2:想像の範疇はなかなか超えない
豪華絢爛、優美高砂とはこのことかと、王宮のパーティー会場に来るたびに毎度思わせられる。
有名画家が描いた壁紙と、丁寧な細工が施されたシャンデリア。眩しいほど煌びやかなこの空間には、これまた上質な着衣を纏った大勢の人々。
この中にいる誰もが、地位も名誉も生まれ持った貴族連中だ。品もあれば教養もあるのだが、ランカはその中でも一際目立ってしまう。
「ごきげんよう、ランカさん。今日も変わらずお綺麗ですこと」
なるべく話しかけられない様に、と思っていた矢先、背後から挨拶をされた。あくまで柔和に、ゆっくりと振り向くと、公爵夫人率いる御一行から声をかけられた。両親と同じくらいの年齢である彼女らが、自分に何の用事があるのか。そう思いながらも、和かな笑みを浮かべて挨拶を返す。
「あら、ガリア公爵夫人。ご機嫌麗しゅうございますわ。夫人からそんなお言葉をいただけるなんて、もったいない限りです」
あくまで控えめに。否定も肯定もしない。どちらにしても嫌味に取られてしまうから。
「いやだわ、ご謙遜なさって。そんなところまで徹底されているのね」
「ありがとうございます。お褒めの言葉と、受け取らせていただきますね」
くそ、どうしたって嫌味と取りやがる。そんなに私が怖いか、嫌いか。ここで怯まないから嫌われるのは分かっているが、元来の負けん気の強さのせいで、口が勝手に動く。
それにしても、いくら目立つとは言え、あくまで公爵令嬢の一人に、明らかに歳の離れた公爵夫人たちが群をなして揃って声をかけてくるとは。
牽制のつもりなのだろう。今日は特に仕方がないかと、自分に言い聞かせた。
「これはもう、王太子妃もランカさんで確定かもしれませんね」
「……そんな、本日は候補が決められるだけですし、それに候補に選ばれてすらいませんから」
そう、今日は王太子妃候補が挙げられる日なのだ。何故だか分からないが、この国の王太子妃、いわば未来の王妃はなんとも面倒臭い決め方をする。
まず、名だたる貴族の中で王太子と近い年頃の令嬢から数名、王太子妃候補が指名される。選抜基準は知らないが、どうやら血筋や家柄、容姿、教養など多数の観点から候補が絞られているらしい。
それから数ヶ月間、これまた基準が分からないが、何やら天秤にかけられる。そんな、数多の見えない試練を掻い潜った候補者の中から一人が指名され、晴れて王太子妃となるのだ。
「まあ、そう言う事にしておきましょうか。私なんかは、既に王太子妃なんて決められていて、出来レースなのではと思ってしまいますけどね」
「……まさか、さすがにそれはあり得ないですよ。王太子がどんな方なのか、お顔も、お声ですら存じ上げませんし」
そう、ここに集められた一同、王太子がどんな人物なのか全く知らないのだ。無駄な派閥を作らないため、刺客に狙われないようにするためなど色々な理由から、王太子は自分の身が自分で守れるようになるまで、誰にも知らされない。
もちろん、王太子妃候補にもだ。何も知らない人物から、勝手に指名されて、勝手に選ばれる。何様だと言いたくもなるが、それが王族というものだ。
「あらまあ、口が硬いことで」
それにしても、こいつは本当に面倒だな。私に何を言わせたいのか。そんな事を思っていると、壮大な管楽器の音とともに壇上の扉が開かれた。そうこうしている間に、王太子妃候補が発表される時間になったらしい。
「そろそろお時間みたいですので、失礼しますね」
このタイミングだと悟り、ランカは一言残してさっさと退散することにした。何か言いたそうだったが、知らないふりをして立ち去った。これ以上何を言ったとて時間の無駄だ。
端の方に行き、ほっと一息つく。会場中が、誰が指名されるのかと騒めき出した。何も知らないが、私が指名されないはずがない。
こんなに可愛くて、可憐で、教養も身につけていて、家柄血筋ともに由緒正しいこの私が指名されなければ、誰が指名されると言うのだ。現代で私以上に、王太子妃に相応しい人物なんていないだろう。
「今から名前を上げる者が、王太子であるルーカス王子の妃候補となる。名前を呼ばれた者から、順番に壇上に上がるように」
会場が緊張感に包まれる。当たり前か、未来の女王がこの場にいるのだから。誰がその候補に上がるのか、自分の娘は選ばれるのか、自分たちに得がある人選だろうかと、誰もが気が気ではない。
気持ちが分からないでもないが、ランカは全く緊張していなかった。選ばれるに決まっていると、自覚しているからだ。
「まず一人目、リサ・シュクレーン」
会場に歓声が上がる。選ばれた本人も、わざとらしく驚いた様な顔をして、おずおずと前に出ていった。まあ、家柄などを鑑みると間違いない人選か。
「次に、マーガレット・ガリア」
順番に名前が呼ばれるたびに、歓声と拍手、喜びに満ちた表情の令嬢が一歩を踏み出す。マーガレット令嬢ね、顔だけで選ばれた気がしなくもないけれど。
「次は、アリアナ・レアンヌ、前へ」
ああ、彼女もいたか。レアンヌ家からは選んでおかないと、後々尾を引くだろうから驚きもない。そんな風にランカは、それぞれを吟味しながら、一人達観したような思いで見ていた。
「最後に……ランカ・シーナベル」
会場の視線が一気にこちらに集まった。ランカは、少しだけ目を見開いた後、ふんわりと笑みを浮かべて一礼し、慌てることなく足を踏み出した。
驚きなんて何もない。恐怖もない。
最後の候補が挙がると会場中は、さて王太子妃は誰になるだろうかと、既に下世話な賭け事が始まっている。
決まるのは、ここから数ヶ月後だと言うのに。おまけに、どうやって決められているのか、何も分からないと言うのに。
好きにしたらいい。何とでも噂をしたらいい。
こんな完璧美少女の私が、私以外に負けるはずないのだから。
そんなことを考えながら、ランカは眩しいほどの照明に照らされた舞台に上がった。
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