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Curtain Rise!  作者: 風見ことは
開演
25/33

25話 構築



「お願い…ですか?」

「はい。」

平井はノートを握りしめ、顔を伏せた。


「酉脇城は一つのブランドとして確立している。」

猪介はその言葉に聞き覚えがある気がした。


記憶を辿る間もなく、平井が続ける。

「…彼の元マネージャーがインタビュー時に言っていました。」

「ああそれか」

「彼のトレードマークとも言えるあの美髪、ファンを虜にして止まないヘーゼルアイ。」

「確かに特徴的ですね。」


「そう。あれは彼のモデルとしての象徴。」

平井はノートを静かに置くと、拳を握り込む。


「それら全て、置いてきてもらいます。」

「?」

「髪は切り、部分的に染めます。目はカラーコンタクトで…モデルとしての形をなるべく崩す…」

猪介は小さく息を吸い込んだ。

今日対応した人々の非難が集中することを、容易に想像できたからだ。


「…まぁ…いいんじゃないっすか?心機一転ってことで」

「…この際世間の目はどうでもいいんです、致し方がない。しかし、私の心配と頼みはここからです」

「はい」

「酉脇氏自身が受け入れられるかどうか…プロとして保ってきたものでしょう…?」

「…そう、ですね」


城の無自覚さは猪介自身、何度も視認してきた。

しかし、モデルの仕事において彼なりの覚悟があったことも確かだろう。

猪介は口元を手で覆い、机の無垢な白さをじっと見つめた。


「モデルとしての過去を捨てろというわけではない。しかしそのイメージが付き纏う限り、アイドル…Toy Boxにはなれません。」

「…」

「Toy Boxは童心の象徴。夢を抱き、駆け抜けたあの頃そのものです。」

「コンセプト…」

「はい。台本の話をしましょう。」

平井はノートを捲り、猪介の前に差し出す。


「彼は私たちが絵本で見た王子様、あの頃の憧れそのものになっていただきたい。」

「童心の象徴ですか」

「飲み込みが早い、彼自身の透明さを活かしたコンセプトです。」

猪介はノートに書き込まれた『あらすじ』の文字列を目で追った。


「かつて夢と娯楽に溢れたおもちゃの国は『災害』によって半壊した。それを復興させ、かつての輝きを取り戻す。それが『Toy Box』の彼らです。」

「お遊戯会、ですね。」

「実力者のお遊戯会、それは譲れませんから。私たちの失った童心の欠片を彼らに集めてもらう。それを行う上で完成された彼はノイズでしかない。」

「…」

「再構築。彼自身とおもちゃの国の話です。」

猪介は腕を組み、思案する。


真っ先に思い浮かんだのは工藤の顔だった。

あの人がこれを許すのだろうか?


「これはもう、上に上げたんすか?」

「一応本日メールしました。」

「…返信は」

「まだです。しかしこれを歪める気はありません。彼がCurtain Riseで活動する以上、私は全力で戦います。」

「…そすか」

「ですので谷口氏、事務作業はひとまず置いてください。メンバーと向き合ってください。このコンセプトの意義と狙いを詳細にお伝えします。混乱反発…全てと向き合い、戦ってください。」


猪介は腕を下ろし、椅子に深く座り直す。

ノートに貼り付けていた視線は、ゆっくりと平井へ移った。


「はい。」



その返答に平井は満足そうに頷くと、一人一人の役割を説明し始める。


「酉脇城、おもちゃの国の王子でToy Boxの象徴です。グループの方向性などは彼が軸となります。」

「はい。」

「牛頭良磨、おもちゃの国の騎士で守護者。復興における行動の主軸は彼でしょう。」

「騎士…」

「加賀羊太郎、おもちゃの国の商人。Toy Box全体の計画、仕掛け人になるのは彼です。企画と運用ですね。」

「……すみません、よくわかりません。」


困り顔の猪介に吹き出した平井は、そのままの調子で続けた。

「大丈夫です、設定だけ述べられても混乱しますよね。」


広げられたノートを指差し、一つずつを解説する。

象徴、メタファー、アレゴリー…平井の口から出る言葉の数々を浴びながら猪介は

(現代文の授業を真剣に聞いておくべきだった)

と後悔していた。



長々と続いた講義を終えると、平井は軽く呼吸を整える。

「……とまぁ、このように表面上はおもちゃの国という軽い題材ですが、テーマと裏設定を綿密に練ってあります。」

「……これはどこまで共有すれば?」

「とりあえずは表面上のことを。台本に触れてもらい、彼らが役を通じて得たものをテーマに反映させていきます。」

猪介はノートを見つめたまま呟いた。


「…遠回りじゃないっすか?」

「生きたセリフが欲しいんです。しかし、それはこちらの話。彼らにはとにかく演劇に触れ、演じることを学んでいただきます。」

「…」

険しい顔で黙り込んだ猪介を、平井は見守った。


「…その…正解を与えるんじゃなくて、正解までの道筋を整える…ってことですかね?」

「はい、今はその認識でよろしいかと。」

「思わぬ方向に逸れる可能性は…」

「その時は私が台本と裏設定を更新します。」

平井の即答に猪介はたじろぎ、彼女の手元を見つめた。


「大変っすね。」

「楽しいですよ。」


濁りのない彼女の言葉に、猪介は黙り込む。


Curtain Rise唯一の所属アイドル・ルミ

彼女をプロデュースし、地下から国民的まで引き上げた張本人、平井世良。


彼女の手腕と本質を、猪介は初めて実感した。


「…とにかく俺は、あいつらへの落とし込みとメンタルケアに努めます。」

「はい、充分です。」

「……引き受ける以上は半端なことはできねぇんで、聞いていいですか?」

平井は軽く笑い、頷く。


「この『災害』ってのは原因があるんすよね?」

「はい、一応。」

「これは…」

「仮想敵です。」

「仮想敵?」


ノートを閉じた平井は指を組み、軽く伸びをした。

「Toy Boxが持つ共通目標は」

「復興ですよね」

「それには原動力が必要ですよね」

「…復讐すか?」

「そうなってしまうかもしれない、でもそれを決めるのは彼らです。」

「……」

「狙いとしては復興は目の前の目的、災害は継続的な仮想敵。1話完結か長期的か…その違いです。」

「なんつーか、具体的にこれとは決まってないんすよね?」

「……いえ、私の中では確定しています。しかしそれは、役柄を育てる上で余計な情報なんです。ですので谷口氏にも伏せます。」

「…俺もわからなくていいんすか?」

「あなたには彼らと一緒にToy Boxを育てて欲しいんです。」

「……わかりました。」



平井はメガネを外し、蛍光灯に透かすと掛け直した。

「かなりの荷重負担だとは思いますが…幸い、頼れる先輩は多いです。」

「はい。」

「不安でしたら私以外にも…」

平井の心配を打ち消すように猪介は身を乗り出す。

「とりあえずは俺の仕事なんで、どうしようもねぇとこ以外はなんとかします。」

「……そういう義理堅いところをみんな信用していますよ。」


平井がゆったりと微笑むと、猪介は途端に気まずそうに身をすくめた。

「あぁどうも。」

「とりあえずは表面上のコンセプト共有と…その…」

「髪と目っすよね。」

「…はい…健闘を祈ります。」

「先輩も。工藤はだいぶめんどいっすよ、粘着質だし」

「あはは!私も尽力しますよ、幸い実績という武器があるので」


二人はお互いの笑みを確認すると、どちらが言い出すでもなく立ち上がる。

伽藍堂となった小会議室には、ほんの少しの熱が残っていた。



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