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2-4.

「さて。我が家に泥を塗ってくれた王太子に対して、我が家はどうすべきか……。なんなら私もアンヌと一緒にこの国から逃げてしまいたいよ」

 思案するお父さまの顔はむしろ楽しげだ。たとえていえば、蟻の列を踏む子供のような顔。

「え? だったらそうすればよろしいんじゃなくて? だって、我が家の大事なアンヌをいらないといったのよねえ? だったら家族揃ってみーんないなくなってしまいましょうよ。私も、この国以外の国を見てみたいわ。だって、私、籠の中の鳥じゃない」

 いい案を思いついたとでもいうように、お母さままで楽しそうにニコニコとしながら提案する。

 実際、父母を亡くしたあとのお母さまの居場所は心地よいものではなかったらしい。親の後ろ盾もなく、祖父である前国王が亡くなってからはアレクサンドラ女王陛下の顔色をうかがって、したたかに生き延びてゆく日々。

 お父さまとの婚約が決まったときには、やっと城から出られると大喜びしたと、以前いっていた。

「私はともかく、君はいいのかい? 君は王家と血縁のある公爵家の出だ。私たちが離縁しても、君はなに不自由なく公女としての身分を保障されると思うが……」

 お父さまがお母さまのことを心配そうにする。なにせ、彼女こそ、お父さまをこの国に縛り付けておくべく娶せた(ひと)なのだから。

「そうねえ……」

 思案げにするお母さまはニコニコ笑っていて、むしろこの状況を楽しんでいそうだ。

「あなた、私を見くびらないで欲しいわ。私は、実家よりも今の家族がとても大事なの。そして、バルタザール、あなたは私の唯一無二の伴侶。そして、あなたとの間にもうけることができた、可愛い子供たち……アンネリーゼも、エルマーもアルマも私の大事な宝物よ」

 お母さまが私と弟妹たちを引き寄せて、三人まとめてふわりと抱きしめた。

 そして、その抱擁を解くと、茶目っ気のある笑顔でこういった。

「それに私、アレクサンドラが嫌いだから」

 そういって、大きな笑みを浮かべるのだった。私たち家族は目が点になってしまう。

「……さて、おふざけはほどほどにして。ねえあなた?」

「なんだい?」

「私たち家族全員、この国を出てしまったら、アレクサンドラの怒りはどこに向くかしら?」

 赤い唇の口角を上げてお母さまが微笑んだ。

 お母さまは、年齢の近い叔母姪という近さから、時々女王陛下のことを敬称をつけないでファーストネームのみで呼ぶ。

 話を戻して、女王アレクサンドラの今後の動向について、お母さまが話を続ける。

「あの人は、バルタザールを気に入って、宰相として自分の右腕として重用しているわ。そして、アンヌ。あなたのことを、その才能を目のあたりにして、『バーデン家の青き宝石』と称した。そんな彼女は、バルタザールだけでは足りずに、その娘であるあなたを国母として血縁に入れて手に入れたがっていた。いえ、もしかしたら王の補佐の意味を兼ねてあなたを次代に欲しかったのかもしれない。……そんな家族全員が、彼女がいない隙にみんな一斉にいなくなる……」

 お母さまは、その未来を想像しているのだろうか。口もとを袖で隠しながら楽しそうにクスクスと笑う。

「さらに、頼みの綱、あなたへ着けた首輪のはずだった私もいない。そう、鳥籠の扉は開いたのよ!」

 お母さまはいたずらを思いついた子供のようにクスクスと笑う。

「私、あのアレクサンドラが悔しがるさまを見てみたいわ!」

「あの女王だ。王太子はただでは済まないだろうな!」

「ええ、そうでしょうね。でも、私たちの大事なアンヌを傷つけたんだもの。ただで済んでもらっては困りますわ!」

 お母さまがにっこりと笑った。女王は身内にも厳しい。お母さまたちの願いどおり、王太子殿下はおそらくただでは済まないだろう。

 お父さまとお母さまの認識が合うと、次にお父さまの視線が私たち子供に向かう。

「あとは、子供たちの意思だけか。アンヌ、お前はこの国を出ても構わないかい?」

「はい、もちろんです。正直いって、私はあの茶番劇に傷つけられました。そんな人が将来治めるかもしれない国になどいたくありません。それと……私というものがありながら他の女性を妊娠させるような方、ごめんです」

 意図的に恋するように努めていたとはいえ、私の恋心はズタズタにされたのだから。

 さらに、妊娠の事実が嫌悪感を抱かせる。

 お父さまの問いに、私はきっぱりと回答した。

「そういえばアンヌは追放すると宣言されたのだったっけ。まぁ、アンヌもすでに十八歳。こんな醜聞をおおっぴらにされては、この国にいても次の嫁入り先に良いものは望めまい。他を探すのも良いだろう。あとは、エルマーとアルマだが……」

 幼い子にその選択を迫るのに気を咎められているのだろうか。気遣うような目でまだ五歳の双子たちを見る。

「ボクはかぞく、いっしょならどこでもいいよ!」

「あたちも~!」

 ニコニコと揃って挙手をして、笑顔で返事をする。

 その言葉に、お父さまが安堵の息を漏らす。そして、双子たちの小さな頭を、大きな手で愛しげに撫でた。

「じゃあ、家族でこの国を出ようか」

「あてはあるのかしら?」

「大学では、当時のアレクサンドラ王女を抜いて、常に学年一位をキープし、最後に首席で卒業した私だぞ? それに、この国で最下部の文官から身を興し、宰相にまでなったんだ。再就職に際して、能力は問題ないだろう?」

「そうね。そんなあなただから、私はあなたとの婚約を受けたんだもの」

 お父さまを見るお母さまの目は、若かりし日のお父さまでも思い出しているのだろうか。うっとりとして笑みを浮かべている。

「あとはそうだな……実家に帰る、というのは三男という日陰者の立場からすると、厄介者扱いされそうだから……。大学のときの友人にでも声をかけて、なにか仕事がないか聞いて回るか」

 私の事件から始まったというのに、なんだか、お父さまとお母さまの間でトントン拍子に話が進んでいく。

「じゃあ、私は引っ越しの準備を使用人たちに命じておくわ。領地もない役職貴族だったのが幸いね。このタウンハウスにあるものをまとめるだけだから、領地に城を持ってるような貴族に比べたら、早くできるでしょう」

「女王が戻ってくるのは、祭事が終わる十日後だな。それまでに、家のことは頼んだよ、エミーリア」

 お父さまが、お母さまの頬に軽くキスをする。

「私を誰だと思って? 有能な宰相バルタザールの妻をやってきたわたくしですのよ? それくらい簡単にやって見せますわ」

 芝居がかった口調で楽しそうにお母さまが答えると、背伸びをしてお父さまの頬にキスを返した。

「どんなところでもたくましく生きていけるあなた。そんなあなたを頼もしく愛おしく思うわ」

「それに付いてきてくれる君を大切に思うよ」

 お父さまはお母さまに、軽く啄むキスを返した。

 そのあと、お母さまは私たち子供の方に向き直る。

「あなたたちも、自分の荷物を中心に、まとめるのを手伝ってちょうだいね? 我が家の一大事なんだから」

「はい!」

「「あいっ!」」

 私の返事に舌っ足らずな声が重なる。

 ──王太子殿下には酷い目にあわされたけれど、私にはこんなに温かい家族がいる。

 そのことに安堵して、口もとに笑みを浮かべて私は胸を押さえるのだった。

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