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美しい無意味 ~ 拾われないものたちへ ~

作者: すっとぼけん太
掲載日:2026/02/20

冬の海にきて、ふと思った。


波に削られた小さなガラス片が、

足元で光っている。


砂と一緒に、指で拾い上げると、

思っていたより、ひやりとしていた。


こういうものを、

私は「美しい無意味」と呼んでいる。


咲いて、散るだけの花。

誰にも見られないまま、

ひっそりと咲いて、

ひっそりと枯れていくだけの花。


砂浜の足跡。

波が来れば、

風が吹けば、

きれいに消えてしまう。


さっきまで確かにそこにあったことさえ、

誰も知らない。


波に削られて丸くなったガラス片。

もとは誰かが捨てた破片。


鋭く、危険だったものが、

長い時間のあいだに角を落とし、

今はただ、静かに陽を返すだけのシーグラス。


役目を終えたのか、

はじめから役目などなかったのか、

もう誰にもわからない。


子どもの落書き。

ぐちゃぐちゃの線。

意味も形もない色。


描いた本人さえ、

翌日には忘れてしまうような絵。


冷蔵庫に貼られたまま、

いつのまにか色が褪せていく。


古い手紙。

もう忘れられてしまった誰かからの、

懐かしい言葉。


読み返しても、

何も取り戻せないと知りながら、

それでも、捨てられない手紙。


切手の消印の擦れが、

何度も開かれたことを語っている。


誰もいない教室に差し込む夕日。

使われない机を、均等に照らす光。


誰のためでもない時間が、

そこに静かに積もっている。


黒板の隅には、

消し忘れた白い跡が、

まだかすかに残っている。


レコードの溝が奏でる、曲間のノイズ。

音楽ではないはずの、かすかなざらつき。


今日も、スマホの音楽で済むのに、

レコードに針を落としてしまう。


針先が溝に触れる瞬間、

ほんの小さな「ブツッ」という音がする。


音楽が始まる前の、

「……ガサガサ」という無意味の間を待つために、

わざわざ棚から重い盤を取り出してしまうのかもしれない。


誰に聴かせるでもないのに。


そして、

小説を書くこと。


読んでもらえる保証もない物語。

それでも僅かな期待を祈ってしまう。


手を合わせて、

公開ボタンを押したあと、

画面は静かなまま、何も変わらない。


やっぱり、

誰の記憶にも届かないまま終わる言葉たち。


それでも、

書いているあいだだけは、

世界のどこかと、細い糸でつながっている気がする。



「美しい無意味」は、

必要ないことかもしれない。

誰の役にも立たないのかもしれない。


それをあえて、美化して、

大事なものだと言う気もない。


そもそも、

「美しい無意味」は、

役に立つとか、大事だとか、

そんな物差しの上に載せること自体が、

少し違うような気がする。


なくても困らない。

削っても世界は少しも揺れない。


それでも、

それがないと、

胸の奥のどこかが、

わずかに乾いてしまう。


それが、呼吸を続けさせている。

詰まらずに済んでいる。


「美しい無意味」が、

消えない保証など、どこにもない。

賞賛されているわけでもない。


ただ――


損得や効率だけでは、生きてはいけない。

私は、最後の一歩で合理になりきれない。


花は咲き、

足跡は刻まれ、

ノイズは残り、

物語は書かれる。


必要だからでも、

意味があるからでもない。


ただ、そうしてしまうから。


「美しい無意味」は、

定義しなくてもいい。

評価もしなくていい。


誰にも、

気づかれなくていい。


「美しい無意味」が、

偶然拾った誰かの心を、

一瞬だけ照らして――


波にすくわれ、

すぐに流れてしまったとしても。


それでも、

今日もどこかで、

誰かがいる場所に、静かに在る。


そして、このエッセイも。


そう、


それでいい。


【了】

お読みいただきありがとうございます。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
美しい無意味、という言葉がとても心に染みます。 僕が生きてきた人生自体がまさに…と言おうと思ったら。美しくもなかったら、汚い無意味になってしまう…どうしよう…あぁでもとてもその表現は美しくいです。 あ…
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