7話 本音
シュールな世間ズレは、可愛らしく見えても、酉脇氏からしたら大問題なのだろう。深刻そうな表情だ。
「大丈夫ですよ」
谷口氏が明るめの声色で語りかけると、酉脇氏の表情がようやく和らぐ。
「酉脇さんは乳児の頃から活動されていますから、そういう食生活が染み付いているんですね。」
「あ、ああ……そうかもしれないです。」
驚いたような表情が妙に可愛らしい。
「それほど長い間続けたモデル業から、アイドルへの転身となるわけですが……経緯を話していただけますか?」
谷口氏はMC力もあるのか…?思わず息を呑む。
「えっと…そうですね。アイドルになりたいってわけではなかったんです。モデルの仕事は好きで…本当に周囲の人に良くしてもらって……」
言葉を詰まらせながらも酉脇氏は続けた。
「…その、俺はモデルとして…これ以上は無いと考えて、それで、その……」
「これ以上、というのは?」
話が上手くまとまらず混乱し始めた酉脇氏の話を掘り下げる、良い方向転換だ。
「これ以上…うーん…今以上?ですかね……」
イマイチ答えになっていない。
すると、押し黙っていた鈴木が口を開く。
「酉脇は世界中のラグジュアリーブランドでアンバサダーを勤め、世界四大コレクションは毎年選出されています。売上に関しては世界で見ても上位に居る。」
実にマネージャーらしいフォロー。しかし当の本人は眉尻を下げて困っている。
「確かに、現在がトップなんですね。」
谷口氏がまとめると酉脇氏が身を乗り出した。
「あ、や、そうじゃなくて!アンバサダーとか…凄く名誉的なんですけど。これ以上っていうのはそうじゃなくて。ここまで来れたのは俺のおかげってより蒼凛舎のおかげで!俺はその……」
最後には口ごもり、視線が下がる。
「誰のおかげであろうと、トップには変わりません。」
と鈴木が言い放つと酉脇氏は縮こまってなにかを考え始めた。
「確かに名誉的な地位におられますね、そこからアイドルになるというのは…心境の変化があったんですか?」
谷口氏は本当に良い仕事をする。酉脇氏は少し考え、真剣な表情を浮かべた。
「変化は、ないんです。みんなにずっと恩返しがしたくて…でも、俺にはできなくて。人のためになにかがしたいのにて、俺は楽しいだけだったから…… 」
絞り出したように途切れ途切れの言葉。
「蒼凛舎にこれ以上は…返せない。」
…おそらく、これが本音だ。
言葉の意味を考える間もなく、鈴木が口を挟んだ。
「返すって…充分です。クライアントや世間からの評価も高く、これ以上なんてことないでしょう」
「いえ、あの、なんていうのかな……」
「貴方がモデルで居てくれるだけで、蒼凛舎としては充分返していただいています。」
これが鈴木の本音だろう。会社のことを考えればモデルを続けてもらった方がいいのだから。
「でも、それじゃあ俺は、何も……」
悲しそうに鈴木を見上げ、懇願するように語りかける。
「俺は、話が上手くないから…インタビューだって一回受けて懲りました。容姿も、平均的に整っては居るんだろうけど…秀でてるとこはなくて。…指示されたことをしてるだけで……」
「それで充分だと言っているんですよ。」
「でも…」
今にも泣き出しそうな表情で黙ってしまった酉脇氏を鈴木は無言で見つめている。
気まずい沈黙。
それを谷口氏が破った。
「確かに、今以上の活躍は望めないでしょうね。」
失礼な物言いだが、これが酉脇氏の出した結論だろう。しかし鈴木がすかさず反論した。
「これ以上はないです。今を維持してくれされいれば…」
「展開が望めない……そうですよね?」
谷口氏の問いに酉脇氏が遠慮がちに頷く。
「展開?必要ない。酉脇城はもうひとつのブランドとして出来上がっている。正真正銘、唯一無二のモデルだ。」
鈴木が語気を荒げると、酉脇氏は冷たい視線をローテーブルに落とす。
その瞬間、空気が変わった。
「どんなに続けても…俺の身長は、これ以上伸びないんですよ。」
酉脇氏は覚悟を決めたように姿勢を正す。
先程までの情けない可愛らしい姿が嘘の様に、凛とした態度だ。
画面外の私ですら圧倒されるオーラ。誰もが知っている世界的モデル•酉脇城
「モデルの平均身長…ご存知ですか。それこそ世界四大コレクションに出るような男性モデルは185cm以上が平均なんです。」
言葉の端々に緊張と重みが乗っている。
「俺の身長、公式プロフィールだと180になっています。でも、本当は178cmぴったりです。…俺はモデルの平均に達していない。」
「それでも貴方は成功しています。」
鈴木の反論を押さえつけるように酉脇氏は続けた。
「俺は筋肉が付きにくくて、これ以上は増やせないし骨が細い。ランウェイでは存在感が全てです。身長と筋力がない、致命的です。」
「酉脇。」
遮ろうとする鈴木に目線を移す。
「ブランド…と言いましたよね。確かに俺はイメージや信頼で評価を貰ってます。俺にできる最大限はやっています。でも身長と筋力は平均以下。ブランドとして成功していても、いつか絶対に飽きられる。俺のやり方だと…力不足です。」
これがさっきの「蒼凛舎にこれ以上は返せない」に繋がるのだ。
酉脇城はプロとして自らに見切りをつけ、これ以上はないと判断した。
何と強く悲しく…美しい決断だろう。
「それでも結果が貴方の成功を表しているだろう。」
鈴木が慰めるような声色で語りかける。酉脇氏の目が濁る。
「それは……」
言い淀んだ酉脇氏に被せ、谷口氏が発言する。
「摩耗は展開ではありませんから。すみませんが、話を戻させてください。」
「…なんですか?」
鈴木の眉間に深い皺が刻まれる。
「鈴木マネージャー、仰ることはわかります。蒼凛舎のタレントにかける熱意は目を見張るものがある。」
「なら」
「しかし本人が、何年もモデルとして生きてきた酉脇城が力不足だと言っている。これは素直に受け止めるべきでは?」
「お前!失礼だ!」
「…タレントは結果だけでは計れません。」
「芸能界で数字以上の物差しがあるか!!?」
「結果がでていても本人の精神が摩耗すれば、それはただの消費です。タレントを昇華させるのがマネジメント、消費するのは社会であるべきだ。」
「綺麗事を!」
「蒼凛舎の経営理念が綺麗事だと…それなら貴方は、今出ている数字でなく、これからに向けての方向転換を提案するべきでしたね。でもまぁ、不毛です。」
押し黙った鈴木を無視して谷口氏は続けた。
「これからのマネジメントを引き継ぐのは私なので。」
鈴木と酉脇氏が目を見開いて驚いた。
谷口氏は憶測を言い切りで、言うことはない。もう確定しているのだ。
「酉脇さん。貴方は今休業状態で、望むのであればデビューを迅速に進めることが決まっています。Curtain Rizeの信念は自分と向き合い、人を見つめる。アイドルと演劇ニつの性質に合わせた信念です。今の貴方に合っていると思います。」
「自分と向き合い、人を見つめる」
具体的にそのような信念が謳われたことは無い。しかし谷口氏はCurtain Rizeで過ごす数年間で私や周囲の考えを拾い。解釈したのだ。
ドラマのような一幕に思わず熱い気持ちが抑えられない。
谷口猪介!かっこよすぎる……!
「これからの活動にあたって、酉脇さんのことを教えていただきたい。そのために御足労いただきました。そして、今後のためCurtain Rizeを知っていただきたい。貴重なお時間を割いていただいているのは重々承知です。インタビュー……続けてよろしいですか?」
疑問形だが許可を貰う必要はない。そう言っているように感じた、鈴木が口を固く結ぶ。酉脇氏は少し困ったように微笑んだ。
ここから場面転換だ。谷口氏の長い一息が聞こえた。




