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9:神様もそんなに優しくはない

 なぜこんな事になったのか。自問自答をいくら繰り返しても、全く答えが出ない。


 真っ白な階段と、細かい金の装飾が描かれた壁紙。目の前には、勝ち取ったと言わんばかりの表情で立ちはだかるご令嬢。


「リサさん、あの、どうかされましたか?」


 もっと詳しく説明しよう。

 誰もいないこの状況。背後には長い階段。目の前には、王太子妃候補の一人、リサ・シュクレーンご令嬢。


「ランカさん、あなたが悪いわけではないのだけれど、相手が悪かったのだと思ってくださる?」


 そう言うと、まさに殺意のこもった手つきで、勢いよく私の体が押された。やばいと思った時には近づかれていて、落とされるかもと思った時には体が傾いていた。そして、どうしようと思った時には、もう階段の真下に向かって落下していた。


「さようなら、ランカ王太子妃候補」


 最後に見えたのは、勝利を確信した令嬢の顔と、あなたは負けたのよと言った声。ああもう、やっぱり早く決断しておけば良かった。私に迷いがなければ、こんなことにはならなかったのに。


 そんな後悔も時既に遅く、体が床に叩きつけられるのを覚悟することしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 王太子妃候補に選ばれてから、早くも数ヶ月。何を決断するのか決めらない私は、飽きもせずに開催されている夜会に招待を受け、仕方がなく参加していた。


 今日は、唯一本音で話せるエマもいないからつまらない。そんなことを考えながらも、ふとテラスを見てしまう。


 もしかして、会えるかもしれない。一部の人間しか招待されていない小規模なパーティーだけれど、もしかしたら会いに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、左右を確認する。


 よし、誰にも見られてない。


 そう小さく呟いて、外に続く扉をそっと開けた。夜風は肌を刺すほど冷たい。それでも、ルークに会いたい。その気持ちがあるだけで、なぜか体が暖かくなるから不思議だ。


 どこにいるのだろう。そう思いながら、キョロキョロと辺りを見渡す。こうやって探していると、普段ならいつの間にか現れてくれるのだが、今日はその姿が見えない。


 いや、探し足りないだけ。偶然、見つけられないだけ。そう思って、庭園をどこまでも歩いて行くが、どこまで行っても現れてはくれない。


「……今日は、どうしても会いたかったのに」


 そんな独り言だけが、ぽつりと宵の闇に溶けていく。勝手な話だが、期待していただけに、がっかりしてしまった。


 ここで立ちすくんでしまいたくなったが、そうもいかない。自分を探している人がいるかもしれない。誰かに、見られてしまうかもしれない。そう思い直し、重い足取りで会場に再び戻ることにした。


「ランカさん、こんなところにいらしたんですね」


 会場内に入り数秒、一息ついて気持ちを入れ替える暇もなく話しかけられた。こんな、見計らったようなタイミングで誰だと思い振り返ると、一人の令嬢が立っていた。


「リサさん、ごきげんよう。どうかされまして?」


 王太子妃候補の一人、リサ・シュクレーンが立っていた。国を守った英雄を先祖に持つ、由緒正しい血筋のシュクレーン公爵家の次女。顔もまあ良し、性格も弱くない、悪知恵も働くほど頭も悪くない。


「そんな、冷たいんですね。同じ公爵家の娘として、仲良くお話ししたいと思うのは、私だけでしょうね」

「……そうでしたか。ごめんなさい、お気遣いできなくて」


 くそが、今まで話そうとしたことなんてないくせに。茶会の一つすら招待したことがないくせに。確実に、私のことを嫌っていたくせに。よく言うわ。


 そんな思いをなくしながらも、素直に謝った態度を意外に思ったのか、リサは若干引き攣った笑いを浮かべていた。


「お聞きしましたよ、ランカさんがまた素敵な行いをされたと。伝統工芸品の輸出を増やすなんて、なかなかできることではありませんもの、さすがですわ」

「ありがとうございます。でも、きっと偶然でしてよ」


 偶然なわけがないし、明確に狙ってやった施策だけれど、絶対にそれをひけらかしてはいけない。やっかまれるのは面倒だし、不快な態度を取ったらすぐに噂の的にされてしまう。


 ただでさえ、この完璧美少女の私は目立ってしまうし、存在しているだけで嫉妬の対象になってしまうのだから。これ以上、くだらない噂は広めたくない。


「王太子妃に選ばれるのは、ランカさんで確実かもしれませんね」

「……まだ時間もありますし、それにどんな基準で選ばれるのかも分かりませんから」

「男性からもたくさんお声がけがあるランカさんですもの、王太子の心も射止めてしまいますよ」

「そう……だと良いんですけれど」


 煩わしいな。なんとかしてボロを出させようとしたいらしいが、こっちだってそんなバカではない。言い返す気もないし、噂になるような発言をすることもないのだから、いちいち話しかけてこないで欲しい。


 こう言う面倒な輩との関わりを減らすためにも、王太子妃になりたいと言う気持ちもある。その地位さえ手に入れたら、誰も私に逆らえない。マウントの取り合い、表面だけの会話を続け、ストレスばかりが募る。


「でも、私はリサさんを羨ましく思いますよ」


 そろそろこちらも、褒め返さなければ。そう思って適当なことを口にしてみる。


「ランカさん、それはさすがに、お世辞が過ぎますわ」

「いえ、本当でしてよ。私の家系は歴史が長いだけで、誇れる血筋はどこにもありませんもの。それに比べて、シュクレーン家には国の英雄もいらっしゃいますし、王家に嫁いだ方もたくさんいらっしゃるじゃないですか」


 これは本当の事だ。シュクレーン家は、軍事家系なだけあり過去の英雄がたくさんいる。その褒美として、娘や姉妹が多く王族に嫁いでいる。家柄はいいのだ。と言うより、この完璧美少女の私さえいなければ、王太子妃は間違いなく彼女だろう。


 それが本人としても分かっているから、私のことがどうしようもなく気に入らないのだ。


「何より家柄や血筋を大事にする王家ですもの。リサさんの方が、貴族の方達も喜びますよ」

「ランカさんにそんなことを言ってもらえるなんて、光栄ですわ」


 ここまで言うと、やっと満足そうな顔をしてくれた。ああもう疲れる。こうやって神経をすり減らさせてくるから、またルークに会いたくなるのだ。


「では、ごめんなさい。私そろそろ、行かなければならないので」


 ご満悦な様子を崩さないように、さっさと退散するとこにした。呼び止められるのも面倒だから、返事も聞かずに歩みを進める。


 もう会えなくても構わないから、庭園にもう一度行こう。こんな時は、夜風に吹かれて焦燥にでも浸りたい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さてここで、冒頭に戻ろう。

 どうしてこんな事になったのか。


 何もかもが嫌になって庭園に出たのが、小一時間前。意味もなく薄暗い中をうろうろと歩く事、数十分。


 もうパーティーも終わる頃だろうから、最後の挨拶だけ端の方で聞くかと思い、園庭から会場へと続く階段を登った。


 その先に立っていたのが、先ほど話していたリサ・シュクレーンだ。


「ランカさん、私やっぱり思ったんです」

「……なにを、ですか?」


 何やら覚悟を決めた表情でそう言う彼女に、嫌な予感を覚えた。助けを呼ぶ事はできないし、そもそも何が起きてもいないこの状況では助けも呼べない。でもきっと、狙われている。それだけは分かった。


「血筋も家柄も私の方が良いのだから、私が絶対に王太子妃に選ばれるべきだって」

「ええ、はい。私もそう思いますのよ」

「でもランカさん、辞退するつもりはないのでしょう?」

「……そうですね、王家の意思ですから、それを無下にすることはできませんし」


 どこまで言っても、本音は話さないのねと鼻で笑われた。バカかこいつ。話すわけがないだろう。


「でしたらもう、強硬手段に出るしかないかなと」


 こいつ、まさか。そう思った時には、目の前まで近づかれていた。


「ランカさん、あなたが悪いわけではないのだけれど、相手が悪かったのだと思ってくださる?」


 お前こそ、相手が悪かったと思えよ。こんな完璧美少女の私が、同年代に生まれてきてしまったことが、運の尽きだと思えよ。


「さようなら、ランカ王太子妃候補」


 私の内情なんて知る術もなく、そんな言葉と共に、肩に衝撃が走った。それから少し遅れて、体全体が浮遊感に包まれた。


 神に二物も三物も与えられた私だけれど、唯一与えられなかったものがある。いくらか努力をしてみたけれど、これは根本的に才能がないと思い知らされた。


 やばいと思った瞬間に、避けられたら良かったのだ。能天気に落ちるのではなく、せめてどこかに掴まれば良かったのだ。そして、落ちることを覚悟するのではなく、受け身でも取れば良いのだ。


 でも、そのどれも出来そうにない。そうなのだ。何を隠そう、どうしてだか、私に運動の才能だけは、神様も与えてくださらなかったのだ。


 これで終わりか。そう思って目を瞑り、体に来るであろう衝撃に耐える覚悟をした。ああ、それでも、唯一の心残りとしたら、最後にルークの顔を見たかった。一目でいいから会いたかった。それが永遠に叶わないことが、どうしようもなく悲しかった。

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