10話 目星
新幹線から市電を乗り継ぎ、ようやく到着した地方都市。
谷口猪介は猛暑の中でも涼しい顔で、目的地へ歩を進めていた。
『たのしい!たいそう教室!』
丸みのあるフォントにポップな絵柄の動物達、生徒募集広告だがひどく色褪せ、侘しさが漂っている。
それを通り過ぎ徒歩数分、小さめの体育館に辿り着く。
建物自体は古い。しかし、入り口付近に貼られた広告や、生徒であろう子供の写真は真新しい。
中から子供達のじゃれ合う声、踏み込みや着地の重たい打音が漏れ聞こえた。
猪介は髪を軽く撫で付けるとメガネをかけ、体育館の多少引っ掛かりのある戸を引く。
猪介に気がついた初老の男性が大声で奥へ呼びかけ、驚いた子供がきょとんと呆けていた。
少し待っていると男性が呼びかけた方向から、人が駆け寄ってきた。
タレ目がちで愛嬌のある顔立ち。しかし、体格は体操選手のそれそのものの、筋肉質な男性。牛頭良磨。
彼こそが平井の言っていた目星だ。
「すみません、ご足労おかけして…!」
「いえ。こちらこそお時間いただき、ありがとうございます。」
猪介はさっと名刺を取り出すと、良磨はドギマギと受け取った。
「あ、えっと…場所移しますか。」
良磨が背後の騒音に目をやりつつ、苦笑いを浮かべると、猪介は二言返事で承諾した。
体育館から徒歩数分、個人宅に移動した。
「あんま片付いてないんすけど…」
良磨は猪介をリビングまで案内し、猪介が断る間もなくアイスコーヒーを用意した。
「すみません、ありがとうございます。」
「いえ、で…その…」
良磨は目を伏せ、言い淀む。
「来ていただいといてなんなんですけど…」
「はい。」
「アイドルって…」
「牛頭さん。」
猪介は良磨の言葉を待たずに呼びかけた。
「は、はい?」
「今、芸能活動をされていらっしゃいますよね?」
「いやぁ、芸能活動ってほどでは…」
「子供向け教育番組でレギュラーではないですか。」
猪介の淡々とした態度にも、良磨は萎縮していなかった。
「あれは…先輩に人がいないからやってくれって頼まれて…」
「評判は上々ではないですか。」
「ローカルっすけどね。」
「うちのプロデューサーが牛頭さんを推していまして…」
「お、おぉ…そうなんすか」
猪介は抑揚なく言葉を紡ぎつつも、目の前の精悍な青年をどう口説こうかと頭を回転させていた。
「全国に興味はありませんか?」
「…そうっすねぇ…そんなに…」
「…そうですか。」
「あの、アイドルって…」
「はい。」
一旦良磨の話を聞くことにした猪介は、机の下で指を組んで次の策を練っていた。
「いやぁ、俺…今年25っすよ…?」
「はい。」
「は、はいって…アイドルって普通もっと若いですよね?」
「酉脇は今年20です。大差ないかと。」
「アラサーっすよ!?」
猪介は鋭い目つきで良磨を刺した。彼がアラサーには見えないからだ。
「……アイドルとしては遅咲きですね。しかし、Curtain Riseは演劇の側面もあります。舞台俳優として25歳なら若手の方でしょう。」
「あぁ…そうなんすね…?」
良磨は困惑し猪介の様子を伺った。
彼はハンカチでアイスコーヒーの結露を拭い、数枚の資料を広げると無機質に語り始めた。
「多くの芸能事務所は、個人事業主としての契約ですが、弊社では正社員での雇用が可能です。どちらにしても、仕事量に応じて給与が変動いたします。ただし、グッズや個人仕事での収益でお支払いする給与のパーセンテージが大きく変わります。」
猪介は息継ぎもそこそこにさらなる資料を取り出し、機械的な説明を続ける。
「こちらが当社タレントの理論モデル賃金。雇用契約の場合がこちらで個人事業主の場合がこちらで…」
「わー!!ちょっ!まっ!!」
良磨は差し出された書類を押し戻し、目を背けた。
「谷口さんっ!生々しいっ!生々しいっすよ!!」
「…生々しい…?」
「いや!そ、その、いや…アイドルも仕事。わかるんすけど……けど!!」
「…」
猪介は渋々資料をまとめながらも考えていた、慌てて目を逸らした姿に既視感があったのだ。
それは数日前、城と面談した日のことだった。
移籍にあたり給与の話は必須。
しかも酉脇城となれば通常の理論モデル賃金ではいけない。
猪介はかなりの上振れ例として、ルミを参考に作成したものを用意した。
しかし、資料を広げ彼女の名前を出した途端。
「聞きたくないです…」
と手で顔を覆ったのだ。
あれはプライバシーの保護。もしくは、今更端金の話など聞きたくないのだろう。と猪介は受け止めていた。
しかし、今の良磨を見て考えを改めた。
アイドルは夢の職業なのだ。
「いや、すんません…」
良磨は首を垂れて縮こまっていた。
「やはり…」
「はい?」
「あなたは酉脇と上手くやれそうだ。オーディション、参加していただけませんか?」
「え、参加って言っても…俺」
「年齢が理由で落とされるのならそれまでですが…まずは参加だけでも。会場まで往復の交通費、宿の手配はいたします。観光ついでで構いません。」
「そ、そんな気持ちで行っていいんすか?オーディションすよね?」
「はい。参加していただけるのであればどのような心持ちでも構いません。プロデューサーと私はあなたを推薦します。」
「えぇ…なんで…」
猪介は口籠る良磨の顔をぐっと覗き込んだ。
「…アイドル、やりたくないですか?」
「いや…考えたことがなくて。」
「そうですか、考えてみてください。五年、どうかあなたの力をお借りしたい。」
「五年…」
「もちろんその後もアイドルを継続、俳優転向、トレーナー雇用などご提案できます。」
「えっと」
「酉脇は活動期間中にヘルパーの資格を取るそうです。活動期間中の資格取得に関しては我々がスケジュール、金銭共にサポートいたします。」
「あ、いや、まだ今のことすら考えられてないのに、五年後のことはとても…」
戸惑う良磨に猪介は、オーディション用の書類を差し出し
「でしたらまず、今のことを…」
と口元を綻ばせた。
渋々受け取る良磨を確認すると、猪介は「では」と立ち上がった。
良磨も釣られて立ち上がると
「駅まで送ります!近道あるんで!」
と主張し、有無を言わさず同行することになった。
駅までの十数分、良磨はすれ違う人々と笑顔で挨拶を交わした。二言三言の世間話も欠かさない。
「膝あっためろよ!」
「おばちゃん!けんちゃん今日後転できたぞ!」
「気をつけて帰れよー!」
などなど、彼の人柄、この町での彼の立ち位置がありありと伝わる時間だった。
改札前で再度訪問の礼を述べる良磨に対して猪介は
「当日お会いできること、心待ちにしております。」
と相変わらずの冷淡な態度で返した。
電車に乗り込み、猪介が米粒ほどの大きさになっても手を振る良磨。
その姿を眺めていた猪介は
(あれがアイドルじゃなきゃ、なにがアイドルかわかんねぇな…)
と欠伸をこぼすのだった。




