17話 動き
町田はくたびれたワイシャツを腕まくりし、白髪混じりの頭を掻く。
そのまま大きく欠伸すると、背もたれに全身を預けこちらを見つめた。
「谷口くん、どう?順調?」
威厳のかけらもないが、これが社長。社長室があるのになぜか事務室に居座る癖がある、面倒な奴だ。
「順調…ですかね。酉脇は当たり前ですが牛頭、加賀共に採用には喜んでましたよ。」
まぁ…牛頭は困惑気味だったが、言う必要はないだろう。
「牛頭くんは社員寮?」
「はい、あとは本人のサインだけです」
「はあ〜隙がないなぁ…少しは世話焼かせてよ」
相変わらずの軽口が鼻につく、俺は一度もこいつを頼りにした事はない。
「社長、頼みがあるんですけど」
「おっ、なあに?」
「一人にしてください。」
「はっ!も〜わかったよ、お邪魔虫は退散退散。お疲れ様でした〜」
町田は立ち上がると椅子も戻さずにふらふらと事務室を出て行った。
牛頭の入寮だけじゃない、各契約書やレッスンルームや講師も抑えた。あとは全てあいつらがサインをすればいい。
念のためやり残しがないかチェックリストを見直していると、珍しく電話が鳴った。
「谷口くん、お電話」
「誰すか?」
「加賀くんのお母さん、7番保留してる」
「はい。」
念のためメモを開き、受話器を手に取る。
「大変お待たせしております、谷口です。」
「あ、すみません、加賀羊太郎の母です。」
「お世話になっております、どうかなさいましたか?」
「…あの…本当に失礼なことだとはわかっているんですが、今回の件、辞退させていただけませんか」
「……それは羊太郎くんの意思でしょうか?」
「いえ、ただ…」
「今お電話いただいてる状態ですよね?長くなりそうなので折り返しますね。」
「え、あ、はい。」
フックスイッチを押し、履歴から折り返す。
「谷口くん大丈夫?トラブル?」
「加賀だめかもしんないっす」
「ええ!?なんで!?えええ!!」
無機質な呼び出し音を聞きつつ、清水の狼狽える様子を眺める。
なんではこっちのセリフだ。
「あ、加賀です。」
「はい、それで…理由を伺っても?」
「…その、言いにくいんですが…」
「はい」
「この件を私が把握していなくて…」
「同意書はいただいていたのですが」
「夫が書いたようで…受かると思っていなかったみたいで」
思わず出そうになったため息を抑える。
「……芸能界に不安が?」
「そう…ですね、それと…あの子はまだ高校生ですし」
「そうですね、ご心配はわかります。」
「その…ごめんなさい」
「いえ、しかしこちらとしてもすぐに受領できる内容ではないので…」
「そうですよね」
…こうなれば使える手は一つだ。
「一度そちらに伺ってお話させていただいてもよろしいですか?」
「え、そんなわざわざ」
「電話で決めてしまうのは、心苦しいです。ご迷惑かとは思いますが何卒お願いいたします。」
「…そんなにおっしゃるのなら…」
「いつがご都合よろしいですか?こちらとしては明日か明後日…今日でも可能なのですが」
「えっ!?えっと……そうですね…いえ、いつでも大丈夫です。来ていただくので」
「では失礼を承知ですが今から伺います。大体一時間後には到着しますが…」
「わ、わかりました、よろしくお願いします。」
「はい、では失礼いたします。」
通話を終え立ち上がると、涙目になった清水がこちらの様子を伺っていた。急いで必要になりそうな資料をまとめる。
「だ、だいじょうぶ…?」
「大丈夫にします。今日は直帰します、お疲れ様でした。」
何かやらもごもご呟く清水を無視し、事務室を出ると町田がむかつくにやけ顔で待ち受けていた。
「谷口くん、順調?」
「……いえ」
「僕も行こうか。」
よく見たら町田はジャケットを着ている、帰ろうとしていたのだろう。
「必要ありません。」
「社長直々。これはねぇ、箔がつくよ。」
「………お願いします。」
不本意だが、確かに権力ほどの武器はない。
社用車での道中。何が楽しいのかニタニタ笑う町田が不気味で耐えきれない。
「加賀がダメなら日比谷ですね。」
向こう方の言い分は大体予想できる、最善を尽くして無理なら諦めるしかない。
「ドライだよねぇ…」
「未成年ですから、どうしようもないんで。」
「はは、そうだね」
「……すか?」
「ん?」
「何が楽しいんすか、ニヤニヤして。」
堪らず吐き出すと町田は手を叩いて笑い出した。
「谷口くんが焦ってるから!珍しいからねぇ!!」
「…そすか」
「演劇ってさぁ、細かぁい感情の機微を拾うのが楽しくて。そういうと育美ちゃんなんて現役時代はさ〜!」
堰を切ったかのように話し始める。
雑音でしかないが…無言でニヤつかれるよりは少しマシだ。
コインパーキングから十数分。
住宅街を進むと加賀表札のかかる一軒家に辿り着く。
「緊張するねぇ」
ネクタイと襟を確認し、一息入れる。
「怖い顔して…わかってるよ、僕は大人しくしてる。」
「んな心配してないっすよ。」
「ほんとぉ?」
癪に障るジジイを無視してインターホンを押し込む。
「はい。」
「Curtain Riseから参りました、谷口です。」
「今行きます」
暗い声…望みは薄いだろう。
扉が開くと同時に頭を下げ、定型分の会話を交わす。
町田はやけに真剣な面持ちになっていた。
多分これがあいつらの言う演劇なんだろう。
狙い通り社長の訪問は効いたようで、反応が緊張から驚きに変わっていた。
(めんどくせぇな…)
態度に出ないよう気を配りつつ、なんとか上がり込む。
どう転ぶにしても俺は俺の仕事をするだけだ、なるべく円滑に事が進むように。




