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18/20

18:運命か必然か

 曇り一つない、大きな鏡の前に立ってその姿を見つめる。白く透き通った肌、長いまつ毛に縁取られた黄金の瞳、薄桃色に染められた唇、どれをとっても完璧でしかない。腰まで伸ばされたブロンズの髪は、絹を纏っているかのようにキラキラと輝いている。


 それだけではない。この、天使かと見間違うその姿を何よりも引き立てる、純白のドレスに身を包んでいる。頭上には、歴代の王太子妃が被ってきたであろう歴史も伝統もあるティアラが一つ。きっと、歴史上で私が一番似合ってるいる。


 今日は、この国の王太子と王太子妃の結婚式、いわば私とルーカスの結婚式だ。この日を迎えるまでにも、多くの試練はあった。試練と言うか、面倒ごとだが。


 貴族連中に挨拶をしてみたり、ドレス合わせ、アクセサリーの準備、指輪選び、パーティーの詳細打ち合わせ。その間に、いるのかどうか分からない王族の伝統儀式。言い出したらキリがないほど、面倒なイベントごとがたくさんあった。


 それらを乗り越えて、今日私は純白のドレスに身を包んでいる。


「うん、今日も私が一番可愛い」


 鏡の前で、くるりと一周回って、そう口に出す。うん、声すらも完璧。誰よりも私が一番可愛い。そう思っていると、名前を呼ぶ声とともに後ろの扉が開いた。いきなり誰だと怒りたくなるが、聞き覚えのある声に笑みが溢れ、後ろを振り向く。


「エマ、来てくれたのね」


 いつだって応援してくれた、私の唯一の友達だ。もちろん招待はしていたが、忙しい中ここまで来てくれるとは思っていなかった。


 当たり前じゃない、と言って笑いながらこちらに向かってきたエマは、いつもよりしっかりと着飾っていた。


「それにしても、本当に見た目は完璧ね」


 じっくりとドレスを見た後、エマが少し呆れたように言った。この見た目に、性格が追いついていないとでも言いたいのだろう。幼い頃から、私の内面をよく知っている彼女だからこそ、出てきた言葉だ。でも、それに腹を立てるような私ではない。誰よりも、自分が一番その性格については分かっているからだ。


「そうでしょう。きっと、歴代王太子妃の中で一番美人で可憐なのが私よ。ううん、きっとじゃないわ。絶対に」

「さすが、その性格は王族になっても覆らなかったわね」


 パチパチとわざとらしく拍手をしながら、エマが言った。当たり前だ、王族になったのだから、この強気な性格にだって磨きをかけていかなければいけない。


「ところで、あなたの王子様は? もうその姿は見せたの?」

「ううん。王族の伝統でね、ドレスを着たら式典まで顔を合わせないらしいわ」


 王族には、必要なのかどうか分からないしきたりがありすぎる。面倒だとぼやきたくはなるが、これも仕方がないかと諦め始めた。

 

「へえ、じゃあ私が一番初めに見ちゃった感じ?」

「そうね。光栄でしょ?」


 冗談っぽくそう言ってはみたが、エマは大層嫌そうな顔をした。冷たい視線を送られたため、文句の一つでも言ってやろうかと思った時、エマがふっと笑った。


「でも良かったわ。ランカが笑っていられる結婚で」


 想像していなかった言葉に、つい何も言えなくなってしまった。この純白なる雰囲気がそうさせているのだろうか、なぜか心に沁みるものがある。


「どんな形であれ、あなたが幸せだったら良いと思っていたけれど、まさかこんな結末になるとは思ってはなかったわ」

「エマ…………」


 王太子妃に決まり、王太子の正体が分かった後すぐに、エマには全てを話しに行った。話さないとやってられなかったと言うのもあるが、全てを聞いてもらっていた彼女に隠し続けるのは失礼だろうと思ったからだ。


 王太子の正体がルークで、でもルークじゃなくてルーカスで、私のことを騙してたようなそうじゃないような感じで、でも結局結婚するの。


 そんな訳のわからない話もゆっくりと紐解いてくれて、全て聞いた後彼女は一人で納得したように頷いていた。


『なるほどね、そう言うことだったのね。なんかずっと怪しい男だと思っていたけど、そんなカラクリがあったとは』


 必死に話す私を慰めるでもなく、寄り添うでもない。ただ喉の突っ掛かりが取れた、と言わんばかりの態度だった。


 そんなエマだったが、誰よりも心配してくれていたことは知っている。誰よりも応援してくれていたことも、本当の意味で私の幸せを願ってくれていたこともだ。だから、彼女からの言葉に、つい瞳が潤んでしまったのだ。


「おめでとう、ランカ。あなたなら、誰よりも幸せになれるわ」


 そう笑顔で言ってくれたエマを見て、ぽろぽろと涙を溢してしまった。


「やだ、泣かないでよ」

「……誰のせいよ。もう、一番綺麗な私でいようと思ってたのに」

「綺麗よ、ランカは誰よりも」


 ずるい。どうして私の周りには、こうもずるい人ばかりが集まるのか。私が悪いのか、こうやって甘い言葉に流されるから、そんな人間ばかりが集まってくるのか。そうなのか。


「……私、エマが男だったら、好きになってたと思うわ」

「え、何言ってるのよ。こっちからお断りよ」

「なんでよ」

 

 感動の涙を返して欲しい。いや、勝手に泣いたのは私だけれども。そこはありがとうでいいじゃないか。


「あなたみたいなのは、その王子様にしか相手なんてできないわよ。だから、どう思おうとも、これが運命だったのよ」


 運命。その言葉の意味を、こんなに考えた日々もなかっただろう。出会って別れて、また出会って。嘘みたいな話だが、たしかに運命だと言えるのかもしれない。でも、そんな言葉一つで片付けられるのは嫌だった。


「そうね、運命かもしれない。でもこの運命は、私が自分の手で選び取ったものなの」


 運命だから、今この形があるのではない。ここに辿り着くまでに、数えきれないほどの選択があって、その度に悩んで、それでもしっかりと向き合い続けてきた。だからこそ、今の私がある。これが正しいか知らないけど、私はそう思っているし、これからもそうだと思って生きる。だって、この幸せは、自分の努力の結果だと思えた方がいいに決まっているのだから。


「さすが、王太子妃は言うことが違うわ」


 相変わらず、呆れたような口調には聞こえたが、表情は嬉しそうだった。そう言うところが、彼女は優しいのだ。


「今度は王宮に招待してよ。そこで、この結婚式で何を思ったのか、良いことも悪いこともじっくり聞きたいわ」

「任せて。無駄にだだっ広い部屋で、存分にもてなしてあげるわ」


 楽しみにしてる。そう言って、エマは部屋を出て行った。それを見送ってしばらく後に、一人の使用人が訪れた。


「お時間です。王太子妃殿下」


 その手には、さらりと長い純白のヴェールがある。このヴェールを捲った時、彼はどんな顔をするだろうか。驚けば良い。誰よりも綺麗で可憐で可愛い私を見て、腰でも抜かせばいいわ。


「ええ、今行きます」


 そんな事を思いながら、鏡を一瞥して足を踏み出した。

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