14:鎖がかけられる
誰もがこちらに視線を向けているのは、明白だった。柔らかい紫色のドレスはふんわりと揺れ、自慢の金色の髪は高く結われている。煌びやかなシャンデリアの下で、数えきれないほどの宝石を施したアクセサリーにも負ることなく、ランカは一点を見据えて立っていた。
「今から、皇太子妃を布告する。この数ヶ月の間、各々の候補者たちはよく努力してくれた。まずはそのことに感謝を示したい」
よく言うわ。一つの公爵家が自らの汚点を曝け出すはめになったり、傷害未遂事件が起こったりと、この候補者レースのせいで貴族連中は存分に振り回された。たしかに、責任の一端は担っているような気もしているが、それでも原因を作ったのは王家だ。私は悪くない。
それに結局、残っている王太子妃候補は、私だけになってしまった。早々に辞退したマーガレット令嬢。突き落とし事件が発覚し処罰されたリサ令嬢。それだけではない、残っていたアリアナ令嬢も、諸事情とのことで内々に辞退していることは既に知らされている。
「いくつもの困難があっただろう。誰にも分かり得ない苦労もあっただろう。しかし王太子妃、いわば未来の女王は、それら全てを乗り越える人物でなければならない」
綺麗事ばっかり並べやがって。どうでも良いから、さっさと宣言してしまいなさい。ランカ・シーナベル
が王太子妃になると。どうせ終わりの言葉は決まっているのだから、無駄な時間を使わないでくれ。
「それでは、今ここで正式に王太子妃を布告する」
またしても、注目が集まる。誰もが、私の名前を呼ばれることを知っているからだ。もう逃げられない。こんな風に伝えられてしまえば、今さらになって辞退するなんて言えない。
私は今日から、王家のお飾りとして生きていかなければいけない。身も心も人生すらも、全てを王家に捧げて、血の一滴すら王家のために使わなければいけない。国のため、国民のため、ひいては未来のために、私は生きていくのだ。
「王太子妃、ランカ・シーナベル。前へ!」
あたり一帯が、しんと静まり返った。息を呑む音すら聞き逃さないと、そう言われている気がした。私はこれから、こんな視線を浴びて生きていくのか。
どこまでも沈んでしまいそうな心を誤魔化すように、再度前だけを見据えた。ドレスの裾を持ち、ゆっくりと一礼。口元には控えめな笑みを浮かべ、小さく、それでも力強く一歩を踏み出す。
どこかで見てくれているかしら。誰よりも可愛い私の、何よりも誇らしい瞬間を。何者にも負けることのない私を、ルークがどこかで見ていてくれたら、記憶に留めてくれたら。それだけで、幸せだと思えた。
足を踏み出す度に、不自由の鎖に全身を絡め取られていくこの感覚は、いつか忘れられるだろうか。この鎖が切れる時は、生きている間に来るだろうか。彼にもう一度会えたら、忘れさせてくれるだろうか。こんな所まで来て、馬鹿げた思いしか浮かんでこないほど、どうしようもなく逃げてしまいたかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
布告の日の数日前、エマとランカは珍しく庭園を歩いていた。いつもは、部屋の中でああでもない、こうでもないと内容のない話を続ける二人だか、この日ばかりは違った。
「王太子妃、引き受けることにしたのね」
「……さすが。情報が早いわね」
庭園に咲く、色とりどりの花々を見るでもなく、ゆっくりと歩きながら二人は会話を続ける。目的地はない。ただなんとなく、歩いていた方が気が紛れると思ったからだ。
「大抵の上位貴族にはもう伝わってるわよ。王太子妃候補は、あなた以外全員が辞退したなんて、面白い話は」
いつもよりも冷たい気がするエマの声に、耳を塞ぎたくなった。責めているのか、愚かだと言いたいのか。本心は分からない。
「はじめから、私以外が王太子妃になるなんてあり得なかったんだから、過程がどうであれ結果は同じよ」
それでも強気な姿勢だけは、崩したくはなかった。
「ランカ、あなたはそれで良かったの? 本当は自由になりたいと、思ってたんじゃないの? あなたが決断する前に、みんな辞退してしまったのだとしたら、」
「いいえ。全て私が決めたことよ」
エマの言葉を奪ってまで、はっきりと言い切った。少し驚いた顔をしながらも、否定することも咎めることもなく、エマは次の言葉を待ってくれていた。
「ちゃんとね、自分からお別れは告げられたの。彼を諦めることも、自分で決意した。だから、流されて王太子妃になるわけじゃないから、安心して」
きっとエマは、心配してくれていたのだろう。私が後悔していないかと。これから先ずっと引きずってしまうような、未練しか残らない恋をしていないかと、心配してくれたのだろう。
その証拠に、私の言葉を聞くと、エマはほっとしたように一息ついて、納得したように笑ってくれた。
「それなら良かった。どんな道を選んでもランカらしいと思っていたから。後悔だけないのであれば、良かったわ」
「……ありがとう、エマ」
一人だけ、たった一人だけでも、この恋を知ってくれている人がいて良かった。もしこれを自分だけで閉じ込めなければならなかったら、きっと潰されていただろう。
ほんの僅かでも、この気持ちが報われたような気持ちにさせてくれて、有り難かった。
「私が王太子妃になっても、変わらず友達でいてね」
「当たり前よ。いつだって王宮に出向いてあげるから、覚悟してなさい」
まだ生きられる。そう思えたのは、たった一人でも味方がいてくれたからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エマと会った翌日。次は、またしても心配そうにこちらを見ている両親と話すことになった。
「ランカ、本当に良いのか?」
「そうよランカちゃん。今ならまだ、辞退もできるから、やめるなら今のうちよ」
王太子妃候補が誰もいなくなったと聞き、ほぼ確実に私が指名されると分かった両親は、ひどく不安気な表情をしている。
「お父様、お母様。私が決めたことですので、大丈夫です」
どれだけそう言っても、二人の心配そうな顔が収まることはない。良い人たちなのだ。ここまで私の身を案じてくれる、本当に良い人たちだ。
「ランカちゃん、あなたは可愛いし、賢い子だと思う。きっと王太子妃になっても、上手くやっていくのだと思うわ」
何か覚悟したように、母が話し始める。娘を嫁がせることへの覚悟だろうか。私にはまだ、分からない感情だ。
「でもね、あなたはどこかで本音を隠してしまうから、私はそれが心配なの」
「…………お母様」
不意に突かれた確信に、次は自分の表情が崩れるのが分かった。私の本心なんて知らないと思っていたのに。いや、本心はきっと知らないだろう。でも、仮面を被っていたことには、気づいていたのかもしれない。
「もっと頼っていいのよ。もっと、我儘を言っていいのよ? ずっとそう言いたかったんだけど、あなたの努力に私たちが甘えてしまっていたのよね」
もしかしたら、虚勢を張っていたのは、私だけだったのかもしれない。勝手に理想の自分を求めすぎていただけで、本当はそんなこと望まれていなかったのかもしれない。それでも、これが私の生き方なのだから、仕方がない。
「ありがとうございます、お母様」
「ランカちゃん……」
「一つだけ、甘えさせてください。私が王族になっても、ちょくちょく帰って来ます。その時は温かく迎え入れてください」
そんな言葉に、両親はとても嬉しそうな顔をして頷いてくれた。だからきっと、これで良かったのだ。
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