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GIOGAME  作者: Anacletus
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第十一話 偽善者の証明

第十一話 偽善者の証明


佐武戒十は苦虫を噛み潰したような顔でボードの文字を睨み付けていた。


(面倒な事件押し付けられちまったな・・・・)


数日前、警察署内でGIOの裏方の実行犯達を捕まえるという功績を挙げた佐武だったが、犯人達の不審死によって功績どころか一部上層部からの非難を浴びる事態に至っていた。


不審死した犯人達の解剖結果から解ったのは犯人達が同時刻に心不全を起こしたという事のみ。


何らかの検知不能の殺害方法がGIOによって使われたのは目に見えて明らかだったが、立証する為の証拠は何一つ残っておらず、自殺の可能性すらあるという建前で警察上層部は全ての事件を揉消した。


事件の犯人達が数人警察署内で同時刻に殺されたともなれば、警察の信用は失墜するどころの騒ぎではなくなるのは無論の事、警察機構そのものの弱体化にも繋がりかねない。


GIOからの経済界を経由した警察上層部への圧力も犯人達の死亡原因を突然死や不審死、自殺で片付けさせるには十分な判断材料だった。


結果、事件捜査を主導していた佐武はその責任を取らされて、名目上は新たな事件の捜査という話で窓際に追いやられる事となっていた。


「プロファイラーの見地から言わせていただけるならば―――」


公には責任を取らせられない事情から無駄に時間が掛かりそうな事件を割り振られた佐武は内心で歯噛みしながらも淡々と事件の概要を頭に入れていく。


「この事からも解るように犯人の性別はほぼ間違いなく女性―――」


二日前、都市部の東側でジョギング中の男性が川原で死体を発見し警察に通報。


遺体には四肢が全て欠けていた。


「この遺体を検死解剖した結果、死因は『餓死』だと解りました」


胸糞の悪い説明に佐武が顔を顰めた。


「更に欠落していた四肢は丁寧に縫合され、痕が完全に塞がっていた事から半年以上前に手術されたものだと村田先生からは結論を頂いています。全肢を縫合するような手術が半年前以前に何処かの病院で行われていたかを問い合わせてもらいましたが大学病院私立病院開業医どれも空振りで―――」


仏の顔を写真越しにそっと覗いて佐武は思わず渋面になる。


今まで惨たらしい死に方の遺体を山のように見てきた佐武だったが、その写真の遺体は異次元の生物でも見せられているような(おぞま)しさを秘めていた。


焼死、溺死、窒息死、失血死、圧死。


どれもこれも決して綺麗な苦しまない死に方は出来ない。


しかし、そこには一様に人間として苦しんだ痕跡がある。


(この仏・・・・・なんつー面してやがんだ・・・・)


だが、その写真の遺体は人間らしく苦しんで死んだ顔とは佐武にはとても思えなかった。


「尚、当初遺体の年齢は老齢かと思われいましたが・・・・・・・検死結果では二十代の男性だそうです」


ザワリと会議室の空気が変質する。


「検死結果では白髪化の原因はおそらく心因性のもので、顔の皺も飢餓と心因性のものではないかと・・・・・・」


気まずそうに進行役の刑事が告げると場の空気が一気に重くなった。


誰も彼もが事件の惨たらしさと異様さに汗を滲ませていた。


バラバラ死体なんて昨今珍しいものではない。


問題は殺し方の異常性と遺体の異様さ。


見慣れているはずの刑事達すら遺体の写真を面と向かって見るのは腰が引けていた。


佐武が手を上げる。


「何でしょうか。佐武警部補」


「つまり今までの話を総合すると仏さんはサイコな女に達磨にされた挙句に餓死させられたって事でいいのか?」


『佐武さん!? 言い方って物が・・・・・』


同僚の一人が佐武の袖を引っ張り小声で忠告する。


「言い方もあるだろうがそういう事じゃねぇのか?」


進行役の刑事が「ああ」と苦い顔で頷いた。


佐武が座る。


「本人確認は現在歯型を照合中。周辺の聞き込みは五班と六班が主軸となってくれ。二班と三班は病院関係者を当ってくれ。一斑と四班は周辺の監視カメラの情報を当って欲しい」


それから会議が解散となるまで佐武は黙り込んだままだった。


「佐武さん」


会議後の一室で同年代の同僚に話しかけられ佐武が顔を上げる。


「今は我慢の時だ。アンタらしくもない」


「近頃、おかしい事件ばっかりだろうが。オレもおかしくなる程度で調度いい」


佐武の冗談に苦笑して同僚が肩を叩いて部屋を後にした。


「・・・・・・」


再び佐武が遺体の写真を見る。


全体写真を見れば、それは異様としか言えない死に様だった。


ガリガリに痩せた骨と皮だけの四肢を失った老人。


その顔は形容し難い程に歪み人間の顔とは思えない末期を刻んでいる。


「何かが起きてやがんだ・・・何かが・・・」


まるで連動しているかのように続く不可解な事件の数々が佐武には数日前のテロリストの包囲に端を発している気がした。


事件が立て続けに起こる原因が何なのか。


それを究明しない限り、また何かが起こる。


そう佐武には思えてならなかった。



永橋風御の生活サイクルには労働という言葉が存在しない。


マンションの最上階を全て所有している程度には金に困っていない。


だから、人生を楽しむ術だけが生活の全てと言える。


居酒屋で引っ掛けた女を連れ込んで次の日には別の女を連れ込んで更に次の日には何処かのパーティーをぶらつき意味も無くホテルのスイートで寛ぎ唐突に家の冷蔵庫が気になって買出しをしてから帰る事もザラだ。


そんな風御の趣味は「どうしようもない女」を拾ってくるという事に尽きる。


「どうしようもない」という形容は風御本人にとって慣れたものだ。


顔がボコボコに腫れ上がった腕に注射痕だらけの女をゴミ箱の近くから漁ってくるとか。


完全に捻くれてしまった頭空っぽの哀れな死に掛け不良少女を公園から担いでくるとか。


明日も知れない借金まみれな酔ったソープ嬢を橋の欄干の上からしょうがなくお姫様だっこで持ってくるとか。


そういう至って「普通」な慈善行為だ。


裏の世界側にいた風御にとって身を持ち崩す女は日常的に転がっている落ち葉と大差ない。


何処にでもある悲劇を可哀想等とは思わないし、それを救ったからと利益を得るわけでもない。


だからこそ、正に趣味として風御は保護を行っている。


「どうしようもない」女を拾ってきて、とりあえず傷があるなら手当てをし、病気なら看病して医者に見せ、借金があるなら払ってやり、頭が空っぽなら勉強を教え、ヤクザ屋さんが怒っているなら話を付け、とりあえず問題が解決したら家から追い出す。


まるで聖人か何かのように聞こえる行為も本人からすれば、趣味の範囲でしかない。


その日も風御はブラブラと都市を歩きつつ、落ちた木の葉の中を散策していた。


「・・・・・・」


黄昏時の都市には多くの(かおり)が混在する。


排ガスよりも濃く鼻に残るのは夕食の香り。


香料と汗と帰路を急ぐ人が立てる埃の臭い。


日常に追われながら生きる者のニオイは都市を昼から夜へと移し変えていく。


「・・・・・・?」


ふと気付けば、風御は小さな映画館の前にいた。


大昔の映画をリバイバル上映しているらしい小さな小さな映画館。


貸しビルの一角へ続く狭い階段を上っていけば、風御も見知った十年以上前の大作のポスターが乱雑に貼り付けられている。


エレベーターも無い貸しビルの三階。


やる気の無さそうな老人が一人ポツンとカウンターに佇んでいた。


耳の遠そうな老人に金を払い途中からでいいかと風御が場内への扉を静かに開けて入る。


風御が辺りを見回すが誰一人として場内にいなかった。


正面のスクリーンに映し出される男が静かに酒を呷るシーンに何の映画だったかと僅かに記憶を手繰りながら歩いた風御は部屋の中央ど真ん中に座る事にした。


微妙に背が高い備え付けの椅子に腰掛けた風御が正面のスクリーンに集中しようとして気付いた。


「?」


スクリーンの前に余計なものが映り込んでいた。


それは風御から数席前の席からヒョッコリと生える鉤型の細い何かだった。


暗い室内でよくよく目を凝らした風御がソレの正体を探る内にスクリーンの内側では男達が銃で無駄弾をばら撒いていく。


『!』


風御の見つめる先でソレがビクリと震え、左右に揺れ始める。


(ああ、何だアホ毛か)


ソレが漫画などにはありがちな表現、髪の天辺から何故か生えるレーダー的な何かだと気付いて風御は納得する。


スッキリした気分で風御が再びスクリーンに視線を向けると何故かスタッフロールが流れ始めていた。


「・・・・・・・・」


何か理不尽なものを感じて風御は溜息を吐く。


とりあえずアホ毛の持ち主に意識を殺がれた風御の時間は無駄になった。


自分以外にこんな時間帯の寂れた映画館にいる暇人を確認してみる事にした。


前に五列目、最前列からは三列目、その中心席を覗き込んだ風御の瞳がバッチリとアホ毛の持ち主の瞳と交錯する。


「誰・・・・・何ですか?」


細い声が風御の耳を抜けた。


「君こそ誰?」


互いに同方向に首を傾げつつ、風御の脳裏が高速で回転し始める。


列の中央に座っていたのは未だ中学生より下に見える少女だった。


僅かに赤みがかった髪に夏だからと言うには滑らか過ぎる褐色の肌。


顔立ちは僅かに日本人に似ているものの、全体的に彫りが深い。


整った顔立ちのせいでその年齢その身長にしては大人びて見える。


割と人物の所属する層を姿から推し量れる風御はすぐに少女が低下層の移民二世三世辺りだと解った。


「失礼な人ですね。名乗るならばまずは自分から、でしょう?」


年齢の割にしっかりとした答えが返ってきて風御が驚く。


少女が学業を修め、礼儀を躾けられている事実に僅かなりとも驚きを感じた。


「そうもそうかな。ん、僕は風御。しがない大富豪だよ」


シレっと真実を語りながら風御はたぶんはハーフだろう少女の動向を伺う。


胡散臭そうな瞳で風御を見た少女が数瞬だけ考える素振りを見せて口を開く。


「あたしはセキ。しがない移民四世です」


「四世? 確か日本でも四世は全体の0.002以下。珍しい部類だ」


「出会った女の子にいきなり珍しい発言をするアナタの方が珍しいのでは?」


皮肉げに答える少女の理知的な瞳に風御は益々驚きを感じる。


「いや、本当に君は珍しい部類に入る。君の国の移民の殆どは自国語での教育に力を入れてるはずだし、こんな場所で見かけるような層は全体で一万人もいない。それなのに君は平日にこんな場所でこんな時間に映画を見てる。うん、珍しい」


断定口調の風御に少女セキが気分を害するより先に目を細めた。


「そんな事をペラペラ口にする二十代前半の日本人がこんな場末の映画館でこんな平日の夕方にいるのも随分珍しいと思いますけど」


風御はその反論に思わず噴出してしまう。


「確かに・・・くく」


セキが僅かに渋面を作った。


「これだから日本人は・・・お兄ちゃんを見習わせてあげたいです」


「お兄さんがいるの。セキちゃんには」


「初対面の女の子をちゃん付けで呼ぶ危ない人には教えたくないです」


「それじゃあ、初対面の女の子を呼び捨てにしてもいい?」


「ナンパなら他所でやって下さい」


「生憎と女性関係に困った事は無いね」


「そんな高級スーツを着崩してるなら、そうかもしれませんね」


棘のある言葉の数々に滲み出た少女の『色』。


風御は内心冷静なままで会話を続け警戒感バリバリのセキに肩を竦めた。。


「貧乏人には高級感が伝わらないよう着てるつもりなんだけど。よく解ったね? 今まで見破られた事ないからさ」


「見ていれば解ります・・・アナタ、何が目的ですか?」


「君のせいで映画を見逃したんだよ」


「は?」


「君のアホ毛が気になって気になって結局内容も覚えてない」


一瞬、唖然としたセキが自分の頭を慌てて押さえ紅い顔で風御を睨み付けた。


「人の弱点を(あげつら)う。如何にも金持ちのしそうな嫌がらせですね!?」


「いや、事実君のアホ毛はこの映画館だと他の観客には耐え難い試練だったはずさ。僕には解る。君のせいで数人いた観客も消え失せたのが」


「言い掛かりです!!」


「いいよ。君が何と言おうと事実は変わらないでしょ」


「~~~~~~~~~」


ふるふると震える少女の顔が真っ赤に染まる。


怒った顔に風御は「ニヤリ」と笑みを浮かべて手をヒラヒラさせながら道を引き返した。


背中に怒りの視線を感じながら場外に出た風御が幾つかの自販機に財布の万札を呑み込ませて、ドリンクとツマミを大量に取り出す。


「今日何時まで?」


老人が横を指差す。


ボードには午後十一時とあった。


「コレで十一時まで貸切にしてくれる?」


財布から一センチ程取り出して詰んだ風御がニッコリ笑うと老人が僅かに驚き顔を上げてコクコク頷いた。


「それじゃ」


場内に戻っていく風御の背中を見つめていた老人は慌てるように外へと出て行く。


クローズドの札を吊るされた映画館に続く階段には結局、その日最後まで人が訪れる事は無かった。



午後十一時を回った映画館から二人が出てきた時には通りには人通りなど皆無となっていた。


空は暗く、街灯の半分は節電の名目で光量を落としている。


「・・・・・・・・・・・」


ムスっとした顔のセキが無言で歩いていく。


早足のセキが何かに耐え切れなくなったように後ろを振り向いた。


「どうして付いてくるんですか? 新手のストーカーか何かですか?」


「僕の金で飲み食いして映画を最後まで見てしまった人間の言葉とは思えないよ」


「それは!? アナタが何かと私に話しかけて来るから!! お、お菓子だって飲み物だってお詫びとか言ってたはずです!!」


「それを真に受けて冗談だと思わない無垢さが現代には失われた日本人の心って奴だね」


「意味が解りません!!」


「考えるな。感じるんだ」


「それは映画の台詞です!!」


「僕はこれでも人見知りする方だよ」


「誰がそんな事聞きましたか!?」


「少しだけ引っかかったから少しだけ観察させてもらったんだ」


「―――――アナタは・・・・・」


今までの馬鹿話が一転、風御の笑みにセキの顔が冷静さを取り戻していく。


「十一時まで付き合うどころか。君は最初から最後までいるつもりだったでしょ?」


「・・・・・・・・」


押し黙るセキの前に進み出て風御が振り返る。


「人間観察は僕のライフワークでね。僕には君が出会ってから奇妙に思えて仕方なかった」

風御が四つ指を立てる。


「君には四つの不審点がある。一つ目は君の服が近頃流行りの低価格帯を席巻してるブランドだってこと。安くてそこそこ丈夫で可愛いのを売りにしてる。


でも、君は四世っていう立場でそれを買うには少し無理がある。何故ならそのブランドがあるのは例外なく付近五十メートル以内に交番が存在する場所だけだからだ。


残念ながら移民政策の失敗で今の警察は移民への職務質問は常態化してる。移民が仕事をする場合、例外なく端末を与えられ、ジオネット上で登録、更には常時の位置送信を義務付けられる。


職質を嫌って移民は普通自分も自分の子供にもそういう付近に近づかないように教えてる。四世ともなれば親は苦労から必ず日本内での仕来りや作法や注意点を言い含めてるはずだ。


つまり、君は普通なら買うはずのないブランドを、やけっぱちにでもならない限り買う機会の無い服を、何故か着てる事になる」


風御が指を一つ折ってセキの靴を見る。


「二つ目は靴。君の靴は僕が知る限り近頃発売されたばかりのものだ。値段こそ最廉価の代物だけど発売からたった十日でそこまで汚れるわけがない。もしも汚れるとすれば状況がそうさせているはずじゃない? 例えば、ずっと靴を履き続けてるからとかね。君の歩き方がぎこちないのは靴擦れで足が痛いからでしょ。慣れない靴を延々と履けば誰だってそうなる」


二つ目の指が折られる。


「三つ目は君が映画館に一人でいた事。君のアホ毛が気になったからって普通は金を出した映画を最後まで見ないなんて有り得ない。でも、君は実際に一人だった。トイレの途中で聞いたけど、あの映画館は数人の常連が何時間も見たりする場所らしい。


でも、君がいた時間帯には誰一人としていなかった。つまり、一つの映画だけならまだしも君があの場所にずっと陣取り続けていた為に常連は今日のところは止めて帰ったって事が推測出来る。


あの映画館は客の入れ替えなんてやらずに老人がフィルムだけ入れ替えて続け様に上映してると言っていた。杜撰な管理だから客の出入りを老人が記録して居た時間分だけで料金を取ってるらしい。


教えてもらったところによると君は一番最初の上映からずっといた。つまり、君は学校帰りでもなく平日の朝っぱらから映画漬けで学校を休んでいるって事になる。更に言えば、朝から入り浸りだったのに君の近くには飲み物のゴミも食事の痕跡も無かった。


普通何時間も飲まず食わずで映画なんて見るもんじゃない。映画は楽しく見るものなんだから。そうしなかったのは無論お金が無いから。


普段なら絶対こんな胡散臭い僕から奢られたり施しを受け取ったりしないであろう君がついお菓子を手に取った理由は節約してお腹が空いていたからで間違いない。そんな君がわざわざ映画を見ている理由は・・・まだ聞きたい?」


セキが唖然とした後、風御をキッと睨み付ける。


「あたしが家出少女みたいだからってアナタに関係ありますか?」


「大有りじゃない? 共に寝食を共にした仲なんだから」


「いつ一緒に寝たんですか?」


「映画が退屈で寝てたよ」


頭痛を抑えるようにセキが片手で額を押さえる。


「アナタと話していたら帰りたくなってきましたから帰ります」


「そう。僕も帰ろっかな」


「それではあたしはこれで」


「それじゃ、僕もこれで」


バイバイと手を振って風御がセキと分かれた。


数分後、分かれたはずの二人はコンビニの週刊誌を置く場所で出会っていた。


風御を見つけたセキが風御の横まで歩いてくる。


「どうして此処にいるんですか? 帰るんじゃなかったんですか?」


「ほら、今日月曜だから立ち読みしたくなって」


「・・・・・・」


無言でセキが風御をすり抜けてトイレへと入る。


数分後、セキがトイレから出てくると風御の姿は消えていた。


しかし、嫌な予感が胸を過ぎったセキはすぐさまにコンビニを出て近くの小さな公園へと歩き出した。


数分後、セキが公園のベンチに座ってグッタリとして目を瞑る。


疲れた溜息を吐いて虫の声に耳を澄ましていたセキの頬に急に冷たいものが当たった。


「ひぁ!?」


思わず可愛らしい声で飛び上がらんばかりに驚いたセキが振り向くと冷えたコーヒーを腰に手を当てながら一気飲みする風御がいた。


「な、なな、何なんですかアナタ!?」


「え? 何だか缶コーヒーが無性に飲みたくなって自販機でちょっと買ってたら君が勝手に僕の座ってたベンチにいたからお裾分けを」


きょとんとした顔で言う風御にセキは脱力した。


「本当に何なんですかアナタ・・・」


「ただの通りすがりの大富豪かな。ちなみに虫除けスプレー要らない?」


「・・・要ります」


もはや諦めの境地に達したセキが缶コーヒーを受け取って自棄気味に飲み始める。


一気に飲み干した缶が憎いとばかりに近くのゴミ箱に八つ当たり気味に投げ入れ、風緒の手から毟り取ったスプレーを全身に振り掛けた。


風御が横に座ってもセキはもう何も言わなかった。


ただ、ジッと風御を見つめていた。


欠伸をし始める風御にセキが不信感もそのままに心底不思議そうに聞く。


「どうして、こんな事して何かアナタに得でもありますか?」


「僕がそんなケチな人間に見える? ほら、アレだよ。アレ」


「アレ?」


「こう大富豪的な慈善活動というか。報われない無垢で哀れな子羊にお布施をしてあげるような心地というか」


「つまり偽善ですか?」


「うん、ソレ」


「少しは悪びれて!!」


べチンと風御の頬にセキの手型が付いた。


「どうしたのセキちゃん?」


「どうしたのってアナタおかしいですよ!!」


「何処が?」


「何処がって・・・それは全部が!」


「何で?」


「普通、こういう時は・・・『これから家に止めてあげるよ』とか『何しやがんだテメェ』とか何か言い包めたり脅したりして持ち帰りしようと企んだり・・・って何言わせるんですか?!」


乗りツッコミ全開で再び風御の頬にビンタが炸裂する。


「別に君じゃ後四年は立たないから安心していいよ」


ニッコリ聖人の顔で平然と言う風御にセキが顔を紅くした。


「~~~~~馬鹿にして!」


「僕の友人にダメな人間がいるんだけど」


「人に話を振っておいて唐突に振り切らないでください!?」


「そいつが社会のクズでどうしようもない貧乏人だったりするわけ」


もう何を言っても話し続けるらしい風御にセキは黙り込むしかなかった。


「僕はいつもそいつに毎日のように朝食を奢ったり仕事を一億とか二億とか使って手伝ったりするんだけど、そいつは僕を殴ったり理不尽だったり怒ったり笑ったりしてくれる。ホント馬鹿な付き合いだとは思うけど、僕にはそれが人生のスパイスみたいなものに思えてる」


風御がスーツの内ポケットからクシャクシャになったタバコを一本取り出してジッポで火を付け噴かした。


「そいつは社会のクズではあるけどさ。人間のクズじゃない。いや、どっちかと言うと人間としたら表面的には聖人クラスかな。だから、そいつが人助けしてるのを見てると何か自分が空っぽだなぁとか少し羨ましかったりする。人間として大切なものをそいつは沢山持ってて、自分はそんなに持ってなくて・・・・・・」


タバコをポイ捨てして風御が踏み潰した。


「僕は君に同情したりしてないし、君がこれからどんな目に会うのかリアルに想像できても可哀想だとは思えない。でも、ちょっと友人みたいに君を助けられたならそいつに少しは胸を張れる気がする」


風御がセキに視線を合わせた。


「こういうのは僕の趣味の範疇。で、君はもの凄く不幸そうなオーラが出てる家出少女A。つまり、君がもしも困ってるなら僕は君を助ける用意がある。無論、君がそんなのお節介だと言うなら僕は君を『必ず助ける』」


セキが風御の言葉に何か難解な問題でも解いていたように額を揉み解した。


「つ、つまり、アナタはあたしを自分の自己満足の為にこっちへ何の意見も求めず勝手な判断で助けるって事ですか?」


「え、そう言わなかった?」


あまりの「あまりっぷり」にセキが今度こそ全力全開で脱力した。


「こう見えても功績結構はある方だよ。薬中にアル中にソープ嬢に自己破産女に頭空っぽな不良と色々見てきたから」


「同じにしないでください!!」


風御がセキに手を差し出す。


「あたしは・・・家には帰りません」


「好きなだけ家にいればいい。三食パスタか店屋物で良ければ」


しばしの無言の後、二人の手はしっかりと握手で結ばれた。


「まぁ、近頃はその友人が人間のクズ(性的な意味で)になりかけてるような気がするけどさ」


「今サラッと重要な事言いましたよね!?」


「いつの間にか自分より十歳位下の女とラブコメ(性的な意味で)やってるらしいし」


「ラブコメは性的な意味を含むはず!? じゃなくて?! やっぱり止め―――」


「生憎とクーリングオフって制度は嫌いなんだよね」


「もう嫌~~~~!!」


ズルズルと引きづられるように少女は風御に連れられてゆく。


その夜の事。


前日から幾度かお持ち帰りしている二十三歳OL独身が未だ家にいるという事実を風御が思い出すのはOLが裸エプロン姿で手料理を持って出迎えた直後の事だった。


「サイテェエエエエエエエエエエエエ!!!」


永橋家の玄関に嵐が吹き荒れ、二つの手形を頬に付けた風御は翌朝まで放って置かれる事となった。



風御家で主が伸びている頃、外字家の小さな一室でソラは両隣で寝ている久重に気付かれないよう背を向けて額を触っていた。


その額は僅かに発光している。


浮かび上がる文字が流れていく度にソラの顔は曇りを帯びてゆく。


Link Protection Error.


Delusion Amulet Stand By.


Execution.


Error.


Execution.


Error.


「・・・・・・・・・まだ、これでも・・・」


【SE】Fragment.

Super Resemble Closely Replica Increase.


【Devil1】Central Core Closed System 【Fatalist】.


Intervention Start.


Invade Collapse Rate 0.000000009%・・・.


「やっぱり・・・」


やがて、何かを諦めたソラが小さな溜息と共に目を瞑った。


数分後、小さな寝息が聞こえ始める。


少女の唇が僅かに寝言を呟き、青年は己の無力さを噛み締めながら意識を閉ざしていく。


密かな少女の呟きが青年の胸にはとても痛く、とても温かかった。


【ひさしげ。守るから】


二人の日常は未だ始まったばかりの劇にも似て。


(・・・・・・)


青年の想いは答にならず。


(情けなさ過ぎだ・・・・・・)

胸底に澱重なっては沈み。


(守ってもらってるのは本当はどっちだった・・・)


明日の夢に燻り続けて。


(・・・クソ・・・)


やがて、消え去っていく。


(必ず・・・お前を・・・)


その想いの終着点は。


(オレは・・・)


未だ青年の目に映ってはいなかった。

巷を覗けば、人々は日々に邁進する。

高望みの理想と醜悪なる現実。

ただ、そこにある悪意と良心を持ち寄って。

彼らの日常は先へ先へ。

第十二話「よくある話」

どちらにしても時は過ぎ去る。

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