11話 当日
約一ヶ月後、熱気はすっかり落ち着き。秋の影がちらつき始めた午後。
Curtain Riseの三階。会議室フロアのロビーには急遽椅子が並べられていた。
社員総出を挙げて声掛けを行った結果、計二十名ほどの参加者が集まった。
それを横目に通り過ぎようとした猪介は、彼らの中に良磨の姿を確認すると声をかけるでもなく会議室のドアを開く。
「おはようございます。」
いつも通り淡々と挨拶を終えると、既に数名が準備を終えて着席していた。
「なぁんか私達まで緊張しますよね…」
元ヴィエルジュメンバーの藤井が困り顔を浮かべると他メンバーが口々に同意した。
張り詰めた空気。それをほぐすため、それぞれが雑談を交わしていた。
不意にノック音が響く。
ドアが開き、ピシッとしたスーツに身を包んだ男性が「どうぞ」とドアを支えた。
迎え入れたのはグレースーツの壮年男性、蒼凛舎社長工藤だ。ドアを支えているのは秘書だろう。
「やぁ、お邪魔するよ。」
元蒼凛舎メンバーは雑談でほぐれた体を硬直させ、堅苦しい挨拶を済ませる。元ヴィエルジュメンバーも引き気味だがそれに続く。
工藤は皆の様子は気にも留めず、軽く挨拶を交わしつつツカツカと部屋の奥へ向かった。
それに続いたのは酉脇城。彼もオーディションを受けるのではと思える萎縮ぶりだ。
秘書は二人の入室を確認した後、ドアを閉めようとしたが何かに気がつき、再度ドアを開いた。
「ああ!ありがとう!」
曲がったネクタイに袖を折ったワイシャツ、少しくたびれた印象の男性。彼が駆け足気味に入室すると秘書は静かにドアを閉めた。
「やあ、町田さん。ご無沙汰でしたね。」
「工藤社長、お会いできて光栄です。本日はよろしくお願いします。酉脇さんもね、よろしくお願いします!」
町田が荒々しく二人と握手を交わしていると、育美がツカツカと歩み寄る。
「社長。その格好で参加するんですか?」
「ああ!これ、これね。まぁ僕なんていてもいないようなもんだから!」
町田は他でもなく、Curtain Riseの社長だ。しかし、彼には威厳のかけらもない。
「いやぁ、しかしね。工藤さんがいらっしゃるとは!やっぱり愛息子のお友達選びは慎重にしたいですもんね!」
町田は「わはは」と快活に笑う。
「はは、そうですね」
工藤は押され気味だが引きはしない。
「確かに城は私の息子みたいなものですから。それはもう、ね。」
工藤の後ろで言葉を聞いていた猪介が、嘔吐のようなジェスチャーをすると育美が強めに小突いた。
他メンバーが笑いを堪えていると、社長達のやり取りを照れながら聞いていた城が振り返り
「谷口さんっ」
と笑顔で駆け寄った。女性社員の数名が心臓を抑えるほどに無邪気な笑顔だ。
「酉脇さん、本日はよろしくお願いいたします。」
「こ、こちらこそお願いします!」
猪介の冷淡な挨拶に対し、城は柔らかく。青少年そのものだ。
「今日の城は責任重大だね。」
工藤が発言すると、城はぽかんと疑問符を浮かべた。
「城、お前の場所を作るんだからね。お前がしっかり選ばないといけないよ。」
「えっ…あっ……そ…そうですよね。」
先ほどまでの穏やかな表情が一気に硬くなり、俯いてしまった。
「酉脇さん。」
猪介は工藤と城の間に割って入り、城の顔を覗き込む。
「ユニットのコンセプト、バランス、適正。それらは私たちが判断いたします。ですので酉脇さん、あなたにはやっていけそうかを判断していただきたい。」
「やっていけそう…か?」
猪介は城に数枚の紙を手渡した、参加者名簿だ。城はそれを眺め首を捻っている。
「仲良く…とまではいかなくとも、五年間共にできそうか。ですね。」
猪介は名簿を指差し、淡々と語る。
「この空欄に一言でいいので印象を記入していただければと。」
「印象…」
城の不安気な顔を確認すると猪介はCurtain Riseの社員達を指差して
「真面目そう」「しつこそう」「優しそう」「厳しそう」
と早口言葉のように羅列した、その内一人が「おい、誰がしつこそうだ!」
と猪介に食ってかかると、それを無視して
「まぁこんな感じで」
と話をまとめた。
「谷口、お前!」
と尚も引き下がらない社員を心底嫌そうな顔であしらいつつ
「ほらしつこい。」
と呟く。
周囲からは笑い声が上がり、城も思わず吹き出していた。
すっかり和やかになった空気の中。
猪介は城を座らせると、女性社員に事前説明を任せた。
「猪介くんは働き者だねー」
町田が腑抜けた声を出すのを無視して、猪介は工藤に向き直ると姿勢を正した。
「プレッシャーをかけるのはやめてください、公正な選出の妨げになります。」
社長に楯突いた…と他社員に緊張が戻る。
工藤はゆっくり猪介に近づくと
「やっぱり、適任だったね。」
と囁いた。
「ははは、私も緊張してしまったようだ。すまない。」
社員達に向けて工藤が柔らかく微笑むと、雪解けのように空気が緩む。
猪介はその後ろでえずくようなジェスチャーをし、育美に足を踏まれていた。
雑談もそこそこに開始時間が迫る。
各々が配置につき、段取りを確認する。
猪介はノートパソコンにウェブカメラを取り付ける、当然のようにリモート参加な平井のためだ。
動作確認を終えるとようやく腰を下ろし、名簿を確認した。誰が誰を推薦したかは伏せられており、どのような人物が現れるのか予想すらできない。
いよいよ室内が静まる。
閉じ切られたドアへ、皆の視線が一斉に集まった。




