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20/20

番外編

久しぶりの投稿で緊張しています。

本当に長くお待たせしてしまったのですが、番外編がやっと頭の中に降りてきましたので投稿させていただきます。

もしお時間ありましたら、ご一読ください。

 ステンドグラスから差し込む太陽の光。少し開けられた窓から吹き込んでくる心地良い風。そしてサイドテーブルには、熟練のメイドが入れた香り高い紅茶。

 

 完璧な昼下がり。


 ランカは、溜まった手紙の整理をしながらそんなことを思った。


 これは、一週間前のパーティーのお礼だから返信はいらない。こっちは誕生会のお誘いだけれど、忙しいからお断り。


 そんな風に、次から次へと送られてくる手紙を捌きながらも、全てが整っていることへの心地よさを感じていた。


 王太子妃になってからと言うもの、とんでもない量のお誘いが来るようになった。誕生会やら記念祝典やら、今まで目の敵にしたきた人も、ランカのことを顔だけだと馬鹿にしていた人も、なんなら嫌ってい人たちも、みんな手のひらを返して媚びを売ろうとしてくる。


 本当にくだらない。


 そう思いながらも同時に、どこかほっと一息つけるような気はしていた。煩わしい権力抗争からは、とりあえず一抜けできたからだ。

 どのみちこの見た目では、どこかで何やらの厄介ごとに巻き込まれるのは必然だった。今も厄介ではあるが、この立場故に多方に気を使わなくても済むのは嬉しい。


 なんとなしに紅茶に手を伸ばし、一口飲む。

 

 美味しい。きっと茶葉もいいのだろう。完璧だ。見た目もスタイルも性格も完璧な私と、この完成されすぎた空間。全てを手にできたような、そんな気すらした。


 ランカは事務処理を続けながら、どことなく満足していると、突然部屋が開けられた。

 ノックもなしにこの部屋に入って来れるのは、この世界でたった一人だけだ。


「やあ、ランカちゃん。気分はどうかな?」


 この国の王太子であり、ランカの夫であるルーカスだ。少しだけ長い白銀の髪を優雅に揺らして、濃青の瞳を楽しげに細めながら、こちらを見つめている。

 

「いつも通り、なんの不満もないわ」


 いきなり入ってきたことに対して、不機嫌を隠すこともせず答えたが、彼はそんなことにはどこ吹く風だ。


「書類の山に囲まれてるのに?」

「これは仕事だから、別にどうってことないわ」

「お妃教育もあるのに?」

「今までもやってきたことだもの。それに、今習っていることは、王宮でないと教えてもらえない機密事項とか、明文化されていないマナーとか、そんなものだけよ。多くを学ばなきゃいけないわけじゃないわ」


 なんてことないと断言してやったが、やはり何か言いたげだ。出会った頃から掴ませてくれない男だと思っていたが、やはり今でもそれは変わらない。


「まあ、ランカちゃんならそうだよね」

「ええそうね。それで、なんの用があって来たの?」

「ランカちゃんは完璧だもんね」


 どうやら、質問に答える気はないらしい。苛立ちながらも、仕方なく、彼のほとんど身勝手な会話に付き合ってやることにした。


「……ええ、分かってるじゃない」

「可愛いし、頭もいいし、仕事もできる。負けん気も強いから貴族の前に立っても見劣りしない」

「そうね、強かでもあるけどね」

「うんうん、そうだね」


 だから何だと、言いたかった。

 それでも言わなかったのは、どうせ聞いたって真正面からは答えてくれないだろうと思ったからだ。


 今更だが、なぜこんな人を好きになったのかと自分で自分に問い詰めたかった。まあどうせ、その答えすら出ないのだろうけれど。


 ランカが、ふうとため息をついた。それを見て、そろそろ本格的に機嫌を損ねる頃かと思ったのか、ようやく本題に入ってくれた。


「その上、ランカちゃんはとっても頑張り屋さんだ」

「………………は?」


 言われた言葉は、やはり掴みどころはなかったが。


「その机に置かれている事務処理だって、大変ではないのかもしれない。できてしまうんだろうとも思う。でも、頑張っているのは知ってるよ」

「…………それは、どうもありがとう」


 突然褒めたい気分だったんだろうか。それとも、何か気まずいことでも伝えたいのだろうか。遠回しな発言すぎて、勝手に勘繰ってしまう。


 しかしルーカスは、ランカの訝しげな顔を見ると、至極満足そうに笑っていた。そして、サプライズ成功とばかりに自信満々に言ってのけたのだ。


「だから、そんな君にプレゼントがあります」

「はあ……」


 プレゼントってなんだ。嬉しい言葉以外である方が難しいのだが、それすら疑いたくなる心境にあった。それでも、いまだに自信ありげな態度を崩さないのは、彼のすごいところだとランカは思っていた。


「ここから馬車で一時間くらい行ったところに、小さな別宅があります。海の近くなんだけど、遊びに行かない?」

「……嬉しいお誘いだけど、そんな時間あるわけないでしょう」


 仕事はこなせる量ではあるが、暇をしているかと聞かれるとそうではない。それこそ手紙の仕分けだったり、簡単な決済処理だったりと、次から次へと仕事はやってくる。


 彼もそれは知っているはずだと思い、嫌味の一つでも言ってやろうかとしたところで、ルーカスの指が開きかけたランカの唇を押さえた。


「大丈夫、一泊だけだから」


 濃い青をした瞳が、まっすぐにこちらを捉えてくる。こういう態度と視線に弱いことを知っていて、わざとしてくるのだからタチが悪い。


「まあ、スケジュールはもう開けてもらったんだけどね」

「え?」

「ちなみに明日から」

「はあ?」


 ランカが驚きの声をあげた頃には、押さえられていた指もいつの間にか離れていた。


「嫌ならいいけど」


 身勝手に伝えてきて、相談もなくスケジュールを押さえたくせに、ルーカスはどこか不服そうな顔をしてきた。その態度を取りたいのは私だと思ったが、諦めも込めて全てを飲み込んだ。


 こういうところすら、好きになってしまった自分が悪いのだから、仕方がない。


「……行くわよ、喜んで」


 そう言うとルーカスは、至極嬉しそうな顔に変わり、満足そうに頷いていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あれやこれやと慌ただしく準備をしていたせいで、気づけば馬車の中で座っていた。ガタゴトと揺れる馬車の中はには、ランカとルーカスしかいない。今までだったら、こんな空間に内心緊張していたランカだったが、いつの間にか二人きりでいることにも慣れていた。


 新鮮味は失せたが、それも悪いことではないだろうとランカは思っていた。そんな時、ふいに頬を突かれた。


「…………なによ」

「着いたら何かしたいことある?」


 唐突に突かれたことに対して、少なからず不機嫌そうな顔は見せたはずだが、やはりルーカスにはどうにも響いていない。きっと本心ではないことも、バレてしまっているからだろう。


「何か希望があったら叶えるよ?」

「そうね……」


 何がいいだろうかとランカはぼんやり考えてみた。海の近くらしい。港がどれくらい栄えているのか、貿易は盛んなのか、治安の悪い場所はないだろうか。国を収める立場として見たいポイントはたくさんあるが、聞かれているのはそう言うことではないのだろう。


「仕事はなしだよ?」

「分かってるわよ」


 ランカは、考えが当てられたような気がして、誤魔化すように顔を背けた。流れる窓の景色は木々が多く、都心部から離れていることがすぐに分かった。


 静かだなと、ランカは思った。

 きっと何もない、仕事ができるような机も書類もペンも用意されていないような場所だ。そんなところで、あれこれ考えたって無駄だろう。

 そんな考えに至ると、自然と答えは出てきた。


「何もしないわ」

「え?」

「ぼんやりと、海でも見ながら静かに過ごしたい」


 ランカがそう言うと、ルーカスは少しだけ黙った後に心配そうな顔をして言った。


「……疲れてる? 仕事が大変なら減らすけど」

「大丈夫よ、疲れてるわけじゃないから」

「でも、」

「大丈夫。精神統一みたいなものよ」


 そう言って、有無を言わさないとばかりに腕を組み目を伏せると、ルーカスも納得したように頷いた。


 二人きりで静かに過ごしたいなんて、恥ずかしいこと言えるはずがないじゃない。そう思ったランカの顔は熱を持っていたせいで、バレないようにそっぽ向くのが精一杯だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 別宅に到着した頃には、太陽も頭上に上り切っていた。とは言え、幸運にも天気は快晴。眩しいばかりの太陽の光は、海面に反射してキラキラと光っていた。


「……綺麗ね」

「うん。観光名所でもあるからね」


 青い海と白い砂浜が有名なこの港町は、バカンスとしても人気だ。日々の疲れを癒すために訪れている人も多いせいか、どこかゆっくりとした時間が流れている。


 広大な景色と、波の音、穏やかな空気。全てが合わさって、頭の中もぼんやりと靄がかかってしまいそうだ。良い場所だけれど、仕事には適さない、そんなところだった。


「観光名所なのに、この辺りはあまり人がいないのね」

「うん、ここ王室のプライベートビーチだから」


 人気の場所なのにと疑問に思い聞いてみたら、さらりととんでもない答えが返ってきた。規模が違うと呆気に取られたが、よく考えたら当たり前かとも思えた。


 自国他国問わずに、命を狙われやすい王族の別宅がある場所だ。この辺りの領主だって、領土で王族が殺されでもしたらたまったものではない。それなりの対応だってするはずだ。


「不自由だなって思った?」

「……いいえ、別に。私だって幼い頃から自由を謳歌してきたわけではないし、この程度は予想していたから」

「それでも、その辺の貴族令嬢ほど自由には生きられないよ。これからもずっとね」


 そう言われた言葉は、ランカに言っていたのか、それともルーカスが自分に言い聞かせるようにしていたのか分からなかった。


 それでも、ルーカスの中にある、安全な鳥籠の中でしか生きられない絶望みたいなものは、ランカにも少しだけ理解できた。


「まあ、完全に自由ではないかもしれないけれど、ここでしか見えない景色もあるでしょう?」

「…………そうだね」

「上に立ってしか見えないこともあるし、できないこともある。手に入らないことを嘆くよりも、手の中にある幸運に感謝したいわ」


 ランカがはっきりとそう言うと、ルーカスはふっと嬉しそうに笑っていた。例え鳥籠の中でも、二人で狭い世界にいるのも悪くないのでは。ランカは密かにそう思っていたが、もちろん言葉にはしなかった。


「本当に綺麗だね」

「そう、ね――」


 ランカが相槌を打ったと同時に、温かい体温が体を包んだ。少しだけ遅れて、抱きしめられたのだと気付くと、性懲りもなくどきりと心臓が高鳴ってしまった。


「なによ、急に」

「なんか、いなくなっちゃいそうだったから」

「…………なにそれ」


 馬鹿にされているのかと思ったが、どこか深刻そうな態度のせいで、ランカもそれ以上追求ができなかった。


「本当に可愛いから、海に連れられて行きそうだなと思って。ランカちゃんが実は人魚姫でしたって言われても、俺信じちゃうなあ」

「そうね、人形姫なのかもしれないわね」

「ほら、やっぱり?」


 波の音を聞きながら、くだらない冗談を言い合った。どこか落ちていきそうな空気を、ルーカスなりに変えようとしたのだとは、ランカも分かっていた。


 離そうとしないルーカスの腕の中で、泡になるつもりはないなとランカは思った。人魚姫は王子を愛するが故に、自らを泡へと変えてしまった。ランカもルーカスを愛してはいるし、これからもそれは変わらないだろう。しかし、自ら消滅するような愚かな真似はしないだろうなと思っていた。


 水面の輝きと、ルーカスの体温を感じながら、ぼんりとそんなことを考えていると、ランカの頬にそっと手が添えられた。そのまま、抵抗することもできないまま(抵抗する気もないのだけれど)音もなく唇が触れ合った。


「………………ん、」


 わずかに吐息を漏らすだけに留めた自分がいて、随分と自然になったものだとランカは思った。少し前までは、こんな何気ない仕草にもドギマギしてしまっていた。それが、今やなんとなしに受け止めることができている。


 ふいにルーカスの顔を見つめると、柔らかい瞳と視線があった。優しく、愛おしいものを見つめるその目からは、愛情しか感じられなかった。


「ん、どうかした?」

「……別に、なんでもないわ」


 そう言ったが、色々と考えを巡らせてしまう思考は止まってくれなかった。ルーカスとランカは、正式に結婚をした。よほどのことがない限り、王族との婚姻関係など破綻にはできないだろう。よって、これから先の人生はほぼ確実に共に歩むことになる。

 それでも、ルーカスはどこか不安そうな仕草を見せる時がある。その意味が、ランカには少しだけ分かる気がしていた。


 いなくなっちゃいそうだと、彼は言った。そんなわけはない。しかし、この国と彼や、この国と自分を天秤にかけて、消え去らなければと判断したら、ランカは悩むことなくいなくなるだろう。きっと、そんなところを不安に思っているのだ。気持ちはわかる。けれども、それはきっとルーカスも同じだ。ランカよりも、自分よりも、守らなければならないものがある。お互いそれを分かっているが故に、いつまでも踏み込めない一歩があるような気がしてしまうのかもしれない。


「帰ったらまた忙しくなるね」

「そうね、まあ暇よりはいいと思うわ」

「ランカちゃん、たまにはこうやって旅行でもしようね。忙しくても、二人で過ごす時間はちゃんと作ろう」

「……ええ、もちろんよ。私も仕事だけに生きるつもりはないから」


 そうだ、例え守らなければならないものがあれど、ランカだって仕事だけ、国のためだけに生きるつもりは毛頭ない。それなりに、この人生を楽しもうと言う気持ちはあるのだ。


「あとは……子どもも欲しいなあ」

「当たり前よ、跡継ぎを産まないといけないんだから」

「それだけじゃないよ。跡継ぎとか関係なく、ランカちゃんとの子どもが欲しいなって言ってるんだよ」

「…………可愛いとは思うわよ?」


 また恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく言う人だと、ランカは内心思っていた。


「俺はランカちゃんに似た子がいいなあ。女の子で、よく笑う可愛い子」

「私、そんなに笑うかしら?」

「うん笑ってるよ。俺には分かるよ」

「……ああそう」


 ポーカーフェイスを貫くつもりはないが、頭の中までバレているようで良い気はしなかった。しかし、それを追求しても無駄かと、ランカは諦めてため息をついた。


「どっちがいい? 男の子か、女の子か」

「そうねえ……」


 ルーカスに似た男の子か、私に似た女の子か、はたまたその逆なのか。色々なパターンを想定してみたが、どれも苦労する未来しか見えてこなかった。


 変な輩に言い寄られたり、異性からの求愛を煩わしく感じたり、同性から嫌味を言われたり。どのパターンも何やら苦労していた。


「どちらでもいいわ。きっと、あなたと私の子どもなら可愛いだろうから」

「そうだね、俺もそう思う」


 間違いなく捻くれるだろうし、苦労するだろうけれどと言う意見は、ランカの中に留めておくことにした。


 それでも、未来は明るいし楽しそうだなとランカは思った。これから先も大変なことはあるだろう。国も守らなければ、貴族と戦わなければ、子どもを育てなければ。どれも責任と義務で押しつぶされそうになるが、ルーカスと一緒ならすべて乗り越えられるような気がした。

 そう思うと、少しだけふふっと笑みが溢れてしまった。


「ルーカス、連れてきてくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」


 そう言って静かに繋がれた手の温もりは、死んでも忘れないだろうと、ランカは思った。

読んでいただきありがとうございました!

こちらで本当に完結です。

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― 新着の感想 ―
ずっと待ってました。ちょこちょこ見に来てて流石にないかなと諦めかけていたんですが、もしかしたらと思い見に来たら投稿されていて感動です。 ランカちゃんのツンデレなとことかルーカスの溺愛ぶりとかほっこりキ…
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