18話 訪問
「ご足労おかけして…申し訳ございません…」
「いえ、こちらこそ急な訪問申し訳ございません。」
広々としたリビングには夕陽が差し掛けていた、本来なら定時だ。
「…羊太郎くんは?」
「昨日大爆発して今部屋なんですけど、呼びますか?」
「いえ、まずはお母様とお話できれば」
「わかりました…」
「反対なさっているのは、やはり…学生であることが原因ですか?」
「そうですね…」
「しかし、今も学生の傍らインフルエンサー活動をしていますよね」
何かを言い淀み、暗い顔だ。
「……まさか、こんなに大きな企業のオーディションに受かるなんて…」
「まさか。ですか?羊太郎くんインフルエンサーとしてそれなりに成功していますよね?」
「そう…ですね」
「…少し調べましたが、彼ヒップホップダンスの大会で優勝していますよね?小学生の時ですけど。」
なんとなく表情が固くなった、何かあるのか。
次をどう切り出すか悩んでいると町田が身を乗り出した。
「何度か地下アイドルのオーディションにも、受かっていたようですね。羊太郎くんは以前からアイドルを目指していたのでは?」
知らない話だ、業界では噂が回ってたんだろう。
「………」
母親は深呼吸のように大きく呼吸した。
「…はい」
時計の音を聞きながら、次の言葉を待っていた。
「昔からあんな感じの子で、女の子みたいなピンクとかフリフリとか大好きで…派手で。ダンスも楽しくやってたんです。スクールに通っていて…でも、あんな感じの子だから…」
声が震えている。
「浮いてたんですよね、周りから…」
「…そう…ですか」
「それで、その、大会で優勝してからは……いじめられてたみたいで」
「でも、あんな子ですから、毎日にこにこして、楽しいって言ってて…私も夫も…」
ついに溢れ出した涙がテーブルに落ちると、慌てて目頭を押さえる。
町田は立ち上がり「それは…」と呟くと隣に寄り添う。
「…外に、出られなくなったんです。」
涙はさらに勢いを増し、こぼれ落ちる。声は上擦りしゃくり上げていた。
「そうなるまで、気づいてあげられなかった。」
こうなるとどうすれば良いかわからない。
芸能界への不安ならいくらでも払拭できる、学業への不安ならそれなりのサポートができる。
…でも、これはどうしたって解決できる問題ではない…
策が浮かばないまま沈黙が続き、少し落ち着いた母親が顔を上げる。
「だから……私達の目の届く範囲で…の約束でインフルエンサーは許しているんです。」
町田は大きく頷き、当たり障りのない言葉をかけていた。
「…それでも…羊太郎くんはアイドルを望んでいるんですね。」
「…あんな子なので。」
「オーディション時、彼は言っていました。自分の言葉を一番聞くのは自分。言われたひどい事じゃなくて自分で自分を褒めたい。」
「そんなこと……」
「きっと、その繰り返しで起きた事ですね…羊太郎くん自身、傷ついていることに気がつけていなかった。」
「…プライドが高いんですよ」
母親は乾いた笑いを浮かべた。
「昔から我が強くて…」
切り込むなら今しかないだろう。体勢を変え、目を見つめる。
「自分の好きなものを共有したい、主張したいとも言っていました。それも昔から変わらないことですね。」
「…そうみたいですね。」
「批判より自らを信じて貫く、非常に危ういですが最大の長所だと思います。…特に、芸能界においては。」
「…」
「確かにダンススクールでは、内部競争もありトラブルも起きたかと思います。しかし、アイドルはユニット。同じ目標を共有する仲間です。」
「そうかもしれないですけど」
「世間的批判は無視できない箇所ではあります、でもそれはインフルエンサーの今でも変わらないことですよね。」
母親は目を閉じ、じっと考え込んでいる。
「今回を辞退させて、それで諦めるような子ですか?」
「…絶対、諦めないですね。」
「むしろ今回がダメになった分、次はもっと狡猾に。そのくらい彼は賢い。」
外が暗くなり始めたせいで、あまり表情が読めない。
「昨日羊太郎くんとはどう話し合ったんですか…?」
「それが難しくて、とにかくダメだとしか…」
「それなら当然、納得していませんね。」
「…はい…」
「…18歳になれば、嫌でも決定権は彼自身に移ります。」
「……本当に…どうすればいいのか…」
再び静まった室内。
時計の音だけでなく、上階から微かな物音が聞こえてきていた。町田が視線を天井に向けると、母親は吐き捨てるように呟く。
「…羊太郎ですね、配信の時間ですから。」
「…強いですね。」
「強い…?」
「昨日の件も彼のリスナーには関係ない。だから定期配信も行うんでしょう?もしかしたら夢を諦めなくてはならない状況でも、彼は自らの信念を曲げるつもりはない。」
「…本当に…我が強い子なんです。」
「……どうしても諦めさせたいですか?」
数回の呼吸音、布の擦れる音。
暗がりの中で、こちらを確と捉える視線を感じた。
「…諦めさせるなんて、したくない…」
震えているが、はっきりした発言。
親というのはどこまでも子を守りたいものなのだろう。
「加賀さん、夢を制限することはないと思います。つまりは、彼を守るための制限を…」
「守る…ため?」
「うちの酉脇は乳児期から活動を続けています。彼を守るために蒼凛舎は様々な契約を交わしていました。」
「…契約、ですか」
「撮影現場に立ち入り自由、現場の様子を動画で送信。肌の露出も部位ごとに制限がありました。」
「でもそれは…酉脇さんはすごい人だから…」
言葉を遮るように町田が口を挟む
「羊太郎くんにも、それくらい守るべき才能があります。」
「彼に適応するなら心身の不調があれば違約金度外視で即休業、少しでも不安がある仕事は一切禁止。この辺りが最適かと…」
母親は息を吸い込むと立ち上がり「電気つけますね」とスイッチを押した。
久々の明かりに少し目が痛む。
「支えるなんて無責任な事は言えません。ご両親の心配はごもっともです。しかし、それでも羊太郎くんの夢を支えるお手伝いをさせてもらえませんか?」
「……」
「私自身、彼とご両親共に綿密なコミュニケーションを取ることを心がけます。」
不安気な表情は揺るがないが、今すぐ辞退の考えはおそらく払拭できただろう。
「…ご主人やご本人とじっくり話し合ってもらえればと思います。」
「…」
町田が微笑み、姿勢を正す。
「制限や契約はご希望に沿えるよう、善処します。まずはゆっくりご検討ください。」
「…わかりました。」
母親の重々しい口が微かに動くのを見届け、静かに一礼する。
「…突然の訪問、誠に申し訳ございませんでした。」
「いえ…こちらこそ、聞いていただいて…」
「むしろ打ち明けていただけたことが本当にありがたいです。またご不安や疑問点があればすぐにご連絡ください。」
「…すみません、ありがとうございます。」
気まずい空気は払拭できないが、町田と立ち上がり並ぶ。
「本日は失礼いたします、お時間いただき誠にありがとうございました。」
再び定型文の挨拶を終えると、すっかり日の暮れた住宅街を進む。
羊太郎の顔は見れなかったが…ここまできたらもう、待つことしかできないだろう。
「羊太郎くん、大丈夫かなー」
「…さぁ」
「ドライだねぇ」
相変わらずの減らず口は健在だ。
「芸能界へ不信感ではなく本人のメンタルの都合です。どうしようもできません。」
「…そうだね、でもなんとなく合意してくれる気がするよ。」
「本人が諦めないでしょう。それに、どうせやるなら下手な事務所よりうちの方が信頼はあります。」
「大手でよかったね〜ヴィエルジュ時代じゃ考えられない。」
町田はネクタイを緩め、すっかり脱力している。
「ま、猪介くんの真剣さは伝わっただろうし、信頼も少しはできたよね。大丈夫かな。」
「大変なのはここからですよ」
「うん?」
「言葉で築いた信頼ほど崩れやすいものはありません、行動次第で信頼は不審や嫌悪に変わる。」
「…そうだねぇ。論より実践だね。」
「……それは何か違うかと。」
けらけらと笑う町田を無視し、帰路を進む。
とにかく今は急かさず、急がず。待つことしかできないのだから。




