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4:閑話休題

 程よく太陽の光が差し込む部屋の中。柔らかく、座り心地の良いソファが一対。アンティークのテーブルの上には、丁寧にいれられた紅茶と、上品に盛られた甘いお菓子。


 目の前に座るのは、滑らかな黒髪をすらりと伸ばした、凛とした女性の姿。ランカのたった一人の友人である、エマ・キラルドだ。


 ランカと同じく、公爵家の一人娘として生まれてきたエマは、幼い頃から親族一同親しくしてきた。初めは親からの紹介だったが、馬があった二人は今ではなんでも言い合える仲になっていた。


「どうしよう、エマ。傾国させてしまうほどの完璧美少女の私が、とんでもない奴に掴まれてしまったの」

「ああそう、それは大変ね」


 紅茶を飲みながら、絶対に大変だなんて思ってもいない口調でそう言われた。もっと真剣に考えてよと言ってみたが、それすら適当な返事で流された。


「どんな人だったのよ、その心を奪ったとか言う奴は」

「奪われてはいないわ、掴まれただけ」

「同じでしょ」


 そう呆れたように言われたが、まだ認めたくはなかった。だって身分も合わないし、性格だって不真面目だった。絶対に女の子の扱いに慣れてたし、良くないこともたくさんしているに決まってる。きっとそんな奴だ。それなのに、心を奪われたなんて、認められなかった。


「かっこいい人だったの?」

「そうね……長い白銀の髪が珍しくて、瞳も見た事がないくらい綺麗で、背も高くて、目を引いたのは確かね」

「好みだったのね」


 図星を突かれてしまい、ぴたりと思考が止まる。


「どこが好みだったのよ。見た目?」

「顔と、背が高いのも嫌いじゃないし、声も耳に残ってる。性格も、今まで会ったことがないようなタイプで……」

「女慣れしてたのね」


 またしても図星だ。そう、今までチヤホヤしかされてこなかったけれど、弄ぶようなその態度が、どうにも心地よかったのだ。自分にこんな一面があったなんて、思いもしなかった。


「良くある話よ。良いとこのお嬢様が、ちょっと悪い男に引っかかるなんて。心配することもないんじゃないの。どうせ、一時の気の迷いよ」

「そうね、そうだと思うのよ」


 そうだと思うのだけれど、困ったことに寝ても覚めても頭の片隅に彼の存在がいる。声も、触れた時の体温も、香水と混ざっていた体の匂いですら忘れられない。


「それに、もう会う事もないでしょ。そんな良くわからない小貴族なんて、ランカが行くようなパーティーに招待されることもないわよ」

「そのはずなんだけど、何故か自信満々で、次のパーティーでも会えるって言ったのよ」

「なにそれ、すごい怪しい」


 確かに怪しい。でも今や、そんな事はどうだってよくなってしまっている。そもそも、あの顔が良くないのだ。好みのど真ん中を突き刺してきた、あの顔が良くない。


 もう正直に言ってしまうと、私は少々どうしようもない男が好きみたいだ。紳士で実直な、品のある貴族の男にエスコートされたことなんて何度もあるけれど、全くもって何とも思わなかった。それが、あの男は違う。私のこの見た目にも、全く臆さない。下手に出ることもなく、変にもてはやす事もしない。それもそうだ。だって、私と同等レベルの見た目なのだから。


「次に会ったらどうするのよ。無視するの?」

「いや、たぶんまんまと、時間を共にすることになると思うわ」

「そこまで自分を俯瞰できてるなら、もう諦めなさい。諦めて、遊ばれてきなさいな」

「そうなのよねえ……」


 遊んでしまおうか、そう思いながら皿に盛られていたクッキーを一つ口に運ぶ。オレンジピールが入ったカカオクッキーの甘味が、じんわりと口に広がる。美味しい。


「どうせ王太子妃になったら遊べなくなるんだから、今のうちにパーっと遊んでしまえばいいのよ。バレないわよ、きっと」

「……駄目よ。万が一知られた時のことを考えると、危ない橋は渡れないわ」

「真面目ね」

「私の経歴に傷をつけるわけにはいかないの。私は、王太子妃になるために生まれてきたような人間よ。それが、こんな大した家柄もない男に唆されて、全てを棒に振るような真似をしてはいけないのよ」


 そうだ、私は未来の女王なのだ。いや、まだ候補だから確定はしていないけれど、私以外が選ばれるわけないのだから、ほぼ確定だ。自信しかない。


「だったらもう諦めて忘れなさい。そんな男とは出会わなかった。あなたの心を奪った男なんて、この世に存在しなかったのよ」

「……それが、存在したから悩んでるんじゃない」


 ああでもない、こうでもないとはっきりしない態度に、エマは大きなため息を吐いた。もう付き合いきれないとでも言いたげだ。知っている。分かっている。自分が一番分かっているから、困っているんだ。


「重症ね、あなた。それ何て言うか知ってる? 恋煩いって言うのよ」

「分かってるわよ……ああもう、何でこんなタイミングで出会ってしまったのよ」


 もしも、王太子妃候補に選ばれる前だったら。もしそのタイミングだったら、さっさとその男と婚約してしまっていたかもしれない。自ら経歴に傷を付けて、駆け落ちのような真似をしてでも、あの男に付いて行こうとしたかもしれない。


 そんな妄想をして、それも悪くないとすら思ってしまうほどには、重症だった。

 もう、くそほど恋煩いじゃない。


「そもそも、どこがそんなに良かったのよ。地位も名誉もない男は、好きにならないんじゃなかったの?」

「だって、あの見た目は、私の隣に並んでも絶対に引けを取らないのよ。今まで、私の隣に立つには地位も名誉もなければいけないと思っていたの。それが、あの男はその身一つで私の横に立てたの。そんな人いなかったわ」


 そこまで聞いたエマは、どうしようもないわと首を振った後、大きく作られたマフィンにフォークを刺した。話を聞くよりも、アドバイスをするよりも、目の前の菓子の相手をする方が、ずっと有意義だと判断したのだろう。


「好きなのね」

「……………………うん」

「私は別に、どちらでも応援するわよ。あなたが駆け落ちをしても友達は続けてあげるし、諦めて王太子妃になるとしても話は聞いてあげるわ」

「エマが優しい……」

「ずっと優しいわよ、私は。悩んでいるあなたを見るのも面白いしね」


 どちらかと言うと、面白がっている割合が大きい気がしないでもないが、それもエマの優しさなのかもしれない。そう思うことにしておこう。


「とりあえず、もう一度会うことね。もしかしたら、想像の中で理想が広がっていっただけで、会ってみたらそんなに大したことない男だったかもしれないわよ」

「たしかにそうね。さすがの私も、王太子妃候補に選ばれたことで気分が高揚していて、理想の男性像を勝手に詰め込んでしまったのかもしれないわ。そう、きっとそうよ!」

「そうね、そうだったらいいわね」


 エマの大層他人事なその返事を耳にしながらも、そうに決まっていると思うことにした。あれは幻、あんな見た目が完璧な男には出会わなかった。


 そう何度も頭の中で繰り返しながら、ピンク色のマカロンを口に運んだ。無意識にピンクを選んでしまうほど、頭も心も浮かれていることには、気づかないふりをした。

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