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1話 雨と口づけと終わりと始まり

はじめまして。

この作品は、隣人のギャルと不意に距離が縮まってしまった男子高校生の一夜から始まる物語です。

少し甘酸っぱくて、ちょっとドキドキするような青春ラブコメを目指しました。

気軽に読んでいただけると嬉しいです!


 僕は、見た目も、成績も、運動能力もどこまで行っても平凡だった。

 特に誇れるものは何一つない――ごくありふれた男子高校生だ。

 そんな僕の部屋のベッドには、漫画を読みながらくつろいでいる星川莉音がいる。

 現代的な派手さをそのまま具現化したようなギャルだ。

 爪先から髪色、目の色に至るまで、クラスの中心にいるような存在で、僕のような地味な男子とは交わることなどまずない人だ。

 だが一ヶ月前、すべては唐突に始まった。


 ⸻


 その日の空は、昼間から不穏だった。

 灰色の雲が低く垂れ込め、夕刻には横殴りの雨になっていた。

 傘を差しても意味がないほどの豪雨で、僕はほとんど駆けるようにして家に帰った。

 靴の中はぐしょぐしょで、服は体に貼りつき、体温がどんどん奪われていくのがわかる。

 玄関に駆け込み、靴を脱ぎ捨て、そのまま浴室へ。

 熱いシャワーを浴び、ようやく冷え切った体を取り戻した。

 その後、濡れた床を必死に雑巾で拭き取り、汗ばむほどになってため息をついた――その瞬間だった。

 玄関のドアを叩く音が、強い雨音の中でもはっきりと聞こえた。


 開けると、そこにいたのは星川莉音だった。

 制服は雨で重たく張りつき、髪からは水滴が滴り落ちている。

 その肩は小刻みに震えていた。

 何より驚いたのは、彼女が僕の名前を呼んだことだった。

 クラスで僕と接点など一度もないのに――。


「鍵なくて部屋入れんし……さっむいから、入らしてくんない? 佐伯」


 胸の奥で一瞬だけ迷いが生じた。

 ついさっき必死に拭いた床がまた濡れる。

 正直、気が重い。

 けれど、このまま彼女をここで立たせておくわけにはいかない。

 風邪をひかれたら、それこそ後味が悪い。


「……とりあえず、中に入ってください。すぐバスタオル持ってくるから」


 僕は声をかけながらも、内心ではどうすれば早く帰ってもらえるかを考えていた。

 ふと思い出したのは、祖母が送ってくれた未使用のバスタオルと、無地の白いTシャツだ。

 それらを手に玄関に戻ると、星川さんは少しだけ俯いたまま小さな声で言った。


「ありがとう」


 その一言は、不意打ちだった。

 胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。

 耳の奥に残るその声が、しばらく離れなかった。


 ⸻


 同じ部屋の中に居るからか、意識したことなんてなかったのに、

 クラスメイトがドア越しで、びしょ濡れの体を拭いている。

 そう思っただけで、胸の高鳴りが止まない。


 体を拭き終わったのか、トタトタと短い歩幅で、

 ドアのすぐ向こう側に居るということを強制的に意識づけられる。


 やがて、浴室のドアが閉まり、すぐにシャワーの音が鳴り始めた。


 その間、僕はリビングに座り込み、意識を散らそうとスマホを取り出す。

 ただ、画面を眺めているだけなのに、心臓は妙に落ち着かない。

 通知も特に来ていない。SNSも目新しい投稿はない。


 けれど、何かを見ていないと、さっきの「ありがとう」を思い出してしまう。

 胸の奥がかすかに熱く、耳が火照っていく。


 シャワーの音は途切れなく続いている。

 規則正しく水が落ちる音が、僕の鼓動と重なって聞こえた。

 あの星川さんが今、僕の家の浴室にいる。


 制服を脱いで、肌をさらして――いやいや、考えるな。

 頭を振り、スマホを握り直す。

 でも完全に意識はそっちに引っ張られていた。


 シャワーが止む。


 その瞬間、僕の呼吸が一瞬詰まった。

 浴室のドアが開く音。

 顔を上げて、息が止まる。


「ふー……もうちょいで風邪引くとこだったわ」


 星川さんは――裸のままだった。

 バスタオルすら巻かず、濡れた髪から水滴を垂らしながら、当然のように僕の部屋へ。

 目が合った。

 数秒、何も考えられなかった。


「あっ……ご、ごめん!」


 我に返った僕が視線を逸らすと、星川さんも顔を真っ赤にした。

 慌ててバスタオルを巻き直したその時、足元が濡れていたのか、彼女の体がバランスを崩す。


「きゃっ!」

「わっ、あ、あぶな――!」


 咄嗟に腕を伸ばして彼女を支えた。

 だが二人同時に倒れ込み、そのまま――。


 唇に、柔らかいものが触れた。


「……え?」


 時間が止まった。

 目の前にある彼女の瞳が揺れ、僕の呼吸が止まる。

 身体が固まって動かない。


 星川さんは跳ねるように起き上がり、白Tシャツを被った。

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「な、なに今の!? じ、事故! 絶対事故だからね!」

「覚えてないです……」


 その言葉に、星川さんは一瞬止まった。

 頬をさらに真っ赤にし、唇を震わせる。


「アタシの、初キス…!」


 その声は小さいのに、妙にはっきり届いた。

 次の瞬間、僕の胸をポカポカと叩き始める。


「どーしてくれんのよ! 責任取って……責任取りなさいよぉ!」

「え、えぇっ!? あ、あの……僕……その……!」

「バカバカバカ!」


 突然、星川さんの手がぴたりと止まった。

 さっきまで胸を叩いていた勢いが嘘みたいに消え、代わりにゆっくりとズボンのポケットに手を伸ばす。

 カチャリと軽い音を立てて、スマホを取り出した。

 画面が彼女の顔を青白く照らし、指先が素早く動き始める。


「……スマホ、出して」

 唐突に告げられ、僕は目を瞬かせる。


「え、スマホ……?」

「そう。出して。今すぐ」


 ぐいっと前に差し出される自分のスマホ。

 その表情は、笑っているのに目だけが真剣だ。

 断ることなんてできそうもなかった。


「Nyaine入ってるでしょ? はい、立ち上げて。ついでにアタシの番号も送っとくから」

「え、いや、その……ちょっと待って」

「待たない。ほら、パスコードは? 自分で入力して」


 抵抗らしい抵抗もできず、僕はおとなしくパスコードを入力した。

 指が震えていたのは緊張のせいだろうか。

 いや、それとも――。


「はい、じゃ登録完了っと。これで逃げられないからね」

 彼女は僕のスマホを軽く回してから返し、いたずらっぽく笑った。

「ついでに番号も送ったし、スタンプも押しといた。既読スルーとかしたら怒るから、送ったら絶対に返事してよね」



 星川さんは満足そうに頷きながら、スマホをひょいっと僕の方へ差し戻してきた。

 画面には確かに、彼女の名前と笑顔のアイコン。それにさっき送られたばかりの、なぜかウサギがドヤ顔しているスタンプが一つ。


「……あの、もうちょっとこう、相談とか……」

「してるでしょ、今まさに」

「いやいや、これ相談じゃなくて、ただの強制……」

「強制じゃない。ほら、こういうのはタイミングだから。今登録しないと、絶対忘れるでしょ?」


 星川さんは片眉を上げて、ニヤッと笑った。

 僕は返す言葉を探すけど、何も出てこない。

 反論できないのは、図星だったからだ。

 たしかに、僕はこういうことを後回しにして、結局忘れるタイプだ。


「ほら、スマホ取って。今、試しに送って。『よろしく』だけでいいから」


 星川さんは、当然のように僕の方へスマホを突き出してきた。

 その動作に一切の迷いはなく、むしろ当然の権利を主張するような堂々さがあった。

 僕は一瞬ためらったが、彼女の視線に押されるようにポケットからスマホを取り出す。


「よ、よろしくって……」


 指先が微妙に震えていた。

 今この場で連絡先を交換すること自体が、僕にとってはかなりの一大イベントだった。

 だけど、星川さんはそんな僕の戸惑いなんて全然意に介していない。


「ほら早く」


 短い一言。

 急かすような声音なのに、不思議と命令されている感覚はなかった。

 むしろ、強引さの裏にほんの少しだけ照れが滲んでいるように見えて、僕は余計に落ち着かなくなる。


「……よろしくお願いします」


 結局、言われるがままにメッセージを送信してしまった。

 送信ボタンを押す瞬間、なんだか心臓がひときわ大きな音を立てた気がする。


「はいオッケー! 既読っと……よし、返信も来た。あんた今から私の連絡は即レスね。いい?」


 星川さんは画面を覗き込み、勝手に満足げに頷く。

 僕はスマホを握ったまま、その言葉を頭の中で何度も反芻した。

 ――即レス、か。

 僕はそんなに器用な人間じゃない。


「即レスって……僕そんな器用じゃないですよ」


 苦笑混じりに言い訳すると、星川さんはまた小さく笑って、指先で髪を払った。

 その仕草が妙に自然で、彼女がこの部屋にいることさえ普通に思えてくるのが不思議だった。


「大丈夫。慣れるから。私のメッセージは特別扱いしていいから」


 さらりと告げられたその言葉に、胸の奥がじんわりと熱を帯びた。

 僕はうまく返事ができず、ただ曖昧に頷くだけだった。


 どこからそんな自信が来るんだろう。

 だけど、不思議と嫌じゃなかった。

 胸の奥が少し温かくなるのを感じながら、僕はスマホを受け取った。

 まるでこの小さな画面を通じて、これから何かが始まるような――そんな予感がした。


 ⸻


 結局、白Tだけ貸したけど、ズボンまで貸す羽目になり、荷物を抱えたまま彼女は玄関から出ていったが、一分も経たないうちに、再びドアが叩かれる。


「……鍵、ないの思い出した」


 そこにはうるんだ瞳の星川さんが立っていた。

 小さく付け加える。


「あとさ……制服と、干してた下着……ここに置きっぱなんだけど」


 僕は、もう何も言えなかった。


 星川さんは、玄関の前で小さく肩をすぼめていた。

 数分前までのギラギラした雰囲気は鳴りを潜めていて、なんだか小さな子みたいに見える。

 目が少し潤んでいて、まつげに残った水滴が光っていた。


「……泊まってもいい?」


 声は、さっきまでの勢いのある調子じゃなくて、妙に弱々しい。

 思わず息をのんだ。

 いつもの星川さんを知っているだけに、そのギャップが胸を揺らす。


「え、えっと……」


 頭の中で何度も「ダメです」と言おうとするのに、声にならなかった。

 部屋に女の子を泊めるなんて、そんな経験あるはずもなくて、ただ心臓の音がうるさい。

 だけど、星川さんの目が今にも泣きそうで、結局その言葉は口から出てこなかった。


「……わかりました。入ってください」


 ようやく絞り出した言葉は、情けないくらい小さかった。

 すると星川さんはぱっと顔を明るくして、「サンキュ」と短く笑った。

 その笑顔に、また胸がちくりとする。


「ごめん、マジで迷惑かけるつもりなかったんだけどさ……ほら、鍵ないの思い出しちゃってさ」

「い、いえ……別に大丈夫ですよ……」


 僕が返すと、星川さんは部屋に上がり込んで、制服をハンガーにかけながら続けた。


「ついでにさ、下着もここに干したままだったわ。やっば」


 そう言って、頬をかすかに赤く染めたのを見て、こちらまで視線を泳がせてしまう。


「今日だけだから。ホント今日だけ」

「……はい」


 星川さんはベッドに腰かけ、ため息をついた。

 その仕草が、どこか甘えた猫みたいで、言葉にできない違和感とともに胸をざわつかせる。


 僕は、ふぅと息を吐きながら、無理やり頭の中で線引きをする。

 ――これは一晩だけのことだ。明日になれば、きっと元通りの距離に戻る。


 けど、その「元通り」という言葉に、心の奥で小さな棘が刺さるみたいな感覚があった。

お読みいただきありがとうございます!

「平凡な男子高校生」と「クラスのギャル」という、普通なら交わらない二人を描きたくて書きました。

もし楽しんでいただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

続きも頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!


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