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17/20

17:運命

 物に当たるのは良くない。そんなことは当然分かっている。しかしながら、人はキャパシティーオーバーした行き場のない怒りが湧いた時、何かを叩きつけたくなるものだと身をもって実感した。


「っくそが!!」


 身近にあった、いかにも高そうな机を叩きつけながら、そう吐き捨てた姿を見て、晴れて王太子になった男がびくりと肩を震わせた。


 一方でこちらは、それでも収まらない怒りに震えながら、動悸を鎮めようと深く息を吐いている。


「ランカちゃん、ほんとごめん。本当にごめんなさい、俺が全面的に悪いのでどうか怒りを収めてくださいお願いします」


 何度もそう謝ってくるこの男が、憎いわけではない。たぶん。再び会えて嬉しい気持ちも、きっとある。しかし同時に、全て騙されていたのかと言う気持ちも、どうしても拭えないのだ。


「全部話して。何が嘘で、何が本当だったのか」


 私がもう一度、あなたを信じられるように。そんな、許してやるような言葉までは言ってあげない、なんて思いながら王太子を睨みつけた。


「そうだよね、ごめん。どこから話せばいいかな……」


 そう言いながら気まずそうに視線を逸らして、悩んでいた。しばらく悩み続けて、勝手に一人でうんうんと納得した後、こちらを真っ直ぐ見つめてきやがった。くそ、その顔に弱いのよ。


「まず、俺が王太子なのは本当。ルークは偽名で、本名はルーカス・シルヴァスト。この国の、次期国王になる」


 覚悟を決めた顔で話し始めたルーク、改めルーカスを睨み返す。頷くことも、疑問を投げかけることもせず、ただ腕を組みながら仁王立ちを続けたままで。少しでも、心の隙間を見せてやる気なんてない。


 そんな様子を見て一瞬怖気付いたが、最後まで話そうと言う覚悟が勝ったのか、再び口を開いた。


「はじめは、少し見に行くだけのつもりだったんだ。俺に決定権がないとはいえ、王太子妃候補がどんな子たちなのか、見ておこうかなと。つまらない、何処にでもいそうな令嬢ばかりなんだろうなと思っていたんだけどね。そしたら、不機嫌そうにぼやいてるランカちゃんを見つけた」

「…………何が言いたいのよ」


 真面目に話しているのかと思いきや、想定外の言葉を投げかけられて、さすがに口を挟んでしまった。


「念のため言っておくけど、馬鹿にしてるとかじゃないよ? 可愛いのに、見た目に反した子だなと思ったら、ちょっとからかってみたくなって」

「馬鹿にしてるじゃない」

「いやほんと、そんなつもりはなくて……」


 全部話せと言ったからか、やけに正直に話してくる。嘘をつかれるのも嫌だが、ここまであからさまにされるのも面白くない。


「気の強そうな子だから、冷たくあしらわれるかなと思ったら、見た目よりも可愛い反応が返ってくるから、つい……」

「つい、何よ」

「つい、もっと構いたくなりまして……」


 そんな言葉を聞いて、一度収まりかけた怒りが再び膨れ上がってきた。しかし、ここで声を荒げていては何も進まないと、砕けそうな程奥歯を噛み締めて耐えた。


「でも、ランカちゃんが王太子妃になりたいのかも分からなかったから、少しでも嫌なら辞退した方が良いと思ったんだ。俺も王太子になったら自由もなくなるし、それまでは好きなことをさせてもらおうと。最後くらい、自分で選んだ子と一緒にいたいなと思って」


 滅裂な箇所はあれども、話を聞くにつれて、少しずつ本音は理解できたような気もした。お互い変えられない立場はあって、最後くらいはそれに抗いたい気持ちもあったのだろう。でも、全てを知っていた彼と、何も知らされていなかった私では、根本的に違う。


「……私、ずっと王太子妃になるって、言い続けていたじゃない」

「そう。だから、途中で全部話してしまいたくなったんだけど、それで王太子妃になるって決意させてしまうのも悪い気がして」

「どう言う意味よ」

「正直、王族になんてならない方が、ランカちゃんは幸せなんじゃないかと思ってた。でも、ランカちゃんの意思は変わらないし、そんなだから、俺も離したくなくなるし。ランカちゃんから辞退してくれたら、俺も諦め切れるのにと思って、勝手なのは分かってるけど、これでも一応、葛藤してたんだよ」


 言いたいことは分かった。別に私は、人の気持ちを無碍にするような女ではない。だから、その葛藤を少しも理解しないような真似はしない。でも、気に入らないとは思った。


「じゃあ、私が王太子妃は辞退して、あなたに付いて行くって言ってたらどうするつもりだったの? あなたは、私を見捨てて他の令嬢を王太子妃に選んだの? そんな、試すような真似をされたって言うの?」


 自分で言って、なぜだか泣けてきてしまった。悔しいのか、悲しいのか、もう分からない。


「それは違う」

 

 瞳がぼやけたのが分かったのだろう、ルーカスがはっきりとした声で否定した。


「……それなら、何のつもりだったのよ」


 ほとんど泣いているような声で振り絞った言葉は、空気をピリつかせるほど深刻なものに聞こえた。ルーカスも申し訳なくは思っているのだろう、口を固く結んで聞いていた。


「それは違うんだ。ただ、どれだけ誘ってもなびいてくれないから、つい本能が掻き立てられたと言うか……」


 何の話だと思った。溢れそうになっていた涙が、すんと乾いたのが分かった。


「今まで、俺の誘いに乗ってこない子なんていなかったのに、ランカちゃんだけはどうしても落とせなくて。それが、顔も知らない王太子に負けるなんて思ったら、なんか許せなくなって……」

「顔も知らないって、あなたのことじゃない」


 ここまで聞いて、泣きそうになっていたのが馬鹿馬鹿しくなった。結局は、ずっとこいつの手のひらの上で遊ばれていただけか。


「じゃあ、私が付いて行くって言ってたら、勝った気になりながら私を王太子妃にしたのね?」

「いや……なんかもう、途中で色々申し訳なくなって、ね。俺に付いてくって言ってくれてたら、地位も全部捨てて連れ去ろうと思ってたよ」


 信じてくれなくても良いんだけどね、結構な騒動が王宮で起こったんだよ、なんて笑いながら付け足していた。


「なによそれ……さっきからあなた、卑怯よ。嘘か本当か分からないことばっかり言って、そうやってからかって……」


 なんだかもう、悲しいのかどうかも判別がつかなくなってきた。色んな事実が一気に入ってきて、変に感情が揺さぶられて、ただひたすらに疲れた。そんな思いしかなかった。


 ふと横を見ると、休んでくださいとばかりにベッドが置かれている。もうこのまま、何もかも忘れて眠りにつきたかった。


「ごめんね。俺が悪かったんだけど、でもこうやってランカちゃんと出会えて良かったとは思ってるんだ」

「……どう言う意味よ」


 もう理由を聞くことも疲れたが、一応問いただしてはみた。だんだんと痛み出した頭を慰めるように、指先はこめかみを強く押さえている。そのせいもあってか、特に答えに興味もなかった。


「だってほら、あんな出会い方じゃなかったら、ランカちゃんはずっと本音で話してくれなかったでしょ?」


 答えなんかに興味はなかったのに、どうしてこうも私の懐に入り込んでくるのか。


「せっかく仲良くなれるはずだったのに、普通に出会ってたら仮面夫婦で人生終わってたのかもしれない。そう考えると、これが運命だったのかもなんて、俺は思ってるんだけど……ランカちゃんは、どう思う?」


 まさかの質問に、こめかみを押さえていた指がぴたりと止まる。思考回路はとっくにショートしていて、頭は正常に働いていない。そんな中で出てきた言葉は、反射的に出てきたものでしかなかった。


「また軽口叩いてるって思ったわ」


 いつもの、世界中の女の子を虜にしてしまうような笑みを浮かべたまま、ルーカスは固まった。ざまあみろ。これ以上、いちいち反応なんてしてやらないんだから。ここからは、私が反撃する番だ。


「あなたのその顔は好きよ。人を弄ぶような態度も好き。でもそれは、私の中で絶対に落ちてはいけない、だって潔白のまま王太子妃にならなければって言う葛藤があったから、あそこまで夢心地でいられたのよ」

「えっと、ランカちゃん……?」


 これは様子がおかしいと、ルーカスも焦りだす。冷や汗が見えるような気すらしたが、攻撃をやめるつもりはない。私を誰だと思っているのか。数々の修羅場を潜り抜けた、王太子妃だ。


「王太子妃になった今となっては、あなたと私は対等。私があなただけを見ていようと、好きでい続けようと、誰からも文句は言われない。そんな状況である以上、これから先はあなたの軽い言葉は通用しないと思っていて」


 そう、落ちてはいけないけれど、落ちそうになってしまう、そのハラハラした状況が私をあそこまで夢中にさせたのだ。今その無駄なスパイスはない。そうなってしまえば、私はただの完璧美少女でしかない。それなら私の方が、絶対に強い。


「こんなにも完璧な美少女が、あなたのことを好きになってあげたの。王太子妃にまでなってあげたの。感謝して欲しいわ」


 仁王立ちのまま、真っ直ぐとルーカスを見据えて、そう言い放ってやった。さっきまでの迷いはどこへやら、とてつもなくすっきりとした。


 そんな様子を見て、しばらくはぽかんと間抜けにも口を開いていたルーカスだったが、次は腹を抱えて堪えきれないとばかりに笑い出した。


「なによ、生意気ね」

「ごめんごめん。でも、そんな愛の言葉をもらえるとは思ってなかったから。ほんとに、ランカちゃんは、俺の想像を超えてくるね」


 口元を押さえて、くつくつと笑っている。その様子に腹は立ったが、こんなふうにも笑うのかと、頭の片隅に花が咲く自分が、とてつもなく嫌になった。


「ランカちゃん、一つだけ聞かせて」

「何でも聞いていいわよ。別に、今の私に聞かれて怖いことなんて何もないから」


 笑いすぎて涙が出たのだろう、強気だなあと言いながら、目の端を拭っていた。どこまでも失礼で、弄んでくる男だ。


「俺と、結婚してくれますか?」


 本当に、どこまでも弄んでくる。想像のはるか上を行くのはどっちだ。何を聞かれたって動じないと思っていた感情が、こんなにも簡単に揺さぶられるとは。


 どうしようもなく顔が赤くなるのが分かった。それを止めたくて、血が滲むほど拳を握りしめてはみたが、効果はない。湧き上がる感情を押さえようと、奥歯を噛み締めるがそれも無意味だ。


 それでも、ここで答えないのは負けた気がして絶対に嫌だった。


「当たり前よ。あなた以上に、私に相応しい人間なんていないんだから、結婚してあげるわ」


 差し出されていた手に、そっと自分の手を乗せる。小さく震えていた指先は、嬉しさからなのか、恥ずかしさからなのか。


「最高だよ、ランカちゃん」


 そんな指先を絡め取り、力強く抱きしめられた腕の中は、確かに幸せでしかなかった。高鳴る胸の音は絶対にバレているだろう。それでも、止めることはできない。


 悔しいと睨んでみたが、そんな視線すら愛おし気に見つめてくる瞳に押し返される。どこまでも、ずるい男だ。それでも、自然と触れ合った唇の感覚に、全てどうでもいいと思わされてしまうほど、たしかに幸せだった。

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