―――――――――――――――。
*
「知り合い・・・だったのか?」
明かりの点いた白い回廊に久重の声が響く。
答えず、男の目を瞑らせてから立ち上がった。
「・・・目をくれた・・・」
「義眼か?」
振り向かないまま頷く。
「・・・・・・お前はどうしたい?」
「自分は・・・行く。ヒサシゲと一緒に」
「そうか。なら、行くぞ・・・虎」
声が響く。
振り返る少女は自分が今一人ではないのだと気付いた。
振り返った先に見たのは貴重な時間を何の文句も言わず待ってくれていた二人の恩人。
どんな言葉よりも嬉しい言葉に頷く。
「はい」
過去を振り切るように。
いつだってそうしてきたように。
ただ、一言だけをかつて隣にいた名も知らぬ男に告げて、
【再見】
いつか胸を張って見える事が出来るよう、小さな虎は歩き出した。
*
GIO日本支社最上階より十三フロア下。
ホテル並みの宿泊施設が無数にある一角。
電源の入っていない暗い廊下を先行する部隊があった。
暗視装置を付けている以外はいたってスタンダードな姿の十数人だった。
アサルトライフル一挺に黒で統一された赤外線吸収素材製の全身スーツ。
ビル中間付近で徹底抗戦を続けるGIO側を挟撃する為に地上数百メートルの絶壁を登って内部まで侵入してきたのだから、肝っ玉は伊達ではない。
VIPがいる最上階はビルの中で最も強固なセキュリティーが施されている。
八重の緊急時シャッターは内部から開けるか、あるいは地下最下層にある中央電算室から開けるか、特定の鍵でしか開かない。
しかし、部外者に最上級の機密である鍵が渡る事はないし、フロア内部に軍閥グループの人間を送り込む事も軍閥には出来ていなかった。
必然的にシャッターを開ける為には中央電算室を押さえる必要がある。
どれだけ最上階付近に部隊を送り込んでも中央電算室を攻略出来なければ無駄である以上、軍閥側はとにかくビル内部で交戦しているGIO警備を早く制圧する必要があった。
軍閥側に残された時間は少ない。
警察がダメとなれば陸自が出てくるのは時間の問題。
幾ら大隊規模の人員がいるとはいえ、幾らでも供給されるだろう戦力相手に戦い切る事は出来ない。
そもそもGIO日本支社への攻撃は電撃戦である必要性があった。
GIOが対応できないであろう戦力の空白時間は少ない。
優勢に立っていられるのは最大で四時間弱と部隊の誰もが聞かされていた。
【クリア】
紅い絨毯が敷き詰められている廊下を音も無く部隊が移動していく。
内部のセキュリティーの一部は電源を掌握して動かしハッキングで突破しているものの、緊急時用の通路シャッターは電源が喪失した場合を想定されてロックが掛かるようになっていた為、殆ど全ての通路が遮られていた。
【電源回復。ロックを解除します】
部隊の一人が声を上げると同時にシャッターが上がった通路を部隊が駆けていく。
階段を下っていく足音が途中で止まったのは足音が増えているという事実を全員が確認したからだった。
【・・・・・・?】
敵を視認し、反射的に引き金を引ける兵士達が戸惑う。
部隊の人数は変わっていない。
しかし、確かに足音は増えていた。
何処かに敵が潜んでいるならば、速やかに発見し、掃討しなければならない。
だが、肝心の敵を部隊の誰も見つける事が出来なかった。
風音。
ボキンと部隊の最後尾にいた男の首筋が圧し折れる。
その理由を見た瞬間、部隊の誰もが唖然とした。
分厚い金属製の板。
それは宿泊施設に使われているドアそのものだった。
「何!?」
男達が反射的にドアへ銃撃を加えて、跳弾が男達に跳ね返る。
【ぐあ!?】
【や、止めろッッ!?】
【撃つな!!】
男達が一瞬の混乱を来たし、銃撃が止んだ瞬間。
また風音。
暗視装置に映らぬドアが階段の上から男達を押し潰すように襲い掛かる。
【がぁ゛あああああああああああ!!!?】
悲鳴。
VIPルーム専用の扉は少なくとも五十キロ以上。
普通に考えれば、人体を破壊するだけの重量はある。
再び銃声が響いた。
何処から飛んできたかも定かでは無いドアに暴発するアサルトライフルの弾が跳弾し、部隊を襲う。
【止めろ!!!? 罠だ!!! 撃つな!!!】
一瞬でまた銃撃が止んだところを狙い澄ましたかのように駆ける足音。
今度は階段の一番上から大声が上がった。
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおお!!!!」
少なくとも五人は並んで通れるだけの長い階段は折り返す踊り場まで約二十五メートル間隔。
階段の最上階から蹴り上げられたドアに乗るサーファー永橋風御は跳んだ。
反射的に男達が一斉射撃するもドアの下部に結局跳ね返る。
「少しは学ぼうよ。子供じゃないんだからさ」
しかし、男達にそれ以外の選択肢が無かったのも事実だった。
避けようにも階段は狭い。
途中で止まっていた男達にとってドアは排除するか受け止める以外の選択が無かった。
【受け止めッッッろぉおおおおおおおおおお!!!!】
未だ辛うじて冷静さを保っていた男達が押し潰されてなるものかと上から降ってくるドアを銃を捨てて受け止めた。
しかし、時すでに遅く。
「バイバイ」
ドアを思い切り蹴り付けられ、部隊の大半の男達が体制を崩して階段の下へと転げ落ちた。
華麗に階段へ着地した風御に向けて先行し被害を免れた男達の何人かが反撃を加える。
しかし、無数の弾丸が風御を捉える事は無かった。
不安定な足場で銃撃をしている誰にも風御を正確に捉え切る事が出来なかったというのが正しいだろう。
それにしても銃弾の一つや二つは風御に致命傷を与えていそうなものだったが、風御に何とか当たりそうだった弾丸の幾つかはそのまま何かに喰われるように砂状となって弾ける。
【鉄喰い!?】
「気付いたところで遅いよ」
日本語が理解出来ていてすら遅い。
風御の拳と手刀が階段中央にいた男達の喉を抉り、延髄を絶ち、瞬く間に部隊の人間が絶命していく。
何とか階段下で立て直そうと立ち上がった者にライフルを投げ付け、更に階段から跳んだ風御は何処かの正義のライダーよろしく残っていた男の首を蹴り砕いた。
【ひ、ひぃいいいいいい!!!?】
瞬く間に数を減らされた部隊の数はもう三人を切っている。
闇雲に銃弾を風御に撃ち続ける男達に風御はズルズルと男達の死骸に引っかかりながらようやく降りてきたドアを片手で持ち上げて投げ付けた。
衝撃に男達が吹き飛んで壁際に激突し、白目を剥く。
「鈍ってるなぁ。結構」
風御が人を十数人殺した後だと言うのに軽い調子で首をゴキゴキと鳴らす。
「もう十二億とか。昔は三億くらいでやれただろうから最盛期の四分の一くらい?」
風御が階段を上って一番端にある部屋に置いていた白いスーツケースを引っ張り出す。
中を開くと其処には試験管が六本収められていた。
試験管が納められていたはずの場所が四つ開いている。
「扉の接合部分外すのに一本。扉に迷彩するのに一本。ND-Pに一本。体のアシストに一本。残り六つで足りればいいけど・・・」
ガチャリと風御の頭にゴツイ銃口を宛がわれた。
「随分と豪勢な装備(ND)を使っているな。お前は何者だ?」
「・・・えっと、簡単に言うとGAMEに招待された元裏社会のスーパーニート?」
手を上げて風御がサラッと答える。
「最上階フロアのシャッターが内側から一度開いたのはお前の仕業か」
「様子見ついでに来たら何か物騒なのがいたから掃除しただけなんだけど」
銃口が頭から離される。
「ゆっくりとこちらを向け」
風御が言われたまま、ゆっくりと振り向く。
「美人に銃口を向けられて喜ぶ趣味は無いよ」
「口が達者なようだな。名を名乗れ」
「風御。永橋風御」
「アマンダ。アマンダ・フェイ・カーペンターだ」
くすんだ金髪を男勝りに刈り上げた女。
日本語も流暢なオーストラリア産の兵を前に風御はとりあえず微笑むところからコミュニケーションを始める事とした。
*
【GIO日本支社第四回廊特殊実験控え室内】
回廊の終点近くの何の変哲もない壁の内側。
久重達は小休止していた。
爆砕されそうになった戦闘機から脱出後。
何とかモールに辿り着いた三人を待ち構えていたのはGIOの補給部隊。
文句を言う暇も与えられず装備を持たされ、渡された鍵を使ってまだ敵が見つけていない秘密の小部屋まで強行軍する事となったのは一時間前の話。
モール地下の回廊まで階段で下り、迷路のような回廊内部を三人は何とか進んだ。
回廊のあちこちで非常灯が灯っていた。
未だ電源が生きている場所があり、在り難いと思ったのは一瞬。
時に中国軍閥の人間と思われる死体や戦闘の痕が生々しく映し出され・・・三人の士気を下げた。
事前の情報ではまだ回廊は軍閥には見付かっていないのではないかとの話だったが、軍閥はGIOが思うよりもかなり深くまで地下を攻略しているらしく、時折聞こえてくる足音に三人は細心の注意を払わざるを得なかった。
それでも事前に渡された詳細な地図を頼りに指定された場所まで戦闘する事もなく三人は到達する事が出来た。
それはソラのNDによる援護があったればこそだろう。
壁に隠された鍵穴に鍵を差し込んだ瞬間、音も無く扉は開き、三人を溜息を飲み込んでいた。
【ご苦労様でした】
まるでカラオケルームのような狭い空間には大きなテーブルと椅子が三つ、大型のディスプレイが壁に埋め込まれているだけだった。
ディスプレイに映った亞咲からの労いに久重は目を細める。
「蒸発するところだったんだが?」
【どうやら、対空陣地の無力化が十分ではなかったようです】
「・・・それでオレ達は此処でカラオケでもすりゃいいのか?」
【いえ、ここで簡易にブリーフィングを行います】
久重のジットリとした半眼の視線に亞咲がまるで何事も無かったかのように話を始める。
「そういうのは外でやってたら良かっただろ」
【そういうわけにもいかない事情があったもので】
「その事情ってのは何なんだ?」
【GIO日本支社内部に数人の諜報員がいました。工作中の者を何名か捕らえましたが、まだいる可能性が否定できない状態です】
「そりゃそうか。さすがにGIO日本支社を外側からだけで攻められるわけないもんな」
【では、前置きはこのくらいにして今現在の状況を説明します】
画面にGIO日本支社のビル構造が映し出される。
【これが地上部分の見取り図です。666メートル。全150階】
見取り図が更に地下へと映る。
そこにはかなり広大な地下施設が広がっていた。
【これが公式な地下施設の見取り図ですが、実際には】
今まで何も無かった場所に見取り図が増殖するように広がっていく。
その増殖は留まるところを知らず。
最終的にGIO日本支社の地下数百メートル規模まで広がった。
「―――どんだけ広いんだよ。此処・・・」
呆れた様子の久重に目を丸くした少女達がコクコクと頷く。
【震度9クラスの耐震性能がありますから、関東大震災クラスを上回る地震が来なければどうという事はないと思われます】
「で、このクソ広い地下を軍閥は少規模の部隊で攻略中なのか?」
【はい。無線式の偵察用機械を大量に使っているようです】
(戦闘痕に壊れてた機械類は軍閥のもんだったのか)
【現在、地下施設はセンターフロア、此処です】
地下施設の約半分程の場所が赤く示される。
【この場所で軍閥を食い止めています。が、敵がどうやら気付いたようで正直に言って厳しい状況です】
「何に気付かれた?」
【GIO日本支社には主・副・予備の電源設備があり、外部からの電源が途絶えてもどれか一つでも生き残っていればビルと地下全体をまる四日稼動させるだけの電力が蓄えられています。今回、敵は内側からもビルを攻撃し、全電源を奪われるという状況に陥っていますが、それでも一部の区画や一部の設備は電源が落ちていない状態です。これは各部署が備える本当に重要な部分だけは如何なる場合でも電源が落ちないようにとの配慮から、電源を完全独立性にしてあるからです】
「・・・つまり、オレ達がいる此処がソレか」
久重が改めて回りを見渡す。
ディスプレイの中で亞咲が頷いた。
【はい。其処は所謂パニックルームとしての役割があるので独立電源で稼働させています】
「それでその独立電源に気付かれた、と」
【その通りです。全ての電源を握っているはずなのにどうして相手は抵抗出来て設備を稼動できるのか。最初は偽装して何とか分からないようしていましたが、予想外に敵の中に頭のキレる方がいるようで】
「オレ達が請け負ったのは人質の救出だ。戦争はお門違いだな」
【最上階フロアの緊急時シャッターは中央電算室からの命令がある場合、あるいは内部からしか開けられません。ですが、VIPルーム内部の人間を人質に取るだけなら、実は方法が一つ存在します】
久重が何を言われるのか何となく分かって顔を顰める。
「独立電源を使うわけか・・・」
【ええ、内部からシャッターが開けられるのは独立電源があるからに他なりません。それを押さえられれば・・・開けられなくても人質になったのと何ら変わりません。フロア内部で空調が動かなければ・・・人数にもよるでしょうがかなり早い段階で地獄になります。今回の参加者の数はフロア全体で二百人弱。空調が止められれば、たぶん軍閥連中が戦っている間に窒息死します】
「これだけ大きいビルの1フロアならもっと持つんじゃないのか?」
【問題はフロアではなくルームです。賭けを行うVIPルームは完全個室と大部屋がありました。フロア全体から見ればVIPルームは極僅か。そこを密室にして賭けを行っていた途中、緊急時体制に移行・・・部屋は完全に閉鎖されたパニックルームと化しました。BC兵器を完全遮断出来て戦車砲の直撃に耐える個室が広いと思いますか?】
「軍閥はそこまで知ってるのか?」
【知らないとしても電源を押さえれば最上階を無防備に出来ると考えて絶対に落とします。大半の人間が賭けに集中したいと個室に入っていましたから、電源を落とされた時点でアウトを考えてください】
「解った。それでオレ達はまず電源を守ればいいんだな?」
【はい。最上階の独立電源はこの地点にあります】
久重が自分達がいるパニックルームからそれ程遠くない地点を紅く示す地図を見て・・・唸る。
「・・・冗談だろ?」
【冗談ではありません】
話に付いていけななくて隣のソラとヒソヒソと話していた虎が地図の示す場所の図に首を傾げる。
「これ、何処?」
【GIO日本支社の下水道処理中核施設です】
巨大なタンクのような形の地下施設の図には通路など無かった。
「ひさしげ。これって・・・」
【独立電源は集まってくる下水処理を行う200メートル四方の巨大タンクの真下にあり、そこへ往く為にはタンク内部を渡る以外に道はありません】
「つまり、汚水に塗れてお仕事らしい」
「「・・・・・・」」
ソラと虎が顔を見合わせた。
【設備の点検などは下水を抜いて行う仕様だったので】
少しだけ罰が悪そうな顔で亞咲が笑う。
【ちなみに敵の排除後の心配は要りません。内部へ人体に極めて有害な薬品を入れる予定です】
「最初っからそうしたらどうだ?」
【どんなに急いでも約二十五分掛かります。予測では後二十分弱で独立電源を軍閥が掌握します】
「それまでに何とかしろと・・・」
久重が頭を手で押さえる。
【電源を押さえて頂ければ、残るは軍閥よりも早く最上階に行くだけです。お渡ししたマスターキーは最上階の緊急時シャッターを油圧系システムで開放する為のキーであり、更にはVIPルームを外側から開放する唯一の鍵でもあります】
「ギミック満載だなGIO日本支社。いっそ玩具屋か忍者屋敷でもやったらどうだ?」
部屋を開けた鈍色に輝く鍵を見て久重が呆れる。
【生憎とそういうのは会長の趣味ではないので。ちなみにVIPルームを開放して頂ければ、こちらの勝ちと思って頂いて構いません】
「・・・何がある?」
【今、大型の輸送ヘリを三機屋上に向わせています。話している間に急襲していた対空陣地の制圧が終わりました。すぐにでも屋上に到着するはずです。下の連中は警察と派遣されてきた陸自に手一杯のようで上はがら空き。到着後、防衛ラインを築きビル中層で交戦している警備と共に打って出ます】
久重が今度こそ脱力しそうになった。
【オレ達をそっちに乗せておけば良かったとか思わないのか!? あるいは鍵をそっちに回せばとか!?】
【それが出来れば苦労しません】
ドカン。
そんな音と共に映像が乱れた。
「おい!? まさか?!」
【今、一機落ちました。どうやら想像以上のようですね。このヘリもいつ落ちるか・・・】
ソラが思わず口に手を当てる。
亞咲はサラリと死んでしまえる場所で冷静な瞳のまま続けた。
【その鍵は会長が持つ一本とそれ以外には存在しないものです。その鍵一つでGIOの機密の殆どが開けられると思ってください。そんなものこのヘリには置いておけませんよ】
「―――オレ達が紛失する可能性だってあるだろ」
亞咲の淡々とした表情に久重が視線を逸らす。
【そうは思いません。何故なら、貴方はCEOが見込んだ方です。それに貴方達は見事その場にいる。あの対空陣地からの一撃を逃れて。私は貴方達にその鍵を渡して良かったと改めて思います】
「・・・必ず、最上階は開放する」
【はい。ちなみに渡されていると思いますが端末に現在のGIO日本支社全階のMAPを転送します。現在位置情報は随時こちらの設備で送りますが、設備の停止している場所や軍閥に掌握されているフロアではどうなるか解りません。どうぞ、お気を付けて】
僅かに亞咲が頭を下げる。
【最上階でお待ちしています】
それを機にブツンと映像が途切れた。
「・・・さて、時間も無いようだし此処で休憩は終わりだ。行くか」
「うん」
「行く」
二人の少女が頷いて立ち上がる。
三人が部屋のドアを開閉させた時だった。
部屋とは反対側の通路に大きな影を認めて三人が身構えた。
ブツンと再びディスプレイに明かりが灯る。
【言い忘れてました。その階で軍閥を押し留めているのは警備ロボットです。当然ですが、非公式階層内部にいる人間でGIOが予め登録していない者は『抹消』するようにプログラムされていますので悪しからず】
「警備・・・ロボット・・・」
周辺の回廊の壁にまるで【接続】しているようなワイヤー状の全身を蠢かせ、宙吊りになって三人を見ているのはどう見ても【警備ロボット】なんて生易しい言葉では表現できないだろう機械の塊だった。
人間の筋肉をワイヤーだけで再構成したかのような上半身。
幾筋もワイヤーの間から光が漏れて奔る。
人ならば眼球が納まっているだろう場所にある観測機器が鈍い非常灯の輝きを反射した。
その手・・・らしき場所に埋もれている兵器に久重の顔が引き攣る。
「―――突破するぞ?!!」
ワイヤーに埋もれていたのは安っぽい手榴弾が幾つも付いたベルト。
何処かで三人も見た事のある代物。
ピンが一つ甲高い音と共に引き抜かれて、ベルトがパニックルーム内へと投げ込まれた。
三秒後。
閃光と爆発。
「軍閥の兵器も平気で使うとか高性能だなオイ!?」
「ひさしげ・・・」
「ヒサシゲ・・・」
全速力で走る二人の少女は哀れむように自分の前を行く青年を見つめた。
「クソッッ、少しでも絆されたオレが馬鹿だった!! やっぱり特務は特務だ!?」
何かが空気を割く音を感じて、久重が頭を横に倒す。
ナイフらしきものが回りなが飛んでいった。
「!?」
僅かに後ろを振り向いた久重が後悔する。
壁に接続されたワイヤーを次々に切り替えながら何の冗談か【警備ロボット】は人が走るような高速で追跡してきていた。
「どんな技術使ってるんだ!?」
かなり恐怖を覚える光景に久重が叫ぶ。
「た、たぶん。内視鏡検査で使うみたいな細くて動くワイヤーで電源を施設の専用コンセントみたいなのから取って―――」
ソラが考察し切る前に銃声が数発響く。
「ソラ!!」
「大丈夫!!」
「ヒサシゲ!!」
三人の声と足音が薄暗い回廊に木霊した。
午前零時も回らぬ内にGIO日本支社周辺では大勢の死人が出ていた。
軍閥特務部隊124名。
警察関係者54名。
陸上自衛隊員8名。
報道関係者7名。
GIO日本関係者44名。
死傷者数の数が更に膨れ上がっていくのはそれから一時間後。
近隣の陸自が有する師団全てに政府より出動が通達されてからの事だった。
投棄てられた杯が硝煙に巻かれ消える。
酔狂が深淵を覗く時。
新たな地獄が始まった。
ただ、閻魔も其処にはいない。
第三十八話「酔いどれ鬼が巣食いたる」
兵は銀の霧に沈んだ。