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GIOGAME  作者: Anacletus
18/61

第十八話 祭典の始まり

も~い~くつね~~る~~とお正月~~。

十二月三十一日投稿です。

事件の幕開けは少し風変りと映るかもしれません。

そして、今まで巻き込まれる側だった主人公の秘密などが少しずつ見え始めます。

第十八話 祭典の始まり


会場は極彩色のライトが目まぐるしく駆け巡るステージを中心にして大勢の観客で埋まっていた。


「おう!! 野郎共&女朗共!! 今夜のゲストのとぅじじょおおだだぁああああああああああああああああああ!!!」


流れ出す曲にステージ上からパイプ椅子が邪魔とばかりに投げ落とされる。


弾み出す音楽。


観客達の熱気と叫びが会場を包み込む。


ステージ上でマイクを握り締めた二十代の青年達がジーパンにTシャツ一枚で踊り出す。


会場全体からカウントダウンが始まる。


【10】


「Are you ready?」


【9】


「Are you ready!!」


【8】


「Are you ready!?」


【7】


「Are you ready↑」


【6】


「Are you ready↓」


【5】


「Are you ready→」


【4】


「Are you ready~」


【3】


「Are you ready(笑)」


【2】


「Are you ready!!!!!!!!!!!」


【1】


男達の声に混じって少女の声。


ステージ上の中央、闇に閉ざされていた場所にスポットライトが当たる。


【GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!】


会場に全開で響き渡る雄叫びが全てを圧する。


踊り狂う男達の声に陶然と群集と少女の声が唱和した。


それからの四分二十秒。


何に巻き込まれたのかも解らずアズを筆頭にした五人は棒立ちになった。


曲のラストと共にステージで火薬が弾け、観客達の興奮が最高潮に達する。


拍手と口笛と叫びが渾然一体となった会場の最中。


男達に混じっていた中央の少女が進み出る。


男達が十代後半から二十代であるにも関わらず少女は十代前半だった。


呆然としていた久重が気付いた時には群集の殆どが静まっていた。


「――――――」


不自然なくらい黄色いポニーテールの少女がステージから降りて歩いてくる。


遠目には解らなかった少女の姿の細かい箇所に気付いた久重が僅かに驚いた。


「♪」


ノースリーブに短いスカート姿の少女。


その肌はあちこちに縫合痕を晒している。


本来は愛らしいのだろう少女の顔も体と同じく幾つも傷が走り、見るものに痛ましさを感じさせた。


しかし、少女の顔には陰りが無い。


顔に浮かんでいる微笑には微塵の羞恥も無い。


あるのはただ楽しげで何か懐かしいものを見るような視線だけ。


アズの目の前まで来た少女がそっと膝を付いて頭を垂れた。


「お帰りなさい。CEO」


「な?!」


衝撃の一言にアズ以外その場の誰もが固まった。


「随分と前に辞めた身だよ」


顔を上げて立ち上がった黄色い髪の少女が首を横に振る。


「それでもCEOは皆の生みの親です。そして、それはこれからも変わらない。だから、皆!!!」


【お帰りなさいッッッッ!!!!】


その日、青年と壮年と少女二人はよく解らない内にGAMEのエントリーを済ませる事となっていた。


ただ年齢不詳の女だけは微笑みながらもGAMEの始まりを実感していた。



GIO日本支部人事管理部門。


人材勧誘から配置転換まで幅広く行う部署の一角。


支社ビルの地下一階。


デスクワークの殆どは終わり、社員達の姿はほぼ無い。


それでも片隅のデスクは小さな照明に照らし出されていた。


ガチャリと扉が開き、警備員が一人入って来て僅かに苦笑した。


中臣(なかおみ)さん。とっくの昔にセキュリティーが作動してますよ」


デスクの横に立ったのは頭の禿げ上がった壮年の警備主任。


「ああ、すいません!? でも、もうちょっとで仕事が終わりそうなので。後一時間!! いえ、後三

十分もあれば」


答えたのは三十代後半の柔和な表情の男だった。


取り立てて有能そうにも見えない糸目の男が実は日本支社でも指折りの実力者であると知っている警備主任にしてみれば、毎日のように残業している姿は実に好感が持てる要素と言えた。


「相変わらず仕事の虫、ですか? あなたも一応幹部なんですから他の方と同じように時間外勤務は自宅でされては?」


「そうしたいのは山々なんですけどね~~。何せウチの部門は機密と持ち出せないデータが多くて。やっぱり社で仕事をするのが一番効率的なんですよねぇ」


「で、今日の残業理由は何ですか? 一応、規則ですから」


「ああ、はい。これです」


小さなノートパソコンが警備主任に向けられた。


「えぇっと、ライブ会場?」


画面へ映った歌い踊る男達の映像に困惑する警備主任が中臣と呼ばれた男に首を傾げる。


「実は広報部門から幅の広い人材を頼まれまして。インディーズでぶいぶい言わせてる人をスカウトしまくらないといけないという・・・」


警備主任は半ばいつもの如く、規則で決まっている残業理由の欄に部外秘情報と書き込んでおくかと内心で決めていた。


「家でも出来そうな仕事ですが?」


「はは、実は実力者だけを集めてちょっとライブを開かせてまして。お客さんに投票してもらって、その結果で決めようかと。それで今はそのライブ中なんですよ」


「それだけの為にライブを?」


人員を一人二人入れる為にライブを開く。


画面の中の会場や機材はとても古臭いものとは思えない輝きを映している。


賃貸料だけでも相当なものになるはずで、そんな事をサラリと言ってのける目の前の男はやはりヤリ手なのだろうと警備主任は呆れ半分感心半分で画面を見つめた。


「いや~~一億も掛かるとは思ってませんでした」


「一・・・はぁ、よく解りませんがこういうのは下請けに委託でいいのでは?」


「自分の目で自分の同僚になるかもしれない人間を選ぶわけですから金も時間も掛けずにとはいきません」


「そうですか。では、三十分後にもう一度来ます。それまでには仕度をしておいてください」


「はい。重々承知してます」


「では、自分はこれで」


警備主任が去った後、見送った笑顔のまま再び中臣が自分のデスクで画面を見る事に集中し始める。


「アズ・・・・・・」


その視線は画面中央に位置するステージではなく、画面端観客の一人に注がれていた。


【お帰り】


そう言った顔に笑みは無く。


僅かな哀惜だけが滲んでいた。



エントリーを済ませた五人はライブ会場から数分歩いた場所に移動していた。


五人を先導するのは不自然に黄色い髪をした全身傷だらけの少女。


ドアを開けて明かりを点けた部屋へと招き入れられた四人が内部に入って唖然とする。


【――――――――】


洒落たバーが其処にはあった。


一人驚いていないアズだけがカウンターに先だって腰掛ける。


他の四人もアズに倣った。


バーの壁一面にあるボトルの数は数千本以上。


壁面全てが瓶で埋め尽くされていた。


「CEO。何か飲みますか?」


カウンターの内側に入った黄色い髪の少女が訊く。


「いや、その前に自己紹介をお願い出来るかな?」


「はい」


素直に頷いた少女が四人に畏まった様子で頭を下げた。


「GIO警備部特務外部班総括。亞咲(あざき)と申します」


「「「?!」」」


その肩書きに久重と田木が驚きを隠せず目を見張った。


「ひさしげ?」


ソラの問い掛けに久重が頷いて小さな声で切り出す。


「覚えてるか。オレが腕を飛ばされた時に襲ってきたGIOの掃除屋連中の話」


「それって!?」


「そうだ。首を飛ばされた奴は特務の人員だった」


ソラが亞咲と名乗った少女をマジマジと見つめる。


「その節はお世話になりました。まさか、CEOと同僚の方々だとは知らず。お詫び申し上げます」


深く頭を下げた亞咲にソラと久重は名状し難い顔でどう反応したらいいのか解らず固まった。


「そのくらいにしておいてくれるかな。君の謝罪が欲しいわけじゃない」


「はい。CEO」


頭を上げた亞咲にアズが渋い顔をする。


「それとCEOも無しだ。呼びたいならアズでいい」


「・・・承知しました」


刹那の逡巡を経て亞咲が頷く。


「アズ・・・・・・話してくれるか?」


二人のやり取りを聞いていた久重がようやく本題に入れるとばかりにアズに視線を向けた。


「まぁ、そういう事になるだろうとは思ってたけど。どうしても知りたいかい?」


アズの歯切れの悪い口調に久重が内心で驚いた。


年齢不詳、本名不祥、国籍不祥。


世界を又に駆ける女フィクサー。


過去を一切話した事の無いアズが己の過去に口を重たくする。


今まで見た事の無い顔に自分の知らない過去の一面を見た気がして、久重は頷くのに数秒の間を要した。


「何処から話したものかな」


「こちらでお話しても構いませんが」


「僕の事を僕以外で誰が語れるのかな?」


「失礼しました」


亞咲が黙った。


「それじゃあ、GIOと僕の関係から話そうか」


「ああ」


久重の視線に口を重くしながらもアズが訥々と語り出した。


「GIOは僕が友人達と一緒に立ち上げた会社なんだよ」


「まさかとは思ってたが・・・」


「ま、大昔の話だけどね。途中で友人と意見が会わなくなって代表を降りた後、自由業を営んだわけだ」


「それが探偵紛いの事務所か?」


「探偵ってのはそもそも管理されてたり、公安に興信所ですなんて届け出たりしなくても出来る。僕に一番合ってる生き方がそれだっただけの話さ」


「いや、届け出ろよ!? 後、随分とアバウトだな」


室内に緩やかなジャズが流れ始める。


釘を刺され話に参加する気が無いのか。


亜咲がカウンターでBGMのボリュームを調整し、何やら料理を始めていた。


「まさか世界的女フィクサーがGIOの大物だったなんて、あんたに付いてきて正解だったわ。ソラ」


「・・・・・・」


ソラの視線が無言でシャフと交わる。


「今は株式も一株しか持ってないし、実質的には何の関連も無い。その頃に出来たコネや資産は有効活用してるけど、GIOを出た僕の情報は殆ど消したからGIOの社員や役員会だって僕を知る人間は今じゃ極少数。更に言えば何をしてるのかも知らないはずだよ。今回の件で色々と調べられただろうけど」


亞咲がアズの微妙に非難がましい視線に頭を下げた。


「悪いとは思いましたが現在の情報は会長の命で全て調べました」


「あの馬鹿は元気?」


「お変わりなく最前線で働かれています」


「そう。それであいつは何だって?」


フライパンから香ばしい匂が辺りに漂い始め、亞咲が危うげなく答える。


「今回のGAMEは過去最大。プロジェクトに掛けられた資金以上に元が取れれば、手を引くそうです」


「そう。それで他には?」


「無論、あなたが戻ってきてくれるならば一切の要求はしない方針だとも」


アズが顔を顰める。


「なら、あの馬鹿に言っておいてくれるかな。もうGIOに未練は無いってさ」


「畏まりました」


フライパンから料理が皿に移され、カウンター越しに五人の前に置かれていく。


「どうぞ」


話を聞いていた四人が目の前に置かれた皿で湯気を立てるパスタとアズを交互に見つめた。


「食べても問題無いよ。此処で何か入れるようなら僕は迷わず戦争するって相手も解ってるから」


五人分のフォークが出され、各自がパスタを口に入れた瞬間に固まる。


「相変わらず、だね?」


「いえ、近頃調理器具を握っていませんでしたから腕が鈍っているかと。申し訳なく思います」


四人がアズと亞咲のやり取りを横目にパスタを微妙な速さで食べ始める。


その料理の味は一言で足りた。


美味い。


数分間、場には妙な空気と沈黙が漂う。


命を掛けたGAMEに参加するものとばかり思っていた四人は何故か地下でパスタを啜っている己の状況に疑問を抱きながらもアズとGIOの因縁に口を挟む事もできずにいた。


「・・・一つ聞いてもいいか?」


最初に切り出したのは久重だった。


「何だい?」


「『皆の生みの親』ってのはどういう意味だ?」


「それは」


言い掛けたアズを亞咲がそっと手で制止した。


「それはこちらから申し上げる事です」


久重が亞咲を見る。


「私は結論から言えば普通の生まれ方をしていません」


「生まれ方?」


「【誘導多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell )】はご存知ですか?」


「――――まさか!? 国際条約で禁止されてるはずだろ?!」


久重の理解の速さに亞咲が僅かに顔を綻ばせ頷いた。


「IPS細胞技術を使用したクローン。その初期ロットが私です」


「「?!」」


驚いたのは久重や田木ではなくソラとシャフの二人だった。


「それと私に適応されるのはどちらかと言えば【カルタヘナ議定書】(Cartagena Protocol on Biosafety)の方かと思います」


「カルタヘナ・・・確か生物多様性を遺伝子組み換え生物から保護するやつだったか」


「はい。私や私の兄妹達は人間という種に対しての優位性を持った遺伝子組み換え生物。クローンと言うよりは人間を種族的に脅かす・・・そうですね・・・日本で言うところの生態系を乱す外来種みたいなものです」


まったく亞咲の顔には悲壮感も無ければ秘密を打ち明けるような後ろめたさも無かった。


「GIOには色々と噂があるが、陰謀論者やネットの謂れの無い誹謗中傷にも幾つか真実が混じってたわけか」


久重の何か遣り切れない顔にクスクスと亞咲が笑う。


「ええ、GIOは遺伝子工学において違法な研究をタブー無く進めていますから」


「何処のSFだ・・・」


溜息を吐いた久重に亞咲が続ける。


「CEOは元々経営だけではなく多彩な才能をお持ちでした。私や兄妹達を生み出したプロジェクトチームの統括者としてお世話になった過去があります。そういう縁で今も私や兄妹達はGIOを去ってもCEOを人間で言うところの親だと思ってます」


「アズでいいと言ったんだけどな」


「すみません。いつもの癖で」


割り込んだアズの声に亞咲が頭を下げる。


「皆さんも大体の事情は理解されたと思いますので、これからGAMEに付いての説明をさせてもらいたいと思います」


空になった皿を回収し後片付けながら亞咲が本題とばかりに話し始める。


「皆さんが参加するGAMEはGIOが不定期に世界各国のVIPに賭けの対象として行っているものです。年間で賭け金は世界経済総価値の約1%程で日本円で五兆は下らないでしょう」


その示された金額に田木が目を細める。


「社内の噂は本当だったのか。随分と規模が違うようだが・・・」


「ミスター田木にはあのプロジェクト後に秘密を知るだけの地位が約束されていました」


亞咲が始めて口を開いた田木にIF(もしも)の話をする。


「どうやら辞めて正解だったようだ」


田木の言葉に何も返さず亞咲が続けた。


「このGAMEの特徴はジオプロフィットを点数化して扱うというところにあります」


「ラリー形式のレースか?」


久重の言葉に亞咲が頷く。


「民間で行われているようなジオプロフィットの総合得点で順位を競うラリー形式のレースと基本は変わりません。ですが、GIOの行うGAMEがそんな健全なものであるはずもありません」


「自分の勤めてる会社をそんな風に言っていいのか?」


「会長自身が【こんな会社がよくまだあるものです】とか言ってますから」


「どんな奴なんだよ」


「それは直接お会いする機会が来れば解るかと。説明を続けます」


呆れ顔の久重にサラリと亞咲が返す。


「このGAMEの特徴は毎回そのジオプロフィットを得る為の場所や設定にテーマが設けられている事です。例えば、室内に一時間いるだけでジオプロフィットが得られるとして、テーマが耐久だとすると。そうですね。今までの例から言えば、遅効性の毒ガスやそれに近いものが室内に充満していく事もあります」


「―――随分と物騒だな」


「序の口かと。例えば、移動手段を問わずポイント通過順位のみでジオプロフィットを得るとして、テーマが妨害だとすれば、一定の規則内で武器の使用や戦闘を行っていただく場合もあるでしょう。無論、生死問わずというのが基本になります」


「物騒過ぎだろ」


「それくらいしなければ大金を掛けるだけの興奮も無い。それがGAMEを取り仕切る部門の見解です」


「それでオレ達はどうなったら勝ちなんだ?」


「今回行われるGAMEは一ヶ月掛かるものですが、プロジェクトが動くのは来週中です。今日が木曜日ですから土日にGAMEをスタートとして来週の国会での質疑が行われる時間までGAMEには参加してもらいます。その過程であなた達に賭けられたチップの総額がプロジェクトの運用した資金満額に届いて回収された場合のみ、契約書は全て引き渡し、今後一切同プロジェクトを凍結。同じようなプロジェクトは立ち上げないと制約した上で皆さんに対しGIOは如何なる干渉もしないと会長自身が出向き誓うそうです」


「ちなみに僕に関して集めた情報も破棄してくれると助かるな」


アズの笑顔に亞咲が頷く。


「はい。会長はそう言うだろうとデータは全て閲覧せず此処に」


後片付けの終わった亞咲が懐から一枚のディスクを取り出した。


「あの馬鹿の事だから本当に閲覧してないんだろうね」


亞咲が頷く。


「フェアでは無いので賭け金の総額は常に開示します」


どうぞと亞咲が小さな端末を久重に渡した。


「プロジェクトが今まで運用した資金の総額が右。あなた達に賭けられた資金の総額が左です。ちなみにレートは円で、運用した資金が増える事はありません」


久重が端末に表示された金額を覗き込み、頭痛を抑えるように片手で顔を覆った。


「どうしたの? ひさしげ」


「見てみろ」


端末を受け取ったソラが画面に示された桁を数え始めて顔色を変えた。


田木とシャフがソラの背後から画面を覗き込む。


「「「・・・・・・」」」


「軍閥に流した武器類と取り込みに使った賄賂。工作員の人件費や機材の運用コスト。その他には日本でジオプロフィット導入に際して行った政府への援助や政治家への裏献金。総額で1798億4567万2451円です」


三人が沈黙した。


「約一千八百億、か」


半笑いで久重が額に冷や汗を浮かべた。


「それでも安い方かと。経費削減でプロジェクトの規模が縮小されていなければ三千億以上は次ぎ込んでいたはずだったそうですから」


金額の大きさにこれから己が参加するGAMEの過酷さを全員が認識した。


亞咲から詳しい日程やルールを聞かされたアズと一行がその場を引き上げたのは夜半も過ぎ朝も白み始めた頃だった。



メリッサはまるでお伽噺に迷い込んだような錯覚を起こしながら街を歩いていた。


街には灰色の雪が降っている。


異常な状態に慣れてしまっているのか。


あるいはまったく認識していないのか。


人々はまるで何事も無いように過ごしている。


「・・・・・・」


肥大化していく違和感を感じながらメリッサは夜の街を歩き続けた。


街の端から端まで隅々まで歩く必要も無い。


異常の中心。


隕石が止まっている中央。


その一軒家をメリッサはなんなく発見した。


外字。


もう人が住んでいない家の表札にはそうある。


家の二階はほぼ破壊されていて、内部の部屋が丸見えになっている。


巨大な隕石の真下に存在する一種の境界とメリッサにはその家が見えた。


秘密や謎といったエッセンスは殆どメリッサにとって不必要なもの。


外字久重の基本的な身辺情報さえ上がれば問題はない。


そう自分に言い聞かせながら、一刻も早く離れたい気持ちに蓋をしてメリッサが玄関の扉に手を掛ける。


ギ、ィィィィ。


あっさりと開く扉の中は暗黒。


しかし、作り物の瞳にはハッキリと内部が映っている。


己の全ての能力を限界近くまで上げながら、メリッサは意を決して内部へと侵入した。


巨大な影の落ちる灰色の世界。


床に積もった雪は今までこの家に誰も入っていない事を示している。


「・・・・・・」


リビングを覗いたメリッサは小さな棚の上に写真立てを見つけた。


そっと手に取ったメリッサが覗き込むと写真には三人の人間が写っている。


一人は老齢の男。


一人は若い女。


一人は小さな男の子。


その男の子に外字久重の面影を見つけて、メリッサが写真立てを回収する。


続けてキッチンやトイレ、和室を見て回ったものの他には成果らしい成果が出なかった。


トイレには使われた痕跡が無い。


和室には仏壇の一つも無い。


ようやく階段を上がる決心が付いたメリッサはゆっくりと二階へと上っていく。


「?」


その途中、壁に落書きを見つけた。


落書きは小さな文字で書かれている。


ひらがなでの一文。


【きょう、いんせきがせかいをほろぼした】


何かがズレた感覚。


滅んだ後に書かれるはずの無い言葉。


「・・・・・・」


メリッサが階段を上り切ると二階には部屋が三つ存在した。


その内の二つは扉が完全に拉げていて中を伺い知る事は出来ない。


屋根と壁の消えた一部屋に進む。


すぐ其処がどういう部屋だったかが知れた。


子供部屋だった。


クローゼットに勉強机に寝台が一つ。


灰色の雪がやはり一面に積もっている。


雪は融ける事も無いのに何故か積もり過ぎる事も無いらしい。


「・・・・・・」


勉強机の一番上の引き出しを漁ると中から一冊のノートが出てきた。


拙いひらがなと漢字混じりの日記だった。


幾ら捲っても重要な事は書かれていない。


友達と遊んだ。


外食をした。


親にものを買ってもらった。


何処にでもある話に過ぎない。


「?」


ただ、ふと日本語に違和感を覚えて、メリッサはよく内容を反芻する。


明日、友達と遊んだ。


明日、お爺ちゃんと外食をした。


明日、お母さんにゲームを買ってもらった。


明らかにオカシイ。


何かがズレている。


更に机を漁る。


鍵の掛かった引き出しがあった。


それを無理やりに壊して中を漁ると更に日記と同じノートが幾つか出てくる。


「・・・・・・」


目を細めながらメリッサはノートを捲っていく。


内容はやはり何処かオカシイ。


明日、夢を見た。


明日、友達とサッカーをした。


明日、テストの点数が悪かった。


やがて数冊のノートを捲り終えたメリッサが机の上にノートを置こうとして、気付く。


灰色の雪の下に何かが見え隠れしていた。


全てを払い退けた瞬間、メリッサが息を呑む。


机の上には透明なマットが敷かれていた。


下に幾つかの学校の連絡やらクラスメートの連絡先を書いた紙が挟まっている。


その中央。


たぶんは破かれたのだろうノートの切れ端が一枚。


幾つかの文が並んでいた。


【きのう、いんせきがふってきた】


その書き出しで始まった文は僅か三行。


【あした、いんせきはふっていなかった】


最後の一文にメリッサは言い知れぬ不安を覚えた。


【きょう、せかいはほろんでしまったのだろうか?】


悪い夢でも見ている気分でメリッサはその場から離れた。


家の中を再び通るのも気持ち悪くて、その場から跳躍する。


何かに急かされるように道を急ぐ。


やがて、街から遠ざかり気付いた時にはもう隣の市まで来ていた。


夜明けが近い。


「・・・・・・」


白く染まり始める空。


使い捨ての端末がコールされる。


『はい。こちらターポーリン』


『先輩。任務完了しました』


『上出来です。それで成果は?』


僅かに逡巡したメリッサの沈黙は短かった。


『家を見つけて進入しましたがこれと言って重要なものは何も・・・』


『そうですか。解りました。では、次の指示があるまで待機してもらって構いませんよ』


『・・・一つだけ写真を見つけました』


『写真を?』


『はい。祖父と母親らしい人物と幼少の外字久重が映っているものです』


『十分に成果かと思いますが?』


『やはり通常の業者を使って過去の調査を行うべきかと思います。聞き込みなどが出来ないのでは集まる情報も限られます』


『・・・・・・そうですか。では、幾つかの専門業者に声を掛けてみる事にしましょう』


幾つかの連絡事項を受け取ったメリッサはいつも通り通話を切った端末を投げ捨て踏み壊す。


完全に朝日が昇った国道をトボトボと歩きながら、自分の握った情報を忘れぬように幾度も脳裏で反芻する。


(あれだけの情報じゃまだどういう意味合いを持つのかが解らない。でも、あれだけの情報に意味があるとすれば、それはたぶん)


朝日が眩しそうに見つめられる。


(僕を解放するに足る情報(ちから)のはずだ)


そのまま通常の待機場所へとメリッサは向かった。


大きな秘密を背負った小さな背中に冷や汗が流れている事を自覚しないまま・・・・・・。

小さき国よ。

彼らは全てをそう受け取る。

その中で蒼い瞳の少女は見た。

清き水に不自由しない世界を。

第十九話「チョココロネ誘拐」

隣の現実は苦く重い。

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