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GIOGAME  作者: Anacletus
33/61

第三十三話 新たなる火種

遅くなりました。

何かと忙しい四月です。

GAMEの間にも裏では様々な組織の事情が展開されていきます。

この頃、主人公達が空気なのですが、そこはこれからの展開でカバーしたいと思っています。とりあえず第三十三話 あらたなる火種を投稿します。今後も少し遅れるかもしれませんがどうぞよしなに。

第三十三話 新たなる火種


イメージ。


世界を認識する時、想像力無しに物事を見るのは難しい。


例えば、日本人なら四季を想像しながら時期を認識するのは常だろう。


芽生え息吹く若葉は春。


栄え鳴き出す虫は夏。


実り蓄える獣は秋。


堪え忍び待つ人は冬。


「・・・・・・・・・」


田木宗観(たぎ・そうかん)は知っている。


全ての失敗はイメージと現実の乖離から来る。


しかし、現実に限りなく近く想像力を働かせるならば、人間の精度は機械にも劣らない。


二十代の頃から自衛隊幹部候補生として働いてきた田木にとって想像力はある場所で鍛えられた。

とある基地で研修していた頃の話。


彼はまだ肩身の狭い身分だった。


そんな時、旧いフライトシミュレーターで空自の男達が盛り上がっているところを見つけた。


まだ仲間と呼べるような間柄ではない彼らに混ざり、田木はシミュレーターに毎日のように乗った。


最初は共通の話題や話を会わせる為の切欠に過ぎなかったが、暇な時間を作っては乗る内に田木の実力は上がっていった。


そんな田木を知ってか知らずか。


男達は話しかけるようになった。


実際に空を飛ぶパイロット達からの時折掛かる声に田木は耳を傾けた。


空の上では知識と想像力が全てではないと背後から声を掛ける男の一人は言った。


戦闘機で飛ぶという事は現実と想像の間にある乖離をゼロに近づけていく作業なのだと。


目視で見えない距離の敵は当たり前。


戦争になればレーダーに映り難い敵機から視認するより早くミサイルが飛んでくる。


ドッグファイトなんてものは幻想で先手必勝の一撃を放てるかどうかに全ては掛かっている。


だが、それでも想像力無くして空を飛べば、待っているのは死かもしれない。


実際には感じられない高空の様子。


空気の流れ、雲の流れ、気圧、湿度、温度。


全てを肌で感じられないパイロットが最大限に想像力を駆使して脳裏に描く世界。


相手は何処にいて、どんな空の中で飛んでいるのか。


それを鮮明に描き出せば、きっと一枚の絵に出来る。


実践と想像。


どちらともを得てパイロットにはようやく空を飛ぶ力が備わるのだと、その男は言った。


「・・・・・・・・・」


基地から去る日。


最後に乗ったシミュレーターで名前すら聞いた事の無い男と田木は戦った。


結果は散々なもので、彼は少しだけ笑って言った。


『君の飛び方には現実が足りないと』


それからもう十年以上。


田木は己の置かれた立場を最大限の想像力で描き出す。


駆使される脳裏の(せかい)現実(いま)を擦り合わせる。


「・・・・・・・・・」


スイッチの一つも無いコックピット。


今正に雲を突破するキャノピー。


何処までも続く黒と白と月だけがある世界。


(あれから、どれだけの月日が流れたか・・・)


田木が不意に思い出したのは力強い三味線の音。


東北最大の軍事基地。


その最中で祭りの際に男が引いていた。


哀愁と躍動でロックとも聞こえた音色。


不可思議な話だったが、それが田木にとって始めて男が空を飛んでいる景色をダブらせて見た一瞬だった。


力強い音色に空の景色を見たのはたぶん男が空を飛ぶ時のような懸命な顔をしていたから。


「少しだけ、この時だけ、貴方の力を貸してください」


スイッチの一つも無いコックピットの中で田木はコントローラーを握り締める。


人の命を磨り潰すGAME。


用意された空飛ぶ棺桶。


GAMEOVERを誘うボタン。


【では、皆さん横一列に並びましたね? では】


イヤフォン越しに息の吸い込まれる音。


【これより第二GAMEのスタートを告げます。参加者各自はキャノピーに注目を】


キャノピーに映し出されるのは赤黄青の信号機。


【3】


カウントが始まる。


【2】


空は静寂に満たされている。


【1】


最後の一秒は瞬く間に過ぎ去った。


【スタートです!!】


田木以外の全機がアフターバーナーを全開にした。


「行くぞ」


午後八時十五分ジャスト。


突如としてレーダーに映った十五機の戦闘機に対し、山陰地方の航空自衛隊機はスクランブル。


政府に齎された凶事に事実を知らない者達は慌て【戦争】という言葉が実しやかに囁かれ始める。



「ネタ~~~ネタ~~~るるる~~~飛び切りのネタ~~~♪」


GIOが用意した一室。


レコーダーで室内の会話を録音しながら手帳に状況を書き留める愛と正義とネタの女神(自称)が一人。


羽田了子は至福の表情でネタ集めに精を出していた。


「で、だ。久重」


慈愛の女神も真っ青な微笑みを浮かべたアズが問う。


「はい。何でしょうか雇い主様」


地獄の沙汰すら変えてしまうだろう雇い主を前にして憐れな子羊よろしく外字久重は視線を逸らした。


「僕は今まで君が馬鹿だとか阿呆だとか間抜けだとか本当にどうしようもない男だなぁとか、そういう事は思っても口にしてこなかったんだ。君の精神衛生を考えたりしてね」


「とても嬉しい発言ありがとうございます」


様々な意味で汗を背筋に感じながら久重は機械的に応答した。


「でも、今回ばかりは君に色々と言いたい事がある」


「具体的にはどういった事でしょうか」


「何で」


ババンと擬音が挿入された。


アズの右手には真夏にトレンチコートという暑苦しい中華裏社会から来た少女が一人。


(フゥ)がアイスをペロペロ舐めている。


「こういう」


ドンとかなりドヤ顔な擬音が挿入された。


引き続きネタを集めていた了子が裏世界に名を轟かせるフィクサーと手下のやり取りに目を輝かせる。


「事になってるのかな?」


「いや、話せば長くなるんだが・・・」


ついにアズの手が久重の片手に伸びる。


手の甲がギュチィイイと立ててはいけない音を立てて捻られた。


「―――話せば長くなるのですが―――」


「ほほう?」


痛みに手の感覚が消え失せていく間にも久重の口からポロポロと致命的な弱音が漏れていく。


「こちらの記者さんにちょっと話を聞いたのはいいのですが、何か自分の捕まるシーンまで念入りに望遠レンズ付きのカメラで撮影してたらしくてネット上に情報を隠しているとかいないとか。


もしも、自分が定期的にアクセスしないとその映像が動画サイトへ勝手に流れるとか流れないとか。確認してみたら言われたアドレス先のストレージサイトに動画が確かに保存されてたとか。


消そうとしたらそれも予備とかバックアップが複数あるとか」


「つまり、僕のいない間に情報戦で負けて此処まで付いてくるのを許したわけかな?」


「ちょっと気を失わせてから逃げ遂せたと思ったら何故か先回りされてたとか色々と事情が」


「何でその子も此処にいるのかな?」


虎が無垢な瞳で首を傾げる。


「とりあえず、もう一日置いてもらえるよう親友に頼もうと思ったら今日からちょっと泊り込みで行く場所があるから家には置いておけないとか言われて。とりあえず大学の知り合いに預かってもらおうとしたら記者さんに追いつかれて逃亡してたらもうこの場所まで来てしまった的な」


手の甲が完全に白くなって数秒。


「・・・本来なら首どころか違約金どころかドラム缶にコンクリと一緒に詰めて東京湾のど真ん中に放り込むとか考えるくらいの失態なわけだけど」


「わ、わけだけど!?」


ヒシッと涙目で縋りつく久重にアズが微笑んだ。


「借金の利子を今の三倍くらいで許してあげるよ」


「ぅぐ!? 元金を倍にするよとか利子を複利にしてあげるよとかよりは・・・マシ、なのか?」


「十日で一割がいいなら、それでもいいけど」


「ごめんなさい。マジで許してください。もうしません」


「君は小学生かい? 久重」


呆れた様子でアズが久重の手を放り出し、そのままネタに目をキラキラさせていた了子をチョイチョイと指で呼んで部屋の片隅に移動した。


何やら話し込み始める二人にホッとした様子で久重がソファーに座り込む。


「ひさしげ。大丈夫?」


少し心配そうなソラが左側に座って完全に白くなった手の甲に触れた。


「感覚は無い。が、これで済むならまぁ・・・」


「ヒサシゲ。自分のせいで・・・怒られた?」


虎が右側に座って怒られたような顔でしょげた。


「いや、お前のせいじゃない。オレの不手際だ」


「・・・ごめんなさい」


更に顔を曇らせた虎の頭をポンポン叩きながら、久重が気を使い過ぎるきらいのある居候に笑いかける。


「だから、謝るなって。別にお前が怒られたわけじゃないだろ?」


「・・・はい」


「で、こっちはいいわけ?」


壁に寄り掛かったまま、大画面を眺めていたシャフが呆れた様子で騒がしい面子を見た。


巨大な画面には軌道上の静止衛星からと思われる映像が映し出されている。


日本上空。


十五のグリッドにはそれぞれの戦闘機が映し出されている。


リアルタイムで合成しているのか。


戦闘機の上にはそれぞれに番号が振られていた。


画面の大部分には地図が表示され、その上を番号が移動している。


「一応、アズからの指示は出せるし、十分程度とはいえ事前の打ち合わせもしたからな」


久重の答えにシャフが嗤う。


「ビデオゲームのコントローラーと腕前に自分の命を賭けさせるなんて面白い事考えるわよね。GIOって」


シャフの声に久重は動じない。


「これでこのGAMEの本質は大体分かった。少なくともGAMEとしての公平性はあるつもりなんだろうが、人間の命はシューティングゲームの残機程度にしか考えてないんだろうな」


正に遊び半分。


戦闘機なんて動かせるはずの無い人間にも動かせる仕様と言っても、それはあくまでゲームメイクの一環であり外連味を添える為のルールに過ぎないと久重には思えた。


「何を今更。そういうのはお得意じゃないの?」


シャフが揶揄しているのが自分の置かれている境遇だと気付きつつも久重は怒らない。


「何つーか。そういつも突っかかってくると安く見られるぞ?」


「なッ?!」


してやったと内心で得意げだったシャフの額に青筋が浮かぶ。


(バン)にもいた。力ないと大げさに振舞う人・・・」


「ッッ?!」


虎の言葉にシャフが固まった。


思わぬところから来た援護射撃に久重が苦笑する。


「む、昔からシャフは意地っ張りなだけで、小物とかとはちょっと違う・・・と思う」


「ッッッ!!?」


フォローしようとしているのか。


ソラが目を泳がせながら久重と虎に対して小さな声で反論する。


今にも頭の血管が切れそうな怒りに我を忘れそうになって、シャフがグッと堪えた。


「―――いい度胸してるじゃない。その時になったら覚えてなさいよ」


「いや、そういう捨て台詞が負けフラグというか。もう少し歳相応に可愛げのある言葉を吐けばいいんじゃないのか?」


今にもNDで目の前の男を肉塊に変えたくなったものの、自分は自分の仕事をしなければとシャフはその道のプロらしく冷静さを何とか保つ。


「絶対、アンタだけはこうか――こんな時に何よ!?」


不意に懐の震えを感じて端末を取り出した少女が舌打ちした。


端末の画面には緊急の文字。


シャフがそのまま室内を後にする。


「おい。何処にい――」


「HENTAI」


「ぐふッ?!」


心理的ダメージで久重が胸を押さえた間にシャフは扉を開けてトイレへと向った。


その間にも緊急の文字が絶え間なく端末の表面を流れていく。


通路の一番左の扉。


中の個室に入り鍵を閉めた後。


ようやく端末に出たシャフの耳に届いた第一声は凡そ不愉快なものだった。


『ばら撒いたのは貴女ですか?』


「何を?」


ターポーリンの声にシャフが素直に聞き返した。


『メリッサに聞きました。かなりの量を撒布したと』


「それが何?」


『活動し始めたウィルスがかなりの速度で都市部で広がっています』


「はぁ?」


『このままでは関東一円を呑み込むまで二週間も無いでしょう。あれだけの代物をこの時期に投入したとあってはさすがに私の方でも上に対して言い訳できかねます』


「何か勘違いしてるんじゃないの?」


『どういう事でしょうか?』


「アタシがばら撒いたのはGIOネット経由での発信が無い限り発症しないタイプよ」


『・・・・・・』


「嘘かどうか知りたいならNDの活動ログでも何でも上に掛け合ってサーバーから取り出せばいいでしょ」


『つまり、犯人は自分では無いと?』


「少なくとも意味も無く発症させたりしないわよ」


『今現在、都市部で収拾したウィルスを簡易に解析中ですが、詳しい正体が掴めていません。これだけの代物となると貴女か、あるいは【連中】かと思いましたが、貴女の言いようと上の慌てよう・・・内部の人間の犯行ではないとすると・・・かなり厄介な事になります』


「一応、聞くけど既存のウィルスの突然変異種か何か?」


『いえ、そんな生易しいものではありません。貴女が持つ病原体の殆どは動物ウィルスの類ですが、これはハッキリ言ってそれより性質が悪い』


「どういう事?」


『最悪のテンペレート・ファージです』


「上手く事態が呑み込めないんだけど」


『単純に言えば、細菌感染型のウィルスです』


「細菌感染? 普通ウィルス感染したら細菌て溶けて消えるんじゃなかった?」


『貴女はウィルスに関してどれくらいの知識を持っていますか?』


「自分の持ってるやつに関してだけ基礎が少しあるくらいだけど」


『では、情報が不足しているようですので簡潔にお答えします』


今まで聞いた事もないような真面目な調子のターポーリンの声。


シャフが黙って聞き始める。


『いいですか、よく聞いてください。ウィルスの中でもファージと呼ばれるタイプの細菌感染するウィルスには二種類あります。ビルレント・ファージとテンペレート・ファージ。貴女の言っているのは【溶菌】と言ってビルレント・ファージが細菌に感染した場合の話です』


「それで?」


『テンペレート・ファージの中には抗生物質への耐性遺伝子や毒素の遺伝子を持っているものがあり、更に細菌に感染する事でそれらの遺伝子を細菌が獲得する事があります。この性質を使って分子生物学分野では細菌にテンペレート・ファージを感染させて、任意の遺伝子を導入する実験を行ったりしています』


「へぇ・・・」


聞く気なさげにシャフが相槌を打つ。


『今回、確認されたテンンペレート・ファージは従来のものとは違って、様々な人体中の細菌に感染する機能を持ち、尚且つその細菌に現在地球上に存在する殆どの抗生物質に対しての耐性を持たせる事が確認されました。更に言えば、このテンペレート・ファージに感染した細菌がBSL-4クラスの研究所でしか扱わないような危険性のある細菌へと変質する事も確認されています』


「普通の細菌が凶悪な代物になるって事?」


『ええ、変質した細菌を調べたところ・・・かつて人類が経験した複数の致命的病原細菌と類似する遺伝パターンが発見されました』


「つまり?」


『このままでは日本全体に薬剤への耐性を持った致命的な病原が蔓延します』


「・・・バイオテロどころの騒ぎじゃないわね」


『当たり前です。こんな代物は管理できない時点で戦術・戦略兵器として成り立ちません』


「現在の状況は?」


『都市部病院の通信を傍受しましたが、どうやら現場は大混乱しているようです。ウィルスの源を捜索していますが、まだ収穫はありません。このままでは・・・日本が地図から消えます』


「人のお株を奪うなんて面白い奴もいたもんね」


『仮にですが、このウィルスを【トランスポーター】と呼称します』


「あたしにどうしろってのよ? 放っておくって選択肢は無いわけ」


『社会基盤が崩壊した地域で働きたいですか?』


シャフが溜息を吐く。


ターポーリンが、その声に何も言わず、誰かとゴソゴソと話し始めた。


『どうしたの?』


『・・・今、【連中】から貴方の切り札の使用許可が下りました』


『何ですって?』


『関東圏へトランスポーターが完全拡大する前に貴女がテラトーマに保管しているNO.7を使い、流行を食い止める事になるでしょう』


「人の【切り札】(とっておき)を大多数の人間に使おうっての?」


『今回は緊急事態という事で一部の技術開放は止むを得ないという結論に到ったそうです』


「人体強化系のウィルスなんて流行らせたら、さぞかしSFな世界になるんじゃないかしら」


『貴女のソレもテンペレート・ファージの一種には違いありません。毒を持って毒を制す。これが最善と私は考えます』


『ふん。今更善人ぶってもね』


『日本は【まだ】連中にとっても捨てがたい場所なのですよ』


「・・・いいわ。此処で勝手に任務降ろされても敵わないし」


『では、これより合流を』


「了解」


『病原を拡散している【何か】の特定はメリッサに一任しています。もしかすると一緒に出て貰う事も在り得るので戦闘準備はしておくよう』


「はいはい」


投げやりにシャフが返す。


『これから【連中】にも大規模な動きが予想できる。何かと忙しくなると思っておいてください』


「分かったわよ。で、こっちのGAMEの方はいいわけ?」


『それについてはこちらから一報入れておくので心配なく』


「中国軍閥に対してまだ仕事してないけど?」


『それどころではない。というのが【連中】の本音らしいので問題ないかと。改めてGAME中に行うようとの指示です』


それから幾つかの連絡事項を話し合った末、端末の通話は途切れた。


シャフがトイレから出て左側の通路の先を見る。


曲がり角の先にある部屋。


今もGAMEの行方に一喜一憂しているだろう監視対象達を置いて消える事に後ろ髪を引かれるような気分になりながらも・・・シャフは視線を逸らして施設の外へと向った。



一人街を駆け抜けていく水色のパーカーに半ズボンの少年。


メリッサ。


その瞳にはサーバーから齎される情報がリアルタイムで表示されていく。


(病原が特定できないのは偽装されているからだとすれば、こちらのサーバーでハズレとされた空白を足で探せば・・・・・・)


メリッサが人気の無い世界を跳ぶ。


地面からビルの壁面へ、壁面から更に看板、看板から屋上、と跳躍を繰り返しながら街をあらゆる角度から視界に収めていく。


己の目で確かめながら違和感を探す作業。


丹念に感覚を研ぎ澄ましながら終わりも見えない徒労を続ける。


(通常のセンサー類でサーチ不可能なのか。それともそもそも病原が一箇所では無いのか)


僅かな違和感。


何かを見落としている気がした。


(今も増加している患者数から少なくともまだ病原は活動していると推測される。でも、病原が見つからない。いや、見つけられない。見つけられないのは見つからないようにしているからか。それとも見つけても病原であると認識していないからか・・・・・・)


メリッサが街を一望できるビルの屋上でようやく足を止める。


『こちらメリッサ。サーバーへの接続許可申請』


電子音声が応じた。


【はい。確認しました。認証番号20880211。サーバーへの接続許可申請通りました。閲覧情報、深度Aまでが開示されます。閲覧項目を選択してください】


『現在未使用の探査プログラム一覧を』


【今現在個体メリッサの使用する探査プログラムは七種。インストール候補として三十八件がヒットしました】


『現在の探査プログラムを削除。ヒットした全プログラムのインストールを開始』


【承認されました。三十八件の探査プログラムを全てインストールします。よろしいですか?】


『YES』


ND制御中枢へとサーバーから多量の情報が流れ込んでいく。


一気に思考が鈍ったような心地になる。


全ての探査プログラムが一斉に起動され、メリッサが吐き気のする感覚に耐えた。


「――――――」


あらゆる情報がNDより収拾され、サーバーを経由して結果が視覚情報に還元されていく。


殆どのプログラムは空振りに終わるものの、たった一つだけ思考に引っかかった情報があった。


「これは・・・静か過ぎる?」


最後に残ったのは音の視覚化情報。


俗に【音カメラ】と呼ばれる周辺の音を色として認識する為の装置を代替するプログラムからの情報だった。


今まで自分が収拾してきた情報に照らし合わせながら、メリッサが確信を深める。


(どんな高性能な装置を使ってるのか知らないけど、この不自然さまでは消せなかったって事か)


メリッサの視界に映る情報には街の幾つかの地点で音が出ていないという結果を示す。


街に溢れているはずの音。


九時を回ったばかりだと言うのに不自然に「何の音も無い」世界がメリッサの視界には黒い穴のように映っていた。


「行くよ」


体中のNDを活性化し、己の肉体の性能を限界まで引き上げながら跳ぶ。


NDの薄い糸を他のビルや看板へと貼り付けては引き寄せ、次々に障害物を越えていく。


数分で目標の地域に到着したメリッサはグルリと辺りを見回した。


どこにでもあるような工業団地の一角。


整備された公園には遊具だけが置かれている。


その奥。


ブランコにポツンと八歳程の少年が座っていた。


全身を覆う長く白いコート。


体毛が無いのか髪も睫も無い姿。


外国人と見える青白い肌。


瞳の色は青。


「・・・・・・?」


正しく自分が捜し求めていた病原。


如何にも【当たりです】と言わんばかりの存在。


少年を睨み付けた。


【病原体濃度45%上昇。視界内の目標を病原と推定します】


サーバーからの回答。


【場に他のNDを検知。周辺環境レベル急速に悪化。作戦行動可能時間を五分と指定。それ以降の作戦続行は人員の安全を保障できません】


「君は誰だ?」


その声にブランコから立ち上がった少年がメリッサを見つめ返す。


「よく此処が分かりました。父様の偽装は完璧なはずですが、一体どうやって?」


透き通る声。


律儀にも他の人間が関わっている事への言及。


出来る限り情報を引き出さなければと会話を続ける。


「教える義理は無い」


「そうですか」


ただの疑問だったのか。


少年は追及しなかった。


「病原体の撒布を中止し、投降するなら此の場で危害は加えない」


「【連中】に解体されるまで大人しく待っていろと?」


自分の背後関係が完全にばれている事に聊かの驚きを感じたもののメリッサは顔に出さなかった。


「大人しく掴まる気は?」


「ありません」


「なら、僕から言える事は一つだけだ」


メリッサが半身に構える。


「君が誰かは知らない。君が何故こんな事をするのか知らない。君がどんな力を持つのかも知らない。だが、このまま君が病原の撒布を続けると言うなら、僕は君を殺す」


少年が苦笑した。


「死にますよ?」


「く、くく・・・」


「どうして嗤っているのですか?」


周辺のNDが少しずつ己の体を侵蝕し始めている事に気付きながら、それでもメリッサは会話を続ける。


「僕は【蜜蜂(メリッサ)】世界平和を約束する人殺しだ」


「?」


「その僕がこんな事をしてる。今まで誰かを殺す以外でこの力が役に立った事なんて無いのを考えたら・・・」


「言っている意味がまるで理解できません」


「理解しなくていい。だって、これは・・・」


NDで周囲に張られたメリッサの糸が敵NDの攻撃に崩されていく。


しかし。


「僕にしか分からない。僕みたいなのにも少しは何か守れるのかなぁって、それだけの話だから」


ドゴンと音が響き抜ける。


語り終えたメリッサは少年の背後にもういた。


少年が振り返る。


ゴボリと少年の口から血が吐き出されてビチャビチャと落ちた。


人間の肉体が出せる速度の限界を超えて繰り出された一撃は少年の肉体を叩き砕いていた。


少年が自分の体から飛び散った血飛沫と多量の肉片を見つける。


衝撃で心臓、脊椎、肺、脇、腕、全てが見事に破砕され、ぶちまけられていた。


砕かれた上半身の半分は腕の形に抉れている。


「少しだけ、侮っていたと認めます」


少年の唇が明瞭に言葉を紡いだ。


その在り得ない様子にメリッサは動じない。


ただ、己のNDとは一線を画すのだろう少年のND性能に警戒心を引き上げる。


少年が砕かれた上半身を傾がせながらニコリと笑った。


「友達になりませんか?」


「ゾンビを友達に持つ気はさらさらない」


「そうですか。それは残念です。そろそろ父様が向えに来るので今日はこれで」


少年は体が傾いだままメリッサに背を向ける。


逃がさないと、もう一撃加えようとしたメリッサの緊張させた筋肉が【暴発】した。


ブバン。


そんな弾ける音と共に左腕が壊滅的な血飛沫を上げて破裂した筋繊維が完全に断裂し、ボタボタと地面へと落ちる。


「ああ、動かない事をお勧めします。NDの制御がしばらく利かないはずなので」


少年が体を傾がせたまま去っていく。


それを追おうと体に力を入れようとして―――肉体内部の悲鳴にメリッサが動きを自重する。


一歩でも動けば、肉体が内部から圧壊する。


そう理解したメリッサは目の前の少年に自分が敗北したのだと悟る。


自分のNDの能力が殆ど沈黙している異常事態。


一見すればメリッサが勝ったとも思えるが、事実はまったくの逆だった。


上半身を砕かれ、今もダラダラと血と肉片を零している少年はメリッサと違いまだ動ける。


もしも、メリッサの頭部をぶち抜く拳銃の類でもあれば、それで積み。


上半身を砕かれ尚動くゾンビなんて冗談に勝てる程メリッサはSFな体をしていない。


肉体は心臓が無ければ動かない。


脳が破壊されれば再生も出来ない。


多量に失血しても、重要臓器の七割が破壊されても死ぬ。


最後まで生き残った方が勝つと言うならば、もうメリッサに手は残っていなかった。


「メリッサ。覚えておきますね」


「お前は、何だ?」


「人間の形をした何か、とだけ」


「父様って?」


意に介さず去ろうとした少年が不意に立ち止まった。


「父様から今伝言が来ました。【連中】に伝えておいてください。【我々は敵でもなければ味方でもない。天雨機関の先遣たる分子生物学部門主査『波籐雅高(はとう・まさたか)』が確約しよう】と」


「天雨機関・・・まさか、あの戦争の亡霊がまだ生きてたとは驚きだ・・・」


メリッサが時間稼ぎの会話を続ける。


先程からサーバーとの連絡が途絶している状態だった。


肉体を維持するNDを動かすフィードバック情報が途絶して孤立化するとNDは待機状態へと移行する。


NDに異常が無いとしても膨大な制御情報が途絶した状態ではNDによる肉体維持は停止したも同然。


一刻も早くサーバーとの回線を復旧させなければ、メリッサは立ったままに死亡する可能性すらあった。


「此処からは貴方に向けた言葉だそうです。【もしも君の肉体を解体させてくれるなら、君の呪縛を全て絶ち切って自由を保障してもいい】との事です」


「【連中】の技術がそんなに欲しいのかって、その父様とやらに言ってやればいいよ」


「【天雨機関の一員はそれぞれに得意分野を持ってはいるが、他の分野に疎いわけではない。この提案は君に使われている技術に対する知的好奇心によるものであり、技術そのものを欲しているわけではない】だそうです」


その言葉にメリッサが内心で舌打ちする。


少年越しにメッセージを送ってくる男にとって自分に使われている技術はあくまで【連中】の技術力を測る参考資料程度なのだろうと理解したからだった。


目の前の少年に言葉を送る男にも【連中】のような人間をぞんざいに扱う気質が見て取れて、メリッサは久しぶりに吐き気のするような怒りを感じた。


「ああ、そう。なら、僕から言える事は一つだけかな」


少年がメリッサの歪んだ笑みに首を傾げる。


「馬鹿め」


「?」


「馬鹿めって伝えなよ。【連中】もあんたも人間として大差ないレベルだってさ」


少年が驚いた顔をして、メリッサを見つめて、更に驚いた様子で虚空を見つめる。


「・・・【わたしを馬鹿呼ばわりするとは面白い。メリッサ。その名覚えておこう】」


「覚えて欲しくないから・・・」


少年が少しだけ戸惑った表情をした後、そのままメリッサに再び背を向けた。


病原の撒布が止まった為か。


その日、それ以上ウィルスが広まる事は無かった。


テンペレント・ファージの蔓延を機に関東圏ではもう一つのウィルスが広まりつつある事を誰も知らない。


二つのウィルスに掛かって生き残った人間が発生し、調査報告が政府に上がったのは二ヵ月後。


日本が新たな火種を抱える事になるのはまだ先の話だった。

区切り無き一繋がり。

それが世界。

人は車輪によって地の果てを、翼によって空の彼方を、螺旋によって海の終わりを目指した。

第三十四話「空の果てより到るもの」

だが、其処から来るモノなど誰も歓迎しない。

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