24話 対応
「--お電話ありがとうございます」
「はい、こちらといたしましては…」
「ええ、ええ…」
各々が作った他所行きの口調に、けたたましく鳴り響く着信音。
Curtain Rise三階にある三つの会議室は常に開け放たれ、社内外問わない人々が激しく出入りしていた。
休む間もなく新たな着信音が鳴ると、心底面倒そうに受話器を手に取った木村は定型文を繰り返した。
その横で猪介は対応を終え、フックスイッチを押し込んだ。
間髪入れぬ着信にワンコール待って応対する。
「お電話ありがとうございます、Curtain Rise谷口がお受けいたします。こちら酉脇城に関するお問い合わせ窓口でございます、ご用件お伺いいたします。」
マニュアル通りではあるが多少自分用に再構築した文言。
電話口の相手は暫しの無言を貫いた。
「…まずは二点伺いたいのですが…」
耳に響く低音。
しかし若年層であろう声色は、冷静さを保とうとしているのか少し震えている。
「はい。」
猪介はこの通話相手に物珍しさを感じた。酉脇城のファン層は若くても四十代後半か五十代程度が主だったからだ。
「彼は…酉脇城はそちら…Curtain Riseに移籍…するのですか?」
声色だけではない。言い淀み、なんとか平静を装おうとする必死さが学生のそれだと感じていた。
「今後の活動についてはCurtain Riseで行います。」
「…そうですか。」
移籍ではないが、これは明言を避けるようマニュアル化されている。
電話口ではか細い呼吸音が鳴っていた。
悶えているようだ、とほんの少し居心地の悪さを猪介は感じていた。
「これは…彼の希望なのですか?」
「酉脇城本人の意思です。」
「……そう…ですか」
受話器を遠ざけたのか手で覆ったのか雑音が響く。
微かに聞こえる嗚咽から、通話相手の悲壮感がひしひしと伝わっていた。
城にはこんなファンもいる。
それが伝わっていたのなら何か変わったのだろうか…
そんなことを考えながら待機する。
「すみません、ではもう一つ…そちらでは、その、アイドルタレントを扱っていますよね」
「はい」
「つまり…その、か、彼は…アイドル…に?」
「誠に申し訳ございません、活動内容に関しましては今後の発表をお待ちください。」
沈黙が続く。
彼のような若いファンが今後も城を応援してくれたら、城はさぞ心強いだろう…
無音の間考えていた猪介だったが、マニュアルでは一対応につき三分以内を目標とされている。
そろそろ区切りをつけたほうがいいと判断し、締めの一言を紡ぐ。
「場所こそ変わりますが酉脇は今後も懸命に活動して参ります、ご承知おきください。」
これもマニュアルの文言、ただし猪介なりの配慮を加えた言葉だ。
相手の返事を聞いたら通話を終了する。そのつもりで待っていたが、電話口からは先ほどより激しい呼吸音が聞こえてくる。
「…ぁ、あなたは…」
「…はい。」
「貴方は何を仰っているのですか…?」
「はい」
「酉脇…城が…ら、ランウェイを…自らランウェイを退くと…!それをなぜ止めないのですか?!」
「…申し訳ございませんが、本人の意向ですので。」
「それがファッション業界にとってどれだけの損失になると!?工藤史紀氏は何をしているのです!!?」
矢継ぎ早に飛ばされる言葉達、熱気漂う電話口とは対照的に猪介の心は冷え切っていた。
「まさか秋のコレクションも見送るのですか!?そんなことが許されるのですか!!」
向こうにもマニュアルがあるのかと疑うほどに聞き飽きた文言が続く。
城のファンは一様にして、彼のことを美術品か資産のように捉えている。
若年層のファンですらこの様子。
それならこれから城の行く道は、きっと茨の道になるのだろう。
猪介が脱力すると、熱が引いた通話相手は、精一杯の平常心を取り戻していた。
「……今年度の秋コレクションに関しましては仰るとおり選出を辞退しております。詳しくはお答えできかねます。申し訳ございません。」
淡々と返すと、またしくしくと泣き声が響く。
こうやって引退を惜しんで、大人しく泣いているのなら幾分か愛嬌があるというのに
なぜ城のファンは価値だとか損失だとか大袈裟な語句を使うのか。
猪介は受話器に繋がるコードを弄びながら、相手が泣き止むのを待っていた。
「…わかりました、ありがとうございました…」
息が上がっているらしく、辛うじて聞き取れた言葉。
猪介は姿勢を正し、事務的にいつもの流れを続けた。
「Curtain Rise谷口がお受けいたしました、お電話いただきありがとうございました。」
通話相手は受話器を置いたようで、無機質な電子音が響く。
猪介が受話器を戻すと再び着信音が彼を急かした。
数時間後。会議室の窓に広がる景色は仄暗く、室内の冷たい蛍光灯の光ばかりが煌々と目を刺す。
ようやくコールセンター業務は終了した。
言葉数少なくそれぞれがその場で立ち上がり、体を伸ばす。
「っはー終わった終わった」
「お疲れ様です。」
「ラーメン行こうぜ」
木村が首を伸ばしながら言うと猪介は目を逸らした。
「いや、俺はいいっす…」
「なんだよー今日はヘルシーなのにしてやるから!」
「ヘルシーってあれっすよね、野菜が盛ってあれば…みたいな」
「よっし行くぞ!山本ー!谷口連れてメシ行こうぜ!」
「ぁ゛〜」
山本は眉間を揉みながら、声にもならない声で応答した。
三人が連れ立って会議室を出ると、丁度平井がこちらに向かって来ていた。
「お、平井プロ」
「皆さんお疲れ様です、コールセンター…殺伐としていましたね…」
平井が控えめに三人を見上げると、彼らは気まずそうに目を合わせ、深くため息を吐いた。
「一日限りなんでなんとか…」
「谷口っすよね?んじゃ残業がんばれよ〜」
木村と山本は挨拶もそこそこに、猪介を視線で労うとエレベーターに乗り込んだ。
それを見送り平井は小会議室へ歩み出す。
猪介は無言のまま彼女の後に続いた。
「谷口氏、すみませんお疲れのところ」
「いえ、頭は使ってないんで…」
「なら頭を使っていただこうかと」
平井はパーカーのポケットから何かを取り出し、ゆらゆらと振る。
「もう…決まったんすか?」
平井が握っているそれは、猪介が城たちの会話を録音したレコーダーだ。
「はい。それはもう強固に」
小会議室へ辿り着くと、どちらともなく腰掛ける。
平井は熱の篭った視線で猪介を捉える。
「正直想定外でした」
猪介の返事を待たずに平井は続けた。
「おもちゃ箱。様々な個性が集まり楽しみが詰まっていて…サプライズのような不安要素がない。」
「そすね」
「そして…どこかノスタルジーを感じる…彼らにピッタリですよね、本当に」
平井は再度録音を再生しつつ猪介の反応を見守る。
「…この三人の長所は素直なところですよ。みんな何かしらの経験を積んできた。だからこそのプロ意識はありつつも、肥大化したプライドがない。」
平井は噛み締めるように呟くと、ノートにペン先を走らせた。
「受け取ったものを素直に受け入れて、何かを返そうとする…確かな実力を持った青年たち…」
忙しく動かしていた手を止め、彼女は猪介にノートを差し出した。
『Toy Box』
力強く書かれた文字が、何重もの円で囲まれている。
下部には素直、純粋、興味、娯楽、童心、回顧…とテーマワードが並ぶ。
「…まんまっすね」
「ええ、彼らを軸にしたコンセプトなので。これで行きます。谷口氏、彼らと同等かそれ以上にコンセプトを理解していただきたい。」
「はい、お願いします。」
猪介の流れるような返事に平井はゆっくりとノートを手元に引き戻す。
「それと…」
平井はノートをじっと見つめ、猪介に向き直る。
「谷口氏、お願いがあります。」
昼間の喧騒が嘘のような静けさの中、平井がひいた椅子の摩擦音だけが響き渡った。




