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そのくっ殺、20点

 

 女騎士としての私の夢は、ただ一つ。


「誰よりも強く、そして誰よりも格好いい正義の騎士になること!」


 王都の朝日を浴びながら、私はアリーシャ・フォン・シュトラールは元気いっぱいに叫んだ。

 剣はまだ未熟、槍も振り回すと大体味方に当たる。馬は三回に二回は落馬する。でも気持ちだけは誰にも負けていない。


 だが、騎士団の同期からはこう呼ばれている。


「アリーシャ? ああ、『すぐ捕まる女騎士』な」


「昨日もスリに財布取られて泣いてたしな」


 ……悔しいが、事実だ。


 しかし! 今日こそは一味違う私を見せてやる。実地訓練だって一人でこなしてやる。森に潜む魔物退治、軽く片付けてみせようじゃないか!


「はーっははは! 今日からはアリーシャちゃん無双の始まりだーー!」


 と、ここで私は森の奥で迷子になった。

 ええ、開始一時間で。


 ◆


 気付けば夕暮れ。心細さがピークになったその時、突如として背後から獣臭が押し寄せた。


「げっへへ、何だぁ? 女騎士一人で森に迷い込んでるじゃねぇか」


「へへっ、運がいいぜ兄貴。お楽しみタイムだな」


「女騎士! 女騎士ぃいい!!」


 三体のオークに囲まれていた。


 大柄な体、豚のような顔。見ただけで分かる、面倒くさい相手だ。

 私はすぐに剣に手を伸ばそうとした――が、気付けば背後の木に縛り付けられていた。


「えっ、何で!? 私、剣抜く間もなく拘束!? 早すぎない!?」


「女騎士は縛られてなんぼだからな」


「そうそう、俺たちサービス精神旺盛なんだ」


 ……何かがおかしい。いや、全部おかしい。


「さぁ兄弟、服を剥いで――」


「や、やめなさいこの豚ども! 私を誰だと思っている!」


「間抜けな女騎士?」


「いや、そうだけど!!」


 必死に抵抗しようとするが、縄はびくともしない。

 汗と獣臭が迫ってきて、思わず叫んだ。


「くっ……もういっそ私を殺してぇええ!!」


 その時だった。


「――駄目だ、20点!」


 どこからともなく声が響いた。


「えっ?」


 岩場の上から颯爽と飛び降りてきたのは、純白の鎧を纏った金髪の美女騎士だった。

 優雅な着地、流れるような仕草。だが、その目は私ではなく、私の叫びに向いていた。


「なんだその『くっ殺』は! 間抜けすぎる! 貴様、それでも女騎士か!」


「……は?」


 状況が理解できない。私を助けに来たのではなく、セリフの採点を始めたのだ。





 その後の展開は怒涛だった。




 金髪の女騎士――セリア・ルノワールは、真顔で私に歩み寄ってきた。

 白い鎧に夕陽が反射してキラキラと輝く。普通なら「王国が誇る英雄だ!」と誰もが憧れるに違いない。だが私の本能は、確実に何かを察知した。


(やばい……この人、絶対まともじゃない……!)


「お前、名はなんという?」


「え、えっと……アリーシャ、ですけど」


「ふむ。アリーシャ。響きは悪くないな。だが問題はその心構えだ」


「え?」


 セリアは私を指さし、声高に宣言する。


「さっきの『くっ殺』! 間が悪い、表情に色気がない、声量がバラついている! あれでは最低点だ!」


「い、いや別に色気出すつもりなかったですし!? というかアレって点数制だったんですか!?」


「女騎士である以上、いつオークに捕まって『くっ殺』するか分からない! 日頃から練習しておかねばならんのだ!」


「そんな心構えいらない! そんな毎日嫌すぎる!!」


 私の抗議など耳に入っていない様子で、セリアは熱弁を続ける。


「だが、アリーシャよ……貴様には光るものがある」


「え?」


「その純粋無垢のピュアハートから繰り出される『天然くっ殺素質』だ!」


「やめてください、そんな不名誉な素質!」


 セリアは真剣な眼差しを向け、私の肩に手を置いた。


「アリーシャ、私の弟子となれ」


「え、いやいやいや!? 初対面ですよね!? なんでいきなり!?」


「お前には原石の輝きがある。磨けば必ずや、世界に名を轟かせる『究極のくっ殺女騎士』となるだろう」


「望んでません!! 普通に、正義の騎士を目指してるんですけど!!」


「正義など後から付いてくる! だが『くっ殺』は日々の研鑽なくして成立しない!」


「そんな研鑽イヤすぎる!!」


 私が必死に抵抗していると、オーク二匹がまだ近くでうろついていた。

 逃げたと思ったのに戻ってきたらしい。


「おい兄貴、あの女騎士たち……何かもめてねぇ?」


「いまのうちにやっちまうか……」


 ――だがその瞬間、セリアが振り返り、涼しい顔で剣を抜いた。


「崇高なくっ殺談義の邪魔をするな、豚ども」


 光が走った。


 次の瞬間、オーク二匹は「ひぃぃ!」と情けない悲鳴を上げて転げ逃げていった。

 ……いや、斬られてはいない。セリアがわざと外したのだ。


「あれ!? 敵にもお優しいタイプの人!?」


「いや違う。あいつらにはもっと育ってもらわねば困る。優秀な竿役はいくら居てもいいからな」


「何の育成計画なんですかそれ!!」


 セリアは剣を収め、再び私に向き直る。


「さて……アリーシャ。返答を聞こう。弟子になるか否か」


「いやだから! 私は普通の騎士になりたいんですってば!」


「フッ……普通を望む女騎士が、オーク三匹に縛られて無様に叫んでいたか?」


「ぐっ……それは……」


「お前には選択肢が二つある。私の弟子となり、最高の『くっ殺女騎士』になるか。あるいは……またコイツらに縛られるか」


「ウッス任せて姐さん!」


「脅迫じゃないですかそれぇええ!! てかいつの間にか懐いてるし!?」


 必死に悩む私。だが、森の中でオークに襲われる未来を想像すると……震えが止まらなかった。


「……くっ……わかりました! 弟子になります!」


「よく言った!」


「でも剣の技術とか、普通の訓練を教えてくださいね!?」


「もちろんだ。剣の振り方から、魅せる『くっ殺表情』まで、全て叩き込んでやる」


「後半が余計ぇええ!!」


 こうして私は、望まぬ形でセリア・ルノワールの弟子となってしまった。


 ――女騎士アリーシャの、明後日の方向に全力疾走する騎士ライフが、今まさに幕を開けたのだった。

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