15:復讐劇の始まり
会場の中にある、中階段を一歩ずつ上る。ただ上ると言う動作一つとっても、踏み外すことはないだろうか、不恰好な音は鳴らないだろうかと、好奇の目で大勢に見上げている気分になった。
気にしすぎだと言われるかもしれない。しかし、これくらい気をつけていないと、すぐに揚げ足を取られてしまう。誰よりも可愛いけれと、それゆえに可愛げのない私は、どうしてもそう見られてしまうのだ。
「やっぱり、ランカご令嬢でしたね」
「それは、あの見た目ですもの。はじめから決まっていたようなものよ」
ヒソヒソとした声で、それでも静まり返った会場では、離れた位置まで噂話がよく響き渡る。言っている人たちも、聞いている聴衆も、聞かれていることは知っているのだろう。誰も止めようともしない。
「他の王太子妃候補の方々もお気の毒ね。全部、あの子のための踏み台になって」
私のためではない。勝手に他の令嬢たちが倒れていっただけだ。私はただ、その上を踏み締めてあげただけ。
「領地を没収された公爵家もあったでしょう。あれも、全て裏で手を引かれていたのでは、なんて噂もありましてよ?」
「あの子を担ぎ上げるような政策も、いくつか通ったらしいわね。言われるがままにしていれば、何もかも手に入るなんて、楽な人生ね」
誰がが示してくれるなんて、そんなわけない。どれもこれも、自分で掴み取ってきた。何も知らないくせに、何も知ろうとしないくせに。お前らなんか、何にもできないくせに。可愛くもないくせに。
「本当に、見た目が良いとなんでも優遇されるのね。羨ましい限りよ」
「顔だけで、王太子妃の座まで手に入れるんですもの。恨まれても仕方ないわよね」
うるさいうるさい。私の努力なんて、見てもいないじゃないか。どれだけ血反吐の滲む思いで、この顔に見合った仕草も教養も知識も身につけたと思っているのか。
私がどんな思いで、王太子妃になる覚悟をしたと思っているのか。選ばれなければ、王太子妃になるなんて可能性が少しでもなければ、どれほど良かったか。
何もかも捨てて、ルークと逃げ出してしまおうと、何度思ったことか。
「見た目だけでのし上がった子ですもの、いつまでもつか見ものね」
階段を上りながら、いくつも聞こえた誹謗中傷の声に、奥歯を噛み締めることしかできなかった。なぜこんな目に。こんな視線に、これから先ずっと耐え続ければいけないのか。
その時、本当に我慢しなければいけないだろうかと思った。王太子妃だ。未来の女王だ。誰が、私に楯突けるだろうか。金輪際、誰が私を馬鹿にすることができるだろうか。いや、誰もできるはずかない。だって私は、とうとう王族の地位まで手に入れたのだから。
階段を上り切り、会場全体が見渡せる舞台の上に立つ。ここで王太子が来るのを待つのか。でもその前に、一つやっておくことがある。そう思い、くるりと後ろを振り返った。
覚えておきなさい。
ランカは、ひそひそと話していた方を向いて、小さくそう呟いた。もう隠すつもりはない。大人しい、可憐で美人なだけの令嬢でいるつもりはない。
許さないから。
そんな思いを知ってか、ランカのことをあれこれ言っていた人たちが、息を呑むのが分かった。今更謝っても遅いから。私に権力が渡った時、どんな目に遭うか、今から覚悟しておきなさい。
そう、これからが私の復讐劇だ。
そんな事を考えながら、再び前を向き直す。そう言えば、王子はどんな人物なんだろうか。考えたこともなかった。それにしても、いくら王子を守るためだとは言え、顔も見せず関わらせることもなく、結婚させるとはいかがなものだろうか。ランカは改めてそう思った。
私に釣り合うほどとは言わない。
せめて、多少は見れる顔だと良いのだけれど。
「それでは、王太子継承布告の儀に移る」
考えてみたら、名前も知らないわ。これから一生を共にする人だと言うのに。まあ、なんでもいいか。そう思いながら、王子のお出ましを待つために、ドレスの裾を持ち、ゆっくりと頭を下げ床を見つめた。
「ルーカス王子が出御される。皆のもの、控えるように」
その言葉とともに、どこで待機していたのか、管楽器の壮大な音が鳴り響いた。それから少し遅れて、こちらに歩いてくる気配がした。ゆっくりと近づいてくる足音。もう間近にいるのか。それが分かっていても、声がかかるまでは顔をあげてはいけない。
背後からは、静かながらも確かにざわめきが広がっている。きっと、まだ誰も見たことのない王子の顔を、この会場にいる人たちが目にしたのだろう。
未来の旦那様を、私より先に目にするなんて。
少々腹立たしい思いでいると、落としていた視線の中に、歩み寄ってきた靴が入りこんだ。ああ、もう目の前にいるのね。そう思い、声がかかるのを待つ。
不思議と、何も緊張はなかった。
だって、誰であったとしても、なんの感情も揺れ動かないことは分かっていたから。
そして、ここだけは、見ていて欲しくないなと思った。誰かの物にならなければいけないこの瞬間は、他の誰が目にしようとも、ルークには見ていて欲しくない。そう思った。
「ランカご令嬢、顔を上げてください」
そう言われた瞬間を、私はきっと一生忘れないだろう。
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