20話 理解
城は、そもそもクライアントの連絡先は知らないと語った。
「俺に直接とか…ないですよー今の時期絶対忙しいですし」
彼の話だと、この時期から有名ファッションウィークのモデル選出が始まるそうで「俺に構っている暇はない」と言い切っていた。
「…ますます気をつけていただきたいのですが…」
「えー?大丈夫ですよ〜」
やけにへらへらとした声色を猪介は、空恐ろしく感じる。
この無自覚こそが蒼凛舎を過敏にさせたのだ、と知らない連絡先は全て無視しろと念押しし、通話を終了した。
「どうだった?」
「大丈夫そうっす」
「まぁ素直だよな、扱いやすい」
山本はマニュアルを眺めながら呟く、猪介には読み上げているようにも感じられた。
「…逆に扱いにくいすけど」
山本の顔をじっと見て発言する。
しかし、山本の視線はマニュアルに貼りついたままニヤッと口元を歪める。
「神経質にはなった方がいいな」
「…」
この認知の差は埋まらないだろうと直感し、だんまりを決め込む猪介を、山本は「お前は元々神経質か」と笑った。
「そうっすね」
山本は猪介の気のない返事を気に留めずページを捲る。
「元蒼凛舎メンバーなら俺と、山本さんと木村さん、あと…藤井女史?」
「…」
猪介は顔を上げてじっと覗き込んでくる山本に、思わず顔を逸らした。
「なんすか?」
「お前は見込みありだよな」
「はぁ?見込み?」
「社長相手に言い返すんだから、クレーマーなんて余裕だろ?お前の手腕が楽しみだな」
この場合の楽しみは査定に近い。
猪介は眉間に皺を寄せつつ「はあ」と気の抜けた返事を返した。
マニュアルを元に注意事項を共有された猪介は、ようやく面談室を後にする。
疲弊した猪介に、正面デスクの清水はちらちらと視線を送る。
「…や…谷口くん?」
「はい」
「大丈夫?」
「はい。」
botのような返答に清水は手を止め、真っ直ぐと向き合った。
「…コールセンターの件だよね?藤井ちゃんも頭抱えてたから、大変なんだろうなと思って…」
猪介は黙って返答を練っていた。
「山本さんと木村さんスパルタだからさぁ…」
「基準値が高いだけですよ」
「それはわかってるんだけどさぁ…谷口くん、キツかったら言ってね」
「ありがとうございます。」
清水は口を尖らせ納得はしていない様子だったが、猪介がだんまりを決め込んだのを察すると、深くは追求しなかった。
「……」
猪介は清水の暖かな視線を受け流し、スケジュールを確認し始めた。
ぬるま湯のような空気の中に、けたたましい電子音が鳴り響く。
冷水を浴びせられたように清水が身を跳ねると、猪介は急いで受話器を手に取る。
「お電話ありがとうございます。株式会社Curtain Rise谷口が承ります。」
「あっ!僕です、加賀羊太郎です。」
少しトーンが落ち気味ではあるが、確かにオーディション時に聞いた少年の声。
ほんの少し語調が強く、怒っているか悲しんでいるか。
それを読み取った猪介はため息を堪え、なるべく優しい声色で問いかけた。
ナンバープレートを見つめ状況を察した清水も息を呑み、全身を硬直させ耳を澄ませる。
「加賀さん、ご連絡お待ちしておりました。…お母様ではないんですね?」
「そうです!母さんひっどいんですよ!辞退しろとか言って!」
「はい、伺っております。」
「なんで?って言ってもまともに説明もしてくれないし!」
「はい。」
「勝手に電話したって!!ほんっとさいあく!!!」
「…そうですね。」
どんどんヒートアップする羊太郎に対して猪介は冷静だ。
受話器にかかった息がノイズとして耳元に響いていた。
猪介は本日のスケジュールに『メンバー補填』を書き込もうとペンを手に取る。
「あ、そうそう、うちまで来てくれてたんですよね?なんかぁ!僕には教えてもくれなくて…!!」
「…まぁ…親心ですかね。」
猪介が視線を落とし、手を止める。
あの日の涙を評するには、あまりにも冷たい言葉だとも考えていた。
「挙げ句の果てには大学行けるならいいとか言い出したんですよ!?」
「…はい?」
「あとぉ!テストの順位下げるなって!僕今だって学年五位以下なんてとったことないのに!!」
「…あの、加賀さん…つまり?」
猪介は頭を抱え、その様子を清水は絶望の表情で見つめていた。
「あ!えっと、親は定期テストで十位以下を取らないで、大学にちゃんと進学すればやっていいって!」
「…えっと……それだけですか?」
「ほんっとですよね!?そんなことだけで反対してたとか!僕が勉強サボるなんてないし!!失礼すぎ!!」
「いえ、加賀さん。すみません…お母様に代わっていただけますか?契約の話に移りたいので…」
羊太郎は少し難色を示したが、大人しく従った。
契約の言葉に清水が目を丸くする。
羊太郎が不服がちに母を呼ぶと微かな物音の後、受話器を受け渡したのであろう大きな雑音が耳に障る。
「すみません、代わりました。」
冷静な母親の声の後ろでは、羊太郎の拗ねたような野次が聞こえていたが、すぐに離れて行った。
「あの、羊太郎くんの方から伺ったのですが…よろしいのですか?」
「はい、あの後主人とも話し合いまして…昔より成長しましたし、このまま抑圧するのも良くないと……それに、谷口さんがおっしゃられたように環境も違いますので。」
「ありがとうございます、責任もってお預かりいたします。」
「よろしくお願いします。」
「…ところで、契約内容なのですが…」
「はい」
「以前伺った際にご提案させていただいた件は」
「不要です。あ、でも何かお気づきの際には共有いただきたいです。」
「…あの、本当にそれで良いのですか?」
予期しなかった即答に、猪介は体勢を変え、慎重に構えた。
「……考えたんです。何か特別な契約を結んで、それをあの子が知ったら…と、同情的に見られるのが一番苦手な子なんです。」
「そう…ですか…」
やはり親心なんてものは到底理解ができないと猪介は自嘲的に微笑む。
それをどう受け取ったのか、清水は「よかったね」と微笑んだ。
「なので、あの子には勉強を疎かにしないことを条件にしました。負けず嫌いなので…」
「…張り切っていましたね。」
「…谷口さん。大切にはしてもらいたいですが、丁重にしなくていいので。扱いにくい子ですから、ダメな時は怒ってあげてください。」
「……わかりました。あの、後からでも条件を追加したいという時はお話いただければご対応いたしますので。」
母親は笑いを含みつつ「はい。」と応答し、感謝を述べる。
猪介は不審に思いつつも具体的な契約の流れを説明し、通話を終えた。
「た、たろちゃん大丈夫って?」
「あ、はい。今度手続きに来ますよ、清水さん対応しますか?」
「ええ!?いやいや!そこは谷口くんから奪えないよ!!」
奪うになるのか。とうっすら考えながら、書類の用意を始める。
いよいよメンバーが確定し、事務処理を終えれば次は顔合わせだ。
スケジュールを調整し、部屋を押さえる。進行はどうするのが最適だろうか?能力的にはバランスの取れたユニットになるだろう。
猪介はいつも通りに段取りを組み立てながらも、城の不安気な顔を思い出していた。




