表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Curtain Rise!  作者: 風見ことは
開演
33/34

33話 悪癖




三人は緊張した面持ちで猪介に注目した。

密閉された稽古場の空気が、じわじわと重みを増していく。


「とはいえ…私もあまり理解できていないので、すみません。」

猪介は手元の資料に視線を移し、会釈した。


「まず、総評としては悪くありません。プロデューサーとルミさん共に未経験者としては、上出来だと言っていただけました。」

「……未経験者としては…」

城は瞳を静かに揺らしたが、言葉はそこで途切れた。


「そして癖についてですが、私には説明が難しかったので…参考として、映像を用意しました。」

猪介が書類と共に抱えていたタブレットを開くと、三人はそれを覗き込む。


サムネイルにはルミが表示されている。

しかし、かなりの引きで撮られており、服装のシルエットから辛うじて推測できる程度だ。


「ルミさんのライブを観たことはありますか?」

城と良磨は首を横に振り、羊太郎だけが縦に大きく頷いた。


「今でこそソロですが、あにまるzooは元々五人組のユニットでした。当時の形式を受け継ぐためか…ルミさんはライブ中、他メンバーがいるように振る舞うことがあります。」

「あー!多いよね!!誰かに引っ張られたみたいによろけたりとか!」

羊太郎の同意に、城は「へぇ」と笑顔を浮かべる。

「はい。それを踏まえた上で、こちらをご覧…いや、よく聞いて下さい。」



再生が始まる。


ルミの手には竹ぼうきが握られていた。

落ち着かない様子で、舞台上をぐるぐると歩き回っている。


『ここからで…いいんですよね…?』

ぴたりと止まると、その場で小さく頷く。

『始めますね…!』


会場はしんと静まり返り、彼女は不安そうに舞台裏を覗き込むような仕草を見せた。


『始めますねー』

恐る恐る投げかけた彼女の言葉へ返答はなく、力なく肩を落とす。

しかし、すぐさま身を持ち直し、自分を鼓舞するかのように首を横に振った。


ツインテールが大袈裟に揺れるのを、慣れた手つきであしらうと客席へ向き直る。


『始めますねー!』

ルミの呼びかけに観客が応える。

その声に彼女はようやく安心し、竹ぼうきで床を撫でつける。

同時にイントロが流れ出し、客席から耳をつんざくような歓声が溢れた。


猪介が再生を止めると、羊太郎は身を乗り出した。

「セカンドシングルの時のやつ!!」

「はい。ルミさんのセリフ、三度同じものが続きました。」

「客の乗せ方みたいな話ですか?」

良磨があっけらかんと問いかけると、猪介は眉を顰め視線を逸らした。


「……いえ、違います。それぞれのセリフ、誰に向けてだと思いますか?」

「……誰に?」

城が首を傾げる。


「はいはーい!最初が独り言で、次が裏の人、最後が僕ら観客でしょ!」

「はい。」

楽しげに声を弾ませる羊太郎に対して、猪介は至って冷静に返答した。


しかしそこから発言が途切れ、張り詰めたような沈黙が続く。


三人が猪介の次の言葉を待っていると、彼は気まずそうにため息を吐いた。

「すみません、私が本当によくわかっていなくて…」

「全然っすよ!?」

「気にしないでください…!」

良磨と城のフォローの横から、羊太郎が割って入った。


「それでぇ、僕らの癖ってなんなのー?」

「…このルミさんのセリフ、読み方だけで誰に向けたかがわかるようになっています。」

「そうですね…」

「これを、演劇的には一人称、二人称…などと呼ぶらしいのですが…」

再び言葉が途切れてしまった猪介を、三人はじっと待った。


「城さんが…」

「へ?あっ!はい!」

「一人称でしか話せていないと、羊太郎さんは三人称に偏っている…だそうです。」

「そーいうことー!」

羊太郎は納得したように手を打ったが、良磨と城は緊張を保ったまま顔を見合わせた。


「良磨さんは全てできているにも関わらず、見せ場が作れていないとの事でした。」

「見せ場すか…んー…?」

「それで、」

猪介はしばらく一点を見つめ固まっていた。

やがて力なく肩を落とすと、三人に向き直った。


「これが、無意識の決定的な癖らしいのです。しかし…解決策を用意できていないんです。私が理解できておらず…すみません。」

「え、ルミちゃんたちはなんて?」

「…とにかく数をこなせと」


猪介が目を逸らすと、羊太郎は声を上げて笑った。

「めちゃ体育会系〜!!」

「ま、感覚の問題なら数以外ないっすよね!」

「…そうだね、とりあえず俺は自覚しなきゃ。」

「練習中の風景はなるべく撮影して、フィードバックを共有しますので…」


稽古場の空気はふっと軽くなった。

だが、その中で一人、城は重たげなまつ毛を下げ、思い悩んでいた。

猪介がその様子を注意深く観察していると、彼はどこか遠くを見つめたまま話し始めた。


「…きっと、俺に気を使うから良磨さんは主張できないんだと思います。」

「え!?いや!全くそんなこと!!」

「でもそういうことだよね!良磨ごめんねー」

「無意識とはいえ悪癖は直さないと、未経験としては…じゃだめだ…」

城の声色はいつも通りの優しさを保っていた。

その反面、言い聞かせるような口調が、やけに圧を感じさせる。


初めて見る城の態度に、良磨は困惑した。

羊太郎が横から大袈裟に励まそうとしたが、城は軽く感謝を述べ受け流す。


動揺する二人に反して、猪介は妙な納得感が芽生えていた。

城のこの態度は、初めて会った日と重なっている。


「城さ——」

猪介が声をかけようとすると、羊太郎が飛び上がり「よし!!」と大声を出した。


「そう来なくっちゃ!!」

「え?」

良磨が疑問符を浮かべると、羊太郎はニッっと微笑む。


「僕らプロだし!こんな事じゃ止まれないよ!!」

城はきょとんと脱力し、あわあわと動き始めた。

「へ?あ、そういうことじゃ…いや、そういうことかも?」

「そういうことでしょ!よし!じゃあ良磨と猪介はこっち!」

羊太郎が二人をグッと引き寄せ、壁際に立たせた。


「どうしました?」

「なんだ?」

「目閉じて!僕らが声かけるから、呼ばれたと思ったら手上げて!」

「わ…なるほど…」



良磨と猪介は目を見合わせた後、静かに目を閉じる。

数秒置かずに呼びかけが始まったが、あまり手応えは良くない。


「疑問形にすれば伝わりやすいのかなぁ??」

「でも、それだと台本が崩れちゃうかもしれない…」


いまいち感覚を掴めないまま、時間だけが過ぎていく。

全員に疲れの色が見え始め、一旦休憩を挟むことになった。


「猪介ぜんっぜん反応しないじゃん!」

「全部自分に向けてるようにも、違うようにも聞こえるんすよ」

「声だけだとやっぱむずいっすね、動きとかつければ…」

良磨が困ったように口角を引きつらせると、城は静かに呟いた。

「ルミさんは声だけでわかったから…」



「まぁすぐ直るものでもないよね!!ルミちゃん目指して頑張ろー!キャラ固めもやんないとだしー!」

「そっかキャラ…王子様かぁ……」

城は力なく吐き出すと、良磨が背中を摩った。


「なんでー??王子様ぴったりじゃーん」

「俺ってそんな、リーダーとかそういう感じじゃないし…」

「そういえばリーダー決めてなかったっすね、勝手に城だと思ってたわ」

「ええ?!」

驚いて後ずさる城を見て、羊太郎は呆れ気味に笑った。


「僕も城だと思ってたよ」

「ないない!ない!!」

「えー??でもさぁ…」

羊太郎が小首を傾げ、人差し指で頬を叩いた。


「ほらぁ、役柄ってよりは…役割じゃないかなぁ?」

「へ?どういうこと?」

「うーん…王子様って言ってもさ、城が言うリーダー!って感じのキビキビ系もいるけど、こう…象徴?みたいなのもいるじゃん?」

「象徴…??」

城が繰り返すと、羊太郎は大きく息を吸い込んだ。

すると猪介が、片手を二人の間に差し込んだ。


「わっ」

「びっくりするじゃん!」

「すみません。解釈の話は、録音いたします。」

羊太郎が不服そうに顔を歪めたが、猪介は構わず録音準備を続ける。


準備が整い、無言で発言を促された羊太郎は得意げに微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ