29話 実践
「大体読めたかな?こっちから上、中、下…そこの印にサスがあるイメージ。この線が舞台と客席の境界線。大体わかりますか??」
「サスってなんすか?」
「サスペンションライトの事で、とりあえず立ち位置の目安だと思ってくれたらいいです!」
城と羊太郎の視線は台本に向けられたままだったが、ルミはそんなことはお構いなしに続ける。
「私が一度手を叩いたら開始、もう一度叩いたら途中でも止めてください!」
三人の控えめな返事を聞くとルミは口を尖らせた。
「返事はしっかり!それはいつでも絶対です!」
「ごめんなさい!」
慌てたように三人が謝罪すると、ルミは大袈裟に両手を振った。
「稽古場ならまだしも舞台だと事故にも繋がりますからねっ!」
「そうですね…」
「…次から気をつけよー!じゃあもう大丈夫かな?行きますよー!」
ルミが手を叩くとその音は稽古場の壁を反響し、鼓膜を揺らし、やがてその余韻は消え去る。
しかし、舞台は動かない。
(入りが一番難しいよねー…多分仕掛けるのは…)
ルミは両指をみぞおちのあたりで組み、静かに待った。
羊太郎が一歩前に踏み出し、傘を開くような仕草を見せた。
「振ってきたね〜」
城が羊太郎の半歩後ろに並び、独り言のように呟いた。
「そうだね」
「ちゃんと傘持ってきた?」
羊太郎が振り返ると城は気まずそうに目を伏せる。
「…ない」
「昨日言ったじゃん!!!」
大きく手を叩く音が響き、皆がルミに向き直る。
良磨は反射的にルミに「すみません!」と頭を下げた。
「なかなか難しいですよね!みんな一旦座りましょ〜」
ルミがその場にぺたんと座り込むと、三人もそれに合わせて静かに座る。
「羊太郎くんナイスファイトだよ〜、良かったから少し厳しいこと言っちゃいます!舞台上で後ろを向くのはあんまり良くないかな、かわいいお顔が見えなくなっちゃうよ!」
羊太郎は苦しげな表情で台本とルミを交互に見た。
「…前に来させないとダメってことだよね…?」
「それができたらなお良いって感じです!これはまた後で言うね。」
羊太郎は軽く返事をすると、再び台本を手に考え込んでいた。
ルミはうんうんと頷き、城を見つめる。
「す、すみません…セリフ、飛ばしました。」
「繋ごうって心がけは大事です!本番でもセリフが飛ぶことあるし、違和感もなかったからOKです!」
城は胸を撫で下ろしたが、瞳はルミを捉えたままだった。
「城さんは見せ方ができてていいですね!後ろにいても立ち位置は被らないようにしてたし、視線は落としても頭は下げすぎないから表情が見える。」
「え?あぁ…そ、そうですか?」
「……無自覚ですか??」
城が気まずそうに頷くと、ルミは目を閉じて暫し考えていた。
「なら多分、習慣として見られる意識がついてるんだと思います。これを自分でコントロールできるようになるのが理想かな…」
「は、はい。」
「そっか…うーん、モデルさんですもんね…」
自分に言い聞かせるように呟くと、一度大きく頷いた。
そして首を回し、良磨を見つめる。
「良磨さん!」
「はい!マジですみません!!」
「ずっと台本と場を見て、タイミング伺ってたのはわかりましたよ!でもあのセリフだと……なかなか割って入るの難しいよなぁ…うーん」
腕を組んだルミを前に、良磨は視線を泳がせていた。
「でも、本番だったら大事故ですからねぇ…」
「そすよね、アドリブぶっ込もうとも思ったんですけど」
「そうなんですよね、台本があるのに内容がわかってないから余計にかなぁ…」
良磨は申し訳なさそうに首を横に振っていたが、ルミはそれには反応せず声を上げた。
「じゃあそうだ!みんな自分の台本の一言目発表しちゃおうか?」
「…俺は『俺も』でした」
その言葉に城が良磨ににじり寄り、頭を下げた。
良磨はそれに驚き制止したが、城はうわごとのように謝辞を述べる。
「俺だぁ…本当にごめんなさい、俺『忘れてた』が一言目でした。」
「な〜るほど〜!?あ、僕は『振ってきたね』だったよ!」
「言えたの羊太郎だけかー」
ルミは三人の中から真っ直ぐに城を見つめた。
「うん、始めは城さんのセリフなんですよね。でもこの台本意地悪なんです…城さんなんで一言目言えなかったか教えてもらえますか?」
「え…?なんで…?返事だと思って…その次が『そうだね』だったので」
「うんうん、ですよね〜…じゃあ城さん、一言目のト書き読んでもらえますか?」
「『空を見上げながら』…?」
「うん、画を想像してみて欲しいんですけど……」
「画…」
城は静かに視線を伏せる、周囲が静まるとルミは声をひそめて呟いた。
「…これは独り言です。」
「ひとりごと…」
「実際にはそれを拾って良磨さんが返答するんですけどね!」
城はますます小さくなり反省モードに入っていた、その背中を良磨が摩り嗜める。
「独り言ってわかってても、自分が始めとはわからないんですから!こういう読み取り方もあるよって感じです!」
ルミが明るく微笑むと城は控えめに頷いた。
「空を見上げながら、忘れてた。この台本だけだと無数の解釈ができます!」
ルミはぴょんと立ち上がり、壁際へ歩んだ。
皆の視線が自分に向いていることを確認する。
突如前に走り寄ってきたと思ったら、肩で息をしながら天井を見上げる。
「忘れてたっ!!!!」
叫び声を残して大慌てで再度壁際に走っていく。
今度はゆっくりと前へ歩みながら、鼻歌を歌い左右に揺れた。
ふとピタッと静止すると顔を上げ、不気味に口角を上げる。
「…忘れてた」
良磨が「おぉ」と声を漏らすと、羊太郎が飛び上がる。
「すごいすごい!」
「えへへ、まだまだできるよ〜?」
「やっぱり、面白いですね…」
城は呆然としつつも、柔らかい笑みを浮かべている。
「そう、同じ台本でも人によって演じ方が変わる!そこが演劇の難しくて面白いところです!」
ルミは満面の笑みで言い切ると、再度床に座り込んだ。
「今回は自分のセリフしか見られないんだし、予想するのは大正解ですよ!最初にも言いましたがトライアンドエラー!もう一回やってみましょう!」
羊太郎は屈伸などを繰り返し、落ち着かない様子で立ち位置に着いた。
城の顔からは緊張の色は引かないが、真っ直ぐと舞台を見つめる。
良磨はその横で深呼吸すると頬を両手で軽く叩いた。
稽古場は静まり、始まりの合図を待ち構える。
ルミは小さく息を吸うと両手を構えた。




