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残された声のゆくえ~最後の声、届けます~送り人、趙はるかの記録~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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夏祭り

浴衣の袖が風に揺れる。提灯の灯りが通りを柔らかいオレンジ色に染める。綿あめやたこ焼きの甘ったるい香り、射的の的を打つ音、金魚すくいの水音、それらすべてが、夏の夜の熱気と混ざり合い、祭りの喧騒を作り上げていた。

小鳥遊ことりは、水色の浴衣に赤い帯、髪を半分上げて簪をさした姿で、人混みの中を楽しそうに跳ね回っていた。

「わあ! 趙さん、たまさん、見て! あっちに射的ある! あ、金魚すくいも! わたし、金魚すくい得意かも! ねえ、行こう行こう!」

彼女の後ろを、はるかとたまがゆっくりと歩いていた。はるかは紺の浴衣、たまは淡い藤色の浴衣に銀鼠の帯、髪はいつも通り背中で一つにまとめ、簡素な髪飾りをさしている。二人とも、ことりのテンションにはついていけていないようだったが、表情はどこか緩んでいた。

「ことり、走るな。人にぶつかる」はるかが呆れ気味に言う。

「大丈夫だよ~! あ、りんご飴! 食べたい! 趙さん、買って! たまさんも食べる?」

たまは、ことりが差し出す真っ赤なりんご飴を一瞥し、微かに眉をひそめた。「糖分過多で、歯のエナメル質に悪影響を及ぼす可能性が高い。それに、この気温ではすぐに粘着性が増し、口腔内衛生上──」

「うるさいな、たまさん! 祭りなんだから、たまにはいいでしょ! ね、趙さん!」

はるかはため息をつきながらも、財布を取り出し、りんご飴を二つ買った。一つをことりに、もう一つをたまに渡そうとした。

たまは一瞬、ためらった。しかし、はるかが無言で差し出す手を見つめ、ごくわずかに頷き、受け取った。「……観察材料として、一応」

彼女は、りんご飴を、まるで実験試料を扱うように注意深く観察し、小さくかじった。甘さに、また微かに顔をしかめたが、それ以上は文句を言わなかった。

ことりは、あっという間に顔中をべとべとにしながらりんご飴を食べ、「うまい!」と叫び、次の露店へと走り去る。

金魚すくいの店では、たまが興味深そうに水槽を覗き込んだ。

「ポイの紙の強度と角度、金魚の運動ベクトル、水の抵抗……成功率を最大化するには、入射角度を30度程度に保ち、金魚の尾びれの動きと逆の方向から……」

彼女はつぶやきながら、ポイを手に取った。真剣な眼差しで水面を見つめ、計算し尽くしたかのように、すっと網を入れる。

ぷすっ。

ポイの紙が、水に触れた瞬間に破れた。金魚はゆらりと泳ぎ去る。

たまは、ぽかんと口を開けたまま、手にした破れたポイを見つめていた。彼女の無表情な顔に、ごくわずかだが、困惑の色が浮かんでいるように見えた。

「……理論値と実際の素材強度に、誤差があった」

「あははは! たまさん、そんなに考えてたらダメだよ! 勢いだよ、勢い!」

ことりが横から割り込んできて、ずんっと一枚ポイを取ると、あまり深く考えず、ちゃぷん、と水の中に網を入れる。二、三回失敗するが、四回目に、一匹の小さな金魚をすくい上げた。

「やった! 見て、趙さん! すくえたよ!」

ことりが、金魚の入ったビニール袋を誇らしげに掲げる。はるかは、その笑顔を見て、ごく自然に、口元が緩んだ。彼は、黙って、金魚代とポイ代を店主に払った。

三人は、綿あめを分け合い、射的でははるかがことりの欲しがったぬいぐるむをなんとか取り、たまが的の構造について解説し(店主に睨まれる)、焼きそばを頬張りながら境内を歩いた。

ことりは、ふと、二人の後ろ姿を見た。

はるかは、ことりが落とさないようにと、彼女の戦利品のぬいぐるむを代わりに抱えている。たまは、少し離れて歩きながらも、はるかの歩調に自然に合わせている。提灯の灯りが、二人の浴衣の柄を優しく照らす。

胸の奥が、きゅっと、熱く、そして少し痛くなった。

こうやって、三人でいる時間。にぎやかで、ちょっとばかばかしくて、何も考えずに笑っていられる時間。

たまさんと趙さんが、並んで歩く後姿。

……それで、いいんだ。

自分は、こうして、後ろから二人を見ていればいい。この幸せそうな時間の、一部でいられれば、それで。

ことりは、にっこり笑い、駆け寄った。「ねえねえ、花火、もうすぐ始まるよ! いい場所、取りに行こう!」


花火大会開始直前。人混みはクライマックスに達していた。

家族連れ、カップル、友人同士……あらゆる人々が、少しでも見晴らしの良い場所を求めて、押し合いへし合いしている。ことりは、人垣をかき分けながら前に進もうとしていたが、逆流する人波に押し戻されそうになる。

「わっ!?」

その時、横から大きな団体が通り過ぎようとし、人波が乱れた。ことりとはるかとたまの間が、一瞬、引き裂かれそうになった。

はるかは、無意識に、手を伸ばした。

彼の手が探った先にあったのは、ことりの浴衣の袖ではなく、たまの涼しい手だった。

ぎゅ、と。

彼は、たまの細い手首を、しっかりと握った。混乱する人混みの中で、彼女を見失わないため、引き離されないため、ただそれだけの理由で。

たまの体が、ぴくりと震えた。彼女は、はるかの方を見た。目が少し見開かれている。驚いているようだ。彼女の手は、はるかの手の中で、微かに、こわばっている。

はるか自身も、自分のとっさの行動に少し驚いていた。しかし、手を離さなかった。人波がさらに押し寄せ、彼らの体が近づく。たまの浴衣の袖が、はるかの腕に触れる。薄い藤色の絹が、涼やかな感触を伝える。

周囲の喧騒――笑い声、呼び合う声、屋台の呼び込み、鈴の音――すべてが、急に、遠く、ぼんやりとした背景音のように感じられた。はるかの意識は、手のひらに伝わる、たまの手首の細い骨格と、冷たいが確かな皮膚の感触に集中していた。彼女の脈拍が、速く、軽く、打っている。

たまは、ゆっくりと、視線を下ろした。はるかの、彼女の手首を握る手を見つめる。それから、再び顔を上げ、はるかの目を見た。彼女の頬が、提灯の灯りに照らされて、ほんのり、かすかに赤みを帯びているように見えた。あるいは、気のせいかもしれない。

二人は、無言のまま、手を握り合った状態で、少しの間、ただ立ち尽くしていた。人波が過ぎ去り、周囲が少しだけ空くまで。

「あ、あの……二人とも、大丈夫?」

ことりの声が、現実を呼び戻した。彼女は、数歩離れたところで、心配そうに二人を見ていた。彼女の目は、はるかとたまの、握り合った手に、一瞬、しっかりと留まった。そして、すぐに、何も見ていないような、明るい笑顔を浮かべた。

「よかった、はぐれなくて! 人、すごいよね! ほら、あっちの河原、まだ空いてるかも! 急ごう!」

ことりは、振り向きもせず、先に歩き出した。その背中は、いつものように元気いっぱいに跳ねているように見えた。

はるかは、ゆっくりと、たまの手を離した。彼女の手首から、自分の指の形が、かすかに白く跡を残している。彼女も、そっと手を引っ込め、浴衣の袖で軽く覆った。

「……行こう」はるかが、低く言った。

たまは、うなずいただけだった。


ドーン!

一発目の花火が、漆黒の夜空に大輪を咲かせた。

金色の光の筋が広がり、パラパラと音もなく散っていく。続いて、二発、三発。赤、青、緑、紫……様々な色の光の花が、次々に夜空を彩り、轟音が地面を震わせた。

河原の土手に座る三人。ことりは一番前で、感嘆の声を上げながら花火を見上げている。はるかとたまは、少し後ろに並んで座っていた。

花火の轟音の中、たまが、ごく静かに、まるで独り言のように呟いた。

その声は、ほとんどかき消されそうだった。しかし、はるかの耳には、はっきりと届いた。

「……もし……私がいなくなったら、はるかは……どうするんだろう」

はるかの体が、微かに硬直した。彼は、たまの横顔を見た。花火の光が、彼女の整った顔立ちを、一瞬、赤く、次に青く、紫に照らし出す。その目は、空に咲く花を見つめたままだった。でも、その奥に、はるかにはわかる気がした。深い、深い憂いと、ある種の諦めに似た静けさが潜んでいる。

はるかは、無意識に、たまの手を探った。土手の草の上に置かれた、彼女の手に、自分の手を重ねた。そっと、握りしめた。

たまの手が、ぴくりと動いた。彼女は、ゆっくりと、はるかの方を向いた。花火の光が、彼女の目の中で、きらきらと輝き、そして、涙のようにも見えた。

「……ばかなこと、言うな」

はるかの声は、花火の音にかき消されないよう、少し強めだった。でも、その中には、彼自身も驚くほどの切実さがこもっていた。

たまは、じっと、はるかの目を見つめていた。そして、ごくわずかに、口元を緩めた。それは、笑顔と呼ぶにはあまりに儚く、悲しげな形だった。

「……うん」

彼女は、そっと、はるかの手を握り返した。ほんの一瞬、力強く。

その瞬間、ドカーン! と特大のスターマインが打ち上げられ、夜空を百花繚乱に染め上げた。光と音のシャワーが、二人を包み込む。

ことりは、その轟音に驚いて振り向き、二人に何か言おうとした──その時、彼女の手に持っていた、金魚の入ったビニール袋が、すり抜けるように、指の間からこぼれ落ちた。

ぱさり、と乾いた音。

袋は土手の草の上に落ち、中で小さな金魚が、ぱんぱんとはねた。水が少し漏れ出している。

ことりは、袋を見下ろし、それから、視線をゆっくりと上げた。

目の前には、花火の光に照らされて、手を握り合ったまま、互いの顔を見つめ合う、はるかとたまの姿があった。

花火の閃光が、二人のシルエットを浮かび上がらせる。繋がった手。近づいた肩。とぎれることのない、深い思いに満ちた空気。

ことりの口元に浮かんでいた、花火を見上げていた時の自然な笑顔が、少しずつ、しかし確実に、崩れていった。唇が震える。目が熱くなる。喉の奥が、つまる。

彼女は、ゆっくりとしゃがみ込み、落ちた袋を拾い上げた。金魚は、まだぴちぴちと生きている。でも、彼女の手は、震えてうまく力が入らない。

ドカーン! ドドドドドーン!

最後の大連発が、夜空を白く染め、それから、一瞬の静寂が訪れた。花火の残光が、目に残像となってゆらめく。耳鳴りのような静けさ。

ことりは、立ち上がらなかった。そのまま、しゃがんだ姿勢で、拾った金魚の袋を胸に抱き、はるかとたまの後ろ姿を見つめていた。

一粒の、大きな温かい水滴が、彼女の頬を伝わり、浴衣の襟に吸い込まれた。続いて、もう一粒。止めようとした。目をこすった。でも、涙は溢れ出すばかりだった。

彼女は、声を殺して泣いた。祭りの喧騎が再び聞こえ始めても、彼女の周りだけ、まるで静音になったかのように、ただ、無言で涙がこぼれ落ちる。

花火の終わった夜空は、再び深い闇に戻り、わずかに硝煙の匂いが漂うだけだった。提灯の灯りが、遠くでぼんやりと揺らめいている。

ことりは、うつむいた。胸に抱えた袋の中で、小さな金魚が、かすかに口をぱくぱくさせていた。


最も華やかな花火は、手を繋ぐ恋人を照らし、そして、傍観者が無音でこぼす涙をも照らし出す。

この夏、この物語は、まだ始まったばかりだった──知られた、悲しい結末へと、歩みを進め始めて。

(第一巻 完)

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