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GIOGAME  作者: Anacletus
17/61

第十七話 WWW

次回からタイトル通りのGAMEが始まります。

難しい筋で申し訳ない気分ですが気長にお付き合いくだされば幸いです。

第十七話 WWW(ワールド・ウォーター・ウォー)


眼窩に花を持つ猫が寂しげな様子で森の中に横たわっていた。


朽ち果てた動物達の亡骸を寄り代に根を下ろす小さな花々は禍々しいというより、何処か散った命を祝福しているようにも見える。


「・・・・・・・・・・・」


そこは小さな森だった。


その中で生きる小さな住人達を観客に白いスーツを着た印象の薄い青年が一人片膝を折り頭を垂れていた。


「ターポーリン。君は今まで己を捧げてきた者の中で最も僕らに貢献しているね」


老成した雰囲気を持ちながらもそれは少年の声音をしていた。


「いえいえ」


謙遜しながら首を横に振るターポーリンに対し声が続ける。


「【D1】への警鐘を鳴らし、管理と廃棄を真剣に考える君の目的が本当にただそれだけなのかは疑わしいけれど、君が今まで行ってきた数々の工作は我々にとって有意義なものだったよ」


「そう言って頂けるならば重畳です」


僅かな沈黙。


その沈黙に込められたものを感じ取り、ターポーリンは内心の苦笑を悟られぬよう表情を一切崩さなかった。


「あの女は君に部隊の使用権限を与えた。あの男は資源を惜しげもなく次ぎ込んだ意欲作をくれてやった。僕も君に何かをやるべきかな?」


「そんな滅相もありません。ただ、テラトーマの管理権を譲ってくだされば幸いです」


しれっと冗談交じりに要求するターポーリンに何処か困ったような溜息が吐かれる。


「僕らは一人に付き一人分の被検体を己の分野で改造する事で合意していたんだ。知ってるかい?」


「存じています」


「他がどういう風に被検体を使っているのかは知っているよ。でも、僕は違う」


「そうなのですか?」


「あの子は僕にとって最高の素材だった」


声が何処か寂しげに呟いた。


「だからこそ、僕は彼女をデチューンなんてしていない」


僅かも崩れない鉄面皮の笑顔でターポーリンがその不穏な言葉に訊き返す。


「はい? それはどういう事でしょう」


「単純な話。彼女から病原の殆どを取り去ったのは強化の為だって事だよ」


「強化・・・」


「あの子が死人みたいな肌が嫌いだって不満そうだったから」


ターポーリンは脳裏でTRS技術の情報を反芻した。


「TRSの逆利用だと人体機能の殆どを停止させNDで維持しなければならないから、ですか?」


「そう。だから、彼女が普通の人間並みに体を扱えるようにして、病原は数じゃなくて質でカバーする事にしたんだ」


「・・・・・・」


「今、彼女が積んでいる病原体の保有数は実際のところ七つ【も】ある。どれも僕の最高傑作だ。そして、切り札も与えておいた。更には飴もね」


「随分と可愛がっているのですね。被検体に飴とは」


「あの子が【D1】をこちらに引き戻した際には【D1】そのものを与える約束をしてるぐらいだから」


「冗談にしても笑えませんが」


「冗談にするつもりはないよ。適性試験でAだったしね。SとAの違いなんて研究に何の支障もない」


「強引に事を運べばテラトーマを失い、日本が滅びるかもしれません」


「それは全て彼女次第。今の彼女なら単純に虐殺するだけだった過去よりも複雑な働きが出来るはずだよ」


ターポーリンは相手が何を言いたいのか正確に理解した。


つまり、今までの会話は覚悟しておけという警告なのだろうと。


自分以外が【作品】に手を出した場合、思わぬところで躓くかもしれないと釘を刺された格好だった。


「ふふ、意地悪もこれくらいしておこうか。君にテラトーマの管理権限を移譲しよう」


「ありがとうございます」


頭を下げたターポーリンが立ち上がり、その場に背を向けた。


「それでは。私はこれで」


森を抜けようとその場からターポーリンが歩き出す。


「ターポーリン」


「はい。何でしょうか?」


声が何かを迷ってから言葉を口にした。


「博士はもういない」


「理解しています」


「他の【連中】には君を止められないだろうね」


ターポーリンの足元に小さな子犬が森の何処かからやってくる。


チョコチョコと歩いてきた子犬の口には小さな試験管が咥えられていた。


それを受け取ったターポーリンがしげしげと日差しに試験管を翳す。


中には銀色の粒子が舞う琥珀色の液体が満たされている。


「だから、これは君への退職金代わりだ。もしも老後を静かに暮らしたいなら、その時は飲むといい」


「・・・受け取っておきましょう」


ターポーリンが一度振り返ってお辞儀をすると森の中から出て行く。


「可能性があるだけいいと思うのは僕の自己満足なのかな」


しばらく、子犬は円らな瞳で去っていく背中を見つめていた。


「これじゃ悪魔が笑ってるのも無理ない話、か」


声はそれを機に途切れた。



銃弾が終わりを運び。


世界は崩壊した。


その世界には幾つもの選択肢があった。


しかし、誰もが滅びゆく選択をしてしまった。


『これで終わりだ』


敵の声。


敵は強く、彼らは弱かった。


何億回繰り返したところで決して自分では歯が立たないのだと彼は悲しげにその光景を見つめる。


「結局は何処で間違ったのかも解らない。まったく因果な事だ」


ブラックアウトしていく視界の端に今も助けを求めている少女を見つけて、彼は目を閉じた。


「これが、死か」


彼は絶望に身を浸しながら、その時を待ちつづけた。


「田木さん」


パチンと部屋の明かりが点けられ、呆れた溜息が彼の頭の上に降り注ぐ。


「いい加減に寝てください」


振り返った彼、『田木宗観(たぎ・そうかん)』三十九歳を呆れ半分で見ていたのは初老のシスター『藤啼三郷(ふじなき・みさと)』だった。


「これはすみません。いや、また何処で間違ったのかヒロインを救えずに・・・・・・」


「・・・田木さん。ゲームは一日一時間ですよ」


田木は四十近い年齢の己が初老の藤啼に叱られる様子が何となく子供の頃と被り、懐かしい気分で笑った。


「よく母にも言われてました」


「田木さんは元自衛隊員という話でしたから体育系かと思っていました。他にご趣味は無いんですか?」


「お恥ずかしい話ですが、コレといったものが無くて。カードにゲームにライトノベルに漫画に音楽。こういうのばかり好きなんですよねぇ・・・」


「いつまでも子供心を忘れないのは結構ですが、トランクルームの電源は有限というのを覚えておいてください。昼間の太陽と電源からの充電だけで成り立っているので容量が少ないんです。夜間の消費電力の殆どは警備システムに回していて独立性の高い反面、無駄遣いされると一部センサー強度が落ちる可能性があります」


「すみません。藤啼さん」


素直に田木が頭を下げてテレビとゲーム機の電源を落とした。


「よろしい。では、また明日。おやすみなさい」


「はい」


廊下を帰っていく藤啼の足音が去った後、田木が四畳一間に設置された狭い寝台に横となる。


そして、何処から取り出したのか。


ポチリと携帯ゲーム機の電源を入れた。


「ふむ。やはりゲームはいい。これこそ人類が生み出した文化の極み」


イソイソとセーブデータをロードしようとした田木だったが、不意にゲーム機の画面が明滅した。


「・・・・・・」


一通のメールだった。


メールに一通り目を通した後、田木がゲーム機の電源を落とす。


(どうやら徹夜しなければならないようだ)


その数分後、一室から田木の姿は消えていた。


次の朝、藤啼が見つけたのは田木からの『心配しなくでください。少し日本を救いに行ってきます』という置手紙のみ。


藤啼の深い溜息が朝の教会の空気に溶けて消えたのは言うまでもなかった。



呼び出しを受けた田木が向かったのは深夜の国道沿いだった。


一台のクーペが道路脇に止まっているのを発見し、田木が躊躇なく後部座席に乗り込む。


クーぺが発進した。


かなりのスピードで国道からバイパス、高速道路と道を次々に変えていく車中、田木は懐かしい気持ちで後部座席に座っていた少女に挨拶する。


「お久しぶりだ。お嬢さん」


「おじさん」


ソラが僅かに微笑んだ。


「また、あんたに会う事になるとはな」



「青年も一緒か」


田木が助手席の久重を見て拳を突き出した。


それに久重も拳を突き合せる。


「男同士感動の再会もいいけど。今日は用があって呼んだからちょっと借りるよ」


大型トラックしか見えない夜の高速を限界まで飛ばしながら危うげない運転をするアズがバックミラーで田木と視線を合わせた。


「・・・貴女にも感謝しなければならないな」


「料金分は働いてるもので」


アズが唇の端を歪める。


「それで。何が【日本が危ない件】なのか聞いてもいいかな?」


アズがミラー越しに頷いた。


「GIOに動きがあって」


「居場所がバレたわけじゃないようだが?」


「今現在、僕は政府筋の依頼で動いていて、その件で貴方に色々と確認したい。もしも貴方が今回の件で協力してくれるなら料金分働いたと見なしてもいい」


「・・・話を聞こう。それで政府筋の依頼とは?」


「貴方の件と幾つかの点で重なってる事案が浮上して僕に御呼びが掛かった。これを」


アズが片手でサイドボックスから資料を出して後ろ手に放った。


田木が資料を暗い車内で見ようとして、背後のトラックからのライトに一瞬資料の表紙が照らし出される。


「―――――――」


田木は資料の内容をその文字からすぐに推し量り、自分が呼ばれた訳を知った。


資料の表紙には部外秘とWWWの文字があった。


「三日前。大陸東部旧モンゴル自治区でロシアの四個大隊と中国の軍閥連合一個師団が衝突した」


「マジか?」


アズの言葉の危うさに久重が思わず訊き返していた。


「理由は色々あったらしいけれど、一番大きいのは砂漠化らしいね」


「予てから懸案だった高速での砂漠化進行か?」


田木の静かな声にアズが頷く。


「その通り。NEW United Nations Convention to Combat Desertification。新砂漠化対処条約は主にアフリカが主役だったから、放って置かれた方は結局我慢出来なかった」


「?」


話の筋が解らずソラが首を傾げた。


「お嬢さんにも解りやすく説明すると。問題は水資源の枯渇だ」


「・・・あ・・・えっと、それって・・・」


ソラが田木の持っている資料のWWWの文字に見入りおずおずと答える。


「水、戦争?」


答えたソラにアズが頷いた。


「正解。WWW(ワールド・ウォーター・ウォー)・・・世界水大戦の資料だ」


「現実になったのか。その話・・・」


久重が聞き齧った事のある水戦争に付いての知識を脳裏から掘り起こしながら訊く。


「あの【黒い隕石】騒動後は特に中国で水資源の枯渇が酷くなった。理由は単純。無秩序な人口増加と国家不在で台頭した軍閥の水源確保による大規模開発が乱発した結果さ」


ソラがよく噛み砕いてからゆっくりと問い直す。


「それってつまり人が増え過ぎて水を沢山使うようになったからって事?」


「中国はあの混乱でほぼ瓦解したからね。複数の軍閥がそれぞれに水資源を奪い合って開発した結果は水質汚染土壌汚染として現れた。温暖化も後押した結果、中国東部は水資源の枯渇に喘ぐ事になったってわけさ。開発を抑制すれば後十年は持つって計算だったんだけどね。軍閥にそれを守るだけの理由は無かった。砂漠化との相乗効果でそろそろ干上がる頃だとは思っていたけれど、侵攻が此処まで急になったのには理由がある」


「理由?」


「今現在でも旧中国領内沿岸部は辛うじて水質汚染限界を超えてない。他国からの輸入で飲料水だけは確保してる有様だけどね。それが一気にまずい方向に転がった。理由は二つ」


アズがバックミラー越しに田木を見る。


「伝染病の隔離を名目にした海上封鎖と軍閥間バランスの変更か。随分とGIOは日本が欲しいと見える。貴女の考えている通りだ」


田木が資料を暗闇で読みながら溜息を吐いた。


苦い顔をしたまま資料をそっと横に置く。


「第三世界での疫病の蔓延をWHOはずっと監視していたはずだ。伝染病が東に伝播し始めたのを理由にGIOがWHOを抱き込んだ。そういうことだろう?」


「ご明察。世界貿易はGPS機能無くして語れないわけだけど、GIOは世界規模で海路にジオプロフィットを設けてる。そのジオプロフィット航路に変更があった。理由は伝染病の伝播速度遅滞。WHOが推奨してるともなれば貿易船の殆どは利益優先安全優先で遠回りせざるを得ない。つまり、今まで一週間で届いたものが二週間掛かるようになる。中国各軍閥領内は限界ギリギリで保たれていた秩序を水が無いの一言で瓦解させられる」


田木が沈んだ様子で座席にもたれる。


「もしも未だ中国が一つの国家だったなら国家存亡の危機に一致団結、利益度外視、安全度度外視、さっさと水は運ばれて問題は無かったかもしれない。けれど、軍閥同士の駆け引きと争いで足を引っ張り合ってる連中は互いに事実上の海上封鎖を機と見なし、難しい舵取りを迫られた。受け入れるか。抗うか」


「抗わなかったのか?」


久重の言葉にアズが頷く。


「実際に今現在の環境で伝染病が入ってくれば、人口爆発に悩む各地域は壊滅的な疫病被害を受けるかもしれない。そうなれば他の軍閥の【大規模な領土拡大】も在り得る。そういう憶測が結果的にWHOとGIOの方策への支持に繋がった」


久重が難しげな顔でアズを見る。


「他の軍閥には弱みを見せたくない。かと言って水資源を確保しないと渇いて死ぬ。つまり、隣国を攻め落とし水資源を確保する以外の道が絶たれたわけか」


久重の言葉にアズが頷く。


「でも、未だに形を保ってるロシアに軍閥一つじゃ役不足だ。そして、各軍閥もそれは解ってた。だから、水が入ってこない状況を容認する代わりにGIOからの全面的な軍事支援を取り付けた。GIOにとってはどうぞどうぞって話だったはずさ。各軍閥は水資源の確保という大義名分で一応の結束を得たわけだ」


「武器の密輸はGIOの副業らしいと噂だったからな」


田木が殆どの状況を把握して呻くように言った。


「連中は旧モンゴル領からロシアへと進軍を開始。軍閥間のバランスはGIOが音頭を取ると。そして、その結果として」


久重の言葉尻をソラが捕らえる。


「日本の戦争へのGIOプロフィット導入が早まる・・・?」


ソラの真剣な視線にアズが頷いた。


「そうこれは日本のジオプロフィット導入を後押しする為の戦争なのさ。正に呼び水なわけだ」


アズの冗談に笑えず久重もソラも田木も黙り込んだ。


「そして、ここからが本題。官房長官は日本を売り渡す契約を全部無かった事にしたい。GIOは日本の全てを手に入れたい。問題は一つだけ。官房長官とGIOで作成した書類一式の在り処は何処か?」


「それって・・・」


ソラが田木を見る。


「青年に預けた鍵が刺さる場所の中だ」


「ひさしげ。持ってる?」


「あれか? あんな危ない鍵はサクッとアズ行きだが?」


ソラの視線がアズに向く。


「無論、ちゃんと現物は預かってるよ」


「それじゃ安心」


「じゃないのが今回の話の味噌でね」


アズがチッチッチと人差し指を振る。


「基本的に契約書ってのは二つ用意されるものなのさ。そして、一つは持ち去られたけれど、もう一つはGIOの手の中にある。僕の依頼主は少なくともGIO側のものが消えれば、今回の国土分割は無かった事として処分する方針だけど、もしも相手側から言われたらやらざるを得ないと言ってる。その為の根回しと準備は済んでいて、実際に契約書そのものが表沙汰になった時点でアウトだそうだよ」


「今回の依頼主ってのは官房長官か?」


アズが殆ど明言しているに等しいからか笑みで誤魔化した。


「とりあえず言える事は中国軍閥とロシアの戦闘が表向きに報道されてからが勝負って事かな。来週の審議にGIOの社長が呼ばれてるのは知ってるかい?」


「そうなのか?」


「依頼人的には野党からのGIOの違法献金問題追求なんて瑣末な事なのさ。外国人献金の禁止なんてもので罰されるより、あの総理みたく日本を売り払った売国奴として暗殺される方が怖いらしいよ」


「・・・つくづく政治に絶望させられる発言ありがとさん」


「最初から止めておけばいいものを・・・」


久重のぼやきと田木の呆れ顔にソラは日本は難しい国なのだろうと難しい顔をする以外なかった。


「それでさっきから気になってたんだが、一体オレ達は何処に向かってるんだ?」


「何処? 今更だよ久重。今までの話の流れから行く場所なんて一つしかない」


「おいおい。おいおいおい!? まさか?!」


久重がクーペの窓から見える景色の一部に気付いて顔を引き攣らせた。


超巨大ビル。


言葉にするならそんな粗末な単語になってしまう現代のバベル。


GIO(ゼネラル・インターナショナル・オルガン)日本支社ビル。


666メートルと洒落た高さを持つ日本最高のビルが迫ってくる。


その迫力に久重が思わず片手で顔を覆った。


「敷地内に戦車あるんだぞ?!」


「何も戦車にガチでタイマン張って来いなんて言わないよ。何処かの泥棒三世みたいに華麗な盗みを披露しろともね。ただ、ちょっとGAMEをしてもらいたい」


「ゲーム?」


アズ以外の三人が内容を飲み込めていない内にクーペが敷地に侵入し地下駐車場へと入ってしまう。


すんなりと入れた事にわざわざ驚いたりはしないものの、久重は気が気ではなかった。


GIOは日本でも屈指のセキュリティーを誇る。


何かあった場合、拘束、拷問、処分のフルコースにもなりかねない。


近頃は産業スパイをセキュリティーの対人装備が焼き殺す事件すらあった。


それでもGIOの日本での地位は小揺るぎもしない。


それがGIOの実力に他ならなかった。


「ちなみに頑張れば契約書は返してくれるらしいから」


「・・・どんな取引しがやった?」


「まぁ、単純に僕と戦争するか大人しく返すかの二択を迫ってみただけだよ」


「あぁ。お前ってそういう奴だったな、そういえば。すっかりこの頃は忘れてたが」


サラリとトンでもない事を言うアズに久重が顔を引き攣らせた。


「僕も居心地の良い国が無くなると困るからね」


クーペの行く手に大型の車両エレベータが姿を現す。


音もなくエレベータのドアが開き、クーペを招き入れた。


「それに僕としては中国軍閥が本格的に戦闘状態に突入した場合に発生する危機は避けておきたい」


「珍しく愁傷な心がけだな」


「別に僕は虐殺を止めたいわけじゃない」


「何?」


「あんまり人が死ぬとヤバイものの管理が疎かになる可能性がある。それが僕にとっては問題でね」


「どういうことだ? お前以上にヤバイものなんてあるのか?」


アズがニヤリとして久重に説明を続ける。


「【黒い隕石】騒動当時に中国もアメリカもロシアも保有核の半分以上を宇宙に上げて、残ったものも太陽系絶対防衛線構想の為って名目で現在までに殆どが宇宙に上げられた。今現在、世界で保有されてる核弾頭の数はせいぜい十発程度。それぞれロシア、中国軍閥、アメリカが本国に保有してる」


「一体、その話がどんな風にお前の目的に繋がってる?」


「世界は核の脅威から遠ざかった。そう当時は持て囃されたんだ。その原因の一つが各国の原発を安全に停止させる国連採択の緊急勧告だった」


「確か燃料棒を原発から順次抜き取って厳重に地下施設で保管するって話だったか?」


「その頃、各国は核によるテロや原発を狙ったテロに参ってた。地球全体でウランの採掘にも陰りが見え始めていたから、原発を一時封印し、使用済み燃料棒の再利用計画が技術的進展を見るまでは地下施設で保管する。これが国連での一致した見解だった。そして当時、日本の各都道府県は原発の停止に伴って出る使用済みの燃料棒を何処に貯蔵するかで揉めた。日本の原発数は世界でも有数。でも、その原発から出た燃料棒を貯蔵する施設はすぐに満杯。さて、どうするのか?」


「ヤバイものってのはまさか!?」


「中国国内でも核燃料棒保存の為にゴビ砂漠近郊に作られた地下施設があった。日本は他の国よりも余裕があったから中国に有償協力をしていた。その当時の政府は恩を売って利益を得たわけだ。長年の懸案が消えてくれて大助かり。国内での核テロを未然に防ぐ事にもなった」


「いや、待て。中国に燃料棒を預けるとか本気なのか?」


「普通の感覚だと危ないのは理解できる。けど、それがもしも国連ぐるみで行われていたとしたら?」


「何?」


「中国と日本の交渉は最初とても合意されるとは思えない流れだったらしいよ。でも、世界各国で核テロの脅威が実しやかに囁かれてた時期に日本と中国のこの交渉は国連内部で話題になった。中国は喉から手が出る程援助が欲しい状態。各国は混乱してて保安にまで手が回らない状態。


両者の利害は一致した。結果は秘密裏に国連主導で世界各国から運び込まれた約四百万トンの高レベル放射性廃棄物。あの時期に中国への支援に大量のタンカーが向かって、右の人間達が反対してたけど、実際にはゴミを大量に押し付けてたのさ。それを守る為に配置された大量の工作員と監視システムが今も周辺地域を見張ってる」


「で、戦争になると工作員は引き上げて監視システムも崩壊すると」


久重が溜息を吐いて頭を抱える。


「そういう事。現在、あそこを管理している軍閥は正に金塊や核汚染兵器を持ってるのに等しい。燃料棒をロシア国内の反政府主流派に渡せば、穢い核で国土を蹂躙できるだろうし、他のテロリストや何処かの国に高額で売り付ける可能性もある。


再び核の脅威が世界を覆えば、結果は火を見るより明らかだ。世界中でインテリが減った隕石事件以降、テロの脅威は増すばかり。それを阻止するはずの警察や諜報機関もガタガタだ。国連は正確な情報が無ければ事件をでっち上げたり、PKOの派遣をしたり出来ない。


日本の事実隠蔽体質と事なかれ主義は良くも悪くも世界の動きを鈍化牽制してるのさ。これからどうなるかは解らないけれどね」


アズ以外の三人は己の置かれている状況を理解して、何やらとんでもない事に巻き込まれてしまっていることを自覚した。


「それにしても今日だけでそれ調べたのか?」


久重に「何を今更な」という顔をしたアズがやれやれと肩をすくめる。


「依頼を受けて戦端が開かれたのを知ったのは今日だけど、最初から知ってた事を照らし合わせたら、こういう話になる。前々から危ないとマークしておいた案件でGIOが介入好き勝手やってるのが解ったから、こうやって急いでるわけだよ。誰が僕の情報網に細工したんだか・・・」


アズが僅かに溜息を吐いた。


「それにしてもテメェと戦争するぐらいならこれだけ大きい規模の計画を諦めてもいいのかGIOは・・・」


「ま、多少のコネは使わせてもらったけれどね」


「呆れればいいのか。笑えばいいのか分からん」


ガコンと車両エレベーターが止まる。


「さて、そろそろ着いたかな」


「やけに長かったが地下か?」


「GIOが誇る地下施設にご案内ってところ」


アズがクーペをエレベーターから移動させる。


久重達が見たのは広大な地下駐車場だった。


軽く百メートル四方はあるだろう場所の一角にクーペが止まる。


「田木さん。どうしますか。此処で貴方が下りるというなら、それでも構いませんが?」


日本のGIO総本山のど真ん中で言うセリフではないだろうと思いながらも、アズの理不尽さに久重は何も言わず行方を見守った。


「ここまで来たらNOとは言えないな」


「身の安全なら心配無用。GIOと幾らか取引しましたから官房長官と公安にさえ気を付ければ大丈夫かと」


「私は日本人・・・それが答えだ」


「解りました。貴方の勇気に敬意を表します」


僅かに頭を下げたアズが助手席の久重に微笑む。


「さ、行こうか。久重」


「つくづく悪魔だ。テメェは・・・」


呆れながらも久重は頷いた。


アズに先導される形で久重達が付いていく。


やがて、薄暗い駐車場の奥に見えたのは何の変哲も無いEXITと名の付いた扉だった。


扉の前には誰もいない。


それどころか何かの機器も無い。


あまりにも無防備な扉を前にアズが三人に振り返る。


「これから僕達はGAMEをする。此処にはそのエントリーをしに来たのであって、戦いに来たわけじゃない。つまり、暴力はご法度。それとソラ嬢」


「?」


「NDの使用は極力控えた方がいい。目を点けられると後々面倒事が増えるからね」


コクリとソラが頷く。


「それと久重」


「何だ?」


「その子は君の何だい?」


「は?」


チョイチョイと人差し指で久重の背後をアズが指した。


振り返った久重に見えたのはソラの姿。


久重は何やら恥ずかしい事を聞かれているらしいと顔を僅かに赤くした。


「ソラはオレの・・・家族だ」


「ひさしげ・・・」


ソラが頬を緩ませ笑う。


「むぅ。もうそんな仲に・・・これが若さか」


田木が若い二人の間の空気を敏感に感じ取って何やら一人得心した様子で頷いた。


「いや、ソラ嬢じゃなくて後ろ後ろ」


アズの言葉に久重がソラの後ろに視線を向けて、見つけてしまった。


「な!?」


凍り付く久重の様子にソラも後ろを振り返った。


「どうしたのひさしげ・・・え?」


ポカンとソラが呆けた顔で己の背後数メートル先にいる影に気付いた。


ポツンと薄暗い駐車場の明かりに照らし出されていたのは小豆色の外套を羽織った少女シャフだった。


「シャフ?!」


半歩後ろに下がり、NDの警戒レベルを引き上げたソラが後ろの三人を庇うようにして構えた。


「随分と腑抜けてるわよ。ソラ」


「どうやって此処まで付いてきたの!?」


「言わなかった? アタシが今どういうNDを使ってるのか」


シャフが片手を手を上向けるとその掌の中にゆっくりと黒いものが堆積し始める。


「――――そんな!? まさか、オリジナルロット!?」


ソラが信じられないように目を見張る。


「【連中】がそれだけ本気って事よ」


「この間のNDはただの複製品だったはずなのに!?」


「わざわざ奥の手を初っ端から見せるわけないでしょ」


「でも、機能なんて使えるはずない!?」 


「無論、機能の九割以上は停止してるわよ。けど、近頃の解析で一割近くの能力は開放された。オリジナルの一割も能力があればアタシの力を生かすには十分」


「何が、目的」


ソラが慎重にシャフに問う。


「目的? アタシが貴女になんて言ったのか覚えてないわけ?」


唇を噛んでソラはまずいと直感的に感じた。


「話は聞かせてもらったわ。アタシもそのGAMEに混ぜてくれない?」


ニヤニヤと笑みを浮かべるシャフがソラに近づいて耳元で囁く。


「それとも同列のNDを使って此処で戦争してみる? 【SE】の加護無き此処で」


「!?」


固まったソラは何も言えなかった。


「おい」


不意に掛けられた声に不満そうな顔でシャフが視線を向ける。


「何かしら?」


久重は呆れた視線でシャフをソラから引き離す。


「ソラを虐めるな」


「虐めるだなんて。ただ、アタシはお願いしてるだけ」


「この場での決定権はオレ達にある」


「決定権があるのはこっちでしょ」


「オレは別にお前がこの件に噛むのは構わない。だが、一々ソラに突っかかるな」


断られる事を前提で話を進めていたシャフが内心で警戒心を引き上げた。


目の前にいる男はやはり一筋縄ではいかないと再認識する。


笑みを消したシャフが久重を睨んだ。


「アタシの監視を受け入れてくれるってわけ? わざとGAMEとやらに負けるかもしれないわよ?」


「オレにはお前がそういう奴には見えない」


「・・・何分けの解らない事を」


「オレの目にはお前がソラに対して突っかかるのは負けず嫌いだからだと映る。ソラが勝てるのにお前が勝てない状況をお前自身は許容できるのか?」


シャフの瞳に怒りが灯る。


「―――いい度胸してるわよアンタ。【連中】が本気になって命令が来たら一番に相手してあげるわ」


「光栄だな。その時は「ごめんなさい。もうしません」と言うまで尻を叩いてやる」


頭に一瞬青筋を浮かべたものの、シャフが息を吐いて心情を平静に保った。


「なら、決まりって事でいいわよね?」


シャフが作り笑顔で微笑む。


その微笑の裏にある悪意を隠しもしないシャフの姿に内心の溜息を飲み込んで、久重がアズに振り返った。


「と、いう事でいいか?」


「・・・久重。別に僕は世界を救えなんて言うつもりはない。けど、失敗したら給料が無くなると雇い主として言っておくよ」


諦めの境地に達しているらしいアズが久重の肩にポンと手を置いた。


その手の「解ってるよね?」的意味合いに恐怖して久重が頷く。


「わ、解ってる・・・」


「それとシャフ嬢、でいいかな?」


「構わないわよ」


アズが人差し指を立てる。


「一つだけ言っておきたい。僕はこのGAME中に死人は出さない事を君に希望する」


「どういう事?」


「君が何処まで僕達の事情を聞いたのかは知らないし、君がどれだけ力を持っているかも正確なところ僕には解らない。でも、GIOを怒らせればただじゃ済まないのは確かだ。


GIOはあくまで企業。しかし、君達が扱う技術と比べても遜色無いだけの技術を持ってる。君一人で怒らせる分には構わないかもしれないが、君の後ろにいる人間達にすら迷惑が掛かる事は想像に難くない。だから、これは希望であると同時に忠告であり警告だ」


「一応、聞いておくわ」


「よろしい」


アズがあっさりとシャフの参加を受け入れ頷いた。


ソラが複雑そうな顔でシャフとアズのやり取りを見ていたが、不意に肩をチョイチョイと叩かれる。


「?」


「お嬢さん。よく事態が飲み込めなかったんだが・・・つまり、彼女は」


真剣な顔の田木にソラが頷く。


「君の恋敵なのかね?」


「「へ?」」


ソラとシャフのリアクションが被った。


「「な、何言って!?」」


思っても見なかった言葉に二人が同時に言い返そうとする。


「君も大変だな。若い身空で修羅場とは」


何やら同情した表情で久重の肩に手を置いた田木が笑う。


久重は顔を引き攣らせながらも、場を和ませようとしたのだろう心遣いに感謝した。


「久重。ラブコメってるところ悪いんだけど時と場所を弁えてくれないかな?」


アズの半眼の視線に久重が脱力する。


「何かスッゴイ理不尽な事を言われてないかオレ?」


「とにかく。この五人でとっととエントリーを済ませよう」


扉が開いた。


「GIOGAMEの始まりだ」


アズの言葉と共に新たな事件の幕が上がる。

祭りが執り行われようとする最中。

少年は青年を追い求め、とある街に行き付いた。

天空に座す秘密。

未だ明かされない真実の欠片が瘧のように背筋を震わす。

第十八話「祭典の始まり」

陰り差す世が明ける。

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