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12/20

12:物事は勢いで決めるべき

 自室のテラスから夜空を見上げてみた。高い場所に建てられた屋敷だからだろうか、いつ見ても星が綺麗に見える。それだけではなく、今日はいつにも増して月が大きく見えた。


 まん丸に太った満月は、何故か胸騒ぎがする。どこかそわそわと、落ち着かない心臓を抱えて夜風に当たると、いつもよりも感情に浸りたくなった。


「……会いたいな」


 誰も聞いていないだろうと、思いをそのまま口にしてしまった。ぽつりと落とした言葉は、夜風に飲み込まれた、はずだった。


「良かった、俺も会いたいと思ってたよ」


 軽やかな足音と共に、何の気配もなくルークが現れた。言葉にすると過ぎ去ってしまいそうな状況だが、実際に目の前に人が現れると、心臓が飛び出るくらい驚き、大声をあげそうになった。


「おっと、ごめんね。驚かせちゃったよね」

「んんっ、う、」


 さすがにこの状況で叫ばれてまずいと思ったのか、ルークが咄嗟に口を押さえた。音にならなかった声は、彼の手の下でもごもごと苦しそうにしている。


 それを見て笑いながら、ごめんとまた謝って手を離してくれた。その手が離れていくのを、どこか惜しいと思ってしまうのだから、もう重症だ。


「突然すぎて、さすがの私も驚いたじゃない」

「ごめんごめん。でもほら、いつだって突然だったでしょ?」

「それはまあ、たしかに」


 言われてみれば、約束したことなんてなかった。明確に、いつ会えると言われたこともなかった。それでも何故か、本当に会いたいと思った時には、必ず来てくれていた。今日みたいに。だから、いつまでたっても、この人が心の真ん中に存在し続けてしまうのだが。


「あれから変なのに狙われたりしてない?」

「うん、特に何にも起きてないわ」


 リサ令嬢のことを話しているのだろう。あれからもう数週間経っているのに、ついさっき起きた出来事かのように心配そうな顔をしている。


「そっか、良かった。すぐに処罰も決められたし、とりあえずは安心かな」


 何故、シュクレーン家の処遇について知っているのだろうか。疑問に思うところはあったが、とりあえずは肯定しておいた。


「ところで、さっきの言葉は、俺に会いたかったって事でいいんだよね?」

「っな、によ、急に」

「照れなくていいのに」


 揶揄う様に笑いながら、手の指を絡め取られてしまう。人に触れられることが、体温を感じられることが、幸せだと思うこの感情は初めて知った。息が詰まるような苦しさと、胸が弾けそうなほどの幸福が入り混じったこの感情を、知りたかったかどうかは分からない。


「……だって、なかなか会いに来てくれなかったから」

「そうだよね、ごめんね。俺も早く会いに来たかったんだけど、色々とやらなきゃいけない事があってね」


 また可愛くないことを言ってしまった自覚はある。でも、それを咎めることもなく受け入れてくれる。何にも悪くないのに、謝ってくれる。この優しさに、また絆されてしまうのだ。


「そうだな、お詫びに……ランカちゃん、何か希望はない? 俺に叶えられることなら、何でもしてあげるよ」

「そんな、急に言われても……」


 希望とか、よく考えてみたら聞かれたことなんてなかった。幼い頃から自分で決めているようで、どことなく決められた道を歩んできたせいか、そんなことを言われて戸惑ってしまった。


「それにほら、あとひと月もしたら王太子妃が選出されるでしょ。それまでに、ランカちゃんに決めて欲しいなと思って」

「ああ、そういえば、そうね」


 そうだった。もうそんな時期なのだ。いまだに、流されるがままに王太子妃候補でいるが、これで良いのか決断はできていない。


 王太子妃になったら、もう会えなくなってしまう。それだけは、分かっていた。この感情を残したまま、二度と会えなくなってしまって、私は生きていけるだろうか。


「連れ出して欲しい」


 咄嗟に出た言葉は、突拍子もないものだと自分でも理解できた。このままどこか遠いところに、そう思わないとは言えなかった。でも、そこまで言えないことは私もルークも分かっていたのだと思う。


 一瞬ぽかんと驚いた顔をしたあと、すぐに口の端を上げて笑って言った。


「いいよ。どこに行きたいの?」


 その証拠に、このままどこかに連れ出してあげるよ、とは言ってくれなかった。言われても、困ってしまうのだが、その事実が悲しくもあった。勝手だ。


「この先の丘に、満月の夜にだけ開く花が咲いているから一緒に見たいの」


 月に一度、満月の夜にだけ白く光る、白月花と言われている花。本の中では見たことがあったけれど、嫁入り前で箱入りで育ってきた身としては、もちろん夜分に家を出るなんてできない。


 満月の光を浴びて咲く花はどんな色をしているのか、どれほど綺麗なのか。いつか見られたらと言う思いだけが募っていたが、なんとなく今がその時のような気がした。


「よし、じゃあ行こうか」

「……今からよ?」

「もちろん知ってるよ。ほら、行くよ」


 俺がどこへでも連れ出してあげるよ。そう言って繋がれた手を握り返すと、どこへでも行けるような気すらした。


「窓から飛び降りるから、ちゃんと掴まっててね」

「え、あ、ちょっとまっ、て……!」


 下に人気の無さそうな場所を選び、テラスの柵を乗り越えたと同時に、全身が浮遊感に包まれた。初めての感覚に叫び出したくなったが、バレたらいけないと言う感情と、口元を大きな手で塞がれたため、声にはならなかった。


「せ、せめて、心の準備くらい、させてほしかったわ……」


 驚きのあまり、息も絶え絶えにそう言った。連れ出してと言ったのは私だが、これはあんまりだ。


「ごめんごめん。でも、楽しかったでしょ?」


 乱れた髪をそっと直されながら言われた言葉は、悔しかったけどたしかに図星だった。


「まあ、そうね」

「それにほら、こう言うのは勢いで行かなきゃね。戸惑ってたら、タイミングを逃してしまうものだよ」

「そう、ね……」


 はっきりさせる事のできないこの感情のことを、言われているような気がした。勢いで決めてしまえたら、どれほど楽なものか。


「この丘の上だよね。暗いから、足元気をつけてね」


 そう言って、差し出された手を、次は自分から繋ぎにいった。これは、勢いではない。ちゃんと考えた、自らの意思だ。今日だけは、今だけは、何も考えずに、この状況を心の底から楽しもう。もしかしたら、これが最後になるかもしれないのだから。

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