11:かりそめ
背後には静かに気配を消しながらも、こちらに注意を払っているメイド達。机の上には次々と食事が置かれていき、どれも出来立てで食欲をそそられる。
目の前には、和かに座る両親の姿。幸せで恵まれた家族の、仲睦まじい食事の光景だ。ただ一つ、私の心の奥底にある本心を除いては。
「さて、いただこうか」
父親のそんな言葉とともに、食事が始まる。もちろん、どれも腕に覚えのある料理人が作っているのだから、味も一流だ。美味しくないはずがない。
「ランカちゃん、大変だったわね。王太子妃候補に選ばれることは名誉だけれど、今回みたいなことがあると心配になるわ」
母が、ひどく悲しそうに眉を下げて言った。先日起きた、リサ・シュクレーン令嬢の階下突き落とし事件のことを言っているのだ。
「そうですね。今回のことは私も驚きましたが、怪我は無かったので、不幸中の幸いかなと思っています」
ルークに助けてもらったから、とは言っていない。何となく言わない方がいい気がして、特に詳細は説明していないのだ。
どうして助かったのか、何があったのか。誰もが聞きたそうにしていたが、恐怖で震えている私の姿を見たら、思い出させるべきではないと判断したのだろう。それ以上、追求されることはなかった。
「シュクレーン家も、あんなことを起こしてはもう社交界に戻っては来れないだろう。数々の英雄を排出している家系だけに、残念なことだ」
「そうね。彼女も思うところがあったのかもしれないけれど……」
両親が、顔を見合わせながらそう会話をしている。お人よしな二人にしてみれば、加害者のその後も慮ってしまうのだろう。娘が死にそうになったんですよ、と言いたいが、悪気はないのだ。悪意もないのだ。私を心配していないわけでもないのだ。
ただ、良い人なのだから、仕方がない。
「リサ令嬢は、どうなるのでしょうか?」
気になっていたことを聞いてみた。王族にも、事件の全容は伝わるとは聞いていたが、彼女のその後までは聞いていなかった。
「彼女は、修道院に入ることにしたそうだよ。本来なら監獄入りとなるところだが、両親が頼み込んだのだろう、できる限り減刑された結果だ」
「そうでしたか……」
両親にとっては、可愛い娘であることには変わりないのだろう。彼らのことを考えると、どことなく胸が痛んだような気がした。王太子妃候補になんてならなければ、幸せに暮らせただろうに。
「それにしても、早い判決でしたね。もっと取り調べなどされるかと思っていました」
「そうだな、たぶん王族側としても、一抹の罪悪感は覚えているのだろう」
シュクレーン家はあの事件の結果、領地の三分の二を返却、全財産没収、公爵家からの降格処分を受けている。貴族としては生きていけるが、二度と栄光の道は得られない。
別にそれは構わないが、一貴族の家系にそんな判決を下すためには、もっと裁判やら調査やらが入るものかと思っていた。おまけに、シュクレーン家はただの貴族ではない。国内でも指折りの公爵家だ。それが、半月もせずに処分が決まり、実行に移されている。
こちらとしてはありがたい話だが、何だか引っかかるところがある。
「王太子妃の選出まで時間もあまりないからな。王族としても、厄介ごとは早く片付けたかったのだろう」
そんな思惑もあるのかもしれないが、それにしては上手くことが進みすぎている気もする。訝しげな顔をしているのが気になったのか、母親が言いにくそうに口火を切った。
「ところでランカちゃん、一つ聞いてもいいかしら」
「はい、なんでしょうか?」
今回の件に関して、モヤモヤしているところはあったが、母からの問いに我に帰った。まあ、いいか。これ以上追求しても、答えは出ないだろう。
「王太子妃は、辞退しないのよね?」
それは、どういう意味か。聞きたかったが、強い口ぶりになってしまいそうで、言葉を飲み込んだ。その代わり、瞳をぱちくりとさせ、質問の意図が飲み込みきれなかったと言う態度は取っておいた。
「いえ、変な意味ではないのよ。ただね、今回みたいなことがあると、私たちも心配で……もしこれで、王太子妃に選ばれたら、もっと危ない目に会うかもしれないでしょう。そうまでして、頑張る必要もないんじゃないかって、思ってしまって……」
たしかに、両親が心配するのも分かる。人の良い二人だ。愛情もしっかり感じている。家のために王太子妃にと考えているのであれば、辞退して他の幸せを見つけてくれと、そう思っているのだろう。
王太子妃は、辞退しません。
すぐにそう言おうと思ったが、言葉が出なかった。ここで、辞めますと言えば、私はルークと共に生きていけるのではないだろうか。悩むこともなく、苦労もなく、ただ好きな人と一緒にいられるのではないだろうか。
「ランカちゃん?」
「あ、その……ええっと、」
ただ、それで良いのだろうか。幼い頃から目標にしていた、王太子妃と言う地位を諦めて、一時突然現れた恋という感情に身を委ねても良いものだろうか。
夢はいつか覚める。この感情も、いつか薄れていくものではないだろうか。それならば、未来永劫語り継がれる、王太子妃に、未来の女王になるべきではないだろうか。歴史に名を残すべきではないだろうか。
こんなに可愛く、美人に生まれてきたのだ。それが正解ではないのか。そんな思いが、どうしても拭いきれないでいる。
「辞めたいのだったら、遠慮しないで。家のことなんて考えなくていいの、私たちはランカちゃんの幸せだけを願っているから」
「いえ、お母様。王太子妃を辞退はしません」
咄嗟に、そう発言してしまった。まだ辞めたくない。これがきっと、私の中で今出せる答えなんだろう。
「でも、ランカちゃん……」
「家のため、だけではありません。私が王太子妃になりたいのです。それが、目標でしたから」
両親二人は、真剣な眼差しでこちらを見ている。娘の本心を聞きたいのだろう。
「もちろん、頑張ったからと言って必ずしもなれるものではありません。でも、自分から目標を捨て去ることは、まだしたくないのです」
まだ、今のところは、王太子妃と言う道を残しておきたい。自分から辞めたくはない。これが本心だ。
「……そうか、それなら最後までできることをしなさい。私たちも力になろう」
「そうね。いつでも相談に乗るから、困ったことがあったら教えてね」
本当に、恵まれた両親のもとに生まれてきた。感謝しかない。二人を裏切りたくはない気持ちも、私の中にあり続けている。
「お父様、お母様、ありがとうございます。私は、二人のもとに生まれて来れて、とても幸せです」
こんなに可愛く産んでくれたし。とまでは言わなかった。言えなかった。ただ、心に押し込めて、嬉しそうに頷く二人の顔を見ていた。
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