ただ、貴方を愛しただけ
「みてください! でんか!」
「ルルはあいかわらず、すごいな!」
小さい頃の私の趣味であった奇術。婚約者である第二王子殿下も気に入り、二人で笑い転げるのが常であった。王宮の庭園で、殿下の私室で、国王陛下と王妃陛下の面前で。幼いからこそ、許されていた。
それが変わってしまったのは、いつからだろうか。
ーーー
「でんか、新しく」
「ルルーシェ。お前も王子妃となるのだ。そんなつまらぬことばかりしていないで、勉学に励んだらどうだ?」
新しい奇術を見せようと、学園の王族用の図書室を訪れる。そして、盛大なため息をつかれた。
「ですが、課題は全て終わっており……」
「ならば、明日の分をやればいい。それくらいわからぬか!? 見ろ、文官見習いを目指すというフィナンツェ公爵令嬢を。文官見習いとして必要な課題を終えて尚、学び続けている」
「まぁ、殿下。当然のことですわ。それに、殿下もご一緒に学ぶことができて、わたくし、とても嬉しいのです」
頬を赤らめてそう言うフィナンツェ公爵令嬢。二人で学園の図書室に戻ってしまい、私に入る隙間はなかった。
「私の王子妃としての課題は全て終わってしまって、講師が今必死に新しい課題を作ってくださっているのに……」
私はそう呟いて、自宅に戻った。
殿下が変わってしまったのは、そう。第二王子というお立場から第一王子へと変わったあの時だ。
ーーー
「殿下、次は、」
「ははは、ルル。本当に楽しいな!」
私たちが仲良く王宮のバルコニーで談笑していると、顔色を変えた補佐官が王妃陛下の元に飛び込んできて、何かささやいた。
子供心に何があったんだろうと言う好奇心と、非日常感のわくわく、そして、緊張感そんな気持ちで見守っていると、王妃陛下が立ち上がり、お叫びになった。
「そんな!! 嘘だと言って!?」
第一王子が襲われ、命を落とした。隣国からの刺客だったそうだ。
「兄上! 兄上!」
第一王子殿下の御身体に向かって、そう叫ぶ殿下の横で、私も言葉を失っていた。優しくいつも頭を撫でてくださった第一王子殿下。優しい貴方がなぜ、優秀で次期国王として期待されていた貴方が、そんな第一王子殿下を支えることを殿下と共に楽しみにしていたのに。
「だいいち、おうじ、でんか……」
「ねぇ! ルル、ルルならいつもの奇術を使って、兄上を元に戻してくれるでしょう!? ねぇ!!」
あれから第二王子殿下は、予備としての王子の勉学から次期王太子としての勉学に切り替わり、周囲の環境も目まぐるしく変化した。
私の勉強も忙しくなり、その隙に野心に燃えたフィナンツェ公爵家が殿下に接近した。
私が必要な勉学を終え、殿下の補佐に回ろうとした時にはもう、殿下は私を疎ましく思っていたのだ。
ーーー
「ルルーシェ・ネメクラス。お前は、私の婚約者という立場を悪用して、国政を私物化し、民を苦しめ、フィナンツェ公爵家の令嬢であるマリーをその持てる権力を使って殺そうとした。そんなお前は王妃にはなれぬ。今ここで婚約破棄す。そして、次期王妃の殺害未遂と共に、別書状に記された数々の悪行を罰するため、死刑とする」
「かしこまりました、殿下。私のわがままを一つ、可能でしたら、毒杯を賜りたく存じます」
殿下が読み上げる文章を受け入れ、要望を伝える。殿下は物語のクソ王子のように、聴衆の前で私の罪状を伝えることなく、私室へと呼び出し読み上げた。
「幼馴染としての情はある。よかろう。では、そのように手配する。ただし、国庫金着服、隣国への売国行為等、あまりにも罪が重すぎる。民衆の前で刑を執行する」
「御意のままに」
民衆の声が騒がしい。なぜ、貴族の処刑はこんなに盛り上がるのか。人が死ぬ様子を見ていて、楽しいと感じるのか。
そう思いながら、一歩ずつ断頭台に登る。私の希望で毒杯を賜ることになったが、多くの人から見渡せるように断頭台での処刑となる。
白銀に輝く杯を受け取り、一気に飲み干す。
民衆の声が大きくなり、私は倒れた。
「姉上!」
仕事を依頼していた弟が声を上げ、叫ぶ。
「姉上を陥れたのは、マリー嬢ではありませんか!」
あまりの発言に、民衆は静まり返った。
「姉上が最後に僕に任せた仕事は、マリー嬢の行った悪事の証明です! やっと証拠を集めたと思ったのに……姉上!」
泣き叫ぶ弟。思うように動かない身体。泣かないで、愛おしい子。
「どういうことだ?」
第一王子殿下の声が響く。横にいたはずのマリー様は、いつでも捕えられるように包囲されていた。
「嘘よ!」
「嘘じゃない! 貴女のお父上の所業をご存知でしょう!?」
愛おしい弟。次々と証拠を並べ、マリー様を追い詰めていく。
「そんな……」
マリー様の裏切りを知った第一王子殿下。その双眸からは涙が零れ落ちていく。マリー様、そしてご家族は衛兵に連れて行かれた。
殿下。あなたは、マリー様を本当に愛していらしたのね。ならば、私は不要なのかもしれません。国のため、事実を明かすために仕掛けた私の最後の奇術。
種明かしをせず、終わるしかありません。
「姉上……?」
説明を終えた弟が近づいてくる。生き返る予定の私が動かないからだろう。
「姉上……!」
私の身体に縋り付いて泣く弟。伝心の魔術を使ってそっと呟く。
「殿下に私は不要なようです。このまま私は死んだことにいたしましょう」
ちいさくこくり、とうなずいた弟。
「冤罪でこのような目に遭った姉上……。せめて、せめて、遺体は、我が家で弔わせてください」
「もちろんだ。改めて、会談の場を設けさせてくれ。そして最後に、ルルの顔を見て詫びさせてくれ」
「そ、それは」
いくら薬を入れ替え、仮死薬を飲んだとはいえ、近くで見られたら、バレてしまうかもしれない。
いや、伝心の魔術を使った時から殿下の様子がおかしかった。涙が止まり、私に近づいてきていたような?
「いいだろう? 愛おしいルルに詫びたいのだ。国のことを思い、ルルを断罪したが、私の心はルルと共にあった……信じるか信じないかは、君次第だが」
「えっと、姉が、望まないと、」
「ルルは詫びを受け入れないような女ではないだろう?」
「その、このような仕打ちをなさった殿下を僕が許せませんので」
「最後の別れくらい、させてくれ」
様子のおかしい攻防を続ける二人に、民衆は戸惑いを隠せない。宮廷人たちも困惑している。
「仕方ありません……もっといい雰囲気の中“マジック!!!”ってやりたかったのですが……」
「いいのですか!? 姉上。また、王宮に囚われる日々になりますよ!?」
弟に伝心の魔術を使い、解毒薬を飲ませるように頼んだ。
解毒薬を弟からさっと盗み取り、人から見えないように口に含むと、殿下は私に口付けた。
「……殿下。いつから気がついていたのですか?」
「ルルこそ。私の作戦に、いつから気がついていたんだい?」
「「最初から」」
目を開けた私に民衆は大歓声をあげ、奇術を使える国王夫妻は国をますます豊かにしたのだった。
マジック得意な陽キャな令嬢を描きたかったのですが、プロットを紛失したせいで迷走しました