28話 稽古
Curtain Rise四階。ここは稽古場や更衣室、シャワールームが並ぶ、完全にタレント用のフロアだ。
城たちToy Boxは着替えを終え、稽古場にて簡易的なストレッチを始めていた。
「のびのびすれーばー♪」
「なんで覚えてんだよ!!」
羊太郎が口ずさむとすかさず良磨が阻止する、城はそれを笑っていた。
「えーいいじゃん、のびのび体操〜」
「マジで黒歴史だって」
「黒歴史って…?」
「嫌な記憶的な…」
「へぇ…でも、のびのび体操…俺は好きですよ」
「城!!」
「僕なんて第四まで振り覚えたもんね!」
「羊太郎!」
三人が親睦を深めていると、稽古場の重たい扉が開かれた。
「おはようございます。」
「あ!猪介おはよ!」
羊太郎が立ち上がると、釣られて二人も立ち上がり挨拶を交わす。
「その、先生ってもういらっしゃるんですか?」
城が恐る恐る尋ねると猪介は腕時計を確認した。
「おそらくもうすぐです、ストレッチは済みましたか?」
「はい」
「大丈夫っす」
「ばっちり〜!」
三人の即答に猪介は小さく頷く。
「皆さん、難しく考えずに…素直にしていただければと。無理に演じようとするとかえって逆鱗に触れますから」
「げ、逆鱗…?」
「結構きつい人すか…?」
城と良磨が心配そうに猪介へ問いかけていると、小さく物音が響いた。
「?なんの音ー?」
羊太郎は音の出どころを探り、扉の前へ辿り着いた。
「……いらっしゃいましたね。」
猪介が羊太郎の横に並び、扉を一気に開け放った。
「わあ!」
「えっ」
「あ!?」
三人が声を上げると同時に、一人の少女が入室する。
まるでうさぎのように跳ねる足取りは軽く、揺れ動くツインテールが耳のようだ。
「はじめましてっ!」
三人の目の前でピシッと止まり、可愛らしい顔を精一杯に凛々しく取り繕う。その様がなんとも幼気で愛くるしい。
「ル!ルミちゃんだぁ!!」
羊太郎が興奮気味に声を上げると、ルミは両手で口元を覆い、大袈裟に目を見開いた。
「嬉しい!ルミを知ってるの〜!?」
「し、知ってるもなにも…」
良磨が呟くとルミは両手を胸元に引き寄せた。
「嬉しい〜!!!」
とびきりの笑顔が弾けると、その場でクルッと一回りして見せた。
あまりに軽い足取りがますます周囲を惹き込む。
「改めましてっ!あにまるzooのメイドうさぎ・ルミです!今日はおもちゃの国にお招きいただいて…感激うさ〜〜!!」
この場を完全に支配した彼女は、一歩下がると全員の顔を見回した。
「えへへ、急にこんな感じで来られたらびっくりしちゃいますよね??」
ルミは先ほどより柔らかい表情で首を傾げている。
今までの軽い足取りとは打って変わって、彼女は確かに地に足をつけて立っている。
「ルミさん、お忙しい中スケジュール割いていただきありがとうございます。」
猪介が頭を下げると、Toy Boxの三人も続いて感謝を述べた。
ルミは両手振って「気にしないでくださいっ」と微笑む。それはごく普通の少女の笑みであった。
「一応知っているかとは思いますがToy Boxの…」
猪介が城に視線を送ると、彼は身を強張らせた。
その様子を見た羊太郎が割って入る。
「はいはい!加賀羊太郎です!演劇はしたことないんですけどダンスが好きです!ルミちゃんのライブは何回か観に行ってて…超尊敬してます!」
ルミが手を差し出すと羊太郎はそれに応え、握手を交わす。
「羊太郎くんだね!育美ちゃんから聞いてます!ダンスが上手で配信とかもしてたんだよね?それに頭も良いって!…確かにしっかり者ですね。」
彼女はそっと手を離し、視線を良磨へと向けた。
「え、あ、牛頭良磨です。え〜っと、小さい頃から器械体操をしてまして…芸能活動も少しだけして…」
良磨が言い終わらないうちにルミが手を伸ばした、良磨は一瞬怯んだが手を取る。
「良磨くん!体操のお兄さんだったとか!唯一の演技経験者…になるのかな?歌も上手ですよね!それで、うん、すっごく優しいですよね。」
和やかな表情のまま手を離したルミは、良磨から城へ視線を移した。
「…あ…と、酉脇城です…も、モデルをしてました…?」
しどろもどろな様子の城を見て、ルミは声を上げて笑った。
「知ってますよー!親会社のエースなんですから!城さんっ、とってもすごいモデルさんですもんね!まさかアイドルになるなんて…一緒に頑張りましょうね!」
ルミは城の手を取り微笑む。
「わ、わぁ…あの、俺演劇って前ワークショップでやったっきりで…初心者なんですけど…よろしくお願いします。」
「え!やったことあるんですか!」
「は、はい、一応…千古座って劇団で…」
「千古座…?」
城は首を横に振り、ルミから一歩離れた。
「で、でも、本当に一回だけで…全然経験者ってほどじゃ…」
「でも千古座ですよね?」
「え…あ、はい…?」
ルミは数秒考えた後、三人に向き直った。
「皆さんはCurtain Riseの社歴って知ってます?」
三人の顔に疑問符が浮かぶと、ルミは苦笑いで応えた。
「じゃあ、マネージャー」
猪介は我関せずを貫いていたが、この振りは躱わせず渋々語り始めた。
「あー…えっと、Curtain Riseは蒼凛舎がヴィエルジュ・プロダクションを吸収したことで設立された会社です。」
「そうだね!ヴィエルジュのことはわかるかな?」
「…ヴィエルジュ・プロダクションは現在蒼凛舎役員の草野、そしてCurtain Rise現社長の町田によって立てられました。」
「うん。それでその二人は?」
「…千古座の出身です…お二方以外にもヴィエルジュには千古座出身の方が多く…事務だと清水さんとかがそうですね…」
ルミは手を打ち、真面目な面持ちで三人を見つめる。
「そう、千古座は私たちの原点。無視できない存在なんです。」
稽古場に声が反響すると、静かに頷き表情を崩さないまま続けた。
「猪介くん始めよっか」
ルミの一声に紙の束を取り出した猪介は、三人にそれを手渡した。
「これ…」
「台本すか?」
「……え、でもこれって…」
それぞれがページを捲り、中身を確認する。
「城さん見たことある?」
「…俺はやってないんですけど、こういうのがあるってのは聞きました」
「そっか」
ルミは一人一人の表情を確認して微笑む。
「それは台本です、皆さんにはそれを演じてもらいます。」
「でもルミちゃん、これ…」
「そう、その台本には一人分のセリフとト書きしか書いてない。」
「え、一人劇ってことすか?」
「ううん、三人でやってもらうよ。」
「?」
「三つとも内容が違うの、でも…噛み合うようにできてる。相手のセリフを聞いたり動きを見て、自分の役をこなして…みんなで一つの劇を完成させてね。」
「パズルみたいな感じ?」
「そんなイメージかな!あ、もちろん相談なしでね!トライアンドエラーでやってみよー!」
羊太郎は台本を捲り、考えていた。
「確かに…返事みたいなセリフも多いから…できそうかも?」
「…読むのに必死になったら聞き逃しちゃうよね」
「動きも見とかねぇとタイミング逃しそうだしな…」
「一度全部読み込んだら始めるよっ」
三人の反応にルミは満足そうに頷いた。
「舞台に立つってことが…演じるってことがどういうことか、しっかりお勉強しようね!」
彼女が陽気に呟くと猪介は壁際に引き下がる。
ただの部屋だった稽古場が舞台になったことを察して、観客になることに徹していた。
舞台上では皆が真剣な面持ちで紙面と見つめあっている。
その中でルミだけが、楽しげな笑みを浮かべその光景を眺めていた。




