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Curtain Rise!  作者: 風見ことは
開場
10/21

10話 目星




新幹線から市電を乗り継ぎ、ようやく到着した地方都市。

谷口猪介は猛暑の中でも涼しい顔で、目的地へ歩を進めていた。


『たのしい!たいそう教室!』

丸みのあるフォントにポップな絵柄の動物達、生徒募集広告だがひどく色褪せ、侘しさが漂っている。


それを通り過ぎ徒歩数分、小さめの体育館に辿り着く。

建物自体は古い。しかし、入り口付近に貼られた広告や、生徒であろう子供の写真は真新しい。


中から子供達のじゃれ合う声、踏み込みや着地の重たい打音が漏れ聞こえた。

猪介は髪を軽く撫で付けるとメガネをかけ、体育館の多少引っ掛かりのある戸を引く。


猪介に気がついた初老の男性が大声で奥へ呼びかけ、驚いた子供がきょとんと呆けていた。


少し待っていると男性が呼びかけた方向から、人が駆け寄ってきた。

タレ目がちで愛嬌のある顔立ち。しかし、体格は体操選手のそれそのものの、筋肉質な男性。牛頭良磨(ごずりょうま)


彼こそが平井の言っていた()()だ。


「すみません、ご足労おかけして…!」

「いえ。こちらこそお時間いただき、ありがとうございます。」

猪介はさっと名刺を取り出すと、良磨はドギマギと受け取った。

「あ、えっと…場所移しますか。」

良磨が背後の騒音に目をやりつつ、苦笑いを浮かべると、猪介は二言返事で承諾した。



体育館から徒歩数分、個人宅に移動した。

「あんま片付いてないんすけど…」

良磨は猪介をリビングまで案内し、猪介が断る間もなくアイスコーヒーを用意した。


「すみません、ありがとうございます。」

「いえ、で…その…」


良磨は目を伏せ、言い淀む。

「来ていただいといてなんなんですけど…」

「はい。」

「アイドルって…」

「牛頭さん。」

猪介は良磨の言葉を待たずに呼びかけた。

「は、はい?」

「今、芸能活動をされていらっしゃいますよね?」

「いやぁ、芸能活動ってほどでは…」

「子供向け教育番組でレギュラーではないですか。」

猪介の淡々とした態度にも、良磨は萎縮していなかった。


「あれは…先輩に人がいないからやってくれって頼まれて…」

「評判は上々ではないですか。」

「ローカルっすけどね。」

「うちのプロデューサーが牛頭さんを推していまして…」

「お、おぉ…そうなんすか」

猪介は抑揚なく言葉を紡ぎつつも、目の前の精悍な青年をどう口説こうかと頭を回転させていた。


「全国に興味はありませんか?」

「…そうっすねぇ…そんなに…」

「…そうですか。」

「あの、アイドルって…」

「はい。」

一旦良磨の話を聞くことにした猪介は、机の下で指を組んで次の策を練っていた。


「いやぁ、俺…今年25っすよ…?」

「はい。」

「は、はいって…アイドルって普通もっと若いですよね?」

「酉脇は今年20です。大差ないかと。」

「アラサーっすよ!?」

猪介は鋭い目つきで良磨を刺した。彼がアラサーには見えないからだ。


「……アイドルとしては遅咲きですね。しかし、Curtain Riseは演劇の側面もあります。舞台俳優として25歳なら若手の方でしょう。」

「あぁ…そうなんすね…?」

良磨は困惑し猪介の様子を伺った。

彼はハンカチでアイスコーヒーの結露を拭い、数枚の資料を広げると無機質に語り始めた。


「多くの芸能事務所は、個人事業主としての契約ですが、弊社では正社員での雇用が可能です。どちらにしても、仕事量に応じて給与が変動いたします。ただし、グッズや個人仕事での収益でお支払いする給与のパーセンテージが大きく変わります。」

猪介は息継ぎもそこそこにさらなる資料を取り出し、機械的な説明を続ける。


「こちらが当社タレントの理論モデル賃金。雇用契約の場合がこちらで個人事業主の場合がこちらで…」

「わー!!ちょっ!まっ!!」

良磨は差し出された書類を押し戻し、目を背けた。


「谷口さんっ!生々しいっ!生々しいっすよ!!」

「…生々しい…?」

「いや!そ、その、いや…アイドルも仕事。わかるんすけど……けど!!」

「…」

猪介は渋々資料をまとめながらも考えていた、慌てて目を逸らした姿に既視感があったのだ。



それは数日前、城と面談した日のことだった。

移籍にあたり給与の話は必須。

しかも酉脇城となれば通常の理論モデル賃金ではいけない。

猪介はかなりの上振れ例として、ルミを参考に作成したものを用意した。

しかし、資料を広げ彼女の名前を出した途端。


「聞きたくないです…」


と手で顔を覆ったのだ。

あれはプライバシーの保護。もしくは、今更端金の話など聞きたくないのだろう。と猪介は受け止めていた。

しかし、今の良磨を見て考えを改めた。


アイドルは()の職業なのだ。


「いや、すんません…」

良磨は首を垂れて縮こまっていた。

「やはり…」

「はい?」

「あなたは酉脇と上手くやれそうだ。オーディション、参加していただけませんか?」

「え、参加って言っても…俺」

「年齢が理由で落とされるのならそれまでですが…まずは参加だけでも。会場まで往復の交通費、宿の手配はいたします。観光ついでで構いません。」

「そ、そんな気持ちで行っていいんすか?オーディションすよね?」

「はい。参加していただけるのであればどのような心持ちでも構いません。プロデューサーと私はあなたを推薦します。」

「えぇ…なんで…」

猪介は口籠る良磨の顔をぐっと覗き込んだ。


「…アイドル、やりたくないですか?」

「いや…考えたことがなくて。」

「そうですか、考えてみてください。五年、どうかあなたの力をお借りしたい。」

「五年…」

「もちろんその後もアイドルを継続、俳優転向、トレーナー雇用などご提案できます。」

「えっと」

「酉脇は活動期間中にヘルパーの資格を取るそうです。活動期間中の資格取得に関しては我々がスケジュール、金銭共にサポートいたします。」

「あ、いや、まだ今のことすら考えられてないのに、五年後のことはとても…」


戸惑う良磨に猪介は、オーディション用の書類を差し出し

「でしたらまず、今のことを…」

と口元を綻ばせた。


渋々受け取る良磨を確認すると、猪介は「では」と立ち上がった。

良磨も釣られて立ち上がると

「駅まで送ります!近道あるんで!」

と主張し、有無を言わさず同行することになった。




駅までの十数分、良磨はすれ違う人々と笑顔で挨拶を交わした。二言三言の世間話も欠かさない。


「膝あっためろよ!」

「おばちゃん!けんちゃん今日後転できたぞ!」

「気をつけて帰れよー!」

などなど、彼の人柄、この町での彼の立ち位置がありありと伝わる時間だった。


改札前で再度訪問の礼を述べる良磨に対して猪介は

「当日お会いできること、心待ちにしております。」

と相変わらずの冷淡な態度で返した。


電車に乗り込み、猪介が米粒ほどの大きさになっても手を振る良磨。


その姿を眺めていた猪介は

(あれがアイドルじゃなきゃ、なにがアイドルかわかんねぇな…)

と欠伸をこぼすのだった。



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