6話 インタビュー
「さてと…」
谷口氏から共有されたURLを開くと、斜め横から酉脇城を捉えたサムネイルが表示された、ドキュメンタリーでよく見る画角だ。
再生を開始すると、荘厳な造りの応接室が映し出される。普段は社長同士の商談に使われる部屋だ。
入室から撮影されているところに谷口氏らしさを感じる。
数秒後、三度のノック音が響いた。
谷口氏は「お待ちしておりました」とドアを開く。
いかにも堅物そうな男性が入室すると、冷たい声色で「よろしく」と言い放った。会釈も無く、見下すような視線がやけに高圧的だ。
そして、男性に続いたのが酉脇城…だが、イメージが違う。
彼は慎重に室内を覗き込み、ドアを支えていた谷口氏に気が付くと慌ててドアを抑え、すみませんと困り顔を浮かべつつ入室する。
静かにドアを閉めると谷口氏はさりげなくカメラを調整しつつ、酉脇には上座のソファを勧めた。
そのまま流れるように名刺を取り出すと、堅物男と事務的な挨拶を交わす。
彼は酉脇のマネージャーらしく、鈴木と名乗った。
この間酉脇は、どこにいれば良いかわからないといった様子で小さく左右に揺れてみたり、恐る恐る鈴木の顔を覗き込む。
−この人が本当に酉脇城だろうか?
私が知っている酉脇城は天才的表現力、確かなオーラで周囲を圧倒していた。
しかし、今の彼は谷口氏に促されようやく革張りのソファーに向き合い、ソファと周囲を何度も確認してからようやく腰を下した。
その後も落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回し、すぐに立ち上がれるような体勢で肩を丸めている。まるで借りてきた猫だ。
谷口氏が日程調整の感謝を述べ、本日の趣旨を説明し始める。
…が、雲行きが怪しくなってきた。
まず、コンセプト固めのためと聞いていたのに、プロデューサー本人が不在という状況、さらに撮影の許可も取っていない。
ごもっともな怒りだ、非常に耳が痛い。
しかし、プロデューサー不在なため録音か録画の許可をいただきたいと谷口氏は平身低頭申し入れている。
酉脇城は「自分は大丈夫です」「気になさらないでください」と弱々しくフォローを入れるが、鈴木の激昂は収まらない。
谷口氏は下手な姿勢はそのままに。しかし、毅然と「蒼凛舎の社長に許可を取る」と言い出した。
彼は縁故採用?で蒼凛舎に就職したらしく、コネはあるのだろう。
すると鈴木はそれなら自分がと更に怒って退室した。
気まずい沈黙の中、酉脇がぽつりと呟く。
「鈴木さん。悪い人ではないんですけどね……少し、過敏かなぁ…って……」
「いいえ。私が無配慮でした。」
谷口氏が彼に跪くような形で目を合わせる。
すると、酉脇はゆっくりと谷口氏の顔を覗き込んだ。
「でも、俺は気にしないですよ。大丈夫なのに……」
少し憂いを帯びた無表情、あまりにも美しい。しかし、それが故に思考が読み取れない。
「蒼凛舎は、貴方の全てを守らなければならない。今回の映像も使い方によっては、貴方の事を曲解して世間に広める恐れがあります。大袈裟ですがそれは貴方の芸能人としての死、蒼凛舎の損失です。今回の件、弁解の余地もない。申し訳ございません。」
「……そうですか」
少し目元が綻んだ、思考は読み取りづらいが好印象だったようだ。
「あの酉脇さんとご一緒できると舞い上がってしまい、このような失礼を。誠に申し訳ございません……」
谷口氏は眉尻と頭を下げてまるで洗礼を受ける信者のようであった、あまりに役者だ。るみたその気まぐれ稽古の成果が出ている。
「えっ、あっ。俺も楽しみにしてました!Curtain Rize…!今日初めて来られて…!」
名演技に騙された酉脇氏は必死にフォローを入れた。
谷口氏が緩い微笑みで返すと、呼応するように酉脇氏も微笑んだ。あまりにも尊い空間だが一方は演技なのがシュールだ。
和やかな室内の空気を破り、「許可が降りた。」と苛立ちを隠さず鈴木が戻ってきた。
谷口氏は再度謝罪と謝辞を述べたが鈴木は高圧的な態度のままだ。
それを眺めていた酉脇氏は悲しげな表情を浮かべる。
「謝っているのに……」、「許可は降りたのに……」
そう言いたげな、悲しそうで少し拗ねたような表情。
子供のようだった。
谷口氏は彼の悲しげな表情に気がついたのか少し微笑んで見せた。「大丈夫」と言っているような、そんな感じだ。
安心した酉脇氏は、少し照れたようにローテーブルの端に視線を固定する。
「かわいい…」
思わず口に出していた。
本来ならタレントを守っている鈴木に感謝こそすれ、咎める必要はない。非礼を働いた谷口氏を守る必要もない。
でもそんなことをするのは……酉脇氏は純粋なのだろう。
肖像権や会社の上下関係ではなく、この場で自らの味方をしたい方を判断している。
「人間を幸せにするために天界から降りてきた天使が、人間の業の深さを知り絶望して天界に帰る」
みたいな脚本を演じたら非常に似合うだろう。
メモを取り、コンセプトは実物を知ってから固めるべきだと再認識した。
落ち着きを取り戻したことを確認し、谷口氏は本題を持ち出す。
「すみません……始めさせていただきます。」
改まった声色に酉脇氏の表情が強ばった。縮こまった肩や、伸びた腕からも緊張が伝わる。
「そうですね…酉脇さん」
「はっはいっ」
「……好きな食べ物はなんですか?」
「へっ……?」
私もえっ?と声が漏れ出た。打ち合わせに無かった質問だ。
酉脇氏の緊張状態を見て急遽谷口氏が差し込んだのだ。
「あ、ええっと、好きな食べ物……って言っていいのかな…たこやき……?好きですね」
何が恥ずかしいのか、赤面している。
「たこ焼きですか、少し意外ですね。」
「意外ですか……?でもあの、ニ回しか食べたことないです。美味しかったんですけど…はい。」
「普段は食事制限をされてるんですか?」
「食事制限では、ないんですけど…蒼凛舎ってタレント向けに基準食っていう、栄養素とか計算してくれてる社食があって…それを、食べてました。」
それが食事制限ではないのかと思ったが、谷口氏は特に突っ込まなかった。
「普段は社食ですませていたんですね、ご自宅では何を召し上がるんですか?」
「自宅…なんだろう……鶏肉とか、野菜とか。あと…ミルク粥?」
だからそれが食事制限ではないのか??
疑問に思うのは私だけらしく、谷口氏はそうですかと一言返した。
「すみません……俺、面白いこと言えなくて……」
自分が情けなくて仕方がない、そんなニュアンスだった。
彼は確かに狙ったようなウケは取れないだろう。しかし、この世間とのズレた感覚。そして現実離れした美しい容姿。それが絶妙にかわいくて面白い。
このシュールさ、バラエティーでは絶対にウケるはずだ。
私には既に、彼がアイドルとしてお茶の間を和ませる画が見え始めていた。




