26話 心配
(…これは…)
猪介はノートパソコンを睨みつけた。
コンセプト案をまとめたスライドショー、内容は先日ノートに書かれていた事と平井が語ったこと。
しかし、イメージ画が加わり鮮明になったビジュアル案は、想像していたより奇抜なものだった。
良磨は全体的に髪色を明るくして、緑のメッシュ。これはいい。
羊太郎の今の髪色はベージュのような落ち着いた色だ。
しかし、ビジュアル案は全体が薄ピンク、襟足に黄色のグラデーション。かなり派手だ。
これは保護者の許可取りに苦労するだろう…
猪介は頭の奥が疼くのを感じ、ネクタイを緩めた。
そして、城。
彼はまず現在のボブカットヘアを全体的に短くする。
ただし、顔周りは長いまま残す。
そしてその右側と襟足部分を青く染め、染めていない左側は後ろに流す。
セットされた状態は奇抜ではあるが、舞台用と考えれば問題ない。
しかし、これで日常生活を送るのは…
「はぁ〜…めんどくせぇな…」
ふと腕時計を確認する。
あと数時間。それまでに上手い社交辞令を用意しないといけない。
猪介は腕を組み、天を仰いだ。
(これを…どう伝えればいい?モデルとしてのプライドを傷つけないように…)
重くなった頭は、一定間隔で鈍い痛みを訴えていた。
簡易スクリーンを設置し、ノートパソコンとの接続を確認すると会議室を後にする。
ロビーには誰もおらず、離席中の立札が鎮座した受付はもの寂しさが感じられる。
猪介は入り口ドアに反射した自らの姿を認めると、襟元を正した。
社会人のコスプレをしているように感じていたスーツも、今は普段着と大差ないほど目に馴染んだ。
メガネを掛け直し、そのまま外を眺めていると少し先に良磨の姿が見えた。
大きなあくびをしながら、緩い歩行スピードで進んでいる。
彼のためにドアを開け放つと、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あざっす」
「おはようございます、また一番乗りですね。」
「社宅が近くてよかったです」
良磨は語尻にあくびを含ませた、猪介の視線に気がつくと気まずそうに顔を逸らす。
猪介はドアを閉め、良磨を談話スペースまで先導した。
「昨晩は遅かったんですか?」
「いや〜全く、二十一時には意識無かったっすよ。」
「そうですか」
二十一時。
その頃猪介は就寝どころかまだ事務所にいた。
今日、彼らへコンセプト案を落とし込むために、自ら理解を深めようと資料と向き合っていたのだ。
最中、何度も高校時代の担任の顔が過り、それが猪介に多大なるストレスを与えていた。
(あいつならきっと、上手くやるんだろうな。)
そんな思考が何度も脳を掠めたが、その度に頬の内側を噛み締めやり過ごした。
ふと気配を感じ、入り口を見やると城の姿があった。
入り口から談話スペースは死角になっているのか、ドアノブに手をかけつつも、不安げに覗き込んでいる。
本当にここで合っているのか?とでも言いたげな表情だ。
何度も訪れているというのに、何をしているんだ?
猪介は呆れて肩の力が抜けてしまった。
そのままふらふらと入り口ドアに向かおうとした瞬間、城の背後から羊太郎が顔を出す。
何か話しかけたのだろう。城は大袈裟に跳ね上がり、羊太郎はその様子を揶揄いつつドアを押し開けた。
「あ!いたいた!」
「よかった〜!閉まってるのかと思って…」
「なわけないじゃ〜ん」
二人はけらけらと笑いながら猪介たちの元へ駆け寄った。
全員が思い思いに挨拶を交わすと猪介は三人を会議室へ案内した。
足を踏み入れた途端、羊太郎は感嘆の声を上げた。
「わー視聴覚室みたーい!」
「なにそれ?」
「え!?知らない?!良磨わかる??」
「映画とか見る教室だろ?」
「へぇ!そんなのがあるんだ??授業で…ってことだよね??」
「そーそ」
城を軸にしたメンバー選定が効いたようで、予想よりも遥かに早く三人は打ち解け始めていた。
「お話中すみません、始めますね。」
猪介の一言に和やかな空気が少しの締まりを見せた。
スクリーンには平井がまとめたコンセプト案が画像付きで映し出される。
「Toy Box!採用だー!」
「おもちゃの国…?」
「はい、皆さんはおもちゃの国の住人として活動してもらいます。」
「お〜」
感触は悪くない、羊太郎はもちろんだが城と良磨も明るい表情だ。
「ここからが衣装デザインなどになります」
羊太郎の瞳が輝くのに対し、猪介の緊張感は高まっていく。
「まず、城さん。」
衣装や髪型のイメージ画が映し出された。
しかし猪介は、城の顔を確認せずに淡々と説明を開始した。
「おもちゃの国の王子様、大元は王子コンセプトらしく軍服ベースのデザインですが、所々にリボンやフリルなどをあしらっています。」
羊太郎と城は口々に可愛いと反応する。
明るい声色にようやく表情を確認すると、城は肩をすくめ赤面していた。
「お、俺が王子様ですか…?えぇ…できるかな」
「ぴったりだよー!」
「めっちゃ似合うっすよ!」
和気藹々とする三人を前に、猪介は声のトーンを一段落とした。
「それで、ご覧いただいた通り…城さん、髪を切っていただきたく…」
「え…?」
城の反応に一瞬、時が止まった。
「このイメージ画だと伝わり辛いですね。」
沈んだ空気の中、猪介の操作で髪型のみを取り上げたイメージ画が表示される。
「このように襟足部分を短く…」
淡々とした説明を遮り、城が声を上げた。
「切っていいんですか!!?」
突然の大声に皆の視線が集まると、城は途端に勢いを失う。
「あ、あの…ほら、俺ヘアケア用品の広告やることも多かったから…ずっとこの髪型だったんですよ…」
「綺麗だからね〜」
「なんて言うのかな…俺と言えばみたいに思われてたみたいで…でも、切っていいんですね…」
城は噛み締めるように語っていた。
「それと城さん、部分的にですが染めていただく必要が…」
「染め…!?髪をですか?!この絵みたいにですよね…!に、似合うかなぁ…?」
両手で頬を抑え背中を丸める城を羊太郎と良磨は口々に励ました。
「似合うでしょ!」
「すげぇ想像できますよ」
「そ?そう?わぁ…俺染めるのも初めてなんです…色落ちとか…大変なんだよね?」
「赤とかにするとシャンプー真っ赤になるからびっくりするよ」
羊太郎は真剣な面持ちで顔を寄せる。
「ええ!?それは怖いね…」
「城さんは明るめの青を予定しています。」
「真っ青になりますね」
良磨の発言に城は「えー?」とくすくす笑った。
「大きくは変えられませんが、細かい長さや色はご希望があれば…」
「ないです!ふふ、母さんびっくりするだろうなぁ〜」
猪介は城の様子を受け、心配が杞憂に済みそうだと安堵していた。
しかしまだ緊張は解かずに、じっと城の瞳を見つめる。
「それと…目、ですね」
「目?」
「ヘーゼルアイ?だっけ!超綺麗だよね!」
羊太郎がはしゃぐと、城は気まずそうに口元を結ぶ。
「とても特徴的で素敵なのですが…その」
「は、はい…」
「…髪色に合わせて、こちらも…青色のカラーコンタクトの着用をお願いしたいのですが」
「…コンタクト…?」
城は静かに顔を伏せ呟く、少し声が震えていた。
「もったいないんじゃないのー?」
「…魅力的なのは重々承知です。」
猪介は説得するしかないと考え、昨晩叩き込んだコンセプト解説を改めて組み立て直す。
気まずい沈黙が続く。
すると、城がゆっくりと顔を上げた。
「ごめんなさい…」
「いえ、まだ意図を説明できていませんので…この配色は」
「あ!いえ…その!!俺…コンタクトってつけたことなくて…」
「は?」
拍子抜けした猪介は、自分の失言を誤魔化す余裕もなかった。
「コンタクト、つけたことないんです…い、今から練習しないと!」
「すぐ慣れますよ!」
「良磨さんコンタクトですか?」
「中学の時からっすね〜」
気の抜けた対話を尻目に、猪介は大きく息を吐いた。
「じゃあ…城さんはこんなもので…次…」
その後も事務的に説明を続ける、もう一つの不安要素であった羊太郎も
「もっと派手な色もやったことあるけど何も言われなかったよ〜?」
とあっけらかんとした様子だった。
その言葉に猪介はいよいよ脱力し、
「じゃあ…今日の俺の仕事は終わりです…」
と空席にへたり込むように座ると頭を抱えた。
三人は各々に猪介を労いつつ、初めて見るマネージャーの素を楽しんでいるようだった。
その後も着席したままコンセプト説明を進める、三人の反応は上々で思い思いの感想や考察を述べていた。
「僕商人かー!ねぇ、これ見習いとかじゃだめ?」
「…提案してみますが、なぜですか?」
「なんかね〜そっちのがやりやすそう!」
「…?わかりました…実際に役を演じる中で、変更したいということもあるかと思いますので…その際には教えてください。」
「ま、やってみないとわかんないっすよね〜」
羊太郎と猪介の会話を聞いていた良磨は、頬杖をつきながら呟いた。
「はい。プロデューサーからもとにかく練習を積むようにと指示されています。」
「わー!楽しみっ!」
「講師?とか呼ぶんすよね?」
良磨の問いに、猪介はようやく姿勢を正した。
「はい、Curtain Riseで活動する上で、これ以上はいない講師をお招きします。」
猪介の発言に三人も姿勢を正す。
「誰だろ?」
「怖い人じゃないといいけど…」
猪介は事務的に、初稽古は三日後だと告げた。
三人は各々緊張感を持ちつつも、どこか期待に満ちた表情を浮かべるのだった。




