5話 平井の話
ヴィエルジュ•プロダクションが解体され早数年。
Curtain Rise所属プロデューサー・平井世良に、急遽依頼が舞い込んだ。
内容は男性アイドルユニットのプロデュース、人数やコンセプトの指定もない。
…しかし、絶対に外せない条件が一つ。
ーユニットに酉脇城を組み込むこと。
酉脇城とは蒼凛舎の看板モデル。
幅広い企業のアンバサダーを務め、世間では「東京駅を十分歩けば六回は目が合う」とまで言われている。
世界四大コレクションの常連でラグジュアリーブランド各社は自製品を着てもらうため、蒼凛舎に拝み倒すらしい。
平井のような一般人にとっては天上人を通り越して神話生物だ。
なぜ子会社に?アイドルに?と言う疑問は宙に浮いたまま
「彼をアイドルに仕立てあげなくてはならない」という事実だけが彼女に重くのしかかる。
平井は彼のことを知るため、一心不乱にパソコンに向かった。
…しかし、彼は自我を出さないモデルのようだ。
長年芸能界にいるにも関わらず、動画は愚かインタビュー記事ですら見つけられない。
平井は眉間を揉みながらしばらく狼狽えていた。
しかし、ないものはしかたがないと彼の容姿を分析し始めた。
「足なっが!!顔ちっっちゃ!?!?髪サラサラすぎ!これ3Dモデル!?」
彼女はいわゆる「顔のいい人種」への耐性がない。
酉脇城を観察するため、指の隙間から覗いたり、ノートで視界を遮り一瞬だけ覗いたり…と常人には必要のない工夫をしている。
こんな調子でアイドルのプロデュースができるのか?
そんな疑問も浮かぶが、彼女には現に実績がある。
「顔が…良い…!!イメージ変わるな!?メイク…スタイリング!?…ってよりは表情か!!…もっと近づいて…」
「なるほど。目元、力の込め方が違うのか…指先の表情も違う。微妙なニュアンスを拾って全身にのせてるんだ…」
「演技はわからないけど…無言のエチュードとかさせたら強いだろうな…木とか火とか微細な表現ができる…表現力が高い。」
「この顔立ちなら清純派?キラキラってより爽やか系…?でも……」
これが彼女最大の特徴だ。
ただ観察するだけでは刺激に耐えきれない。
しかし、演劇人として舞台に組み込むことを想像した途端、「顔の良さ」は彼女にとって舞台装置のひとつになる。
一気にメモを取り終え、コーヒーを飲み干した彼女は、改めて酉脇城の画像と向き合った。
「やっぱり浮くよね。この人。」
ノートと画面を交互に睨みつけ、頭を抱える。
「ソロならまだしもユニット…この人と並べる人いる?いや、並べられる人を集めたらそれこそ圧がすごいし…」
画面に視線を貼り付けたままコーヒーカップを持ち上げ、空になっていたことに気がついた。
静かに机に戻し、カップの縁をなぞりながら思考を続ける。
「いっそメルヘンにしちゃえばありかな…この人現実味ないし。それこそ王子様とか…」
王子様と言葉にした途端、脳内にいくつかの作品が駆け巡る。
「…迎えに来る王子様じゃないよね。むしろ迎えに来られる方、呪われたら呪いを解いてもらえる。」
「…くるみ割り人形…とか」
体を跳ね上げ、急いで検索エンジンを立ち上げる。
会議室には熱のこもったタイピング音だけが響いていた。
アイデアをまとめ終え、ぐっと体を伸ばすと彼女は再び頭を抱えた。
「やっぱり、本人と会ってみないことには…」
彼女は縋る思いでスマートフォンに手をかけ、かつての雇い主、ヴィエルジュの元社長・草野に連絡を取ることにした。
草野との交渉はスムーズに進み、無事酉脇城にインタビューする機会を得ることができた。
しかし、平井はあることに思い至る。
(酉脇城と対峙して、私は生きて帰れるのか??)
彼女は焦り、悩み抜いた末にとある人物を呼び出し、交渉を試みた。
「なんで俺なんすか。」
猪介は不満を隠そうともせず、眉間に皺を寄せた。一瞬怯んだ平井であったが直ぐに持ち直し、小柄な身をさらに縮め懇願の姿勢をとる。
「た、頼みますよ〜谷口氏。私の悪癖は知ってるじゃないですか〜…」
「知っていても配慮する理由は−」
猪介が言い切る前に、平井は言葉を差し込む
「り、理由ならあります。」
「あぁ?」
「谷口氏は蒼凛舎からの移籍ですよね。なら蒼凛舎の信念やタレントにかける熱意はご存知でしょう?」
「まぁ、めんどかったすね」
猪介は呆れたように真っ直ぐ平井を見つめている。
平井はやりづらいと感じつつも、脳内で彼に響くアプローチを構築する。
平井もプロだ。脚本さえ出来れば、あとは演じるだけ。
「そんな蒼凛舎内でも酉脇城は別格。なぜか?それは彼が一番の売れ筋だからですよ。」
「で?それとこれとは」
結論を急ぐ猪介を遮り、平井は続ける。
「彼の推定売上をご存知ですか?一回のランウェイでいくら売り上げるか」
「…」
「たった一日で数百万は当たり前の世界らしいです。そんな人に私が悪癖を披露して無駄に話を長引かせたら。どれだけの損失になるか…」
「…」
猪介は表情の硬さこそ変わらないが軽く体勢を変える。響いた…と平井は感じた。
彼は合理主義が故に、売上や損失という言葉に関心が高い。平井は数年の付き合いでそれがわかっていた。
あと一押し…何かが必要だ。平井は必死に思考を巡らせる。
「それに彼のマネジメントは、おそらく谷口氏が担当ですよね?早いうちに交流を持っておくのはおすすめですよ!」
「……」
「これから貴方は彼と密接に関わることになる。早急に彼の特性を知り、生かせれば売上にも繋がりますよ!」
猪介は口元を手で覆い目を逸らす、これは彼が考え込む時に取る姿勢だと平井はわかっていた。
…断ることはないだろう。しかし、とどめのダメ押しを加えることにした。
「そ、それに!しっかりお礼をいたしますっ!」
「はぁ?」
「ルミたそのきまぐれ稽古…!これからは私が代わりましょう!」
「!マジか」
硬かった彼の顔に、子供のような驚きの表情が浮かぶ。先程までの説得より、こちらのほうが効いたようだ。
「…それならインタビューくらいいくらでも…」
「やってくれますか!!!ありがたい!」
「質問内容はそっちで用意すんだろ?」
「もちろん!プロデュースは私の仕事ですから、それに必要なインタビューを他人に考えさせたりしませんよ!」
「なら問題ねぇな。んで、同席くらいはすんのか?」
やると決まれば詳細を詰め始める。現金だが本当に仕事のできる人だなと平井は感心した。
「ど、同席も難しいかと…酉脇城がなにかする度にダンシングフラワーになってしまうので…」
「ったく…わかった。質問内容が出来上がり次第メールしてくれ。あと回答によっては詳細詰めたいとかあんだろ?質問の意図を詳細に記載してくれればこっちでなんとかする。」
「な、なんと頼もしい…!谷口猪介やはりできる男…」
「形式は任せるがお互いの認識の差を埋めるためにも、インタビューの一週間前には共有してくれ。」
「い、言いにくいのですが……」
「あ?」
「インタビューは明日です…」
「はぁ?!急すぎんだろ!?」
「草野…蒼凛舎の方に連絡したらですね…今日来ると言われたんです。」
「!?」
「でも、さ、さすがに今日は…とお伝えしたら、なら明日と」
「…許可もらえただけマシか。しゃーねぇな、あんたこの後空いてんのか?」
「空いてます!」
「俺は事務処理が残ってるから…三十分後には戻る。それまでに土台を整えてくれ。」
「御意!!」
平井の返事を待たずに猪介は部屋を出ていた。
一人残された平井はコンセプト原案を眺めながら、インタビュー内容をいくつか箇条書きしていく。
「谷口氏…そんなにルミたそに付き合うのがいやなのかぁ…」
酉脇城の返答一つで、もしかしたら原案全てが白紙になるかもしれない。
しかし、平井の胸中は不安どころか期待でいっぱいだった。




