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16/20

16:死んでも忘れない

 声が鼓膜を揺らした瞬間、頭に響き渡るほどの耳鳴りがした。ざわめいていたはずの会場の声は全く聞こえず、ただ一言だけが頭の中に反響していた。


「……ランカちゃん」


 もう二度と聞けるはずがないも思っていたその声で、もう一度名前を呼ばれる日が来るなんて、思ってもみなかった。だって、さようならと言ったはずだ。


 そう思いながら、期待と疑いを込めた眼差しで、ゆっくりと頭を上げる。目の前に立っている人物の顔を見た瞬間、喉の奥が凍りついたような気がした。


「どうして、あなたが……」


 掠れた声でそれだけを絞り出した。

 そこにいたのは、紛れもなく、私が世界で一番大好きな人だった。誰よりも会いたいと願ったその人を、この私が間違えるはずがない。


 それでも、顔を見た瞬間に訪れた感情は、喜びよりも恐怖だった。何が起きているのか分からないことへの恐怖。その次に、もしかして騙されていたのではと言う最悪の想像。そして、私にかけられた言葉も、行動も全て嘘だったのではないかと言う絶望。


「ごめん、ランカちゃん」


 色々な思いが駆け巡った。しかし、申し訳なさそうな、泣きそうな顔でそう言ったルークを見た瞬間に、嘘ではないことだけは理解できた。何が起きているのかは分からない。それでも、今までも、そして今起きていることも嘘は何一つないことは分かった。


「後で、全部話すから、」

「後でって、だって、何も理解できてないわ」

「……ごめん、でも今は、ほら」


 そう言うと、ルークはちらりと後ろに視線を向けた。そうだ、動揺して忘れていたが今は布告の最中だ。向き合って固まっている二人を見て、疑問に思ったのだろう。背後からは静かながらも、たしかに囁く声が広がっている。


「笑ってよ。いつもの、完璧で世界一美少女の笑顔で」


 悪戯をする前の子どものように、にやりと笑って言われた。意味の分からないことが目の前で起こっていて、その上数多の注目を浴びているこの舞台上で、笑えなんて。誰に向かって言っているのか。

 

「……ええ、当たり前よ」


 勿体ぶるかのように、まるで効果音が付くくらいゆっくりと振り返る。ふわりと揺れたドレスも、シャンデリアの明かりも、思惑を持って見られている目も、どれも私の味方だ。


 にこりと顔に貼り付けた笑顔は、何度も鏡の前でやってみせた完璧な笑顔だっただろう。その証拠に、ほら、息をする音すら聞こえないくらいに、空気が止まった。


「完璧だよ、ランカちゃん」


 私にだけ聞こえる声でそう言うと、周囲に見せつけるかのように腰を支えてきた。そして、周囲の期待に応えんとばかりに、ルークは小さく手を挙げてみせた。


 その瞬間、割れんばかりの歓声が巻き起こった。拍手と、新しい王太子の誕生を祝う声。くそ、全部持っていかれた。この場面で、この舞台で、私から主役の座を勝ち取るなんて、この人以外にはありえない。悔しさと、誇らしさと、混乱と、数多の感情が一気に頭を駆け巡り、そのまま倒れそうな気がした。


「王太子殿下に祝福を! 我が国の名誉に祝福を!」


 くだらないガヤと、鳴り止まない拍手。さも主役の様に王太子らしく振る舞う隣の男と、人形のように完璧な笑みを浮かべた私。


 なんだこの、絵に描いたような茶番は。そんな思いは露知らず、拍手喝采の中、このおめでたい儀式はお開きとなった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「どう言うことか説明して」


 あれよこれよと言うまに、舞台を去ったのが約一時間前。煌びやかな場から、またしても豪華絢爛な奥の部屋に通され、現国王と女王から歓迎の言葉を聞いたのが約三十分前。


 言われるがままに、二人で落ち着いて話でもと執事もメイドも護衛も部屋を出て行ったのが、つい先ほど。そして今目の前には、気まずそうに視線を落としているルークの姿があった。反省の気持ちを示したいのか、わざとらしくも床に正座までしている。


「ごめん。本当にごめん。全面的に俺が悪かったですごめんなさい」

「謝ってなんて言ってない」


 本格的に気まずいのだろう、目線を合わせることもなくひたすらに謝っている。しかし、そんな言葉で許してやるほど優しくはない。愚かでもない。


「うん、そうだよね。謝っても遅いのは分かってるんだけど……でも、うん、ごめんね」


 肩を落として落ち込みながらそう言う様子に、つい胸が痛みそうになる。許してあげたら、嬉しいくせに。すぐにでも抱きついてしまいたいくせに。そんな邪な思いが、脳内を出入りしていくが、それでもやっぱりまだ許す気にはなれない。


「謝ってもらわなくても結構。私、一度されたことと言われたことは、一生忘れてやらない主義なの。だから、許す気もないし、今後も許すことはないわ。ただその理由によって、受け入れるかどうかだけ」


 息つく間もない勢いで、一息で言ってのけた。ルーク、いやルークですらなかったこの男は、降参とばかりに両手を挙げて言った。


「いや本当に、怖いと言うか気が強いと言うか……こんなこと今言うのはあれだけど、君はすごく王太子妃に向いてると思うよ」

「今はそんな話してない」

「ごめんなさい」


 一向に怒りが収まりそうにない様子を見て、ひたすら謝ることしかできないのだろう。いつもの飄々とした態度はどこへやら、どうしたものかと顔に出ている。


 腰に手を当てて、仁王立ち。いかにも怒髪天ですと言った態度を崩さない私をちらりと見て、再び視線を落とす。どうするつもりかと見下ろしていると、少し悩んだ末に再び顔を上げた。そして、困り顔で言ってのけたのだ。


「でも俺は、そんなランカちゃんが好きだよ?」


 噛み締めすぎて、奥歯が割れるかとすら思えたこの感情を忘れることは、きっと二度とないだろう。

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