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GIOGAME  作者: Anacletus
34/61

第三十四話 空の果てより到るもの

大変長らく更新が途絶えていたのですがようやく前半を書き終えたので投稿します。何かと元気が出ない五月でした。本来ならもう一本上げるくらい時間が経ったのは第二GAMEが予想外に長くなった為です。起死回生の一手を担うのは何も主人公ばかりでありません。では、第三十四話 ソラの果てより到るもの をお送ります。

第三十四話 空の果てより到るもの


―――さん。


わたしは今日も検査入院の日々です。


先日の事はごめんなさい。


検査から帰ってきたら花束だけ置いてあったのを見つけました。


隣の部屋の方に聞いたら誰が花束を置いていったのかすぐ分かりました。


いつも花束ありがとう。


とっても嬉しいです。


せっかくの手紙なのに字が穢くてごめんなさい。


近頃は調子がよくなってきたので手の振るえも治まるとお医者様が言ってくれました。


きっと、その内に綺麗な字の手紙を送れると思います。


それまでは見難いかもしれないけど、愛想を尽かさないでくれると嬉しいです。


・・・・・・お母様から聞きました。


入院費用を立て替えてくれたという事を。


こういう体で働けもしないわたしが今も生きていられるのは貴方のおかげです。


貴方はたぶんこんな事を書くと怒るかもしれません。


でも、わたしは貴方に感謝する事以外、貴方に何も返せません。


苦しい事も悲しい事も今まで沢山ありました。


でも、今・・・一番わたしが苦しくて悲しいのは貴方に何もして上げられない事です。


笑い掛けてくれるだけでいいと貴方は言いました。


時々、暇な時にでも相手をしてくれればと貴方は言いました。


けれど、わたしはそう出来ているでしょうか?


ずっとずっと貴方はわたしを励ましてくれました。


頑張れなんて言葉ではなくて。


生きろなんて無責任ではなくて。


傍にいて、笑わせてくれて、友達でいてくれました。


それは今までわたしの傍を通り過ぎていった誰とも違うものでした。


こんな人が世の中にはいるんだとわたしは始めてお母様以外の人と共に居たいと思いました。


今更・・・今更に・・・聞きます。


手紙でこんな事を聞く不躾なわたしをどうか許してください。


―――貴方は・・・わたしの事が好きですか?


もしも、好きなら・・・二枚目を呼んでください。


もしも、違うなら・・・この続きは読まないでください。


勝手な事を一方的に書いて本当にごめんなさい。


――――――――――――!!!!


不意に暗転しそうになった意識が戻る。


懐の手紙が意識を取り戻してくれたのかもしれなかった。


体の隅々、指先にまで掛かるGに歯を食い縛る。


世界から色は失せている。


眼球に血液が足りないのかもしれない。


速く速く速く。


そうすればする程に体は悲鳴を上げる。


それがGAMEの設定なのだと気付く。


何の装備も無いままに戦闘機に乗る。


何の訓練も無いままに戦闘機を駆る。


GAMEの参加者は誰もが限界ギリギリで争わねばならなくなる。


意識が堕ちれば死。


肉体がGに負けても死。


誰よりも速くゴールに辿り着きたいならば、誰かを追い落とすしかない。


機体のサイドワインダーを減らせば、その分の燃料が余る。


速度が増す。


ロックオンはRボタン。


発射は□ボタン。


とても簡単な事だろう。


GAMEに参加している人間の心理を上手く逆手に取った方法でもある。


ボタン一つで競争相手が消えるかもしれない。


そうでないとしても機体速度を増す事はできる。


速度が増したとしても肉体が堪えられる保障はないが、何もしないよりはマシだ。


「!?」


警告音(アラート)が響く。


照準(ロックオン)されている。


感じた時には予定の航路を外れて急旋回していた。


肉体が悲鳴を上げ、世界が暗転し、明滅する。


それでもアラートが消え去るまで機体を―――。


何故か、巨大な白い鋼鉄の槍が目の前から自分へと向ってくる。


たった刹那もあるか分からない間。


あの子への思いを言葉にする前に・・・世界は輝いた。



「ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイヤッホオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


奇声が上がる。


爆発して粉微塵となった機体の構成部品は殆ど蒸発していた。


敵機撃墜。


奇声の上がった機体のキャノピーに倍率が浮かび上がる。


巨大な花と散った敵が背後へと流れ去り、奇声の主はご満悦で速度を上げる。


肉体は限界まで未だ余裕があり、これで誰よりも早くゴールを目指せると、彼は獰猛に笑う。


夜闇に浮かぶ月は雲の合間から漏れる街の明かりを打ち消して。


彼は自分が何処の上空にいるかを悟る前に・・・地上からの地対空ミサイルの直撃を受けて蒸発した。



早くも二機の離脱。


今の日本では数少ない米軍基地上空で度派手にドンパチをすればそうなって当然。


サイドワインダーを放とうものなら、即座に撃墜されても文句は言えない。


そもそもチームとGIO以外からの通信が届かない仕様となっている戦闘機は棺桶。


突如として現れた兵器搭載済みの戦闘機が本土の領空にいきなり現れ、武器を使用すればどうなるか。


普通の国ならば問答無用


専守防衛の日本でも撃墜されない理由は無い。


日本国内の米軍が次々に撤退していく中、残った米軍基地は設備強化に余念が無く、影響力の低下を武装の強化で補っている。


最新鋭の兵器は放たれた時点で必殺。


戦闘機一機程度なら塵も残さない。


先だっての地対空ミサイルの発射はもはや過去の遺物と化した日米安保を律儀に守るというよりは、己の頭上の馬鹿を掃除したというのが正しい。


後々問題になったとしても、米軍としてはバカを自分の頭上に置いておくなんて事は絶対にするはずがない。


つまり、基地への攻撃と取られても仕方ない行動は即座に死へ繋がる。


そんな事を考えてすらいなかった馬鹿の脱落。


無論、残りの機体操縦者達はスーパーホーネットの中で身震いせずにはいられなかった。


そんな事があった時刻、時を同じくして航空自衛隊のスクランブル機が五機以上の編隊を組んでスーパーホーネットへと接触しようとしていた。


【こちらデルタ1。目標をレーダーに捕捉した】


【了解。デルタ1は目標を捕捉しつつ次の指示を待て。尚、呼び掛け及び戦闘を許可しない】


【どういう事だ!? 本部!?】


明らかな領空侵犯機。


しかも正体不明。


更に言えば、日本国内から海外へと向っている時点で撃墜は不可避に近い。


この中国軍閥との戦いに備えた時勢。


もしも、日本国内から正体不明の航空機が中国領内に侵入しようものなら即座に開戦となってもおかしくない。


それを理解しているからこそ、編隊の先頭を往く機内から驚きの声が上がるのは当たり前だった。


【繰り返す。デルタ1は目標を捕捉しつつ次の指示を待て。呼び掛け及び戦闘を許可しない】


【話にならん!? 今、誰が指揮を執っている!!?】


【現在、指揮権は・・・内閣官房下の【第十六機関(section16)】にある】


【何だと!? どういうことだ!?】


【現在、幕僚会議はこの件の全権を第十六機関へ預けている】


【幕僚会議が!?】


【―――はい。了解しました。次の指示を伝える。『心神改三型』全機は『ECM spreader』を展開。有効射程圏内まで接近せよ】


【な!? アレはまだ専用の発電衛星が無いはずだぞ!?】


【GPSリンク及び機体の同期はこちらで管理する。全機、速やかに有効射程圏内まで接近せよ。尚、発射の指示があるまで無線を封鎖する】


【おい!?】


【尚、無人機の増援は無い】


一方的な言葉にリーダー機から怒号が上がるも、それを機に通信は途絶した。



無茶苦茶な命令を出したオペレーターが恨みがましい目付きで命令を下した男を振り返った。


発令所の中。


大勢の職員が慌しく連携しながら情報を集めている。


その中央。


本来ならば司令官が座るべき椅子には誰もいない。


ただ、大型のディスプレイが置いてあるだけだった。


ディスプレイの中で如何にも日本人といった困った笑みを浮かべているのは丘田英俊だった。


【いや~すみませんねぇ】


オペレーターの冷たい視線や自衛官達の冷ややかな視線に丘田は笑みを崩さずに続ける。


【とりあえず、米軍にはこちらから手出し不要と申し入れておきます。今後、米軍からの問い合わせには『今、情報を集めている』で通してください。それと山陰と九州の航空自衛隊基地にはこれ以上スクランブル機を上げないようにと通達を。ああ、それと―――】


テキパキと国家の一大事に指示を下していく部外者という図に自衛官達の忍耐はギリギリと絞られていた。


先程、理不尽な命令を伝えさせられた若い三十歳代の女性オペレーターが顔を僅かに顰める。


【何か不満でも?】


丘田が命令を出し終えて一息付き、その顔に気付いた。


「いえ、何も・・・」


【国家の一大事に幕僚会議は何をしているのか!? とか言いたそうにも見えますが?】


「いえ、そんな事は・・・」


【まだ、運用は一年以上先であるはずの『ECM spreader』の電源を何処から持って来る気なのコイツとか思ってませんか?】


さすがに閉口した様子でオペレーターが丘田を睨んだ。


【ちなみに今から衛星とのリンクをそちらに回しますが、この件に付いては部外秘・・・というか国家機密に類するものですので他の皆さんも口外しないように願います】


丘田が言った途端。


発令所の大型ディスプレイにとある場所の映像が映し出された。


――――――。


発令所の誰もが映像に釘付けとなる。


「これは・・・【上弦一号】!? でも、あの衛星付近に他の衛星なんて!?」


オペレーターが上ずった声を上げる。


衛星軌道上。


映し出されたのは近頃打ち上げられたばかりの衛星だった。


【まぁ、機密と言った意味がこれで君達にも分かるはずです。とりあえず、此処まで見せた以上、出し惜しみしてもアレです。上弦一号のカメラ映像でも見せておきましょう】


映像が切り替わる。


更に発令所内でどよめきが起こった。


「―――この衛星は・・・」


思わず呟いたオペレーターに丘田が笑みを崩さずに続ける。


【日本政府が所有する秘密裏に打ち上げた太陽光発電衛星『天照(あまてらす)』です】


「あま・・・てらす?」


【ええ、ちなみにJAXAと自衛隊の技研と民間の三者が作り上げた傑作と言い添えておきましょう】


「そんな、こんな大規模衛星を秘密裏に打ち上げられるわけ・・・」


『天照』と呼ばれた衛星は映像の中で数百メートルに渡って薄い銀色の幕を広げていた。


これ程の規模ならば、公式に打ち上げを行わなければならないと誰にも分かる。


それを日本が秘密裏に打ち上げるなんて発令所の中の人間には殆ど不可能に思えた。


【ああ、色々と裏技を使いました。そして、技術大国日本の底力でもあります。要はピギーバックペイロードを上手く活用したんです】


「まさか相乗り衛星で!? いや、そんなはず・・・あれはせいぜいが一メートル以内・・・!?」


オペレーターの言葉に発令所の内の何人かが『天照』の打ち上げ方法に気付いた。


【頭の回る方が何人かいらっしゃるようですね】


丘田が苦笑しながら解説し始める。


【ええ、発令所の方の何人かが気付いた通り、この衛星は複数の小型衛星の連結により形作られています】


丘田の言葉と共に衛星の細部がカメラに映し出される。


よくよく見れば銀色の幕を張る衛星が幾つも幾つも存在していた。


【我が国が他国の衛星をロケットで打ち上げて儲けているのはご存知の通りです。年間を通して二十件から三十件にも及ぶロケット打ち上げで我が国は数千億以上にも及ぶ売り上げがあります。小国から大国まで受注は幅広く。価格設定も他の国に比べればリーズナブルと言えるでしょう】


「他国の衛星の打ち上げと同時に相乗り衛星を打ち上げてたんですか!?」


【そんな非難されるような事はしていませんが? ほんの少しロケットに秘密の部分を持たせて、乗せられる重量を少なく見せかけただけです。高度な軌道計算を自立して行い移動する小型衛星というのも中々乙なものですよ】


サラッと恐ろしい事を告げる丘田にその場の誰もが自分達の置かれている立場を意識した。


【相手国からすれば、些細な話でしょう。日本のロケットは並だなんて近頃は言われていますが実際にはちょっと未来に片足を突っ込んでいるくらいの技術力があって、その差分に時の内閣の一部や総理達が夢と希望と埋蔵金を積んだだけの事です。官僚に喰い散らかされる金ならば、こういう使い道があってもいいとは思いませんか?】


「・・・・・・」


その衛星が発電衛星なんて名ばかりだとオペレーター以外の他の自衛官達にも理解できた。


秘密裏に打ち上げられる衛星。


それは時に最強の兵器を意味する。


仮に発電能力だけを備えていたとしても他国に対し膨大なアドバンテージを有しているのは変わりない。


国際的に知られれば非難は免れない事実だ。


【米国や露西亜のように核やそれに類する殲滅兵器でも載せようかという案もあったらしいですが、日本はそういう選択をしませんでした。あくまで軍事転用できる能力しか載せなかった、というか載せたくなかった技術者達や政治家達は素晴らしい道徳心の持ち主だったと思いますよ?】


発令所の中で沈黙が広がる。


今正に日本が戦争になるかどうかという事態の最中に・・・自分達が予想よりも遥かに難解な世界に引き込まれたのだと彼らは理解した。


【ここまで言っておいて何ですが、これからもあなた方と長い付き合いになると思います。正式な辞令はまだですが、出向を解かれ特別顧問として自衛隊に戻り『こういう現場』の指揮を取る事になると思いますので、どうぞよろしく】


暗にこれからこの部署を乗っ取ると宣言した丘田の声に誰も何も言えなかった。


日本側の対応が後手に回っていると思っている者達は道化が静かに刃を研いでいる事を未だ知らずにいた。



【黒い隕石】騒動以後、台湾が中国に殆ど併合されている事は公然の秘密として扱われている。


騒動時、貿易航路の麻痺によって滅びかけた台湾が中国の瓦解と混乱の中で沿岸部の軍閥と手を結んだのが始まりであり、その後軍閥の後ろ盾で政治経済と市政を守り切る事が出来たのは皮肉の極みだろう。


中国国内の混乱に見切りを付けた富裕層や統治者層の大量流入が台湾を中国の頭脳という地位にまで押し上げたのは一部のアナリスト達からすれば当然の事だった。


如何に中国から独立していたとはいえ、それでもやはり中国と台湾は切っても切れない関係だった。


今も各軍閥の上層部が香港やマカオよりも台湾に家族を置く事実からも、その歴史的な流れは裏付けられている。


領土拡大に凌ぎを削る各軍閥が台湾に対しては無干渉を貫いているのだから、【中国国内】で最も安全な地域と言われるのは当たり前だろう。


そんな台湾北部沿岸地帯。


パトリオットの暴発に地形が変わりつつある一帯は夕闇の中で煙に覆われていた。


到る所で配備されたミサイルが暴発。


付近に展開していた部隊の大半は巻き込まれて散り散りになっている。


そんな中で正規軍に配備されているアサルトライフルが火を噴いていた。


銃声。


怒声。


悲鳴。


嗚咽。


混沌とした領域内部で同士討ちが複数発生し、バタバタと人が倒れていく光景は悲劇を通り越して喜劇的ですらあったかもしれない。


「――――」


今正に死んでいこうとしている配備部隊の一人が血に濡れた眼球の先の光景に違和感を覚えて、それを発声する前に頭部が吹き飛ばされた。


【兄さん。あっちの方は片付いたみたいだよ】


【ああ、そうらしいな】


沿岸部に蔓延する煙が緩やかに滞留しながらおかしな形を描いた。


煙で薄暗いとはいえ、何も無い場所で煙が一人手に形を変えていく。


【姉さん達は大丈夫かな】


【中国本土の沿岸部でも爆発が確認された。多少、時間を食っているようだな】


【それ便利だよね。僕も兄さんみたいに頭に埋めてみようかな】


【止めておけ】


軽口を叩き合いながら煙の中を『彼ら』は進む。


姿がまるで見えない。


それが最新鋭の光学迷彩機能を搭載したスーツだと気付くものは辺りに誰もいない。


【それにしても歯応え無かったね。連中】


【確かに・・・だが、その問いへの回答はすでに出ている】


【へ?】


未だ周辺の木々が燃えている一角で大量の屍が倒れ臥している。


その中に足跡を付けながら、兄さんと呼ばれた方が死体の一つを仰向けに転がして服を剥いだ。


【見ろ】


【・・・刺青?】


怪訝そうな声。


背中に黒い星のような刺青があった。


【そうだ。現在の中国国内で特定の人間にだけ与えられる刺青だ】


【特定の人間って何さ?】


黒孩子(ヘイハイツ)だ】


【それって確か・・・一人っ子政策とか何とか言うやつの?】


【中国最大の汚点にしてその産物。人権の無い者達。未だ人口の四割を占める無戸籍の連中だ】


【どういう事かさっぱりなんだけど】


【オレ達が戦うべき相手は中国軍閥の精鋭と仮定していたわけだが、もしも敵の中身が擦り替えられていたらどうなる?】


【擦り替え・・・ああ、そういう事!】


【何処の軍閥。いや、何処のどいつがこの方法を考えたのかは知らないが一本取られたな。あのパトリオットも中身は最新という話だったが・・・たぶん半世紀前のガラクタかジャンク品だろう】


【まんまとしてやられたわけだね】


【ああ、どうやら頭の切れる奴が軍閥にもいるらしい。刺青入りという事は何処かの『(バン)』が飼ってる連中を使ったんだろう】


二人がその場から離れながら会話を続ける。


【最初からこちらの動きは読まれていたのかな】


【そうだろうな。更に言うなら、たぶんオレ達の部隊の動向は筒抜けになってる。衛星が使えなくても監視する方法なら幾らでもある。戦力分析されてるのは間違いない】


【それにしても、こんな大胆な作戦よく思いついたよね】


【こっちは男が余る世の中だと聞く。兵隊にするだけなら腐る程に人材はいる。正規軍を温存しつつ、こちらの出方を伺う。上手い事考えたじゃないか】


【・・・今頃、報道は何て言ってるかなっと】


死んだ兵隊の体から虚空に小型の端末が浮かび上がる。


『―――現在、台湾及び本国沿岸部において大規模なテロ活動が』


『日本領空より十数機の戦闘機が』


『これは明らかな宣戦布告と』


チャンネルが幾つか変えられてからすぐに電源が切られる。


【どうやら軍閥の連中はGIO(ぼくたち)を無視して時期を早める気みたいだね】


【やられたな・・・帰還しよう】


タタタン。


噴煙の中で浮かび上がる二人分の陰影に向けて銃撃が加えられた。


【どうやら、もう一つこいつらには用件があるようだ】


二十メートル以上離れた場所から数人の人影が絶え間なく銃撃を見舞い始める。


【・・・僕達を此処に足止めする理由なんて・・・まさか?】


【GIOの裏方半分が出払ってる。残りはバックアップと非戦闘区域内で警備する人間だけ。日本支社に連絡を取ろうにもどうやら無線は封鎖されたらしい。応答が無い】


【どうする? 兄さん】


【まずは分散している兵をまとめる。予備戦力を何処に隠していたかは知らないが、撤退戦ならお手の物だ】


【中東で活躍してたものね。兄さんは・・・あ、もしかして大きい姉さんはこれを見越して?】


【さてな。あの人のサプライズ好きにも困ったものだが、とりあえずは合流しよう】


銃撃を受け続ける二人の間から上空に閃光弾が打ち上げられる。


緑色の閃光が放たれると同時に沿岸部では局地戦が開始された。


何処からともなく現れる中国軍閥非正規軍と姿の見えない襲撃者達との戦闘が終わるのはそれから数時間後。GIO日本支社への大規模爆破テロが敢行されたとの報は翌日の新聞二面端に載せられる事となる。


世界中の一面が「日中軍事衝突か!?」の見出しで賑わうのはまだ十時間以上先の話だった。



十二機のスーパーホーネットが武装を使わず速度だけのチキンレースを繰り広げている頃、一人一群から離れた地点を順調に飛行していた田木宗観は自分の後方に自衛隊機が付けて来ているのを察知していた。


【どうする。この装備じゃ日本の空自の機体には太刀打ち出来ないが?】


雲に紛れているらしき航空機の機影がチラリと見えた時点から田木はアズと交信を続けていた。


【そもそも戦う必要があるならね】


【・・・空自にも何か起きているのか?】


【そうみたいだ】


異常を察知した田木の言葉をアズが肯定する。


【航空自衛隊の各基地にこれ以上スクランブル機を上げないようにとのお達しが来てるみたいだ】


【どういう事だ?】


【今、防衛省のサーバーに侵入してるんだけど・・・どうやら中国と台湾で大規模な軍事行動が確認されたらしい。今、幕僚会議は喧々轟々。こちらの件も含めて情報が錯綜してて統制が乱れてる】


【一体何が起こっている?】


【内閣が緊急招集されてて、えっと・・・関東で未知のウィルス騒ぎや遊園地テロ。台湾と中国沿岸部でもテロらしき爆炎を確認? それから黄海に空母が四隻集結中・・・それに重なって僕達の件も触れられてるね。えっと、このままだと中国を無駄に刺激して戦争状態へ一気に突入・・・空自の保有する『ECM spreader』で撃墜命令を・・・まずいかな】


【とりあえず状況を整理してくれ】


【情報を整理して僕の推測を加えると現在の状況はこうだ。中国と台湾で沿岸に展開されていた軍に対し、大規模なテロが起こった。日本の関東地方でもBC兵器と思われるウィルスによるテロや遊園地でのテロが起こった。


中国軍閥はこれを日本の自作自演の謀略と言い張っていて、いつの間にか黄海に空母四隻を集結中。日本から軍事攻撃が行われたという確証を得ると同時に侵攻を開始する、らしい。


そして、日本は外交ルートで協議の場を設けると言ってるけど、相手は聞き入れる状態に無い。日本政府内では逆にこれは中国の謀略だという意見が大勢を占めているものの、外務省が戦争回避の努力に全力を尽くしている最中。防衛体制を【整える準備】は野党との諸々の事情で・・・三日後?】


【・・・とりあえず言わせてくれ】


【何だい?】


【もうこの国の政治家は滅んだ方がいい】


【はは、昔の人間もよく言ってたよ。あの暗殺された首相を指して『ああ、この国の政治家もうダメぽ』ってさ】


【笑い事で済ませたい。ああ、本当にな】


【ちなみに現在のGAMEの状況は最悪だ。まだ幕僚会議からGOが出てないけど、この状況だと日本側が悪者になるのを避ける為に日本領空内で全機撃墜は固いだろうね】


【『ECM spreader』か。風の噂に聞いた事はあるが実用化されたのか?】


【日本の航空技術者は少ないが民間の力は最高って話さ。『心神改三型』のアップグレードパッケージとして極秘裏に運用開始されてたみたいだよ】


【・・・敵航空機の電子兵装だけを停止させる航空機搭載型の小型高性能ECM装置・・・そんなものが都合よく創れるのは日本かアメリカだけだと友人が冗談交じりに言っていたが・・・】


【さすがに僕もこれはまだ先だと思っていたけど・・・傍受した限りじゃ、運用の為の設備はもう構築が終わってるみたいだ。何処から電源を持って来るのかって問題も解決済みらしい】


【どうする?】


【本来なら事前の作戦でそれなりの戦績を出せるはずだったけど、さすがに戦争の引き金を引かせられるのは癪に障るよ。この状況を終わらせる方法は二つだけだ】


【一つ目はこのGAMEの勝者を出さずに終わらせる事。つまり日本領空内で全機撃墜、もしくは不時着】


サラリと己の死が語られるのを田木は静かに聴いていた。


【二つ目は機体が殆ど撃墜もしくは不時着させられたという事実を作った上で少数機がゴールする場合】


【それでは引き金になるのではないか?】


【自作自演の為に十数機の航空機を自分で撃墜するなんて馬鹿な真似をしてから戦争を始める馬鹿なんていないと思うけど】


【それは・・・】


【つまり、中国側が言い掛かりを付けていると世界に印象付けられれば開戦の口実としては弱いのさ】


【だが、どうする? 現実としてサイドワインダー二発で出来る事には限界がある】


【一番現実的なのは空自に協力してもらう事なんだけど、まず無理だろうね。しかも、もう無線封鎖で上からの指示すら暗号化された緊急回線を開かない限り届かないようになってる。緊急時の回線を警戒レベルが上がってる今ハッキングするのは無理だろうし、政治家連中に話を持っていっても今の僕の肩書きからして、それはまずい。官房長官はウィルス騒ぎで関東にいないから現場に口出しできる状況じゃないみたいだしね】


田木は無言で機体のアニュアルをキャノピーに呼び出す。


明るくなった機内で次々にスペックを調べていくものの芳しい情報は出てこなかった。


【調べ物はそこまでにいておいた方がいいよ】


【?】


【GIOも意地が悪い。衛星軌道からの映像でもハッキリと光が確認できる】


【GAMEの最中にマニュアルを見ているような人間は目視で確認、撃墜されるわけか】


【ああ、そういう事なんだろうね】


田木が溜息を吐いてキャノピーに映していた情報を切ろうとして―――止まった。


【どうかしたかい?】


第一ポイント通過機体確認。


キャノピーが僅か輝き、一位通過のチームの情報を継げた。


【・・・賭けになるが、一つだけ方法が思い浮かんだ】


通信越しにアズが驚いた様子で息を呑む。


【この状況を打破するのは僕の役目かと思ってたんだけどな】


【可能性は低いが、試してみる価値はある】


アズが田木の真剣な声に沈黙したのは数秒。


【いいよ。やろう。どちらにしろ・・・後何時間もせず日中開戦になるかどうかだ。試せる事は全てやらないと】


【自衛隊機の詳しい座標が知りたい】


【了解。すぐに知らせる】


交信が途絶えた機内で田木が夜空を見上げる。


満点の星。


いつか本当に飛んでみたいと願った空。


その空に誰かを殺す為だけに戦闘機が飛ぶ光景なんて田木は望まない。


平和ボケした一人の日本人として田木が望むのは見上げた少年がいつか飛びたいと願えるような空。


爆弾の雨も弾丸の雹も無い空だった。


空は人の心。


瞳を曇らせる戦いの嵐を田木はその目で幻視する。


「国を守る為に今も貴方は・・・」


いつか再び会ったら心の底からあの男に言えるよう。


この空は素晴らしかったと語れるよう。


田木はコントローラーに力を入れた。


日本領海に向けて航行する空母に何が乗っているのか。


未だ誰も知らない。


『父様。掌握完了しました。はい・・・いつでも発射可能です』


レーダーマストの上で一人白い少年が呟くと操作する者のない無人の艦橋で武器管制装置が動き出す。


空母に追随するようにソナーには幾つかの原潜の姿が映し出され、もはや一刻の猶予も日本には無いのだと告げている。


ICBMの四文字が交信中の画面(ディスプレイ)には躍り始めていた。

理想とは諦めるものではない。

まるで老いた鳥のように堕ちていくものだ。

後悔よりも先に、苦悩よりも先に。

食い潰されようとする雛がまた一羽。

第三十五話「墜落者」

それでも飛び上がろうとする者もある。

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