32話 覚悟
猪介に呼び出されたToy Boxメンバーは、稽古場に集まっていた。
三人はここ数回の集まりでだいぶ打ち解け、初めのようなぎこちなさはほとんどなくなっていた。
「すぅっごい楽しみじゃなーい!?!?」
羊太郎の一声に、各々準備運動を進めていた城と良磨は動きを止めた。
「猪介が言ってた今後の予定ってさ!デビュー日のことだよね?!」
「そうなのかな?」
「たぶんそうだよ!超楽しみー!衣装のイメージ超可愛かったし、楽曲もダンスもぜぇったい可愛い!!」
「そ、そうだね」
勢いに押された城は、肩をすくめまつ毛を伏せる。
羊太郎は目を輝かせたまま、なにか空想に耽っているようだった。
「いよいよって感じだなぁ…」
良磨が伸びをしながら呟くと、稽古場の扉が開いた。
猪介は大量の書類を抱えていたが、人の手を借りることもなくスムーズに入室する。
「おはようございます」
「おっはよー!なんか持つ!?」
羊太郎が駆け寄ると、良磨と城もそれに続く。
しかし猪介はそれら全てに断りを入れた。
「早速ですが始めます。」
猪介は床に書類を広げ、皆へ座るように促した。
「今後皆さんに受けていただくレッスンです。ボーカルトレーニング、ダンスに加え、演技面で発声基礎と身体表現。他にもコンプライアンス教育など…正直、スケジュール的にはかなり過密です。」
「わぁ〜!これ全部ここでやるの!?」
羊太郎が身を乗り出して尋ねると、猪介は頷いた。
「うちはレコーディングルームもありますから、基本的には社内で完結できます。しかし、演技練習に関しては外部施設での練習も予定しています。」
「もう!すっごい楽しみなんだけど!?」
「それは何よりです。」
興奮気味の羊太郎に対して、猪介は相変わらず事務的だ。
城は書類を真剣な面持ちで凝視し、良磨は羊太郎を落ち着かせようかやめようか決めかねているようだった。
「初回レッスンでレベルを見て、それによって今後のスケジュールを立てます。羊太郎さんは学校の兼ね合いもありますし、変則的になりますね。」
猪介がクリアファイルに収めた書類を、それぞれに手渡す。
「こちらはスケジュールの一例です。進捗が良ければゆとりができ、逆ならばさらに苦しくなるでしょう。」
羊太郎は他二人と自分のスケジュールを見比べ、猪介に詰め寄った。
「僕ダンスのレッスン少なくない?!?」
「基礎も基礎から始めますから…おそらく必要ないかと。」
「えー!一緒にやりたいのに!!」
「スケジュール記載日は強制参加日です。その他の日もご希望ならご自由にどうぞ。」
「わ!やったー!じゃあ来よっと!」
「…まぁ、仮ですけどね…」
二人のやり取りから離れ、床に広げられた書類と手元のスケジュールを見比べていた城は、静かに顔を上げた。
「あの…」
「はい」
猪介の間を置かない返事に城は若干面食らい、再び視線を落とす。
「こ…この、プレデビュー…というのは、なんですか?」
「プレデビュー?!」
羊太郎は目を見開き、飛び上がらんばかりの反応を見せた。
「…本題はそこです。」
猪介が極めて落ち着いた様子で告げると、三人はじっと彼を見つめる。
「前回の皆さんのエチュードをルミさんとプロデューサーに見ていただきました。」
猪介の脳裏には『致命的』の文字が掠めたが、それを押し留め言葉を考える。
「舞台意識という点に関しては、皆さん問題ありません。しかし、いくつか無意識と思われる癖が出ているとご指摘がありました。」
「癖…?」
城が呟く横で、羊太郎と良磨は首を捻っていた。
「本当なら状態を完全に整えてからのデビューが望まれますが…皆さんの活動期間は五年。一刻も早く場慣れしてもらおうと、私とプロデューサーで決定いたしました。」
「ぐ、具体的にはなにするんすか?」
良磨が遠慮がちに問いかけると、猪介は眉間に力を込めた。
「Toy Boxとしてのキャラ固め…エチュードを主体とした公演です。」
「じゃあ僕はおもちゃの国の商人として演技するってこと??」
「そうなりますね。大まかな設定は以前ご説明したコンセプト案の通りです。」
「なら俺王子様だ…」
城が声を震わせて俯くと、羊太郎が大丈夫と軽く投げかけ背中をぽんぽんと叩いた。
「毎公演おもちゃの国の修繕を行います。まだ未定ですがテディベアを集めたり、パズルを完成させたりだとか…ストーリーの流れは台本としてお渡しします。しかし、細部のセリフなどは皆さんに即興で演じていただく必要があります。」
「それ…事故るんじゃ…」
良磨が引き攣りがちに呟くと、猪介は深く頷いた。
「皆さんは演劇に関しては初心者。おそらく無意識であろう癖もあり、今から基礎力を鍛えるのは一年前後かかると判断しました。」
噛み締めるような口調に、緊張感が高まる。
「それを待つのはもったいない。ですので、皆さんには演技を学びつつToy Boxとしての演技を癖づけてもらおうと。」
「Toy Boxとしての…演技?」
息を呑んだ城の横で、羊太郎は腕を組んで口を尖らせた。
「要はぁ、Toy Box特化の役者になるってことだよね?なんとなくわかったけど…プレデビューの間はアイドル活動はしないってことだよね??」
「はい、皆さんの中でのToy Boxが整い次第楽曲制作、正規デビューの流れです。」
「…一刻も早いキャラ固めが必要になるんですね…」
城は瞳を伏せ、何かを考え始めた。
「公演は幼児向け…主には未就学児をターゲットに行います。ですのでストーリーのブレや、多少オチが付かなくてもある程度は誤魔化せるかと。しかし、その分キャラ立ちは必要になります。」
「ルミちゃんみたいな感じだよね?お客さん巻き込んでトラブル解決みたいな」
「はい。文字通り先輩に学んでいただきます。」
「ルミさん、小学生人気すごいっすもんね」
「元は成人男性に人気でしたが、今や女子小学生の羨望の的になっていますね。」
稽古場は静まり返り、Toy Boxメンバーはそれぞれ頭を回転させていた。
「社長と話し合い、こちらのカードキーで朝七時から二十二時まで事務所への出入りを可能にしました。」
猪介は三人に一枚一枚カードを配っていく。
「この階は皆さん専用フロアになります。キャラ固めにはとにかく話し合いと実践、プロデューサーからのお言葉です。私も可能な限りお付き合いいたします。」
三人が覚悟を決めたように頷くと、猪介はほんの少し表情を和らげた。
「初公演は沢見所北のショッピングモール野外催事場で、来月末です。台本は七日後に完成します。それまでになんとか形にできるよう…頑張っていきましょう。」
一拍置いて、羊太郎が跳ねるように立ち上がる。
「をー!!燃えてきた!!ぜぇったい成功させるし!さっさと正規デビューするぞー!!」
「そうだね…来月末ならなんとかなる…かも」
「ま、もう決まってんなら仕方ないっすね!」
三人の反応に猪介は胸を撫で下ろし、広げた資料を回収し始めた。
「はいはーい!そしたらみんなでグループ作るよー!!」
羊太郎がスマートフォンを取り出すと、城は慌ててそれに応えた。
良磨も流れるように従うと、羊太郎は猪介をじっと見つめる。
「ねぇ」
「はい?」
「なぁんで無視!?」
「は?私ですか?」
「当たり前でしょー!!!」
羊太郎が顔を赤くすると、猪介は渋々といった様子でスマートフォンを取り出す。
そうして、彼らのメッセンジャーアプリには『Toy Box控え室』のグループが追加された。
はしゃぐ羊太郎を他所に、城は控えめに猪介へ近づき、顔を覗き込む。
「あの、それで…『無意識の癖』って…なんですか?」
猪介はぐっと手を握り込み、深く呼吸する。
「…今から、ご説明いたします。」




